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お説教と始末書と


「さてハンナ、君がいなくなったことで研究所で何があったか1から最後まで教えてあげたいところだけどまずは君の話から聞こうと思う。」

「ハイ。スミマセンデシタ。」
我ながらなんて機械的で、棒読み。ポケギアに土下座というこの形。恐る恐る下げた頭をポケギアへと向けたら、眉間にこれでもかというシワを寄せたシゲルと目があった。
「全く!!誰かに言ってから出るならまだしもあんな書置きだけで何も言わずにいなくなるから研究員が総動員で研究所からポケモン達の放してある敷地の隅から隅まで探し回って半数近くの人が今筋肉痛で寝込んで機能していないこの状況!ハンナ!どうやって許してもらうんだい?」
「う、うわあ…ほんと…お疲れ様です…」
「ハンナ!!」

ドンドンッ
「うわっ壁ドンされた!シゲル〜〜…もうちょいマイクの音量下げて下げて〜」
「誰のせいだと思ってるんだ…」

夜の9時が回った頃、意を決してシゲルからの着信に答えた瞬間耳を襲った怒声。流石に3日間放置はやりすぎた。おかげでカンカンに怒っているのがわかる。ここは結構お高い上に壁の厚いホテルだというのに、壁ドンされた。

「出張から戻られたナナカマド博士に『そんなに怒ってやるな、自分はなんでカロスに向かったか知っていたのに伝え忘れた自分にも責任がある』っておっしゃってたからと言っても流石に勝手すぎるぞハンナ。なんで黙って行ったんだ」
「ぜ、善は急げ…?」
「妙に納得してしまった自分が憎い…ハンナ、他にも理由はあるんじゃないの?リザードンだけ連れて行くなんて」
「特別な理由はないよ。ただ博士からもらったこの石が知りたくて。最近シンオウに閉じこもりっきりだったからどうせだしまた旅に出てみようかなって」
「石…?ああ、腕輪についてた変な石のことか。ダイゴさんに聞けば早かったんじゃないの?」
「甘い!甘いよシゲル坊や!!!あの石マニアが私に対してタダで教えると思う!?」
「あ、うん、そうだね…」
「でしょ?」

「まぁ、おかげですごい収穫だったけど」
ふふ、と腕輪を見ながら笑うハンナ。
こういう時のハンナは大体言葉を裏切らないものを取ってきたことがほとんどである。しかも、面白そうなおもちゃを見つけた子供のように、一点のみを見ている。あの腕輪についている石だ。

「そんなに言うからには聞こうか」
「フフ。カロスの大女優に会ったんだ。しかも、この石の秘密について教えてくれてたすごい親切な人でね。そしたらその人、自分のことなんて言ったと思う?チャンピオンだよ?これが驚かずにいられると思う?」

シゲルが画面越しに、豆鉄砲を食らったような顔をしている。思わず開きっぱなしになった口から声も出ないほどに。

「前にリザードンが進化するって話をナナカマド博士から聞いたでしょ?データが不十分で相手にされなかったっていう」
「あったね。」
「あれに関係する石だったよ。これ。私が見たのはリザードンじゃなくてサーナイトだったけど、確かに姿形が変わった。この目で見たよ。メガ進化っていうんだって。データが不十分の理由もわかった。」
「…それでハンナはどうするの?」
「・・・・・」

ハンナがベッドから立ち上がり、開いた窓に寄りかかった瞬間、夜のアズール湾が凪いだ。
「見て、シゲル。これがカロス地方。今は夜だからあまり見えないと思うけど、歴史的建造物と現在が混在する名前の通りの『美』の地方。
多分、メガ進化はこの地方の歴史が絡んでるんじゃないかって私は思ってる。
気分転換とか石の秘密とか旅をする理由はそれくらいだったけど、メガ進化についても知りたくなったし丁度必要なものの片方も私の手にある…だからちょっと長くなるかもしれないけどしばらくの間はカロスにいようと思うんだ。」
「本当にそれだけ?」
「なにが?」
「ん…いや、いいや。なんでもない。」
「そう?あとプラターヌ研究所ってところにも寄るからナナカマド博士にも伝えといてもらっていい?いきなり押しかけちゃまずいし一応行く前に博士の方からコンタクトとってくれた方がいいと思うんだけど」
「プ、プラターヌ…?」
「どうしたの顔色悪いけど…」

「プラターヌってあの色男って噂の絶えないプラターヌ博士…?」
シゲルが青い顔してモニターに掴みかかっているのが画面越しからでもわかる。でも、噂が絶えないとまで言うものなのか。こっちは研究員で相手は博士なのに。それになんだかシゲルの様子がおかしい。プラターヌ博士に過剰に反応しすぎなんじゃないのか


「ハンナ!ほかに研究所はないの!?」
「はぁ?なんでよ、ないよ」
「諦めないでほかを探そう!色男とハンナなんてすぐにやられちゃうだろ!!」
「ちょっとこのマセガキが!何言ってんの!!!言っていいことと悪いことがあるでしょうが!もう遅いし切る!?おやすみ!!」
「あ!ちょっ!ハンナ!!」


ついシゲルの発言にびっくりして納得いかない顔したシゲルを無視してポケギアの電源ごと落としてしまった。それにしたってそうだ。あんな噂を鵜呑みにしすぎだ。いくらなんでも失礼すぎる。

「はぁァァァ〜〜〜〜……もう誰だよシゲルにあんな入れ知恵したやつ…」


デンジ?オーバ?まさかの博士?タケシ?それともシロナさん?



「・・・・・・、」
不意に頭に浮かんだその名前が、ハンナの拳に更に力を込めさせた。
『本当にそれだけ?』というシゲルの言葉の意味はわかってるつもりだけど、やっぱり緊張は抜けないし、実感がまだない。

イッシュから帰って、研究漬けだった中であそこまで行けたのだ。緊張しないわけがないが、この長い期間が余計に嫌だ。時期が悪いってこういうことをいうのかもしれない。
深く深く溜息をついて、シワ一つなかったベッドに仰向けになったまま天井へと目を向ける。
最初は本当、ただの気分転換で旅に出ようと思って、思い出したように博士からもらったキーストーンを思い出して、ぼんやり目的ができて今に至る。カルネさんの言っていた「両立って大変ね」。この言葉が今ものすごくハンナにのしかかる。偏ったことばかりしていられないのだ。

「…あの時カルネさんとバトルしとくんだった〜〜…」
非常なまでに平等に進む時間が恨めしい。貴重な体験だっただけに悔しい。


「寝よっかな…」
なんだかすごくドッと疲れが襲ってきたような気がして、電気を消すのもシャワーを浴びるのも着替えるのも忘れて、仰向けで大の字のままハンナは眠りについた。

翌日、ポケギアに着た「研究中の無断外泊、渡航の始末書提出よろしく」という一通のメールでベッドにでかい涙の水たまりを作るハメになるのだった。

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