一六三七年の遠雷

一六三八年の天雷


一六三八年二月二十八日


何かがおかしい。何が起こっている?
この日に生きているはずのない者の名を呼ぶ声がする。
とても兵糧攻めで苦しむ様子ではない雄叫びがこの原城に轟いている。
歴史通りの討伐軍による一斉攻勢が起こっていない。
それどころか遡行軍と一揆の勢いが増すばかりだ。
次はうまくやると決めたのに、どうして。



× × ×




「それじゃあ執務室へと向かおうではないか小娘」

 馬当番からの帰り道に見かけたその姿。
 無造作にふわふわと伸びた金髪から覗く淡く灰がかった水色の瞳、黒い上着の裾から覗く一文字の意匠を取り入れた紅白の袴の戰装束。そして主に対してあの調子のいい絶妙な無礼講さ。

「えっ……、あれ御前じゃ……!?」

 藁を運ぶ内番の相方から早くしろと言われたのも束の間、南泉一文字は抱えていた餌を全てその場に放棄して一目散に本丸の母屋へ駆け込んだ。畳に土が刷り込まれたことを叱られようがお構いなく、転びそうになれば手も使って走った。

「頭ぁ!! 大変だにゃ!」

 向かったのは山鳥毛の部屋。本日の連隊戦への出陣を終えた彼は内番着の姿に着替えたばかりだった。サングラスを拭いていたクロスを畳んで箱にしまうと息を荒げた南泉へ向き直る。

「騒々しいな子猫、どうした?」
「御前が主と一緒に歩いてた!」


   * * *


「早速で悪いんだが、松井江。お前さんには今から始まる話し合いには外れてもらう」

 執務室に着くやいなや、則宗はそう言った。芙蓉が何かを言う前に松井江が問う。

「理由を聞いてもいいかい」

 食い下がるが、則宗は歯牙にもかけない。こうなるといくら何を言おうと無駄だった。政府権限を持つ刀剣男士に根比べしようものなら、最後に待つのは時間切れで無駄な時間を過ごした徒労感か、任務を阻害されたことを理由にした刀解処分のみしかない。

「……松井、下がるのよ。楯突いちゃダメ」

 芙蓉が静かに諭す。不服そうだが、松井江に強引さはない。

「納得できないのはわかるわ。理由は後で私がいくらでも問い質すから、今は素直に従って」
「……わかったよ」

 終始納得とはいかない様子で松井江が退室した。聞き分けがいいが、松井江は結構根に持つ。則宗を軽く睨むと、笑っていた。

「何が可笑しいの」
「実は僕も理由を知らないんだ。お前さんのことだから食い下がるかと思っていたが随分呆気なくてな。大人になったなあ小娘」
「本当に不愉快」
「それは悪かった」

 歌仙は相変わらずじっと則宗を注視していた。則宗もわかっていて歌仙には話しかけることはない。「存分に見るといい」と態度に余裕がある。

「審神者さま、入電です。先ほどと同じく高度暗号通信です」

 やはりさっきと同じく音声のみの通信を寄越してきた。

『何度もすまないわね、忙しい立場だというのに。感謝します』
「いえ……則宗をこちらに寄越すなんてただ事ではなさそうな雰囲気ですが、なにかありましたか?」

 芙蓉が切り出すと、女性はあからさまに困っていますという声を出して言った。

『そうね。急を要する事態が発生しているわ』
「遡行軍ですか? それともどこかの本丸に?」
『両方よ。いつも懲りずに歴史にちょっかいを出しているのは変わりないんだけど、困ったことになったの』

 眉を顰めた。則宗から聞いていた話とさっそくずれが生じている。則宗を見ると、彼も同じだった。この場にいる全員が初耳となっている異常事態になっている。

「と言いますと?」
『歴史の放棄を視野に入れなければならない事態になっているわ。そこにはすでに送り込まれていた数振の刀剣男士が取り残されたままになっているの』
「何……?」

 則宗が小さく呟いた。こんな重要なことを則宗でさえ知らされていない。則宗は『審神者の負担を減らすためのものが水面下で行われている』と言った。でもこれはどう考えてもそれには当てはまらない。負担を減らすどころかみんな等しく胃を痛めるような事態になっている。

 ──じゃあなんのために則宗はここに?

 状況を知っているものをこっちに寄越すならわかるが、何も知らされていないものを寄越す意図が全く見えない。わからないことだらけだから、余計に慎重にならなくてはならなかった。

「厄介ですね。時代は?」
『江戸の初期。一六三八年。場所は九州、島原』

 それまで沈黙していた元審神者の男が言った。並ぶ時代と地名に、歌仙も芙蓉も目を細める。この取り合わせが示すものは一つしかない。

「松井江に出て行くよう則宗に指示していたのはこのためですか」
『そうよ。新たな問題の呼び水になる可能性があったから。貴方の優秀な近侍なんでしょう? 最悪の事態は避けるべきだわ』
「……」
『でも悪い知らせはまだあるの。敵の数が多くて、刀剣破壊も起きているわ。そして放棄を視野に入れた最大の要点は、歴史が今にも逆転しそうということ。一六三八年の二月二十八日に終結する戦が、まだ反乱の勢いが衰えることなく反抗し続けています。相対する幕府軍の被害も正史より多くなっているのよ』

 ようやく見えてきた概要に閉口していた歌仙が口を開いた。

「反抗し続けてる……? 兵糧がもう尽きてかなり時間が経っているはずだ。遡行軍が炊き出しをしているとでも?」
「でもそうなっていると言うのならそうなんでしょう。向こうの頭数はこっちが羨むほど優勢だもの。驚くような話じゃないわ。でも未だに元気に戦っている農民が大問題よ。正史は皆殺しだから」

 島原の乱。歌仙と松井江の元主達の領地の目と鼻の先で勃発した、過酷な重税と思想の弾圧を受けた農民による日本最大の一揆。その結末は見るに堪えない血生臭さだけが残り、遡行軍が狙う禍根としては最悪の部類に入るものだった。

『君に頼みたいのは取り残された刀剣男士を救出し、破壊された刀剣を回収。遡行軍を討伐し、少ない時間で戦況を引っくり返し歴史を無理矢理にでも軌道修正させること。救出した刀剣男士は聴取する必要があるためこちらへ引き渡してもらう。だがこれらは全て内密に頼みたい』
「内密に……?」
『現状の周防国は当然知っていると思う』
「勿論です」
『不本意な事に長いこと苦戦を強いられている。周防国のような混乱を招くことは避けたいが、残念なことに政府内は弱みを嗅ぎ回る人の形をしたネズミが多い。会議を欠席した私達に不自然な目を向けている者も既にいる。君もそうだろう?』

 芙蓉が返事をするより前に男は続けた。

『今は連隊戦の真っ只中だ。仮に放棄となって稼働できる本丸が減るのは実に困る』
「……そうですね」

 まるで審神者のせいで困ってるという口ぶりであまりいい気分ではない。
 稼働できる本丸が減るのは困ると尤もらしいことを言うが、戦力拡充を目的とした連隊戦と歴史の修正、どちらの方が大切かなんて火を見るよりも明らかだ。芙蓉以外の本丸に参加させたくないか、知られたくない理由があるのだろうとしか思えなかった。

「ですが放棄を検討する規模を私の本丸だけで覆すというのは疑問が残ります。刀剣男士の練度は高くても数が圧倒的に少なく、戦力で言えば平凡になります。備蓄には困らなくても私自身の継戦力が高い訳ではありません。霊力はすぐに枯渇します」
『君を選んだのは戦力ではなく対応力だ。戦力以上に君は顔が利くし頭が回るだろう。悪い状況になった時に少しでも我々の味方になってくれれば有難いのだが』

 最悪な告白文句に思わずその場にいる全員が絶句してしまった。
「もっと言葉を選べないのかい……?」
と歌仙。怒りが顔に出てしまっている。
 責任を擦りつけて身代わりにするつもりだ。それほどこの役人達は何か嫌なことをしでかしている。この任務もうまくいかない確率が高いことを示している。
 何かがあった時に総代の中でうまく問題を切り抜けられそうなものを厳選した結果、芙蓉が選ばれたのだ。こんなに嬉しくない褒め言葉が世の中にあるのだと痛感する。
 顔が利くなんて問題が起きた時にうまく作用するはずがない。そんなもの自分たちが一番よく知っているはずだ。寧ろ利かなくさせたのは自分達に他ならないのだ。周防国の総代相手の役人なんて自分達に飛び火したくなくて目すら合わせない。しわ寄せをするだけしてあとは長義に丸投げしたのをおそらくすっかり忘れている。

「お言葉ですが、私にそんな都合のいい力は……」
『備前の総代、私達のお願いが聞けないのかしら?』

 業を煮やした感情を冷静さで装った声だった。隠しきれていない。なかなか首を縦に振らない芙蓉に対して、女の怒りが膨らみ始めている。

「断ってはおりません。ただわからないことばかりで、どこから手をつけたらいいのか迷ってしまいます」
『刀剣破壊が起きているんですよ? 歴史だって変わろうとしているのに、つべこべ言って足踏みしている場合じゃないのよ?』
「十分理解しております。ですが戦うのはその刀剣男士達です。その刀剣男士達が破壊された以上、状況がわからないまま彼らを向かわせるとこちらも二の舞になりかねません。この足踏みは必要なものです」
『何が必要な足踏みなんですか? さっきから貴方は遠回しにできないといってばかりじゃないの。則宗だってそっちに寄越しているんです。総代なら、もっと頭を働かせてから物を言いなさい。歴史を守るという使命の前に、貴方達にできない選択肢なんて、あるはずがないのはわかっているでしょう!』

 電話越しの金切り声に全員が顔を顰めた。
 この高度暗号通信が、お互いの映像が映ってないことをこれほど感謝したのは、芙蓉が初めてかもしれない。こんのすけが映し出す画像に向かって、左手握り拳の親指をこれでもかと下に向けて聞いていた。則宗は笑いをこらえて、歌仙は眉間を押さえている。歌仙が首を横に振って諌めてくれたおかげで少しだけ立ち上り始めた静かな怒りが鎮まった。

 しかしただでさえ状況が悪すぎる。面倒を振られている芙蓉以上に命令をされて実行に移さないといけない刀剣男士が一番危ないのだ。あんまり口答えをして敵と同等かそれ以上に厄介な存在になられても困る。それに先程の声を連発されると鼓膜が先に破壊される。こうなってくると、少しでも「やる気がありますよ」と見せた方が利がある。

「少し話をまとめさせてください。島原にて、本来負けるはずの農民達に遡行軍達が加勢し、あろうことか勝とうとしています。他の本丸がすでに刀剣男士を送り込みましたが、敵の規模に押されて刀剣破壊などの大打撃を受けてしまい撤退する機会を逃してしまった。位置はわかりますか?」
『この辺りだ』

 見取り図が送られる。ポイントがつけられているが、それだけだと正直さっぱりわからない。

「……歌仙、ここに向かって行った刀剣男士達にどういう意図があったかわかる?」
「ここにいるとなると、首謀者の首を直接狙いに行って終わらせようとしたんだろう。正史通りにするなら首を細川軍に渡す必要があるからね。首実験で判明したようだから」

 首謀者である天草四郎については幕府側に名前だけは判明していたが、姿についてはあまりこれといった情報は伝わっていなかった。同じ年頃の少年の首を母の前に揃えて、その反応で誰が持ってきた首が天草四郎のものかを判別したといわれている。

「地味に仕事が増えたわね……救出に向かったとして、どうやって助けるかを考えないといけません。室内戦になるので短刀じゃないと厳しいです。さきほどのネズミについては、どういう状況ですか?」
『時間の問題だ』

 言葉の割に抑揚がない。本当にそうなのか怪しさしかなかった。あらかた紙に要点を走り書きしているが、二人は「残された刀剣男士を救出するべき」と言っているはずなのに全然助けようという意思を感じられない。その割に、条件だけは一丁前に厳しい。依頼する本丸を間違えているとしか思えなかった。

「……正直全部をこなすのは難しそうです。いざとなったら刀剣男士達だけでも救出して、改変された島原を切り離し聚楽第のように参加する本丸を募って集中的に修正するというのもありだと思いますが……」
『それは困るわ』

 女が声を張り上げた。さっきの金切り声より、はるかに切羽詰まった真剣な声だった。

「どうしてでしょう。放棄を視野に入れていると最初に仰っていました」
『救出も改変阻止も、どちらも今必要な事なの。放棄になったら困るの。お願いできないかしら』

 お願いとは言っているが、これは「お願い」ではなく「命令」だ。画面の向こうにある引きつった笑みを湛えたその裏側には、時の政府を構成する個人の秘めたる思惑がびっしりと敷き詰められている。
 わからないことも多い。どこの国の本丸の刀剣達が、いつから取り残されているのか、この御偉方とどういう関係なのか、なぜ今すぐの救出が必要なのか。うるさ型で知られるこの元審神者の女の行き過ぎた身勝手さに怒りを通り越して呆れが勝ってきた。
 それに、この男は嘘をついている。放棄するべきと唱えているのであれば、その時点で真っ先に当事者がいる所属国の総代がそのことを知っていないとおかしい。今の備前国で島原に出陣している本丸はいないのだ。
 内密にだなんて、壁に目あり耳ありな政府で出来るはずがない。放棄を唱えるものがいれば尚更広まってないとおかしい。三ヶ月前の聚楽第の時のように瞬く間に政府内が大騒ぎになるはずだ。
 二人が会議欠席という以外、そんな兆しは全くと言っていいほどなかった。総代達も各自で抱える問題はあれど、歴史の放棄ともなれば周防の総代のように顔色をおかしくして当然なのだ。

「最後にもう一つだけよろしいですか?」
『まだあるの?』
「位置まで把握しているのでしたら取り残された刀剣達の内訳もご存知だと思われますが、破壊された数と、今も残っている数を教えていただけますか? 救出して離脱する判断に必要です」
『……申し訳ないけど、こちらからはわからないわ』
「わからない? では何故、刀剣破壊が起きたと断言出来たのですか?」
『一振は確実に破壊されている』
「一振、ということは五振がまだ残っていると?」

 いよいよ本格的にきな臭いではすまなくなってきた。芙蓉の問いかけに、しばらくおいてから「ええ、そうよ」と女が返した。仮定とはいえ数の提示をしたのがまずかった。絶対今の間に二人が何か口裏を合わせていたに違いない。歯切れの悪かった返事が突然流暢になったことに不信感しか感じられずにいると、それまで静観していた則宗が口を挟んだ。

「おいおいおい、ちょっと待て」
『なんだ則宗、発言を許した覚えは……』
「黙って聞いていればなんだ? 死を覚悟で出陣しろと頼み込んでいるというのに、いけしゃあしゃあと平気で嘘をつくというのは如何なものかと思うが?」
『誰に向かって言っている?』
「お前さんだ」

 被せるように告げた則宗の声音には怒気が込められていた。

「元は同じ審神者であった者達の頼み方とは思えなくてつい口を出してしまった。嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけないのか? さっきから聞いていれば的外れなことばかり。肝心なものはどうした? あんなに意気込んでいただろう」

 二人の様子がおかしい。則宗の言葉に真っ向から返そうとせず、二人揃って黙秘をしている。ついには則宗が舌打ちをした。本当に珍しいことだ。こんなあからさまな苛立ちを見せたことは、今の今まで一度もない。この二人の元審神者が、まるで先生に怒られる生徒のようだった。
 おそらくこのまま問い詰めても一向に埒が明かない。このプライドで塗り固められた高い壁の向こうにいる二人が、則宗が要求することを喋る可能性はない。何を隠しているのかは気になるが、あんまり踏み込んだ部分を突きすぎると二人にとって則宗が都合の悪い存在とみなされる危険性もある。時間ばかりが過ぎてますますこっちの不利が増えるだけだ。この会話は終わらせた方がいい。

「──承りました」
「主……!?」

 この任務の了承に歌仙がたじろいだ。

「歴史を元通りにして刀剣男士達を助けたらよろしいんですよね?」
『え……ええ、そうよ』
「時間の問題とおっしゃってました。手段を問わなくてもよろしいですね?」

 できないことはないと芙蓉が言う。画面の向こうの二人は、押し黙った。

「……ですがこれを完遂するには必要なことがいくつかあります。協力していただけませんか?」
『内容による』
「必要なことと申しています」

 鉄塊のような重さと迫力が言葉にあった。命を掛けるのだから、それくらいやれと容赦なく我儘を蹴落とした。

『……言ってみろ』
「こちらの出陣が終わるまで、ネズミ避けをしていただきたいです」
『ほう、私は小間使いか?』
「いいえ。私は貴方を尊敬しております。それに時間の問題であるのでしたら、他の役人や総代達の耳に入るのもそう遅くはないはずですよ」

 これに反論できる余地はないはずだ。身から出た嘘という錆は、自分でどうにかしてもらわないと気が済まない。強気の姿勢を崩さなかった。出陣中はいかなることがあっても邪魔をするなと言っているのだ。

『……とぼけるのが上手いな。いいだろう。他は?』
「他の本丸の協力を得たいです。最低限の説明で済むある程度の交流がある審神者が率いる本丸一箇所で構いません。こちらは私が指名させていただきたいと思います。それと歴史の改変を各自で察知して動く本丸もあります。バッティングをしないように出陣の制限を敷いて欲しいです。この件が噂として広まることや騒ぎ立てられることは避けられたいかと」
『情報の保全ということね。しのごの言ってられないから、すぐにするわ』
「ありがとうございます」
『それで、どのように遂行するのかしら』

 走り書きしていた万年筆を机上で握りしめる。深呼吸をして、芙蓉は内容を語り始めた。


   * * *


 蜂須賀虎徹は、相模国総代の本丸の中で誰よりも深い溜息をつく刀剣男士だった。
 出陣に関しては全くと言っていいほど不満はないが、問題は主である審神者の机の上にある。

「全く……こうも書類を放置されては困るんだ」

 机の上には山のように滞納した報告や申請の書類の山が、その隣には同じく書類の柱の増築が繰り返されていた。
 初期刀として支えてきて長い年月が経つが、この徹底的に書類仕事を放置し手につけない性分は一生治らないのだと、毎日新鮮に思い知らされていた。書類や経理の処理は数字に強い博多藤四郎やへし切長谷部などの黒田の刀剣男士達が率先してやってくれてはいるものの、各部隊が常に出陣しているため処理が間に合わないという有様。

 政府から事務員を雇った方がいいと言われ雇ったこともあったが、遡行軍の本丸への襲撃により全員が腰を抜かし、蜂須賀が彼らに背中を向けて守っている最中に辞表を身代わりに置いて逃げて行った。ようやくこの書類地獄から解放されるから命に変えてでも守り切ると思った矢先のことだった。遡行軍による攻撃より、辞表の方が精神的なダメージが大きい結果となった。蜂須賀は膝から崩れ落ち、しばらく放心して寝込んだ。

「修行に出て極になってきたものの、備前の総代のところへ書類捌きの手ほどきを受けに行った方がこの本丸のために思えてくるな……」

 一番上に積まれた書類を一枚手に取る。修行道具をくれといった旨の申請書、もといクレームだ。蜂須賀がどうにかできるものではない。審神者である葛は手入れ部屋で修復中だ。仕方なしに書類一式を持って不可という返事だけもらいに行くかと書類に手をかけると、執務室に一本の電話が鳴った。


 手入れ部屋。
 葛は重傷で帰ってきた長曽祢虎徹を修復している最中だった。手伝い札を使っての修復は傷の塞がりも早い。終始無言の空間で葛は無遠慮に長曽祢に言った。

「長曾袮、お前万屋までの道中にある団子屋を知ってるか?」
「……主、女遊びも大概にしておけよ」
「まだ何も言ってないぞ」
「知らないのか? 主が沈黙の中で話しかける時は大抵女の話だ。それもうつつを抜かして振られた時だ。皆決まって主の話が始まると静かに去っていく」
「そうか。今度からは縄で縛り付けてから話しかけるようにしないとな」
「そういう意味で言ったわけではないんだがなあ」

 長曽祢が傷を負った腕を掲げてちゃんと治っているか手のひらを握ったり開いたりで確認していると、手入れ部屋の襖が音を立てて勢い良く開いた。二人が見ると、やってきたのは酷く顔を歪ませた蜂須賀虎徹だった。

「なんだなんだ、そんなに怖い顔して……」
「贋作。手入れは終わったな」
「ああ、今終わった」
「主、至急第一部隊を編成して出陣する必要がある」
「何かあったのか」
「相模の所属本丸の審神者から救援の要請が出た」
「はぁ……またか。救援とは言うがな蜂須賀。俺のところでなくても良さそうなら他に回せと言ってるだろう」
「助けを求めた審神者は出陣先のこんのすけとの連絡が突然途絶えたと言っている」
「……こんのすけに何かあったのか?」
「それだけじゃない。目的の時代への時間跳躍と本丸からの通信が遮断されていて、本丸からは手も足も出ないらしい。かろうじて同じ相模の別の本丸からここに連絡ができたと言っているが、今度は自分の本丸に戻れなくなっていると」
「時間跳躍の遮断に自分の本丸から審神者が閉め出された……? 政府に対して反逆でも犯したのか? そんな話は聞いてないぞ」

 葛の顔つきが一層険しいものになる。時代への跳躍が制限だけでも大変な出来事なのに本丸から審神者が閉め出しとなると、一大事もいいところだった。

「……出陣先の時代と場所は」
「一六三八年の島原だそうだ。どうする」
「それは何もないわけがないな」

 自分が生まれるよりも前の戦いだと言うのに、その惨状を長曽祢ですら知っている。唾を飲む様子を見て葛は決断した。

「わかった。制限があるならここから出陣できるかもまず怪しいが、できるだけのことをしよう」


   * * *


「──以上です」
『……確実性取るという方面で言えば、確かにそのやり方の方が手っ取り早いな。報告は欠かすな』
「承知しました。早速こちらも準備に取り掛かります」
『無理ばかりを押し付けてしまっていることを申し訳ないと思っているわ。でもありがとう。こちらも出来ることを尽くすから、頼むわね』
「心得ております。……では、失礼いたします」

 ようやく長話が終わった。芙蓉もこんのすけも歌仙も、その場にいる全てが疲れ切っている中でただ一人、則宗だけが明るい声で言った。

「驚いた。小娘、お前さんそんなに頭が回るんだったか? あのいけ好かない連中の折衝なんて、そうそうできる奴はいない。いくら戦績が良くとも、政府と衝突してのし上がれない審神者はごまんといるからなぁ。たいしたもんだ」

 嬉しくもなんともなかった。煩わしさしか感じられなくて、表情を無にしたまま椅子から立ち上がり窓の方へを歩き出す。外の空気が吸いたかった。

「うるさいわよ……用が済んだなら早く仕事場に戻りなさいな」
「そう言うな。隠居じじぃがわざわざここまで……」
「いいから行って! 早く!!」

 腹の底から溢れ出た苛立ちの声は通力が込められていた。その場にいた全ての者の鼓膜と臓を震わせる。全てを遮る語気の強さは今までにないものだった。怒ることはあってもここまで感情をぶつける芙蓉の姿を見たのは歌仙もこんのすけも初めてで身を強張らせる。
 反して、一文字則宗は冷静に芙蓉の背中を見守るように見つめていた。静かにその場を去るかと思いきや、言うか悩むように少し間を置き、静かに口開いた。

「……これだけは言っておくが、全てを一人で抱え込むんじゃないぞ」

 いつもの調子者のよさは鳴りを潜め、子供を諭す親のような口調だった。

「命令する立場の苦しみをわからん刀剣男士はいない。お前さんが壊れることを、誰も望まないからな」

 執務室から一文字則宗が去ると、芙蓉が身体を傾けて壁に身を預けた。歌仙がそっと正面を覗き込む。泣いているのかと思ったが、そうではなかっった。自嘲気味に、薄く笑みを浮かべている。

「主」
「……」
「主……大丈夫かい?」
「ジジイに当たるなんて最低……」
「たまにはいいさ。彼にしてみればこの程度可愛いものだろう」
「私をひとでなしって思う?」
「思わない。驚きはしたけど、こういう厳しい判断もいつかくるだろうとは思っていたよ。君はいつも言っていただろう。僕達は歴史を守るためにいるんであって、正義の味方ではない」
「そうね……でもみんなは今回のやり方をどう思うんだろう」
「それは……」
「私がやれって言ったら、みんなやる。責めもしないと思う。だけどそれが怖い。心の中で人でなしって糾弾するに決まってる。でも責められても、足が竦んで何も言えなくなる自分が想像できるわ。いつも皆にあんな偉そうなことを言っておいて、自分がこうなんだもの……情けなくて笑っちゃうわよ」
「皆自分の役目はわかってる。その時は僕が皆を引っ張るよ。部隊長を和泉守に渡して、近侍は今や松井のものだけれど、僕は君が最初に選んでくれた刀だから」
「……ありがとう、歌仙」
「礼には及ばないさ」
「でも松井にはどう言ったら……」
「彼をどうするかは確かに迷うね。それでも僕達のやるべきことは変わらないけれど」
「それもそうだけど……」

 今まで松井江が触れさせてくれなかった琴線のひとつに、無理やり触れようとしている。
 一六三八年の島原は、松井江が血に贖罪を求めることになった発端の一つであることは容易に想像がつく。「松井が話してくれるまで待つ」と言ったけれど、そうさせてはくれない事態になってきた。任務とはいえ、土足で踏み込むようなことはしたくはない。だが近侍である以上この件に触れないわけにはいかず、松井江だけが軍議から外れることは不信を招きかねない。
 そしてこの歴史の転換点は、数ある刀剣の中でも松井江とこの本丸にはいない短刀が一番詳しいものだ。しかし自らが関わった歴史に介入するために出陣させることはそれだけで大きな危険性を孕んでいる。

 だがそんな杞憂は審神者という立場上のものだ。それ以上に尻込みさせるのは、この任務の中身を知って松井にどう思われるかの恐怖だった。失いたくないのは当たり前だ。壊したくない。それはみんなに対して持っている気持ちだった。そんな満遍ない感情ではない。もっと個人的なものだ。

「嫌われたくない? なんで……」

 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。その先に踏み込むと、足を踏み外してしまいそうな気がした。取り返せない間違いを犯してしまいそうな予感がする。自分が顕現させた刀剣達は、神様で、家族で、仲間で、それ以上のなにかを感じることはなかったはずなのだ。

「──僕の主は仕事は上手だけど、自分のこととなると途端に不器用になるようだ」
「そういうのやめてよ」
「はいはい。さっきから大事そうに持っているその万年筆は、誰からの贈り物だい?」
「これ……、松井からもらったものよ」

 目を丸くした歌仙は「へぇ」と言って顔を綻ばせる。自分のことではないはずなのに、すごく嬉しそうにしていた。

「さすが僕の知己だ。趣味がいい。さあ、皆を集める前に僕が茶を淹れよう。少し待っていてくれ」
「うん」
「……主」
「なに?」
「僕もついてるし、皆もいる。君となら地獄に咲く花だってきっと美しいはずだ。一緒に見て、後々どうだったかをきっと語り明せるよ。心配いらないさ」

 それだけ言い残して、歌仙は執務室を後にした。自意識過剰でないのであれば、どこまでも着いていく意思を示したこれ以上ない言葉に瞳が熱くなる。

「審神者さま、大丈夫ですか……?」

 ずっと傍にいたこんのすけをゆっくり抱きかかえた。

「ねえこんのすけ……歌仙、本当に優しいわね」
「ぼくもそう思います。たまに怒られますけど」
「それはこんのすけのことが心配だからよ」
「最近は油揚げが置いてあった場所におからが置いてありました」
「それはこんのすけのせいね」
「はぐ……」

 あの両親との面会を終え、則宗に手を握ってもらい、ひとしきり泣いた後。迎えに来てくれた歌仙に手を握ってもらって、本丸への帰路に着いた時。
「君の両親のようにはなれないけれど、僕達は君を支えるよ」
 と言ってくれたあの瞬間、もう泣いてはならないと思った。
 だけどその自分に誓った思いとは裏腹に一人の時は涙が溢れて仕方がなかった。だからせめて皆の前では、刀剣男士の前だけでは泣かないようにと思っていた。
 だけど、それがとうとう瓦解してしまった。松井江に、その一欠片を握られてしまった。でもこんな状態でも、やり遂げなければならないものがある。審神者でありたいなら、鬼にならなくてはいけない。

 どうして刀剣男士が人の形と心を得ているのか、今ようやく理解した。皆いつもこんな気持ちで過去に行って戦うのだと心に突き刺さる。
 遡行軍にはないであろうない胸の痛みを握りしめる。人の歩んだ歴史を守るには、人の心がないといけない。それをなくしてしまったら、遡行軍と同類になってしまう。そうはなりたくない。できればこの痛みを忘れたくはない。
 全てを一人で抱え込むなと則宗は言った。でもどうしたらいいのかわからなかった。冷徹な判断だけが先走りして心が追いつかないのだ。
 歴史を守るためには止む終えないという大義名分の名の下に、これから島原の地でおびただしい血が流れる。


   * * *


 近侍になったのは、半ば無理やりだった自覚はあった。
 それでもやはりあの書類から金銭まで目を配る忙しさは自分の肌によく合っていたと思う。いざその職務から一時的にでも解放されると、自分は何をしたらいいのかと本丸の中なのに路頭に迷っているような気持ちだった。日がな一日やる気ないを盾に寝て暮らせる明石国行を初めて心の底から関心してしまった。
 畑仕事をするのもなんか違う。馬当番を手伝ったところで仕事を増やすだけだ。手合わせも、気分じゃない。芙蓉が「手のかかる近侍」と言っていたのを、今更自分で納得してしまった。

 夜に染まりつつある本丸内を当て所なく散歩をしていると、人影があった。まだ八分咲きの桜がもう少しすると満開になる姿に馳せているようだった。ただ立っているだけだが妙に存在感がある。

「立派な桜だな。ふくよかに咲いてくれるところを見たかったが、少しくるのが早かったようだ」

 男は振り返らずに言う。表情は見えないが、きっと笑っていることだろう。

「一文字……」

 演練の時とは違う、黒い装いの裾から覗く白い袴には、折り目のところどころに南泉や山鳥毛と同じ意匠である赤の差し色が見える。一文字の祖と言われる政府から突然寄越された古刀の刀剣男士。

「ああ、いかにも。前会った時は名乗っていなかったな。僕は一文字則宗という。……また会ったな、近侍殿。さっきは追い出してすまなかった。お前さんが去った後に小娘からきつく睨まれてしまった」
「……小娘?」
「おっと失敬。昔馴染みが故に、ついいつもの呼び方をしてしまった。許せ」
「いつもの……?」
「ああそうとも。ちょうど十年近く前だったかな。家族に会えるとはしゃいでいた。小娘と家族の面会時の監視役をしていたのだ。そこから気にかけて、今は会えば長話に付き合わせているな」

 歌仙が言っていた監視役とはこういうことかと理解したが、また新たな知らないものが出てきた。

「家族……主の? 面会なんてしてたのかい?」
「うん? 小娘から家族の話を聞いたことがないのか」
「……ないよ」

 ──ああ、嫌だな。
 こちらは約束なんてものを取り付けないとお互いの秘密すら話せやしないのに。自分の知らない芙蓉を知っている者が目の前に現れると、どうにかなってしまいそうだった。自分が知っている芙蓉の姿なんて、ほんの一握りなのだとわからされてしまうのが、たまらなく不快でしかたなかった。

「そうか。十年も誰にも口を割らずに抱え込んでいるというのも、なかなか敵わんなぁ。もっと素直に心の内を出してもよさそうなものを、必要以上に思い詰めて……」

 言葉を止めた則宗が笑う。扇を持っている逆の手が松井江が掴んでいた柄を制していた。

「構えた手を下ろせよ坊主。僕はこれでも政府の刀だ。政府に刃を向けたともなればお前ではなく小娘に罰が下るぞ」

 松井江は無表情だった。柄にかけた手を離すと納得したように頷く則宗を見て思わず眉の端が動く。小さなことでいちいち琴線に触れてくる刀剣男士だと思った。

「聞き分けがよくて結構。じじぃはすぐ口を滑らせるから、今のは僕が悪かった。だが普通自分の主の話となったら皆面白いくらい飛びつくんだがなあ。お前さん、小娘について聞きたがらないのはどうしてなんだ?」

 言いたくないが、今この場で、この刀剣男士には言わないといけない気がした。

「……約束をしているからだよ」
「ほう、約束」
「僕にはまだ主に言えてないことがあるから」
「お前さんが話してくれたら小娘も自分を明かす……ということか? 律儀だが、歪だな。本来玉鋼だった我ら刀剣が、こうして心と身体を持てば約束を果たすために行動することができるとな。美しいではないか。いやぁ若いって羨ましい! うははは」

 あの笑い声はこころなしか少し腹が立ってくるが、松井江の顔を見て則宗は別に馬鹿にしてるつもりはないと答えた。

「僕が杞憂だったということだ。小娘のやつ、一人で抱え込むのを辛がるどころか逆に楽しみに変えるなんぞ、やはりいい。そこらの審神者より一枚上手だな。刀帳を見ればすぐにわかりそうなことだが、それをしないところが一途だよなあ」
「……どうして見てないとわかるんだい?」
「わかるさ。小娘は仕事じゃないとなると案外隠すことが下手くそだからな。すぐ怒るしすぐに泣く」

 隠し下手については理解しかなかった。
 松井江は芙蓉が刀帳を見ているとばかり思っていた。散々松井江が我儘を言うたびに「貴方を顕現させた後世の審神者がショックを受けないようにこれまでの貴方の我儘を刀帳に追記しておかなきゃ」と言っていたのだ。てっきり全部知っているとばかり思っていたから、和菓子屋で激情に駆られて押し倒すなんて無体を働いてしまったのだ。サッと青ざめる松井江をよそに、則宗は問いかける。

「さぁ、お前さんはどうする? 今世もまた能吏の主に仕える佩刀よ」
「どういう意味だい?」
「一六三八年、島原の乱。今小娘が抱えている問題だ。厄介な政府の役人どもから直々にこの命が来てな、この後すぐにでも出陣になるだろう」
「……!?」
「その驚きよう、顕現してから今までずっと迷っているようだな。心で割り切る前に、来てしまったというところか? だがそれがお前さん以上に今小娘を悩ませているぞ?」

 青天の霹靂だった。なんの前触れもなさすぎて、言葉を失う。松井江はあの乱の顛末を最初から最後まで誰よりもごく間近で見ていた。身震いすら起こらず、ただただ足が動かなかった。

「──小娘はかつて関わった戦いの場にその刀剣を差し向けるのを避ける傾向にあるんだったな。だが今回はそんな生易しいことを言ってはいられない。いざとなったらお前さんも出陣しなければならない。どの刀剣よりも一番よく知っているからな」
「……」
「僕から見てもお前さんは随分大事にされている。刀冥利に尽きるだろう。だが人の命なんて儚い。僕達がこの喜びを享受するには人間の一生などあまりにも一瞬だ。この幸せも、僕達からすると束の間だ。すぐに終わってしまうものなのだ」
「……」
「審神者の力がなければ、こうして人の身を得ることなどなかっただろう。審神者の力を得て僕らの手を取ってしまったからこそ、普通の人間としての人生を失っているのだ。狂わせたと言っていい。なればこそ強行する政府と僕ら刀剣男士に板挟みにされる審神者に力を添えねばならん」

 芙蓉の元に届いた手紙を思い出す。審神者になることがなければ本来ならあんなものが届くことも、悩むこともなかった。則宗はどこまで知っているんだろうと、純粋に疑問に思った。

「だからな小僧、過去がどうこう言っている場合ではないのだ。敵がいれば斬る。それだけだ。自分の想いと任務は割り切ることだ。時には小娘の思惑を押し切ってでも割り切って、どんな形であれ小娘に寄り添って大事にしてやれ。壊れることはあっても寿命がない僕達にできることは気休めかもしれんが、それしかない」
「……ひとついいかな」
「いいぞ? 聞こう」
「貴方は随分達観しているけれど、さっき僕を追い出した時といい、どうしてそんな影響力を持っているんだい」
「──影響力か。お前さんが言うほど大したことではないさ。だがまあ、そうだな。今は政府の刀だが、僕にはかつて主がいた。この身を与えてくれた審神者が。もうこの世を去って天上だがな。だからお前さんらよりも刀剣男士として多くの時間を過ごしたし、いろんなものを見て考えさせられてきた。言うとしたら、それが理由だ。要するにな、暇だったんだ。隠居じじぃだからな。うっはははは」
「真面目な話なのにふざけるのやめてくれないかな」
「小娘にも同じことを言われるが、僕はそんなにふざけているように見えるのか?」
「残念ながら」
「そうかそうか……松井江か。お前さんいいな、聞き上手だ。普段は話が長いと遮られることが多いから、今はとても気分がいい。僕はこのまま少し花見をして帰るとしよう。──松井江、小娘を頼んだぞ。気丈だが、存外脆い」
「正直自分の心ですらどうしたらいいのかわかってないのに、僕に何ができるっていうんだ……」
「そうか? お前さんは弱い存在に寄り添える稀有な刀剣だと僕は思うがな」
「え……?」

 一文字則宗は、それだけ言ってあとは松井江が何を言っても桜を見上げるだけだった。



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