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偶然


始末書という重荷はなくなったのだ。

「気分最高だよリザードン!やっと次の町に行けるよ!」

この四日四晩、始末書を片付けてる中、相棒はハンナのベッドを占領して始末書の処理をさっさとやれと無言の圧力で促していた。その甲斐あって無事始末書を全て終わらせ、ピークに達した眠気に任せて眠りに落ち、朝日と共に目覚めた今。あらかじめ決めていた行き先に向けてリザードンにとある提案を持ちかけていた。

「ミアレ名物ミアレガレット。時間内数量限定発売。
これは食べたいねえ?リザードン」



  * * *



「こちらがミアレ名物ミアレガレットです!ありがとうございました!」

またお越しください!と焼き立てで袋越しでも温かさのわかるガレットを店員さんから受けとってベンチに腰を掛けた。
そこにはすでにリザードンとヒトツキが陣取っていて、「早く寄越せ」と言わんばかりにハンナを見ている。

「ありがとうねリザードン、急いでくれたお陰で沢山買えたよ。ヒトツキもいっぱい食べな!」
ヒヨクとミアレ間の探索は後回しにすることにして、お目当てのミアレガレットのためにリザードンが一肌脱いでくれたのだ。
ガレットの入った袋をパーティ開きにしたと同時に、焼き立てガレットのバターの香りが3人を包んだ。ハンナがいただきますと合図をすれば、全員が両手に持ちながら食べ始める。ヒトツキは飾り布で掴みながら器用に食べているが、なかなか食べるのが早い。


数分後には片手に持つガレットのみで、山のように買ったガレットはなくなっていた。
「最後のひとつか…なんで美味しいものってこうも早くなくなっちゃうんだろうねリザードン、ヒトツキ…」

最後のひとつを頬張る前にコーヒーを一口飲むと、ある違和感に気づいた。


「私コーヒーなんて買ってないよね…」
しかもいつもはあまり自分から飲まないブラック。ただ今はガレットの甘みでちょうどよいほろ苦さで、苦手な筈のブラックが美味しく感じる。


「あの量のガレットだからブラックがちょうどいいだろう?」

不意に聞こえた声は、ハンナの隣にいた男性からだった。「もしかしてブラックは苦手だった?」とバインダー越しから覗く少しだけ垂れた目が、ハンナを捕らえていた。
仕事の合間の休憩中だろうか。腕まくりされた青いシャツに大きく開いた胸元がそう思わせた。


そしてそう、距離が近い。

これ、所謂ナンパというやつなのか、しかもこっちの地方にはイケメンと言われる類の人が多いのか、すごく様になっているのだ。これには流石に免疫がない。今自分がどんな顔をしているのか全くわからない。ゲンもデンジもかっこいい部類だけど、こういうのとは全く違うから。

「すごくいい食べっぷりだったんだけど、なにも飲んでないようだったから。それはボクからだよ。」
「あ、ありがとうございます…ブラックはあまり得意じゃないんですがすごく美味しかったです…」
「それはよかった。お嬢さん名前は?」
「ハンナといいます。あの…、失礼ですがあなたは?」
「ハンナ…?なんか最近聞いた気がする名前だな…なんだったっけ。ボクはプラターヌ。この先のサウスストリートにある研究所の博士だよ」
「プラターヌ…プラターヌ…?博士……あっ?!」
「もしかして、ナナカマド研究所のハンナって君のことかい?」


出会いは偶然。

いつの間にか片手のガレットは、ヒトツキに食べられていた。
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