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言い忘れてたアレとタイミング

「全然近寄ってこないと思ったらアイアンテール覚えてないのね?」

「ラッキー」という悪魔の囁きが俺の耳に届く。こっちの苦労を見えないフリしてしめしめと指を折ってリザードンの技を振り返っている。

「ラッキーってお前なあ、いつもキラフロルと戦うことを想定してると思ってるのか?」
「違うの?」
「……絶対に違うけどその地味に否定しずらい顔で俺を見るな」

 今しているのはバチバチにやり合うバトルではない。と思っていたけど、エンジョイに見せかけて俺の方は徐々に真剣度合いが上がっていた。

 俺たちが指示を出さずともこうして話している間はキラフロルとリザードンも本気半分、戯れ半分といった塩梅で適度にバトルをしているのを「ふぅん」とアステルが満足気に見上げた。地方のリーグを道場破りしまくった挙句、リーグのスカウトを蹴ってお天気お姉さんを謳歌している野に放たれた野生のバトルのプロはいかにも楽しいといったご様子だった。余裕がある。

「でもリコちゃんとかペンダントとかいろいろ守るんでしょ? 苦手な岩タイプやフリードのリザードンからの打点が少ないフェアリータイプの敵が来たらどうするつもりなの?」
「うっ」
「そのドラゴンクローって何を想定して入れてるの?」

 こっちはこれでやってきていただけに悪意のない疑問に包まれた正論は耳が痛い。

「フリードにダメージ入っちゃった?」
「あんま加減なしで煽るなよ。そろそろ奥歯から血が出るぞ」
「誰の?」
「俺の」
「自分だって盗み聞きしてたくせに。趣味で決めた技構成なら何も言わないけど今後の方向性的に気になっただけよ。ところでリザードンがステルスロックにぶつかったけど大丈夫そう?」
「お前鬼か?」

 俺の泣き言を聞いたキラフロルがリザードンの攻撃をくるりと翻し、空中で浮遊しながら笑っている。

 隙がよく見えていて、勝つための戦い方が堅実で溜め息が出た。恋人であることを差し引いても本当に喉から手が出る程欲しい戦力だった。
 勝負に雑談を挟む余裕は相変わらずのままで、勝負の最中じゃなければ可愛いところがあるで済んだのに。リザードンが問題なさそうに返事したからいいものの、元々のタイプ相性も相俟って現在進行形でかなり追い込まれている。

「そろそろテラスタルしたら?」と手を筒にして言うアステルがもはやただの煽りにしか聞こえない。「ここ一番って時があるんだよ」と言い返しても「へぇー」とにやにや返すところが小憎らしくて闘争心の火は簡単に燃え上がる。
 楽しくなっちゃったから調子に乗ったとか言われても「そうか、まあ楽しかったならいいか」で済ます気はもうない。余った分はベッドの上に持ち越すからなと心の中で我ながら情けない声を張り上げた。

 火炎放射を当てたとてだ。火傷になってほしいところでなかなかなってはくれないし、エアースラッシュで都合よく怯んでもくれない。
 そんなラッキーパンチにすら頼らないといけないくらいただでさえ相性不利だというのに、ステルスロックを撒かれて自由の効かないフィールドで生かさず殺さずギリギリの戦いを強いられて記憶通りの容赦のなさに口角は上がる。
 負けても仕方がないなんて姿はアステルには一番見せたくないからなんとしても粘らないといけない。

「私としてはフリードのいいところを見たかったんだけど」

 我慢の糸が切れた一声にキラフロルが中心を軸に素早く回転すると無数の宝石が弾けるように周囲にばら撒かれた。
 大小の宝石が太陽光に反射して宙に舞い、リザードンが身震いしたのを感知するかのように鋭い光を放って煌めく。

 「ここ一番という時に」と、さっきは言ったけれど。「すぐに終わったら許さない」と言ったアステル自身がこの均衡を突っつき回し始めた。
 照準を補正するように、キラフロルの周りを宝石が目紛しく旋回する。

「残念だけど私の勝ち」
「距離を取れリザードン!」

 怒号を飛ばし、テラスタルオーブを手にすると溢れんばかりの光が収縮していく。悪を象徴するテラスタルの結晶がリザードンの頭上に現れると、ぴたりとリザードンに照準が合わさりパワージェムの束になった眩い光が襲いかかった。 


  *  *  *


「おい、テラスタルで弱点から外しても吹っ飛ばされたぞ」
「キラフロルって最高でしょ?」

 そう言ってアステルはキラフロルに、俺はリザードンに回復の薬を噴き掛けていた。完敗も完敗。ここまでなると寧ろ清々しい。

「一級品だよ……どんだけ鍛えたんだ?」
「それしか頭にない風に言わないで。フリードはお楽しみがすぎたからでしょ? 弱点晒したままテラスタルをもったいぶっちゃって」
「いつでもテラスタルできる訳でもないだろ」
「パッション技構成」
「リザードンと協議した結果だ」
「そういうとこよ」
「勝ちを取りに行く視点だなやっぱ。今日勝負してよかったよ」
「私も。付き合ってくれてありがと」
「もうこれ以上強くなるなよ」
「それはわからないかも」
「強くなるな」
「フリードが追いつけばいいの」
「好きだ」

 不毛なやり取りでお互いが正面切っていた。得意げだった顔が一瞬で寝起きの顔と同じくらい緩んでいく。

「今一瞬待ってやろうかなって思っただろ」
「思ってない」
「いーやその顔は思ってた」
「……」

 おもむろに大人しくなったアステルが俺の額に手を伸ばして、ふるふると震える両手で何かを掴んだ。肩で息を吸い込む。
 そして。

「思ってないって言ってるでしょ〜!?」

 大音声が俺の耳を通り抜けた。

「アステル! ゴーグルは絶対に痛いから絶対に手を離すなよ!」
「私が好きって言葉で言っても「まあそうだろうな〜にやにや」ってのらりくらりな感じなのになんでフリードが言ったら逆になるわけ!?」

 テレビの中で見た真っ赤な顔で猛烈に理不尽な言い分で怒っている。そんなことを俺に言われても、と思うが。口に出すと引っ張られたゴーグルが俺の顔面に直撃しかねない。照れさせた代償が地味に重い。なんでだ。
 けれどよくもまあ何年の付き合いで言葉一つにこんな新鮮に反応してくれるなあと、正直これがあるからいいまである。

「普段言い忘れを疑うレベルで全然そういうこと言わないくせに」
「言い過ぎて言葉が薄っぺらくならないかが……」
「私が言ってるの薄っぺらく感じてるってこと!?」
「それはない。絶対ない」
「そうでしょ!」

 言っていることは間違いないが、アステルの素面の自己肯定感の高さにびっくりした。

「なんでふざけたタイミングで言ってくるの!?」
「言いたいと思った時に言ったらダメなのか?」
「それは……そうかも」

 すんとアステルの勢いが止まって考え出すところが真面目だ。そろそろゴーグルから手を離さないか? と思いつつ少し思案してるアステルを待った。久々に再会した時のような堅苦しい話し方をしたり普段カメラの前でほのかな緊張と天気の見解を述べるアステルが、こうして衝動のままに喋ってくれるのは素直に嬉しい。

「いや一理ありそうなベストアンサーとか今いらないから!」
「あ〜だめか! ってあれ……もういいのか?」

 宥めるより先にアステルの手がようやくゴーグルから離れた。ほぐすように指先を振って、手を擦りだした。擦っている指の下にある絆創膏が見え隠れしている。

「手が疲れた……」
「自由すぎるだろ」
「行き先のわからないフリードよりは可愛いもんじゃない?」

 それにはさすがにぐうの音も出なかった。


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