番外

目覚める進化論 1






一陣の風が吹き抜ける、空間が広く開けたフィールド。
その中で、空を裂くチルタリスの鋭い一撃が、防御が薄れたエルレイドを射止めた

「エルレイド…っ!!」
ガクッと、片膝を着いて力なく倒れる。
僅かに立ち上る砂埃とは対照に、エルレイドが立ち上がる気配など感じとるまでもない。
8度目の挑戦にして、記録を更に更新。


8度目の敗北。



「何度でも挑戦しにいらっしゃい、負けても立ち上がるハンナなら大丈夫よ」
「……ッはい…、…ありがとう、ございました……ナギさん」


また、また、また、また、また、また。
また負けた。
「ナギさん、やっぱ強いな!」と笑顔を取り繕うも、やはり悔しさに爪が食い込むほど拳に力が入る。ナギの表情はハンナを案じていて、なんと声をかけたらいいのか…という顔をしていて、それが余計に自分の弱さを自覚させる最高の刺激になってしまう。
ましてやまだ10代始めの子どもがその感情を隠しきれるはずもなく、ナギに向けていた泣きそうな顔を逸らして、弾くようにしてジムをあとにした。
さすがに8度目の敗北となると並大抵の悔しさではない。めげる。耐えられない。

どんよりとした空気を背負ったままヒワマキのポケモンセンターへ向かい、回復を終えたあとにフラりと戻ってきてしまったヒワマキジム前。擦って赤くなった目で見上げる。
立ち並ぶツリーハウスの中に一際目立つその入り口に足を進めることなく、暗い面持ちで踵を返し、トボトボとした足取りから、徐々にヒワマキからミナモシティへと走り出した。



──120番道路
ヒワマキ周辺はどしゃ降りの雨がよく降ることで知られているにも関わらず、傘も差さずに走ったおかげでずぶ濡れになってしまった。
もう濡れたままでもいいや、とミナモへそのまま道を進んでいく。重みを増した服を引き摺るような足取りで、走り疲れて上がった息を整えながらさっきのジム戦を振り返る。

何が悪かったかなんてわかってる。
エルレイドへの、私が適切な指示を出せていないがための隙の多さ。
キルリアから進化したのは嬉しいが、どうも前のような技のキレがないし、エルレイドには言いにくいが…ただ確実に言えることは、威力が落ちた。
自分の仲間なのに、トレーナーが自分のポケモンの力を引き出せてあげられないなんて。



「…情けな」

しまいには逃げるようにヒワマキから出てったし…本当に申し訳ない、ごめんね。と呟けば濡れたモンスターボール達がカタカタと震える。



──ただ1つを除いて。
「ごめんってリザードン、次のジム戦には出すから…今回はエルレイド達を頑張らせたい」

いつもより落ち込んだ声から察したのか、ボールから勝手に出てきたリザードンが羽を広げてハンナを雨から凌いでくれた。もちろん一番大事な尻尾を隠すのは忘れていない。
すでに辺りは暗く、昼間のようなじめつく暑さは和らいだもののさすがにこの雨の中リザードンを一晩中屋根にするのはだめだろう。近くに雨宿りに適した茂みがあったから今晩はそこで一夜を過ごすことにした。
ずぶ濡れになって随分体が冷えてしまった。もたれて寄り添うようにして肌から感じるリザードンの体温に、じんわりと目に溜まる涙が濡れた髪を静かに伝っていった。





* * *






──最後にホウエンに来たのはいつだっただろうか。
キッサキからミナモへの定期船から一歩出れば、シンオウより少し温い、懐かしい空気を吸い込む。
今は早朝だから昼になればさらに気温が上がるに違いない

ホウエンでは暑いであろう赤いスーツを崩すことなく、颯爽と特に行くあてもなく適当に歩を進める。小説の続きが気になるが、久々に来たホウエン地方をせっかくだし少しでも満喫したい。幸いリーグからの召集は3日後。それまでは自分の好きにしよう、その貴重な3日間の計画を頭の中で大まかに組み立てていたらいつの間にかミナモから出て、サファリゾーンを通りすぎていた。
自分は周りが見えなくなるほど考え込んでいたのか、と僅かに自分へ嘲笑する。


──ポツッ、とサングラスにひとつの水滴が落ちてきた。
静かに視界に伝うそれは小雨ではなく、木の葉に降りた朝露だろう。胸のポケットから取り出したハンカチでサングラスの雫を拭き取ろうとサングラスに手をかけたその時、近くの茂みの中に小さくゆらりと瞬く、ひとつの光が目に入った。

「──…?」
滴を拭くのを忘れ、クシャリと水を含んだ草地を踏んで歩み寄る。
近づけば近づくほど明確に、それははっきりと鮮明に。薄暗い茂みの中に浮かぶ真っ赤な炎。橙色の巨体に、囲むように広げられた大きな翼、そしてその巨体に寄り添うように眠っているまだ10代最初あたりであろう子ども。



──このリザードンはよく育てられているな。
経験を積んだリザードンほど炎の温度は高いと聞く。この茂みの中は広いとは言いにくいがそれなりにスペースはある。だが技を使った訳でも、薪をしたわけでもないのに中の温度は外よりだいぶ高い。
尻尾の炎だけでこの温度差はかなりのものだ。

と、感心しているとある一方から強烈な視線。
視線のする方を見ればリザードンが私を熟視していた。
少し驚いたが、特になにかをすることがなかったため、再び視線をいまだに寝ている子へと戻す。
…傘を持っていなかったのだろうか、髪が顔に張り付いたままで目元が赤く、些か頬も赤いように思える。
たしか船内で見た天気予報では、この地域は昨晩雨だったはずだ。

…もしかしたら風邪をひいてるのでは?









「体調に問題はありません。少し休ませたら大丈夫ですよ」
「そうですか…ありがとうございました、ジョーイさん」

例を伝えると軽く会釈をして、ジョーイさんはカートを押して戻っていった。
あのあと、そのままにしておくわけにもいかなかったためポケモンセンターへ連れていくことにして今に至る。

とりあえず大事に至らなくてよかったと、藤色の横髪を耳にかけると横からくぐもった声が耳に入った。
「──…ここどこ?」
起き上がって早々お馴染みのベタな寝起きのセリフを口から漏らした。

「あんな場所でぐったりしてたからポケモンセンターまで運んだんですよ」
冴えない目でも、白い病室内にいやでも映える赤のスーツが目に入る。

「…だれ?」



今思えば進化やフォルムチェンジについて目覚めるきっかけとなかったのは、
私の人生に研究者という新しい色を差してくれたのはこの人かもしれない


「──私はゴヨウ。
シンオウリーグ、エスパー使いの四天王です。」
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