一六三七年の遠雷

連隊戦前夜


 備前本丸、大広間。
 本丸に顕現した全ての刀剣達が集まり整然と待っていた。夕食も内番も全て済んでいるので、戦闘服を着ている者はいない。襖が開くと芙蓉、そして近侍である松井江が入る。芙蓉の腕にはこんのすけが抱かれていた。静かに全員が姿勢を正すと「仰々しいわね」と芙蓉が笑う。

「皆、楽にしていいわよ」

 主である芙蓉の一声で、各々が楽な姿勢を取った。

「連隊戦は明日。部隊長を交えて部隊編成をいじったから、新しい編成を発表するわね。間違えないように。特に次郎太刀」
「はいはぁーい。わかってますよ〜」

 次郎太刀は広間の端に座っていた。手にはいつも通り、酒を抱えている。
「飽きないわねえ」と特に飲酒を咎めることもなく本題に入ろうとする前に、最前列で正座する蛍丸が「しつもーん」と間延びした声とともに手を上げた。

「なぁに蛍?」
「主さん、なんでおでこに湿布貼ってるのー?」

 にこにこと蛍丸に笑いかけていた芙蓉の顔が純粋な質問によって一瞬だけ固まる。

「豊前、説明よろしく。手短に」
「寝てる主を第三部隊の大合唱で起こしちまった」

 豊前江の後ろには第三部隊の面々が律儀に並んでいたが、全員下を向いてしまった。反省をしているようだった。いつも篭手切江のれっすんに付き合っている豊前の声量は割と洒落にならない。

「わかりやすく言ってくれてありがとう。目覚ましに驚いて飛び起きたら松井の顔面に衝突して大惨事だったわ」
「だから松井は演練の付き添いだったのに血塗れで帰って来てたのか……」

 和泉守が納得したように言う。おびただしい鼻血の顔面出血に一番驚いていたのは、手入れ部屋までの道のりで偶然居合わせてしてしまった和泉守だった。鼻から顎から伝って落ちる血は松井江の白いシャツを真っ赤に染め上げた。続いて現れた芙蓉の着物も赤く染まっていた。松井江が思いの外石頭だったせいで赤く腫れ上がる額を押さえて、泣きそうな顔で「演練場に呪われてるかもしれない」と逃げるようにして本丸へ帰ってきたのだった。

「驚かせてしまって申し訳ないねぇ」

 芙蓉の横で悪びれなく謝る。実際松井江は何も悪くないので、誰もつっかかったりはしない。

「痛いわ恥ずかしいわ鼻血で着物をダメにするわで大変だった……まあ、この話はここまでにして、本題に入りましょうか。さっきも言ったけど今回の連隊戦はちょっと編成を変えたから」

 芙蓉が「松井」と声を掛けると、再編成をまとめた書簡を持っていた松井江がさっそく編成を読み上げた。

「第一部隊は部隊長が歌仙兼定、小夜左文字、骨喰藤四郎、薬研藤四郎と、僕……松井江と」

 松井江は五振の名を上げると、書簡から視線を上げて六振目の名を上げた。

「南泉一文字」
「んえっ!? オレぇ!?」

 寝耳に水の驚きようだった。完全に油断をしていた南泉はあぐらを解いて自分を指差している。

「そうよ。頑張ってね」
「頑張ってねって、錚々たる面子じゃねえの……? ……にゃ?」

 歌仙はこの本丸の初期刀、松井江は部隊長と兼任していた近侍、小夜は初期鍛刀で顕現してから常に出陣部隊に組み込まれており、小夜に続いて古参な薬研は短刀達をまとめ上げる立場であり、骨喰はこの本丸に二振しかいない絶えず出ずっぱりな脇差。どれもこれも顕現して半年にも満たない南泉にとって大先輩もいいところだった。

「南泉は今回頑張らないと、後々泣きを見ることになるわよ」

 そう言うと部隊長の面々は全員頷いた。
 満場一致の結果で第一部隊に編成されたことを示唆している。

「え……なんだそれ……? 含みのある言い方……」
「主、戦力が集中しすぎじゃないかい? いつも連隊戦はマイペースにやればいいって今まで力量差は平等に配分して編成してたよね」

 声を上げたのは燭台切光忠だった。不満を漏らしているわけではないが、いつもと違う編成の仕方に疑問を唱えた。

「今回の連隊戦は報酬に届くまで練度が高いのを集めて昼も夜も関係なく敵を殴る方針にしたの。三倍枡も十倍枡も御歳魂十万個を最速で集める分は確保済みだから、政府からの報酬を受け取った後は第一部隊を除いて新人を中心にひたすら皆の練度上げに切り替えるつもりよ」
「なるほどねえ。教えてくれてありがとう、主」

 光忠は納得したが、未だに南泉は自分が選ばれたことに理解できずにいた。

「……でもなんでそこにオレがァ?」
「言ってなかった? 報酬の刀剣男士の名前」

 南泉は「全然」と首を横に振る。

「上杉家御手選三十五腰の山鳥毛。貴方が知らないはずないでしょう?」

 そう言うが、南泉は口を半開きのままだった。「寝ぼけてる……?」と手の平を振って見せると、すぐに瞳孔がきゅっと縮まり目が見開かれる。

「お頭じゃねえか!!」
「わかってもらえた?」
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ! にゃ!」
「突然やる気を出したわね」
「ダラダラしてたら何を言われるか……! 何か準備するもんとかあるのか!?」
「そうねえ……金の銃兵が欲しいから六個くらい作ってくれる?」
「わかった!!」

 南泉は返事と同時に襖を音を立ててキレよく開け放ち、刀装作成部屋へと飛び出して行った。その様子を第一部隊の部隊長を任された歌仙兼定は呆れたように眺めて芙蓉に言う。

「忙しないねぇ……あれじゃあ鼠を追いかける猫と同じだ。もっと静かに行動できないのかな?」
「大丈夫。きっと山鳥毛が来たら大人しくなるわよ。だからよろしくね部隊長さん」

 くつくつと笑っている。愉快そうな芙蓉を見て歌仙は眉を下げた。

「君はいつもそうやって自分の目的を結びつけようとする」
「歌仙なら問題なくやってくれるでしょう?」
「当たり前だろう、僕を誰だと思ってるんだい? 試すようなことを言うのはよしてくれ。……でもこの編成は懐かしいね。今回は松井と南泉が入るけれど、前田と宗三だったら最初期の編成だ」

 小夜、薬研、骨喰は歌仙の言葉を聞いて確かに、と顔を見合わせた。お互い、すでに勝手知ったる仲だ。

「あの二振は別で頑張ってもらうから、今回は南泉を引っ張ってちょうだいな」
「ああ。任されよう」

 第一部隊は報酬まで突っ切る部隊。昼夜戦問わず対応できるものを集めたが、それ以外の刀種も当然鍛えなければならない。
 闇雲に数だけ揃えて出陣しても膨大な数を誇る遡行軍に勝てない。慢心しようものなら瞬く間に刀は折られ、歴史の大地の染みとなる。戦力の拡充は常に上がる課題であり、連隊戦は政府主催の戦闘訓練。ここで鍛えない手はないのだ。

「次、第二部隊。隊長は和泉守兼定、鶯丸、蛍丸、次郎太刀、愛染国俊、明石国行」

 松井江が淡々と読み上げると、あからさまに先ほどの南泉の態度とは対極な明石国行の声が広間に上がった。

「ええ? 自分ですか? 堪忍してくださいよ」
「貴方も懲りないわねえ……このくっきり浮かんだ歌仙の青筋が見えない? 半年以上畑当番だけしてたなら連隊戦でその体力を存分に活かしなさい」

 明石に向けてそっと歌仙の前髪を上げて主張する。歌仙の顔は般若そのものだった。
 彼が歌仙の逆鱗に触れたのは半年前だった。一緒に畑当番を組まされていた歌仙が「畑仕事に心血を注ぎたいと申す者が現れた」と桑名江に虚偽の流布をしたことにより、その日からずっと今まで畑当番に明石の札がかかりっぱなしなのである。歌仙によって名札は今も釘で磔にされている。

「あ〜主はんも歌仙はんも酷いわ、無理矢理なんてやり方が前時代的と違いますか?」
「なんか私の本丸の刀剣男士はああ言えばこう言うわねぇ……松井どう思う?」
「え? 僕?」
「松井が近侍になった時のこと忘れたとは言わせないわよ」
「……全員今の持ち主に似たんじゃないかな」
「そう、じゃあ似た者同士あとはよろしく」

 松井江が無言で頷くと明石の元へ歩いていく。隣に座ると「明石さん」と改まったように向き合った。

「なんですのん?」
「この半年間、明石さんは出陣なし遠征と内番のみのローテーションだったから……少しはやる気を出さないとこのまま評定に響くと給料が右肩下がりになるけど、いいのかい?」
「……」

 刀剣男士の給与を全て把握しているのは松井江だと言うのは周知の事実だった。
 そしてその評定は同じ江の兄弟だろうと公正公平だ。優であれば給与を上げ、劣が付けば下がる。その松井江から「お前やばいぞ」と宣告されるのは、少なからず衝撃を与える。明石の様子に変化が現れた。

「お小遣い、いやお年玉だったかな? あげるのは保護者の務めと言っていたような……気のせいだったかな? 蛍丸と愛染の二人にお年玉をあげる立場からゆくゆくは貰う立場になりそうだけど」
「……松井はん、あこぎなことしはりますなあ?」
「フ、よろしく頼むよ」

 してやったりと松井江が笑う。明石の後ろでは、蛍丸と愛染の二人が二本指でVの字を作って笑っていた。

「ハァ〜……しゃーないなあ」

 明石が畳の上で大の字に寝そべると、後ろにいた来派の二人は明石の両脇に座る。一緒の部隊になるのは、畑当番の名札を歌仙に磔にされて以来のことだった。

「国行、国俊、頑張ろうね」
「おう! 任せろ」

 張り切る二人を見た明石は満更でもないように目を閉じる。その光景を後ろから見ていた和泉守は、明らかに不安そうに眺めていた。深く息を吸って、溜め息のように深く吐き出す。自分の受験番号を探す前の受験生のような、深刻な顔で深呼吸をしている。編成で上がった名前を復唱しては「冗談だろ……」と呟いた。

「俺がこいつらを率いるのか……?」
「なんだい和泉守、アタシ達じゃ不満って言いたいのかい?」
「そうじゃねえよ……というか軍議に酒を持ち込むな次郎太刀」

 和泉守の後ろから次郎達が腕を回して肩を組んできた。「あと酒臭いから離れろ」と言うと、次郎太刀は素直に聞き入れる。和泉守の隣に座布団を引っ張り出しどっかりと座った。

「鶯丸は茶を飲んでるからいーじゃないかさぁ」

 次郎太刀が口を尖らせて和泉守の反対隣を指し示す。湯呑みを仰いでいる鶯丸がいた。かたや軍議で酒を飲み、かたや同じく軍議で茶を飲み、かたや包み隠さず堂々仕事放棄を宣言する自称保護者とやたら腕っ節が強い小さな二人。和泉守は常識人は自分しかいないという顔で頭を抱えた。

「大丈夫だ和泉守。なんとかなる」
「お前も要因の一人だと気づいてねえな……?」
「まあ、茶でも飲んで落ち着け」

 鶯丸がどこから取り出したのか湯のみに茶を淹れて和泉守に差し出す。

「お、緑茶の酒割りにするかい?」

 と、身を乗り出して来た次郎太刀が湯のみに酒を注ごうとしている。難しい顔をした和泉守の眼前に緑茶と酒の匂いが入り混じっていた。

「しねーよ! いらねーよ!」
「鶯丸ー、俺にもお茶ちょーだい」
「あ、自分もええですか? 怖い人に脅されて変な汗かいてもうたわ。国俊は?」
「じゃあ俺も!」

 よく見ると、鶯丸の隣にあるちゃぶ台の下には湯のみが何個も置かれた盆があった。おもむろに表に出しながら鶯丸は和泉守に湯呑みを差し出す。

「……だそうだ。和泉守もどうだ?」
「くそっ……流れに抗えねえ!」

 和泉守は苦渋の顔で湯のみを受け取った。相当不本意なのか、湯のみを掴む手には青筋が浮いている。

「お! いいねえ! アタシももう一杯飲んじゃお〜!」
「お前も茶にしておけ! 明日に響いたらどうすんだ!」

 すかさず広間に和泉守の怒声が響く。負けじと次郎太刀は笑って跳ね返した。

「え〜? そんな固いこと言わずにさぁ〜」
「ダメだ!」
「ケチ!」

 大太刀の剛腕に和泉守がはっ倒された。明石が下敷きになり、連隊戦のために新生された第二部隊は、部隊長の和泉守以外はその日はそのままお開きとなった。


「……第二部隊が騒がしいわね」

 芙蓉がわざとらしく言うと松井江は諌めるように返した。

「あの編成なら無理もないと思うけど……? 流石にアクが強いの集めすぎじゃないかな」
「日頃包丁の面倒を見てる和泉守なら大丈夫よ。それに歌仙からの後押しなのよ? 寧ろやってもらわないと」
「闇鍋にならないといいけど」
「なったらなったで後で会話のネタになるからいいわ」

 松井江は首を横に振った。闇鍋の話は松井江の中ではご法度らしい。

「主……編成で楽しんでないか?」
「楽しいに決まってるじゃない。第一部隊が真面目な顔をするのはわかるけどそれ以外はもう少し気を抜いていいのに」
「そういうところだよ……次、第三部隊。隊長は宗三左文字、包丁藤四郎……」
「やった〜! 宗三、よろしく〜!」

 包丁が両手を掲げて宗三に飛びついた。宗三は動じず、もう離しませんと言わんばかりに抱きついてくる包丁を受け入れていた。

「……なんだかとても懐かれている気がしますが、まあいいでしょう」
「同田貫正国、薬研藤四郎、前田藤四郎、一期一振」
「ゲェ──ッ!? なんで薬研兄がいるの!? 絶対に編成間違えてるよ! 重複してるじゃん!」

 宗三の袈裟に埋めていた顔を上げて絶望の声を上げた。その包丁の肩に、黒い手袋をはめた手が乗っかる。手袋越しに誰だか一瞬でわかる硬い手のひらの感触。重傷を受けて手入れ部屋から出た途端、スパルタ指導を受けてきた日々を走馬灯のように思い出す包丁の背筋に、冷たい汗が伝った。

「薬研から申し出があったのよ。よかったわね。弟思いの兄で」
「どうだ包丁、嬉しいだろう?」

 語気の強い薬研の言葉に、包丁の息が浅くなる。

「う、うれし……」

 包丁を見て芙蓉が言う。

「あれ絶対、嬉しいって言わないとダメなやつよ……」

 耳打ちして松井江と見守る。兄として包丁をひたすら手合わせで可愛がっていた薬研に、包丁は頭が上がらない。

「い、ですぅ……」
「そうかそうか。泣くほど嬉しいか。俺も嬉しいぞ」

 畳に両手と両膝をついてすすり泣く包丁の肩を軽く叩きながら薬研は言った。
 別の部隊でもまたもや起きてしまった抗えない流れの不本意に、和泉守が握り拳を作って静観している。このまま被害者の会でも発足しそうな勢いだった。
 芙蓉はこんのすけを、松井江は書簡を口元に当てている。二人とも目は笑っていないが、口の端は必死に笑いを堪えるように歪ませている。あからさまに笑ってはいけない。ここ数日でたくさんの痣と擦り傷を作って鍛錬した包丁には、この後大福を一つ分けてあげることにした。

「まあまあ、あれだけ手合わせで鍛えてきたのだから、腕試しにはいいだろう。私も見ててあげるから」

 項垂れる包丁を慰める長兄の一期一振だが、別に薬研を止めるようなことはない。だが薬研と比べると、だいぶ優しさがあった。粟田口兄弟のバランスは、一期一振が保っていると言っても過言ではない。

「いち兄〜……うぅっ、天国と地獄だよぉ〜…」

 包丁は顔から出るものが全部出ている状態で一期一振に泣きついた。

「大袈裟な……この世の終わりみたいな顔をするものじゃないよ? 皆包丁を思ってのことなんだから、そんな風に泣くのはおよしなさい」
「そんなこと言ったって……せめて人妻に応援されたい〜」

 情けなく嗚咽交じりでだが包丁の魂の叫びだった。顕現したばかりの包丁は練度の低さが著しい。少数精鋭の備前本丸では着いていくのもやっとだろうというのは全員がわかっている。そんな包丁に対して、前田藤四郎は「前向きに行きましょう」と励ます。

「包丁、僕もいます。一緒に頑張りましょう。同田貫さんも、どうぞよろしくお願いいたします」
「おう」

 隣で聞いていた同田貫はそれだけ言うと壁に背を預けて再び目を閉じた。賑やかしいのは得意ではないが、重傷を負った包丁を手入れ部屋へ運んだのは他でもない彼だった。
 包丁の周辺が騒がしくなるのは見越していたが、思ったより大丈夫そうだと判断した芙蓉は手を筒にして言った。

「そうそう、第三部隊は途中から山鳥毛と南泉を入れるの。薬研と前田が交代することになるからよろしくね」
「え!? ほんとぉ!?」

 包丁が顔を上げた。ぐしゃぐしゃの顔は希望を見出した表情をしている。そんな包丁に薬研は目敏く目を付ける。

「なんだ包丁、寂しそうじゃねえか」
「えっ!? ちがっ……」
「大将、山鳥毛が入るなら包丁も抜いて今手入れ部屋にいる五虎退を入れるのはどうだ? 同じ古巣なんだろ?」
「ああ、それもいいわね。交代する時には五虎退もう大丈夫だろうし、そうしましょう」
「なんでぇ!?」

 まさに天国から地獄だった。
 包丁が今度こそ大泣きして一期一振に縋り付いている。

「よかったな包丁。どんどん鍛えてやるからな」
「いやだぁ!! いち兄〜、主ぃ〜!」

 今や包丁にとっての脅威は遡行軍ではなく薬研だ。

「大福、二個にしてあげようかな……」

 あんまり泣くものだからだんだん可哀想に思えてきた。「僕の分もあげていいよ」と見かねた松井江が同意した。あの容赦のなさが許されるのは兄弟間だけだ。宗三は静観していたが、やがて同田貫の隣へ移動する。

「先が思いやられますねえ……」

 溜息混じりに憂うと、同田貫は宗三をちらりと見やって言う。

「こんだけうるせえのをまとめられんの、お前くらいなもんだろ」

 宗三は意外そうな顔で同田貫を見た。

「おや……あなたからそんな言葉をもらえるなんて意外ですね。どういう風の吹きまわしですか? というかあなた、いつの間に担ぎ上げなんて覚えたんです? ついに頭の中が筋肉ではなく脳みそに進化したんですね」
「一言多すぎんだろ。別に担ぎ上げたつもりもねえよ。俺は指揮とかめんどくせえのはやりたくねえ」

 そうですか。と宗三は柔らかく目を細めた。

「猪突猛進の一辺倒は相変わらずですね……まあいいでしょう。粟田口兄弟には一期一振もいることですし、あなたはあなたで好きに暴れてください」
「うしっ、そうこなくっちゃなぁ」

 暴れ回れることが確約された同田貫は俄然やる気が出たと部屋を出て行く。宗三も小夜を連れて「そろそろ寝ます」と部屋に戻って行った。それを見た松井江は、不穏なものを感じたのか芙蓉に顔を寄せて言った。

「第三部隊、ちょっと雲行き怪しくないかい……?」
「大丈夫よ。宗三はうるさいのを捌くの上手だから。でも……包丁は後で執務室に呼びぼうかしらね」

 いくら付喪神とはいえ、あんなに泣かれてはさすがに気にかかる。
 芙蓉が見ていることに気づいた薬研は大丈夫だと手振りをすると「次いきましょ」と松井江に促した。

「次、第四部隊。部隊長は豊前江、桑名江、篭手切江、信濃藤四郎、燭台切光忠、蜻蛉切」

 読み上げると、豊前江の元に篭手切江がすっ飛んで来た。目をこれでもかと輝かせて、待ちに待ちわびていたと言わんばかりに豊前江の前に躍り出る。

「りいだあ、桑名さん、久しぶりに一緒の部隊で嬉しいです! 信濃さんも、よろしくお願いします!」

 篭手切江は豊前江の横にちょこんと座る信濃に手を差し出す。あまり絡んだことがない篭手切江からの厚意に、人懐っこい笑みで手の平を握り返していた。

「よろしくな篭手切。桑名と信濃はいつもと同じだから頼んだぞ」
「いいよぉ、任せて」

 信濃と同じく豊前江の隣に座っていた桑名江が言う。そこに光忠と蜻蛉切がやって来た。

「江の皆、よろしくね。蜻蛉切さんと信濃くんも」
「蜻蛉切様! ご一緒できて光栄です」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 前の二部隊と比べると、この第四部隊は随分落ち着きのある者達が揃っていた。篭手切江はぐるりと面々を見渡すと、豊前江に疑問を口にした。眼鏡の奥の目が少し寂しそうに細まっている。

「りいだあ、松井さんはいないんですね」
「まあな。最初は松井も第三にいたんだけど、途中で方針が変わった。演練の時から出陣したそうにしてたしよ。それなら手っ取り早く第一部隊に編成した方が良くねえか? ってなった」
「そうだったんですね」

 悪い理由じゃなくてよかったと胸を撫でおろした。その横で桑名江が頷いている。

「確かに、歌仙と松井ならお互いの許した範疇で好き勝手できそうだからいいかもね。どっちも頭に血がのぼると手が付けられないのが難点だけど」

 上がった名前に、光忠は「ああ……」と笑う。信濃も同様だった。

「なんなら松井くんと歌仙くん、鬱憤晴らしとなるとすごい勢いで敵を手打ちしまくるから、多分十万なんてすぐ届きそうだよねえ。僕達の出番は割と早く来るかもしれない」
「薬研に骨喰兄に小夜もいるからなあ……三人とも、冷静だし純粋に仕事が早いから」
「南泉殿は大丈夫だろうか……」

 そう蜻蛉切が言うと、「自分の取り越し苦労だといいのだが」と続いた。光忠もそれについては心配らしい。かつて歌仙や薬研達と一緒に出陣した際、いろいろと迷惑をかけたと頬を掻く。

「あそこは基本的に仕事人部隊だからねぇ……和泉守くんが率いる普段の第一部隊との温度差がすごそうだ」
「でーじょーぶだよ。心配ねえって。逆に頼り甲斐しかねえよ」

 南泉を気遣う面々を落ち着かせる豊前江を見た信濃は、隣に座る光忠に「ねえ燭台切さん」と小さめの声で呼びかける。光忠は信濃の位置に合わせて少し身を屈めた。

「なんだい? 信濃くん」

 信濃は改まった顔をしていた。

「俺、もしかしてすごくまともな部隊に入れてもらえたんじゃないかと思って。大将、こういう催しの編成となるとちょっと遊びたがるから」
「気が合うね。僕も同じことを思っていたところだよ」

 第一部隊から第三部隊まで、怒声やら叫び声が乱舞していたのをずっと見ていた。ほっとするように笑い合う二人の声に、蜻蛉切の鼻から抜けた抑え切れない笑いが混ざった。若干の入りづらさがあったのか、少しはにかんでいる。

「すまない、聞き耳をするつもりではなかったんだが、実は自分も同じことを思っていた」
「蜻蛉切様、実は僕もです」

 すかさず桑名江が同調した。篭手切江がその隣で控えめに手を上げる。

「私も……、なんだかこの編成は今だかつてない一体感を感じます」
「お前ら……俺ほーと恵まれてんなぁ」

 ようやく悲鳴の連鎖のような編成発表が終わった。
 すでに部屋に戻っている宗三以外の部隊長である兼定の二人が、豊前江達第四部隊の様子を見て心底「いいなあ」という目を向けていた。

「松井! 第四部隊なんかすごくいい感じじゃない!?」

 芙蓉が興奮気味に松井江のジャージの袖を引っ張る。松井江は揺らされながら「豊前が率いるなら当然だよ」と自分のことのように満足気に笑っている。編成を発表し終えて、各自が解散となった。
 芙蓉は松井江を連れて執務室へと戻る。連隊戦を控えた備前の本丸の夜は、もう少しだけ続いた。



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