番外

vsオーバ


 ──何度来てもこの瞬間の緊張には慣れない。



 フィールドに出る直前の試合会場内・選手用エレベーター前。
 このエレベーターでフィールドに入ると、もう後戻りはできない。
 観客の声援と期待、そしてそれらをさらにヒートアップさせる実況に、この場にいる全ての視線が一斉に注がれるのだ。

 「お前は今から無謀にもチャンピオン挑むための試練を乗り越えるんだぞ」と、そう言われているような気持ちにすらなる。
 今から戦う相手の重さを五感を持って感じ取り、足取りが重い。


 それがたとえ、いつも一緒になってバカをやっている悪友が相手であってもだ。


 パンッと重い足に自分で鞭打って走り出す。
 私を乗せたエレベーターが一定のスピードで上がっていく。
 観客の声がだんだん近づいて、ガコンと音を立ててエレベーターがフィールド上に出て止まる。沸き立つ観客の声援を物ともしない声がハンナを迎え入れた。




「ようハンナ、待ってたぜ」


 独特な大股開きで待ち受ける四天王のオーバは至極楽しそうに笑った。

「お前がシンオウリーグで優勝した時から楽しみにしてたからな。指折り数えて待ってたんだぜ」
 まるで待ちきれないと主張するその手の中には、すでに見慣れたボールが握られている。
「孫の帰りを待つ田舎のおじいちゃんみたい」
「待て待て待て、違うんだハンナ。そういうやりとりのために言ったわけじゃないんだぞ。相変わらず緊張感ないなお前は…ま、こんな贅沢な場所でいつもの馬鹿話するのももったいないだろ?出せよ。始めようぜ」
「わかった。…楽しみにしてたのはオーバだけじゃないんだよ」


 オーバはレフェリーに視線を送ると、それを合図にレフェリーは両手に持った旗を左右に広げる。



「これより四天王オーバ対ハンナ選手のバトルを行います。四天王の使用ポケモンは5体、チャレンジャーの使用ポケモンは6体。ポケモンの交代は両者認められます。どちらかのポケモン全てが戦闘不能になった時点でバトルは終了です。

──それでは両者、ポケモンを」



「行くよアブソル!」

「ヘルガー、お前が先発だ!」


 両者の先陣がフィールドへ降り立つ。
 レフェリーの旗が高く掲げられる。


「バトル開始!」




 オーバの先発はヘルガー。

 こうしてオーバとのバトルを通して見るのは初めてだ。
 アブソルとの対面として悪くはない。が、一応保険として出だしに様子見がてら挑発やっておきたい。

 ヘルガーも初手は日本晴れをやろうとしていたみたいで、挑発の横槍が入り不発に終わる。


(日本晴れを持っていたということは、鬼火や毒々はないのかな?)

 日本晴れで炎タイプ技の威力の底上げ補助とは、なんともオーバらしい戦法だと思った。姑息な手を使うより、攻撃に重きを置いたバトルスタイルだというのは、今までのバトルでよく知っている。
 補助技にわざわざ2つも枠を取るなんてオーバはしないだろう。



「ということは、挑発はあまり生かされないかもねえ…アブソル、ドンマイ」



 強運なのに、全くもって運が悪い。
 苦い思い出に終わったライモンジム戦があったから今度こそ挑発をうまく使ってあげたかったが、なんとも微妙な成功に終わった。ショックを受けたアブソルが一瞬つまづくが、なんとか踏ん張って転ばずに持ちこたえる。
 それを見たオーバは目ん玉をひん剥く勢いで凝視している。何もないところでつまづくポケモンなんて、四天王戦では滅多に見ない。


「おいおい大丈夫かお前のアブソル」
「大丈夫。というか人の心配してる場合じゃないよね?アブソル、辻斬り!」
「それは悪かったなぁ、一発はくれてやる!火炎放射だ!」

 ヘルガーの初動を見切ってアブソルの歪曲した角の一撃が叩き込まれる。
 だが辻斬りというには浅く、ヘルガーは気にしないかのように態勢を立て直し、口から放出された火柱がアブソルに襲いかかる。
 フィールドの地面から突き出ている岩があるので避けることは容易だが、逆を言えばヘルガー側も同じことが言えるのだ。近づくことが少し難しい。



「鬼火はないにしても結局状態異常がネックだな…それに簡単に近づけさせてくれなさそうだよ?ねえアブソル」


 火炎放射を全て避け切ったアブソルは「近づけさせてくれなさそう」の言葉に頷く。

 アブソルが頭の角を大きく振りかざし、空間を裂くように思い切り振り下ろすと、周りの空気がどんどん渦巻いていく。
 空気が互いに激しくこすれ合い、研ぎ澄まされるように次第に鋭さを増していく。
 ヘルガーの素早さとアブソルの素早さの差は意外と大きい。しかし容易に近づけないのであれば、逃げ場をなくしてやればいい。


「鎌鼬!」

 ハンナが告げると、同時にアブソルが遠吠えのように声を張り上げる。
 鎌鼬の渦が一斉に飛散し、ヘルガーに向かって斬りかかる。渦巻く空気の刃に押し上げられ、空中に投げ出されたヘルガーはすかさず悪の波動で四方八方から襲い来る鎌鼬を打ち消す。
 四足の身軽さで地面の衝突は避けて再び互いに向き直ったのも束の間、フィールドから突き出た一際目立つ岩の上に降り立ったヘルガーからアブソルを狙って、お返しと言わんばかりに日本晴れを発動し、威力が倍増した火炎放射を辺り一帯に浴びせてくる。
 幸い火傷にはなっていないものの、たかが一発だがされど一発。底上げされた分ダメージがかなり重い。

 とは言ってもヘルガーはアブソルほど物理的な接近戦に強くはない。打たれ弱さはアブソル以上と言ってもいい。
 どちらも長丁場のバトル向きではないが、一方純粋な攻撃力ではアブソルに軍配が上がる。物理技を一発直撃させられれば突破できる自信はあるが、そう簡単にさせてはくれないだろう。
 火炎放射に悪の波動。こぞって中距離の特殊攻撃を撃ってくるもんだから、その高い攻撃力も接近できないならまるで意味がない。



「ヘルガー、悪の波動!」


 立て続けに一定の距離感を保った攻撃を繰り出して来る。
 近づかなきゃ攻撃ができないとわかっているのなら、もうやることは単純に一つだ。
 何が何でも一発耐え切って一撃を浴びせるしかない。



「アブソル耐えて!仕掛けるよ!」

 ハンナが鼓舞すると、アブソルは手足の先の黒く鋭い爪を地面に深く突き立て、大波のように迫り来る悪の波動を受け止める。薙ぎ払われないように、身を低くして波動が通りすぎると一気にヘルガーへ飛びかかり距離を詰める。
 アブソルが身に纏っていたのは、空気を取り込んで渦巻く鎌鼬だった。




「鎌鼬で悪の波動を受け流したのか…!近づけさせるな!ヘドロ爆弾!」

「そのまま突っ切って!」



 ヘドロ爆弾は纏っていた鎌鼬によって軌道が捻じ曲げられ、左右へ流される。
 鎌鼬も度重なる技とのぶつかり合いで弱まり消えてしまった。
 アブソルがヘルガーの前の前に降り立ち、ほぼ一騎打ちに等しい対面。

 オーバが顔をしかめる。忘れていたわけじゃない。
 何と言っても一騎打ちになると、打たれ弱いヘルガーにとって一番怖い技が来る。



「不意打ち!」


 正面衝突寸前のところでヘルガーの目の前でターンを決めたアブソルは、身体を捻った勢いで黒く鋭い尻尾をヘルガーへ叩き込む。
 技の打ち合いに持ち込もうと、火炎放射をしようとしていたヘルガーの胴体に不意打ちがめり込む。

 体勢を大きく崩したヘルガーが睨みを効かせ、這い蹲りながら火炎放射でアブソルを牽制するが、すでにヘルガーの背後を取っていた。
 反撃の余地もなく、背後からの辻斬りによって岩に叩きつけられ、ヘルガーは力なく、くったりとその身を地面に預けた。

 レフェリーが倒れたヘルガーの様子を見て、旗を掲げる。



「ヘルガー戦闘不能、アブソルの勝ち!」



 ヘルガーのあのダメージの受け方は不意打ちが急所に入ったと見て間違いなかった。強運がうまいこと働いたとみていい。
 日本晴れもそろそろ効果が終わる頃合いで、徐々に日差しが弱まって来ている。

 初戦は白星発進。
 だが、次戦に続投するには少し心許なさそうなダメージかもしれない。



「ありがとうアブソル。ひとまず休んで」



 鎌鼬をうまく扱えなかったら、きっとこの初戦は黒星を飾っていたはずだ。
 アブソルの頬をひと撫でしてボールへ戻すと、その瞬間、思い出したかのように耳にドッと観客の声援が流れ込む。
 そうだ、これは普通のポケモンバトルじゃないんだ。


「大丈夫か〜?この声援に飲まれるなよ?」
「わかってるよ」

 流石にオーバはもう慣れっこらしい。
 物ともせずに、次のポケモンを構えている。

 私も、次のボールを手に取る。



「カブトプス行くよ!」
「出てこいブースター!」



『ブースターとカブトプスの対面になりました!!相性ではハンナ選手の有利です!』

 実況がブースターとカブトプスに焦点を当て、モニターには2体がでかでかと映し出されている。
 対面自体は悪くない。寧ろ美味しいくらいだ。


「ブースターの電光石火が欲しいな…」

 カブトプスの特性は砕ける鎧。
 物理技がヒットすれば、防御は下がるが素早さが飛躍的に上がってくれる。
 効果が今ひとつの電光石火はカブトプスにとって美味しい餌そのものなのだ。



「ブースター、鬼火!」
「まぁそう都合よくは来ないか!カブトプス、アクアジェットで打ち消して滝登り!」

 滝登りで空中に打ち上げられたブースターにカブトプスが猛追を仕掛ける。
 両手の大鎌が切り刻まんという勢いで振るい、なぎ払う。
 フィールドに大きくリバウンドしたブースターを捉えて鎌で地面に縫いつけようとする時、あと寸でという所で電光石火で抜け出して逃れた。


「ギガインパクト!」

「受け止めてカブトプス!」


 ギガインパクトがカブトプスに炸裂する。
 電光石火と同じく、カブトプスにはギガインパクトの効果は薄い。
 ギガインパクトを受け止めたカブトプスの身体からパリパリと、僅かに光る薄い膜のような鎧の殻が砕け散った。




  * * *




 カブトプスの鎧が砕け散る瞬間を「ほお、」と物珍しくその光景を見ていた。

「珍しいな、砕ける鎧か。電光石火の中途半端なダメージじゃどんどん素早さを上げちまう、オーバーヒートはブースター自身の特攻を下げる割には効果が薄い、あの素早さのカブトプスに鬼火を当てようとすればアクアジェットで逃げられるうえに、ブースターが隙だらけになる…どんどん不利になるな」


(技を使わずに特性で殻を破るような効果が得られるだけで、ここまで苦戦を強いられるかよ)

 しかも技じゃなくてもあの鋭利な大鎌もなかなかの脅威だ。攻撃面に特価した姿形ってだけで問答無用で強そうに見える。
 水タイプは炎タイプより圧倒的に数が多く、特性も複合タイプのバリエーションも豊かな分、こっちは攻略のしがいがある。
 

 ──そして、あの砕ける鎧を落とすのはそう困難な事じゃない。




  * * *




(オーバ長考してるなあ…)
 カブトプスとブースター越しに見えるオーバ。ブースターに指示を出しあぐねているわけではなさそうだが、以前戦った時と同じ技構成であるのなら確かにカブトプスの相手をするにはブースターだと手段が限られるかもしれない。
 ということは、交代の可能性もあるということだ。カブトプスに有利な対面になるオーバの手持ちといえば、ゴウカザルと水タイプへの相性補完をしたポケモンとなる。ヘルガーは日本晴れを備えていたから、きっとソーラービームを誰かしらに覚えさせているだろう。


「まぁでもゴウカザルはまだ出てこないでしょう…」

 なんせ切り札レベルのオーバの相棒だ。
 ここで出てくる可能性はなきにしもあらずだが、低いと見た。だってまだ序盤すぎる。ゴウカザルを出すまでもないんじゃないか。オーバからしたら、この後に私が何を出してくるかわからない状態なのだ。

 ふとオーバがとある決断を下したらしい。
 握られたボールにブースターが戻っていく。



「ブースター交代だ!ゴウカザル!」
「え!?」」

 オーバの判断は早かった。ブースターも交代を読んでいたのか戻りは早い。


「うーわまじか、出番早いな…!」


(ゴウカザルはちょっとやばくない?)
 正直、今ここでまさかゴウカザルが出てくるとは思わなかった。完全に油断してた。

 砕ける鎧のデメリットは防御の低下。
 対してオーバのゴウカザルは徹底的な物理型の高火力アタッカー。まだカブトプスの上がった素早さには追いつけないだろうが、効果抜群のマッハパンチが連続で当たりさえすればカブトプスは容易に戦闘不能になる。
 仮にインファイトが来たら一発KOも十分圏内のはずだ。それでもカブトプスの素早さが上がってる以上、ダメージも大きく先手を取れるマッハパンチの方が怖い。

 だがここで交代もしたくない。
 ゴリゴリのアタッカーであるゴウカザルを受け切れるのはいるにはいるが、ゴウカザルのためだけに手の内をそう簡単にひけらかしたくなかった。

(もしかしてオーバのやつ、カブトプスを交代させてこっちの手の内を見るのが目的?)
 オーバには残念だが、こんな大舞台でわざわざ手の内を見せて差し上げる余裕なんざ持ち合わせてない。
 カブトプスがやられる前に、あのゴウカザルへ確実に、出来るだけのダメージを与えなくては。



「カブトプス、後続に繋げるよ!アクアジェット!」
「マッハパンチ!」



(やっぱりそう来た!)

 アクアジェットとマッハパンチがぶつかり合い、さらに鎧は砕け散りカブトプスの俊敏さに磨きがかかる。

 あのゴウカザルはオーバがトレーナーとして旅だった時からの相棒だ。
 相当長い年月連れ添って鍛え抜かれたため文句のつけようがないほどレベルが高く、タイプ相性の善し悪しに簡単に左右されない土台の強さを持っている。

 対策されやすいタイプ統一の四天王は、基本的に何が来ても対応するために相性補完も完備している。ゴウカザルの弱点なら水や飛行タイプにも通る雷パンチを絶対に持っているはずだ。
 それにオーバの技構成の傾向として1匹につき大抵ひとつは高火力技が入っている。いつぞやに見たインファイト、フレアドライブの残りの2つの技が変わってなければ、ゴウカザルの技構成は全て判明したことになる。度し難いほどに恵まれた高火力技のオンパレードで、改めてゴウカザルのバトルへのポテンシャルの高さを痛感させられる。
 だが、それによってカブトプスの次に繰り出す子は決まった。



 追随を許さないカブトプスは四方八方からゴウカザルに斬り掛かる。時にはストーンエッジで距離を取りながら攻撃し、アクアジェットで背後から対応できない速度で猛激を仕掛ける。
 よろけるゴウカザルにダメージを重ねて重ねて、あわよくば倒す。
 凄まじいプレッシャーを与える勢いでゴウカザルに迫る。


「来いよカブトプス、今までやられた分を全部ぶち込んでやるぜ!雷パンチ!」
「踏ん張れカブトプス!堪える!!」

「俺にも四天王の意地があるんだよ。堪えさせるか!」


 ゴウカザルがカブトプスを迎え撃つ準備は万全だった。
 鍛え抜かれた軸足と利き手の拳に力がこもり、ゴウカザルの雷パンチのラッシュがアクアジェットを解いたカブトプスに襲い掛かる。
 もはやインファイトに雷が帯びたような反則的な光景で、雷パンチの域を優に超えている。堪えることに期待したいが、視覚的にも伝わるあまりの威力に受け身を取っているカブトプスが堪えきれるかが本当にわからなくなってきた。


「ラスト一撃!」
 オーバによるカブトプスへのトドメの宣言。
 ゴウカザルの拳に落雷が味方したような轟音がフィードに轟く。咄嗟に耳を塞いでしまった。


 フィールドに立ち込める爆煙の中に、真っ赤に光る鋭い双眸が実況席から垣間見えた。
 あれはゴウカザルの目ではないとわかると、実況者が思わず息を飲む様子がマイクを通して会場に伝わる。



『カブトプス…堪えきった!!』




 力のこもった実況にハンナもオーバも驚愕する。
 カブトプスはあの雷パンチのラッシュを堪え切っていた。
 限界まで鎧を砕かれて瀕死寸前の状態にも関わらず、立っている。身体からは煙が上がり、電撃による麻痺なのか火傷なのかよくわからない様子だが、まだ目に力が宿っている。


「アクアジェット!!」

 防御も体力も限界の中で、極限まで上がった素早さで両手ですかさずゴウカザルを抱え込むと、最後の力を振り絞ったアクアジェットで自分ごと岩に突進してカブトプスは力尽きた。
 カブトプスの体はバチバチと帯電している。
 一方ずぶ濡れのゴウカザルは、岩に直撃したもののしっかりと両足で立ち上がっていた。



「カブトプス戦闘不能、ゴウカザルの勝ち!」






「すごかったよカブトプス…ゆっくり休んで」

 本当に限界までゴウカザルとタイマン張ってくれたカブトプスに、「ありがとう」とボールへ戻すと、ボールが小さく震えた。
 全く言うことを聞かなかった最初の頃を思い出して、カブトプスの成長を噛み締める。
 すると、不意に一人分の拍手が聞こえてきた。オーバによるカブトプスへの奮闘を讃える拍手だった。


「カブトプス根性あるじゃねえか。なかなか熱かったぜ」
「余裕そうだねオーバ。相棒が頼もしいから?」
「ああ、でも言うほど余裕はないぞ」
「どうだか。さぁ、出てきてハクリュー!」


 モンスターボールから飛び出したハクリューはしなやかな姿を見せた。
 カイリューではない彼女の首元には、控えめに輝く進化の輝石がある。
 必然的にハクリューは上からゴウカザルを見下ろす形になり、両者は睨み合っている。ハクリューは打たれ強いが、いかにも乱暴そうな格闘タイプはあまり好きではないようで、どうもゴウカザルを視線で煽っているように見える。
 きっとこのバトル以外で顔を合わせてもソリが合わなさそうな雰囲気だった。


「来ないならこっちから行くぞ!フレアドライブ!」

「余裕で受け止められるよね?龍の舞」



 どのみちゴウカザルの方が素早さは上なのだから、こっちは攻撃する準備を整えるだけだ。
 素早さと攻撃力を底上げしつつ、フレアドライブを受け止める。火傷を負おうが関係ない。焼けた肌の部分の皮が剥がれて難なくダメージを受け流す。

 特性の「脱皮」があるから、フレアドライブで火傷になろうと雷パンチで麻痺になろうが怖くない。状態異常に左右されないというポテンシャルの高さはこの状況だと大いに頼もしく、寧ろ不用意に近づいて不利を被るのは、ゴウカザルの方だと思い知ってほしいとすら思っている。

 あれだけ派手に好き勝手動き回る素早いパワーアタッカーに対してやる事はたったひとつなしかないのだ。



 ハクリューはインファイトで剥き出しになったゴウカザルの拳を直撃寸前のところで見切って尻尾で絡め取り、ゴウカザルのつま先が地面から離れるほど縛り上げて動きを封じる。
 ここまで来たら、あとは定石通り。

「電磁波」

 ゴウカザルとの接触部分から微弱な電撃が走ると、ゴウカザルは仰け反る。
 先程までの勢いはなくなり、ハクリューを振りほどいてその場で片膝をついた。



『ゴウカザルの素早さが電磁波によって封じられました!』



 目の前の事実と実況にオーバが苦虫を噛んだように顔をしかめる。

「進化の輝石の受け身に、麻痺の撒き散らしに、龍の舞で攻撃と素早さの底上げするドラゴンタイプのアタッカーかよ。重いなあチクショウ…しかもあのハクリューはたしかカントーからの奴だったよなあ」

 ゴウカザルの素早さを封じられたとなると、だいぶ分が悪い。さっきのカブトプス戦のダメージも蓄積しているのだ。
 こうしてる間にもあれよあれよという間に着実に龍の舞を舞って力の底上げをしている。


「ゴウカザル、まだいけるな?」
ゴウカザルは頷いた。手足が痺れはするが、幸い踏ん張りはまだ効く。

「インファイト!」

 スタートダッシュで地面が捲れ上がる。
 ゴウカザルの根性の出だしはハクリューとハンナを驚かせるのには十分で、猛然とハクリューにゴウカザルが食らいつく。



「はあ!?信じらんない!本当に麻痺になってんの?怯みを狙ってドラゴンダイブ!」

 ハクリューは身体を鞭のようにしならせてゴウカザルに突進する。
 威力はお相子。怯みはしなかったが、やはり麻痺は健在だったようで、手足を重点的にハクリューが鞭を打つように叩きつけている。嫌な性格をしているが、ゴウカザルに対しては最も確実な正攻法だった。気合いで鞭打った根性はそうは長く続かない。それで勝てたら苦労はない。
 次第にゴウカザルの動きは鈍くなり、着実にダメージと疲労が入っている事をオーバは実感し始めているのが見て取れる。


 ──だがそう悠長なことをしていられない。早々に決着をつけなきゃいけない。
 リザードンと同じくゴウカザルには猛火の特性がある。猛火が発動し始めたらいよいよラストスパートだが、その分炎タイプの技の威力が爆発的に上昇する。
 猛火が発動したら必殺の一撃に等しいフレアドライブが確実に飛んでくる。ゴウカザル自身へのダメージで最悪相打ちを狙えるが、歴戦のゴウカザルを倒す代償に炎技の威力を半減して受けられるハクリューを失うのはこっちのダメージがでかい。ゴウカザルが最後の一匹じゃないことを考えると手数が多いに越したことはない。
 だから、そろそろこの怖いゴウカザルにケリを着けたい。

 片膝をついて蹲るゴウカザルはただ動けないだけなのか、それとも嵐の前の静けさなのか。




「猛火が発動する前にカタをつけるよ!龍の舞!」


 麻痺で動けないゴウカザルを見据えて龍の舞を何度も積んだハクリューの目が真っ赤に染め上がる。
 ハクリューは「いい加減倒れろ」と言わんばかりの勢いでゴウカザルに迫るが、ついに恐れていたものがきてしまった。

 ゴウカザルの頭の炎が噴火のように膨れ上がって暴発する。見るもの全てを圧倒した。
 リザードンとは全く違う雄々しさがある。ゴウカザルの猛火を見るのは初めてだった。
 ハクリューを睨みつける眼は激しく燃え上がる赤を思わせた。溢れ出る炎は辺り一面を赤く照らし出す。
 肌で感じる熱とプレッシャーですぐに伝わる。オーバもゴウカザルも、確実にハクリューをここで止めるつもりだ。

(ドラゴンダイブじゃ押し負ける!!)



「負けるなゴウカザル!この一発に全てを込めろよ、フレアドライブ!!」

「混乱する前になんとしても決めてハクリュー!逆鱗!!」


 ハクリューの自我があるうちに、思いの丈を叫ぶ。

 龍の舞で飛躍的に上がった攻撃力は混乱した時に大ダメージに繋がりかねない。ボールに戻すしかなくなる。
 逆鱗が収まるまでにどうにか決着を着けたい。

 公式の場で対面するゴウカザルとオーバは間違いなく脅威だった。
 今この場ではいつもの一緒にバカやってるあのオーバではない。勝ち負けに拘らないジムリーダーとは違う、完全に私達の前に立ち塞がり、負ける事が許されない四天王のオーバだった。

 逆鱗なんて本当は使いたくはない。
 使いたくはないが、そこまでしないとあのゴウカザルは突破できない。ここで止めないと、猛火が発動したゴウカザルの一撃を止められる子はいない。
 それにハクリューが望んで覚えた大切な技に懸けたい。



 拳と尾が激しくぶつかるたびに、フィールドが抉れて、炎の熱で溶けていく。
 ハクリューの表皮からひっきりなしに脱皮で火傷の部位が脱ぎ捨てられるように剥がれていく様は、ゴウカザルのフレアドライブの炎の凄まじさを物語っている。

 双方血走った眼での闘いは地獄絵図のような光景でしかない。
 が、その地獄絵図の中でのゴウカザルが一瞬、片脚の動きがビクリと脈を打つように止まった。


「麻痺…ッ!?」


 時間が止まったような覚えさえした。
 私が呟いた瞬間、ハクリューの尾がゴウカザルの頭上を取った。
 ハクリューが歯を食いしばってありったけの力を込めて脳天から尾を叩きつける。
 ハクリューの「手こずらせやがって」という声が聞こえた気がする一撃だった。脳天から伝わった衝撃はゴウカザルの全身を地面に叩きつけ、大きくリバウンドし地面に倒れた。
 猛火で燃え盛っていた炎の勢いが緩み、ゴウカザルは肩で息をしている。



「ゴウカザル戦闘不能!ハクリューの勝ち!」


 レフェリーの判定と同時にとうとうハクリューも限界がきて、混乱により所構わず攻撃をし始めた。

 運が味方についた。
 リザードン抜きで、あのゴウカザルを突破した。
 密かな目標を達成した喜びを噛み締めてハクリューのボールを構える。


「戻ってハクリュー!ボールの中で休んで…って、聞こえてないだろうけど」
 あのゴウカザルを突破した。ひとまず安心だ。深呼吸をすると、オーバが口を開いた。

「舐めてたわけじゃねえんだけどなあ。いいとこまで追い詰めたんだけど、惜しかった」
「何もう試合終わったみたいなこと言ってんの?まだ終わってないんだよ」
「それもそうだな…もう一度行くぞブースター!」
「行くよビークイン!」



「ビークインか…」

 オーバはビークインの姿を見て思考する。
 見破られるかもしれない。

 ──ビークインは、“確実に”相手を一体倒すためにいるのだ。
 ビークインは相性としては良くないが、それがいい方向に働くこともあるのだ。



「ビークイン、追い風!」

 ビークインが羽を高速で羽ばたかせると、フィールドに一方的な風が吹き抜ける。
 ブースターにとっては向かい風になり、宙を飛び回るビークインに対して電光石火なんて困難を極めることになる。


(先手は打った。あとは鬼火を警戒するべきか、歓迎するべきか迷うなぁ)
 慎重にブースターとオーバの行動を注視する。
 ビークインで戦うには、どうしても先制が必要になる。うまく追い風の恩恵を受けることができる状況にはなったが、問題はこの後だ。オーバがこっちが何をしようとしてるのか気付けば、長い読み合いになること必須だった。



「追い風をしてくるってことは、防御指令も回復技もないのか…?」

 高い耐久を誇るビークイン。
 一番身近なリョウのビークインを思い出す。素早さを捨て、特性のプレッシャーを生かした高耐久と回復で相手を追い込み、安定した専用技である攻撃指令で突破するやり方。

 だが追い風をしてくるとなると先手を打って何かをしてくるということになる。

(堪えるからのがむしゃらか?)
 いや、いくら相性の悪さがあってもあの高耐久でそれだけを目的にするには苦しい。が、ないとも言えない。今のところ一番あり得そう。

(それとも攻撃タイプか?)
 ダメージを半減する相手にわざわざそんなリスキーなことをハンナがするとは思わない。パワージェムがあるとしても、俺を相手に積極的にビークインを出す意味は薄い。

(他に何かあったか…?)
 こうして長考してる間にも、ブースターは奮戦してくれている。
 オーバーヒートは連発できない。そう長くは戦わせられない。



(──長くは戦わせられない?)
 わざわざ炎タイプのブースターに、虫タイプのビークインを戦わせ、耐久に振らず、素早さ補正をかけてる意味。
 オーバーヒートなんかが命中すれば、一撃で戦闘不能に陥る危険性。


(それがもし、ハンナの狙いであるなら?)





「ビークイン、攻撃指令!」


 ビークインがくるりと翻すと、ビークインを取り巻く連なった六角形のユニットからおびただしい数の虫達が一斉にブースターへと襲いかかる。
 数が物を言うように死角関係なくブースターを取り囲むように攻撃を仕掛ける虫達に、ブースターは自らの炎袋の中で生成する炎を一気に圧縮して解き放つ。

 オーバはその時見てしまった。
 この時を待っていたと言わんばかりに笑うハンナの笑みを、見逃さなかった。


「オーバーヒートは撃つな!電光石火で抜け出せ!」




 咄嗟の指示にブースターは虫達を電光石火で振り切って抜け出す。
 追い風はビークイン に対して攻撃する時にはブースターにとって向かい風となるが、逃げ出す時にはブースターの足を助けた。


「あ〜あバレちゃったか」
 悪びれなくわざとらしく言うと、オーバも笑って返す。

「道連れとはな。リョウ見たら憤慨するぜ?」
「四天王と同じ構成じゃあ芸がないでしょ?」
「ったく、恐ろしいことしやがって」
「でも言っておくけど、攻撃しないとビークインはなかなか倒れないよ?」
「…なんだと?」



(──ないと思っていた回復技があるということか?)

 追い風があるからといって、回復技を削っていると考えたのは浅はかだったか?
 そうなると一気に状況が悪くなる。電光石火と鬼火だけではダメージがジリ貧すぎる。しかも相手の特性はプレッシャーだから持久戦になればなるほどブースターが不利になる。





(なんて、回復技なんてビークインは覚えてないんだけどね)
 思考するオーバに心の中でタネを明かす。
 ダメージを与えないと倒れないなんて、私は当たり前のことを言っただけだ。だがなんの変哲のない当たり前の言葉が状況によっては受け捉え方が全く違ってくる。

 ビークインを相手にするなら普通は高耐久と回復を警戒する。
 だけど追い風に道連れ、攻撃指令となると、攻撃のタイミングを間違えたら自分のポケモンも道連れによって瀕死になってしまうので道連れへの警戒が勝り、挑発がなければ地道に状態異常などで削っていくのが得策になる。
 だが回復技の存在をチラつかせると、話は少し変わる。ビークインの特性によって今よりもっと悪戦苦闘を強いられることが目に見えるのだ。短期決戦が望ましくなる。


 ブースターから交替しないあたり、ブースター以外は補助技を持っておらず、道連れを誘発しやすい高威力技ばかりを持った面子が揃ってると見た。
 技構成は鬼火、ギガインパクト、電光石火、威力が落ちていないオーバーヒート。他の面子には挑発もなければ身代わりもない。

(──あとは、オーバーヒートを無理矢理にでも引き出させる!)





「ビークイン本気で取っ掛かるよ、攻撃指令」


 ビークインは途切れることなく虫達を放出している。
 振り払いきれない虫の大群は遠目から見ても黒く密集した巨大な生き物のようで、執拗にブースターを追いかける。電光石火でその場を凌いでも、電光石火で逃げた先には別の虫達が先回りしている状態で逃げ場がない。


「振り払えブースター!オーバーヒート!」


(これだけ距離が離れてるんだ、突っ込んで来ない限り──)





「道連れ」




 ──この勝負のメイキングは、私の方に部があったみたい。
 そう耳元でハンナが囁いた気がした。
 オーバは目の前の光景を見て、そう思わざるを得なかった。

 初発のオーバーヒートの炎は、ブースターの純粋な最大火力。
 離れているから当たらないという期待は、ものの見事に粉砕された。
 その炎が攻撃指令の大量の虫達を飲み込みながら伝い、発生源であるビークインの方へ迫っていく。あのおびただしい虫達は橋のようにビークインへと繋がれていたのだ。
 その瞬間は一瞬だった。

 道連れをブースターへ施したビークインは炎に飲まれてゆっくり地に堕ちる。
 その目は怪しく瞬いていた。
 同時にブースターもまたビークインと同様に目が怪しく光ると、足は踏ん張ったものの道連れの効果が勝りその場に倒れる。両者はそのまま戦闘不能となった。





「ブースター、ビークイン、共に戦闘不能!」


『ビークインの道連れが決まった!』



 あまりこういった大舞台では見られない戦法なのは百も承知だった。
 道連れや滅びの歌といったマイナスなイメージの技は、個人的に好まない人もいるからだ。


「なあ、残りの技は回復技だったのか?」

 ざわつく会場をよそにオーバは尋ねる。
 すでに戦闘不能となったビークインの技構成を明かすのは問題ないだろう。

「いいや、普通に燕返しが入ってたんだよ。ゴウカザル対策にね」
「なんだよあれハッタリだったのかよ〜俺はまんまとやられたわけだ」


「両者、ポケモンを出してください」
 同時に倒れて引き分けとなったため、試合開始はレフェリーに仕切られる。


「出てこいギャロップ!」

「ギャロップ…」
 ギャロップは優秀な補助技から一撃必殺の技、豊富な物理技を備えている。
 素早さも高い。高速移動からの当たるまで一撃必殺の連発…は、オーバは恐らくしないだろうが、何を引っ提げて攻撃してくるかが読みづらい。


「アブソル、ここはお願いしてもいい?」

 ボールが声に呼応して震える。OKということだろう。


「ありがとうアブソル。お願い!」


 アブソルとギャロップが向き合う。
 ここでは無理してギャロップを倒さなくてもいい。何を持ってこっちに向かってくるのかを知れればいい。
 アブソルを出したことによってオーバもこっちの警戒は読まれているだろう。多分、普通に攻撃を仕掛けてくるはずだ。この後のことを考えると素直に私の手数を減らしたいはずだ。

 フレアドライブか大文字は確実に採用している。あとは水タイプ対策のソーラービームかワイルドボルトか。日本晴れの有無で別れるだろう。ソーラービームだった場合の残りのひと枠が読めない。


「ギャロップ、フレアドライブ!」


(初っ端からかっ飛ばすなあ…!)
 さっさとアブソルにはご退場願いたそうだ。アブソルは鎌鼬で距離を取って応戦する。
 が、先手必勝とばかりにギャロップは果敢に迫りアブソルとの距離を開けようとしてくれない。

「そう都合よく逃してもらえると思うなよ。飛び跳ねろギャロップ!」


 ギャロップが跳躍する。
 鎌鼬の気流を利用して容易にアブソルより上を取ってしまった。狙いを定めて落下の速度を利用し、そのまま一直線に蹄を使った踏みつけをアブソルに食らわせ、地面と衝突した衝撃で土埃を巻き上げる。



「アブソル戦闘不能!ギャロップの勝ち!」


 地面には目を回して倒れるアブソルの姿があった。
 やっぱりヘルガー戦でのダメージは大きかった。判明した技は多くはないが、アブソルの健闘に感謝をしなければならない。

 次の子はもう決めている。
 手の内がわからない間にロトムは出せない。なら、必然的に出す子は決められたも同然だ。




「エーフィ頼んだよ!」


 リザードンやエルレイド達を除いた中ではハクリューと並んで主力中の主力だ。
 物理に対して打たれ強いわけではないが、ギャロップを上回る素早さと特攻を誇る長い付き合いの子。
 「頼んだ」という言葉に対して、高い声で短く鳴いて応える。


 エーフィにはこの後も頑張ってもらうつもりだ。
 この後に控えているであろブーバーンには、エーフィかハクリューを投じるつもりだったが、ハクリューはゴウカザルとの戦いに出してしまったから無傷のブーバーンとバッティングさせるのはキツイだろう。せめて出番がくるまでは休んでいてほしい。
 このギャロップに日本晴れとソーラービームさえないことが確定できたら、ロトムと出すことができるのに。
 ブーバーンもギャロップと同じく水タイプには大きく不利にさせる多彩な技を覚える。そう考えると、ギャロップで出番がなければ、ロトムはもう出すタイミングがない。


(…これは試合終わったら拗ねるやつだな)

 注意深くギャロップとエーフィの戦いに目をやりながら考える。
 エーフィは絶妙なタイミングでギャロップの攻撃を翻して様子を伺ってくれている。ギャロップはさっきからずっと飛び跳ねるとフレアドライブしか使っていない。
 エーフィに対してメガホーンもしてこなければ一撃必殺もしてこない。ということは、ソーラービームがあることがさらに濃厚になってきている。


 跳び上ったギャロップの狙う着地点はエーフィのいるど真ん中。「避けて!」と指示をすれば、逆光のせいで一瞬反応が遅れるもギャロップはエーフィ目掛けて蹄が地面を抉った。辛うじて避けられたものの、ギャロップはエーフィの目と鼻の先という極めて至近距離。

「そのままフレアドライブ!」
「しまった…!」

 避けるのではなく、サイコキネシスで弾き飛ばすんだった。
 一心不乱に猛進する炎の塊がエーフィを弾き飛ばし岩に小さな肢体が叩きつけられた。


「エーフィ立てる!?」



 エーフィはなんとか立ち上がるも、よろけている。真正面からフレアドライブを受け止めてしまったのだ。ダメージは相当でかい。
 前脚を痛めているのが見てわかった。フレアドライブの追加効果の火傷を負っている。
 大ダメージを受けて嬉しくないオマケまでついてきてしまったが、仕方がない。これはこれでいい。

 エーフィに状態異常を負わせたら、ただじゃ済まないのだ。

 慎重にギャロップを見据える。
 だんだんギャロップの顔に苦痛が混じり始めた。エーフィと同じ箇所を庇うように苦痛にもがき始める。



『エーフィ火傷を負ってしまったが、特性シンクロによってギャロップも火傷を負ってしまいました!』



 実況を聞いたオーバは一人納得した。

「シンクロか…まあいい。火傷のダメージを負っても、威力の底上げ手段があるからな!ギャロップ、日本晴れだ!」


 ギャロップが上半身を反って天に向かって高く唸る。

 フィールドの上空には擬似太陽のような光源が発生し、瞬時にフィールドのあたりが一面が熱気に覆われた。するとギャロップの鬣の炎は大きく揺らめき長く尾を引く。
 晴れの状態は炎の技の威力を格段に高める効果がある。



「厄介だけど、今は味方でもある…!朝の日差し!」


 擬似太陽が煌めいてエーフィを照らし出す。
 火傷は治らないが、削られた体力は晴れの影響で大きく回復を手助けしてくれた。
 朝の日差しで回復したのもつかの間、エーフィのいた場所に強烈な光の柱が天から降り注ぐ。咄嗟に回避したが、これが何発も連発してくるとなるとだいぶ面倒なことになる。


「やっぱりあったんだねソーラービーム…!」

「フレアドライブ!」

 すかさずオーバが仕掛ける。
 揺らめく鬣が膨れ上がり、ギャロップという名の由来に恥じない襲歩で突進してくる。
 相手も火傷状態で威力は低いとはいえ、日本晴れが手助けしているからあんな大技はもう喰らいたくはない。当たらなければ、相手は勝手に自滅するが、ずっと避け続けるわけにもいかない。


「ハイパーボイスで掻き消して!」

 エーフィの咆哮の音波がギャロップを迎え撃った。
 四足歩行の嫌なところは、耳が抑えられないところだと思う。
 自身の炎のダメージに加えて、ハイパーボイスに耐えきれずに失速したところをサイコキネシスで浮き上がらせ思い切り反対方向へと弾き飛ばす。風船が割れるような破裂音がした。
 ギャロップの身体が地面に叩きつけられると、ギャロップは目を回して地に伏した。



「ギャロップ戦闘不能、エーフィの勝ち!」





 火傷という痛手を負ってしまったが、小さなダメージが蓄積はするものの、エーフィは物理攻撃をしないから麻痺じゃないだけまだいいかもしれない。イーブイ系統の中でもトップクラスの素早さが封じられたら、それこそピンチだ。


(──さて、残りは1体)

 集中を高めなくてはいけない。
 こっちの残りはハクリュー、エーフィ、ロトムの3体。
 ロトムには申し訳ないが、ほぼ出番はない。なんせブーバーンは、ゴウカザルと等しくオーバの切り札なのだ。
 それに水対策は万全を期しているはず。ロトムには受け止めきれない。荷が重すぎる。日本晴れの効果もまだまだ続くことだろう。水技のダメージも大幅に激減してしまう。それによくよく考えてみれば、ブースターの技構成はカブトプスと対面させた時点で全て判明していたじゃないか。完全に私のミスだ。あんなに張り切っていたのに、本当にかわいそうなことをしてしまった。
 
 今の時点でやれることがあるとすれば、状態異常を負わせることかもしれないが、大してかき乱すことはない。並みのトレーナーとは訳が違う。下手な小細工をすればそれこそ今の形勢を逆転される恐れすらある。




「…エーフィ、このまま勝ち抜くよ」


 小さな相棒に伝える。
 だが、その言葉をオーバは聞き逃さなかった。

「交代はなし、か…まだ無傷のやつがいるってのに、余裕だなハンナ」

 そう言うオーバもそろそろ余裕がなくなってきている。
 口元は笑ってはいるが、目が本気だ。勝利を諦めていない。


「舐めてるわけじゃないよ。そっちはブーバーンを出すんでしょ?なら、こっちはそれに相応しい子をぶつけたいだけだよ」
「ならよかった。もう勝った気でいるのかと思ってヒヤヒヤしたぜ」

 レフェリーがオーバに手持ちを促すと、砂埃を上げて重量のあるポケモンが姿を現す。
 両手の大筒の迫力たるや圧巻の風格である。あれで摂氏2000度の炎を出すというのだから、切り札として申し分ない存在だろう。



「やるよエーフィ!サイコキネシス!」

 エーフィの姿勢が低くなる。眼は青白く輝き、ブーバーンを捉えて離さない。フィールドの岩石が重力を無視して浮遊する。すると弾かれたようにその場から一点を狙って発射される。

 狙った先にあるのはブーバーンの大筒。
 無数に打ち込まれた岩石が大筒に押し込められるが、途端に漏れ出す光はそれらを粉砕した。日本晴れが持続している状況下での、即撃ちソーラービームで飛散した岩石の破片を飛び移りながら、エーフィはハイパーボイスを浴びせにかかる。

 ブーバーンは動じない。
 確実にダメージは入っているが、動き回るエーフィに追いつけないのは分かりきっているのか、先ほどとは逆の大筒をエーフィに向け、再びソーラービームで迎え撃つ。
 そして、もう片方の大筒には炎がゆらりと揺らめくのが垣間見える。


「まさか…」

 輪郭に冷や汗が伝う。
 ありえるのだろうか。両方の筒から違う技を同時に出すなど。離れ業だ。滅茶苦茶にも程がある。
 いつだったかデンジが「あいつは非常識」と触れ回っていたのは、あながち間違いではないのかもしれない。


「ブーバーン、火炎放射だ!挟み撃ちにしろ!」


 エーフィは空中に投げ出されている。
 伝っていた岩はとうに地面へと落ちているため、足場はほぼない。
 頭をフル回転させる。日本晴れとタイプ一致の火炎放射と、タイプ不一致連発可能な高威力ソーラービームが合わさるとどれだけのダメージになってしまうのか。
 直撃は免れない。自分が無力すぎる。「エーフィ」と名前を叫ぶだけで、手立てがない。

 すると、不意にエーフィの身体がふわりと空中を滑るように火炎放射とソーラービームの間を縫うように地面へ降りていく。
 空中を浮遊している。何が起こっているのかがわからず、注意深く目を凝らしてエーフィを見ると、眼が青白い。サイコキネシスを使っているようだった。地面に降り立ち、再びブーバーンと対面する。

 エーフィはあくまで冷静だった。あの場で自分自身をサイコキネシスで浮かばせることを、よく思いついたもんだと思わざるを得なかった。一体どこでそんな芸当を覚えたのだろう。私が旅をしていた間に世話をしていたシゲルが入れ知恵でもしたのだろうか。


「おうおう、お前のエーフィもなかなかな芸を持ってるじゃんか」
「いちいちうるさいなあもう!」

 なかなかとはどういう意味で言っているのか。


「なんだよ、そうキレるな。集中切れたか?ブーバーン、火炎放射」

 今度は両腕の筒から炎を吹く。陽光を浴びて両肩の炎が一層燃え上がり、放射される炎の勢いが増す。
 まだ日本晴れの効果は消えていない。だが、もうそろそろこの日本晴れの擬似太陽は消えるはずだ。さっきと比べると、陽炎のようにその光には揺らぎが現れ始めていた。
 この日本晴れさえなくなれば、ブーバーンへの恩恵は途絶える。ソーラービームは溜めが必要になり、連発はできなくなる。
 覚えさせるのであれば、火炎放射ではなく、大文字にするべきだったんじゃないのか?とオーバを見る目に強い力が漲る。



「日本晴れがなくなるまでハイパーボイス!」

「そう来たか…!気張れよブーバーン、押し切れ!」



 部が悪い。とにかく部が悪い。
 ハイパーボイスで全てを掻き消すのは流石に無理がある。
 サイコキネシスで炎を散らすことはできないだろうか。エーフィのことだからやってくれそうではあるけどなにぶん土壇場すぎる。失敗して直撃なんてしたら終わりだ。ブーバーンという種族の特殊攻撃の値はエーフィに匹敵しそうな勢いなのに、この晴れだ。ダメージの計算どころではない。もう本当に嫌になる。


「だとしても、どうしたってこんな景色で終われない…負けられない」


 奥歯に力が入る。
 今の日本晴れがあるうちに朝の日差し回復したらよかったとか、火炎放射の熱でエーフィの火傷のダメージがまた増えそうとかいろいろ考えてしまうが、ここは単純に押し勝ってもらいたい。肌の表面に何本筋を作って顎へ伝ってくる汗を乱雑に拭う。



 せめて、日本晴れが消えるまで。



 エーフィの眉間にシワがより、目が細まる。この状況を一刻も早く打破したいのは同じだった。
 フッと景色がワントーン暗くなる。
 火炎放射の威力が弱まる。日本晴れが消滅したことが証明された瞬間だ。


 その直後、図ったかのようにフィールドに敷かれた砂が一斉に舞い上がる。
 太陽の光を一切遮る質量の砂が一粒一粒が密集し、うねる波のようにブーバーンの火炎放射を雪崩れ込むように飲み込み無理やり掻き消した。



 ──エーフィのサイコキネシス。
 砂がフィールドの中で波打っている様子は、どうにも異様な光景だった。

 どれだけの集中力を要するのか計り知れない。本当に、この子はとんでもない無茶振りをしてくれる。
 ここにきてエーフィというポケモンの「体毛で空気の僅かな変化で天気も相手の行動も読み取る」という特徴に助けられた。
 エーフィも肩で息をしている。
 毎朝毎朝、艶を気にして自慢気にしている額の赤い宝石も、相当な力を使ったせいで濁りかけている。もうそろそろ体力が危ない。



「おいおい随分大味な火消しじゃねえか!面白え!」


 オーバは言葉とは裏腹に「馬鹿じゃねえの」という顔をして目の前の有様を凝視する。口は呆れたように笑っていて、額には玉のような汗をかいている。
 ブーバーンも、さっきの砂で思わぬオマケももらったようだ。あの様子だと、目に砂が入ったに違いない。命中に支障がでるだろう。




「気合いを見せろブーバーン!破壊光線!」
「エーフィ、回避に徹して」


 ブーバーンの両腕の砲がエーフィに向けられる。

「その火傷状態でどれだけ避けられるかな!」

 オーバが笑う。エーフィはその場から動かない。冷静に、ブーバーンを見据えていた。
 一方ブーバーンは、動かないエーフィに不信感を持ちつつも砂で下がった命中を補正するように、十分に時間をとって明らかに狙いを定めている。
 あの小さな肢体に向かって、冗談じゃない一撃を喰らわそうと心の中で躍起になっている。砲に集中するパワーの塊が渦巻いて、見るものにプレッシャーを与えた。



『ハンナ選手のエーフィ、動きません!』


「よくやったよお前のエーフィは」
 オーバは言う。

「俺のギャロップを倒した上に、朝の日差しで回復して、馬鹿みたいな荒技でブーバーンをここまで追い込んだんだ。十分だろ?」


 わかっている。朝の日差しで回復したはいいが、火傷のダメージは継続して蓄積していく。それに火傷の身体で動き回ればいい的になるだけだ。相手は手負いとはいえブーバーンの両腕は打撲もない全くの無傷。言ってしまえばフリーなのだ。



 ──だが四天王とはいえ、勝手知ったる間柄のオーバにこうも上から目線で物を言われると、どうしてこんなにも腹立たしくなるのだろう。
 いや、これはもしかして私の神経を逆撫でして冷静さを失わせようとしているのか?ビークインの道連れの時のハッタリのお返しか?だとしたら、なんて根に持つ男だ、この四天王は。未だかつてないほど、頭に沸騰した血が遡ってくるのを感じる。
 こんな下手くそな口車は、逆効果だということを思い知らせてやる。

(クソったれ)

 こんなハンデ、大サービスだと思えよあのアフロ。
 調子に乗りやがって、ただじゃ済まさない。


 エーフィを「十分だ」などとコケにしたことを絶対に地獄の底まで後悔させてやる。



 私の闘争心に火をつけたことなど露知らず、オーバはまだ口角を上げている。
 そんな私の感情の機微を感じ取ったエーフィは、やる気に満ちた瞳でブーバーンを見据える。これ以上ない頼もしさにハンナの頭が冷やされる気がして、オーバとその相棒に向かってほくそ笑む。

「エーフィ、やるよ。あの生意気なアフロに一泡吹かせよう」


 それを見たオーバはそれに応えるように片手を掲げた。

「やれ、ブーバーン!」
 無慈悲な程の強烈な閃光が煌めく。瞬く間に放出された破壊光線は圧倒的な威力をもって地面を抉り進む。
 負けじとエーフィがサイコキネシスでブーバーンの両腕を縛り上げるように振り上げさせ、破壊光線の軌道を捻じ曲げ、ハンナの真横スレスレを通って空高く光線が貫いた。



「さっすがエーフィ、いい子」

 エーフィは見事、「避けろ」を実行してくれた。
 ハンナからは破壊光線で立ち込める砂埃でエーフィとブーバーンの姿は見えないが、今この瞬間フィールドを含め観客席まで伝わる僅かな空気の異変にエーフィは無事だという確信を持った。

 肌にチリチリとした静電気のような圧を感じる。
 オーバもその異変に気づく。ブーバーンも10万ボルトは覚えているが、破壊光線を打った直後に技の連発はできない。だとするとこの異様な空気の原因はエーフィしかありえない。
 そして思い出した。



「エーフィの技、あと1つわかってないのがあったな…こりゃマズい」


 額に汗が伝う。
 リザードンに腹太鼓とフレアドライブなんて、馬鹿が考えた最強の技みたいなことを本気でやってくるハンナのすることだ。間違いなくどデカイ一発を覚えさせているに違いなかった。

 徐々に砂埃が晴れていくと、満身創痍で全身総毛立つエーフィを中心に石ころから岩までがまるで電磁浮遊のように地面からすっぽ抜けて宙に浮いている。
 エーフィは10万ボルトや雷といった電気技は覚えない。

 ただ、ある一つの技を除いては。



「ハ、…ハハハ!やられたぜハンナ!ブーバーン、とびきり痛えのがくるぞ!構えろ!」

 もう本当に、清々しいほど馬鹿みたいな技で笑いが止まらなかった。
 全くもってカントーの人間はどういう頭をしているんだとつくづく思う。

「もうこんなことをされたらお手上げじゃねえか…!」

 エーフィから発生する強力な磁力に汗も身体も引きずり込まれそうで、破壊光線とは違うプレッシャーがオーバを襲う。





「あんたの切り札に相応しい子だって、言ったでしょ!エーフィ、電磁砲!!」





 ハンナが叫ぶ。
 渾身の力でありったけのプラズマを放出するエーフィの電磁砲が、破壊光線の反動で動けないブーバーンを一直線に飲み込んだ。
 命中率が低いが当たれば麻痺確実の電磁砲。

 電磁砲のプラズマが弱まって、細くなり、やがて途切れる。
 プラズマが途切れると、フィールド外の壁まで押し出され、電磁砲から解放されたブーバーンは力尽きていた。巨体を揺らしてその場に倒れる。
 辺り一帯の静電気で髪が乱れたが、そんなのはどうでもよかった。
 会場は火力の応酬合戦のようなバトルに圧倒されてかシンと静まり返っている。


 その静けさの中、レフェリーが旗を高々と掲げる。




「ブーバーン戦闘不能!エーフィの勝ち!四天王オーバの戦闘可能なポケモン残り0、チャレンジャーの戦闘可能なポケモンは3体」


「〜ッ!!!!」

 その言葉から導かれる判定に、ハンナは一足先に打ち震える。




「よって勝者、トキワシティのハンナ!」







 会場が一斉に熱を持って湧き立つ。
 何年ぶりかの四天王3人目の突破の快挙に色めき立って拍手の嵐が巻き起こった。



「よしッ!!」



 駆け寄る砂だらけでボロボロのエーフィを抱き締めて拳を力強く握る。
 あと1人。ゴヨウさんを突破したら、シロナさんと闘える。


「エーフィよく頑張った…!ありがとう、大好き!!」
 チーゴの実と火傷治しでエーフィを治してもう一度強く抱きしめると、普段は澄まし顔のエーフィがこの時ばかりは勝利を噛みしめるように嬉しそうに鳴いて少しだけ歓喜で滲んだ目蓋を舐めてきた。


 エーフィをボールに戻すと、上から頭を強く押さえつけるように、ガサツに撫でてくる手。

「すっげえ頭してんぞハンナ」
「痛い!手ぇ邪魔なんだけど!」


 悪い悪い、と全く悪びれなく薄っぺらに謝るオーバに目を向ける。
 よくもエーフィに「もう十分だ」なんて言ってくれたなと文句のひとつ言ってやろうかと思っていた。

 が、その考えはものの見事に打ち砕かれる。


「アッハッハッハッハッハッハ!!髪…ッ!!アフロがすごいことになってる!!」
 ゲラゲラとオーバの頭を指差して人目を憚らずに頭を見ては腹が捩れるほど笑ってしまう。笑いを禁じ得なかった。

「うるせえよ!お前のエーフィの電磁砲で髪が膨れ上がったんだよ!」
「だとしてもさ〜…何倍になってんの?」
「当社比1.7倍くらいだな」
「フッフフ…」
「笑い方が気持ち悪いなオイ。ほら、バトル後の握手すんぞ」
「そうだった。ほい、ありがとうございました!楽しかったよオーバ!」



 握手を交わすと、握手をしたまま、オーバが深く息を吸ってしばらくして空を仰いで深く息を吐いた。

「あ〜、負けた。俺は完全に燃え尽きたぜ…」


 さっきの威勢は何処へやら、今にも消えそうな掠れた声で言った。



「…だけど、お前はまだまだこれからだからな。次はゴヨウさんだ。強いぜあの人。気ィ引き締めてけよハンナ」
「あったりまえ!」


 握手を解いて、手のひらを見せて掲げる。
 パンッと大きくハイタッチして、オーバとの試合を終えた。






  * * *




「では1時間後までゆっくり休んでくださいね」

 リーグのスタッフは笑顔でそう告げると部屋から出て行く。
 部屋の中にただ1人だけになり、観客席から見ていたシゲルから受け取ったリザードンをボールから部屋の中に出して思い切りお腹に抱きついた。


「聞いてよリザードン、あのゴウカザルをカブトプスとハクリューが倒してさぁ、エーフィはサイコキネシスでとんでもないファインプレーを連発しまくったんだよ。見てた?」

 リザードンは小さく唸った。きっとボールの中に篭っているのが我慢ならなくて、ボールから出てシゲルと一緒に見てたんだろう。実を言うとフィールドから、それらしい姿が見えていたのだ。


 やっぱり炎袋を持つ炎タイプのポケモンは体温が高くて暖かい。最近はめっきりしていなかったが、旅を始めたばかりの頃や落ち込んだ時などはよくこうしていたものだ。
 特に意味はないし、別にお腹がぷよぷよしているわけではないし寧ろ硬いが、今はこれが一番落ち着く。


 次のゴヨウさん戦は休息とフィールド修復を含めるため、今から1時間後に行われることになった。
 リザードンを始めとしたメインの主力のポケモン達は、シロナさんと闘うまでは出さないと決めている。なるべく全員をこの戦いに参加させたい気持ちがあった。



「次はゴヨウさんかぁ…」



 ゴヨウさんは、私をシンオウ地方やナナカマド博士のところへ導いてくれた恩人。

 初めて出会ったのはホウエン地方。
 チャンピオンであるダイゴさんから手渡された目覚め石で進化したエルレイドという、ホウエンでも認知度が極めて低く、初めて知った存在に対してあまりにも無知だった頃に出会ったのがゴヨウさんだった。
 エルレイドの戦い方について、進化の可能性について、シンオウ地方という存在について、ナナカマド博士という権威への橋渡し。
 ゴヨウさんという人物がいなければ、ここまで成長することはまずなかったように思えるほど私にとっては大きな存在だった。


「本当はエルレイドも出したかったけど…ま、今更考えても仕方ないか」



 決めた以上、やるだけだ。
 エルレイドも納得をしている。


「よし、次の試合までちょっと準備して…寝ようかな。リザードン、目覚ましよろしく」





 そして1時間後、少し焦げ臭いハンナがフィールドに慌てて登場したのだった。



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 ゴヨウさんに関する話はホウエンの番外編にありますのでそちらをご覧ください。
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