短編

彼氏のサービスが終了した審神者と膝丸


「さらば彼氏……」

 さめざめと涙を流しながら、主はスマートフォンとやらに合掌をして頭を下げる。人に対してならまだしも、あんな薄っぺらい板にしおらしく「楽しかったよ……」と言葉を投げかける姿は、主とはいえなかなかに滑稽だ。思い出を共有した友に告げているようにも見える。ふざけている様子は一切ない。いたって大真面目だ。

 兄者は俺に「主の不思議な挙動を真に受けすぎなのだろう。主はそういう人だし、お前は真面目すぎるんだよ」と笑いながら言うが、俺は兄者のように笑って見過ごせるほど器用ではなかった。というより、複雑だと自覚できるほどの心境でその光景を見ていた。

 あえて話題に乗っかり話を聞くと、どうやら意中の男があの板の中にいるらしい。主はあの板を手に持って楽しそうに笑っていたり心を痛めて涙を流していたりする。少し見せてもらったが、どうにもこうにも人間味というか息遣いを感じられない。人間と神が恋に落ちる話は昔からあるが、二二〇五年ともなれば板の中にいる男の一挙一動に興奮しては翻弄される人間という図式が出来上がっていた。そして今、目の前でその関係性の終わりが訪れていた。
 文机に筆を置き、居座りを正して主に向き合う。

「どうした主、破局か」

 核心に掠めるように言うと、主は勢いよく振り向いた。節々が気難しい人柄だが、こういう時に半狂乱にならないだけまだ常識的だと思う。
「私の彼氏がサービス終了してしまった……」
 ただし様子がおかしいことには変わりないが。
「相変わらず面妖な言葉だ……すまないがわかりやすく頼む」
 両の手に持つ板には「サービス終了しました」の文字が書かれている。言葉の意味はわからないが、さながら同棲していたはずの家から鍵穴に合わない古い合鍵を手に閉め出された女のようだった。

「いや、なんというか……いつかこうなるってわかってはいたけど、私個人の力だけじゃあどうしようもできない力が働いて離れ離れになったっていうの? この世は好きってだけじゃままならないよね」
「離れ離れ……?」

 しみじみと胸に手を当てて言っているが、ずっと近侍として出不精極まるこの主の横に立って勤めている俺からすると、とんでもない矛盾と疑問が浮上する。

「元々逢引などしてなかったではないか」
「……」
「……主」
「違うんだよ!! 毎日会ってた! ……画面越しに」

 琴線に触れたのか最大瞬間風速のように噛み付くが、苦しい言い分だと思ったのか次第に言葉の勢いは弱まっていった。

「主よ」
「はい……」

 いつの間にか主も俺に合わせてお互い正座で向き合っていた。
「主は真面目だ。それ故に金銭面でも尽くす性質だ」
 ひらひらと毎月の請求書を揺らすと主は怯む。これは板の男に対する貢ぎ代が含まれていた。
「だが毎日会ってるにもかかわらず画面に映る意思疎通のできない男より、毎日目の前にいて意思疎通のできる男の方がいいと思わないか?」

 主のことは嫌いではない。変わってはいるが、マメで真面目な気性だった。こうして長いこと近侍としていられるのはそのお陰もあってのことだ。そこへ新たに好意という関係性が付け加えられたっていいと思えた。
 だが俺の思惑から外れて、主の顔は不審なものを見る目をしていた。

「……膝丸って失恋した女に魅力を感じるタイプ? なんか意外」
「そういうわけではない。だが失恋の傷は新しい恋で癒すというだろう」

 そもそも今の状況は失恋に値するのだろうかとも思ったが、尺度の違いがあるだろうとその疑問は喉の奥に引っ込めた。代わりに別の感情が口から飛び出る。

「どうしてそこまで思い続けて顕現すらしないものを引きずるんだ? いい加減、主はその板よりもっと俺に目を向けるべきだと思うぞ。……どうした主」

 のそのそと距離を縮めるやいなや、やや興奮気味でつついてくる。

「今の、今のもっかい言って」
「あの板の男みたいに触れば同じ言葉を言ってくれると思うなよ主」
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