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サンヨウシティ




「私のポケモン返してえー!」


 それがサンヨウシティに入って初めて耳に入った言葉だった。
 明らかに物騒なそれを目で追ってみると、小さな女の子が変な服を来た二人組を追いかけているが、小さいためにどんどん距離が離れされていくのがわかる。
 周りの人々ば自分のポケモンも盗られるのでばと恐れてか、ポケモンをしっかと抱いて道の端へと寄っている。

「ダーテング、猫騙し!」


 ボールから飛び出したダーテングは屋根やら街灯を飛びつないであっという間に変な格好の奴らに追い付いた。
 さすがにこの辺じゃ見ないポケモンがいきなり目の前に現れたらびっくりして止まるだろう。
 「なんだこのポケモン!?」という声が響いたと同時に、違う声の悲鳴があがった。猫騙しが効いたんだろう。二人組の一人が驚いて盗んだポケモンが入ってるであろうボールを落としたがダーテングがそれをうまく受け取った。



「ナイスダーテング!」
 ダーテングのファインプレイにガッツポーズを決めると、見せつけたつもりはなかったが目の前の悪党達の逆鱗に触れたらしくおもむろに立ち上がったと思ったらいきなり怒鳴りつけてきた。


「おいお前!そのポケモンを解放しろ!」
「ハイもう一回!」
 耳を疑う一言にわざとらしく耳を傾けると、律儀なことにもう一回同じ文句で怒鳴ってくる。

「だからそのポケモンを解放しろと言ってるんだ!」
 当たり前だが、この怒鳴り声で周りの野次馬も増えてきた。
 野次馬のヒソヒソと囁き合う声の中にはハンナも賛同する意見が混じっていて、思い切って一言一句同じ言葉で問いかけた。

「ポケモンの開放が謳い文句の連中なら…まずお手本にあなたのその腰についてるボールの中のポケモンから開放してあげたら?」
「黙れ!プラズマ団に従わないなら力ずくで解放するまでだ!」

 宗教もここまでくると救いようがなく思えてくる。一体なんの権利があってそんなことが言えるのだか。



「面倒くさい連中だね。ダーテング、吹き飛ばして」

 ダーテングが葉の団扇を大きく扇げば二人組の足下から突風が巻き起こり、たちまちプラズマ団の二人組は空の向こうへ吹っ飛んでしまった。
 ロケット団といい、なんで地方ごとに変な組織があるのだろうか。

 女の子に盗られたモンスターボールを返してあげると、周りに出来た野次馬の中に炎のような目立つ赤い髪が視界に入った。目が合ったと思いきやどんどんこっちに近づいてくる。
 オーバを思わせるその赤い髪から暑苦しい予感がすると、くるりと踵を返そうとした瞬間。

「そのポケモン強いんだな!ここじゃ見ないけど外国のポケモンか?」


買い物袋片手に目を輝かせたウエイターが、ズイズイと迫る勢いで聞いてきた。





     * * *





「へぇ、じゃあお前ジムまわって地方を旅してんのか」
「うん。最初はカントーで次はジョウト、ホウエン、シンオウとまわって、イッシュはつい最近来たばかりなんだ」
「なんかいいなそういうの!当然サンヨウジムにも寄るんだろ?」
「もちろん寄るよ。でも寄る前にお腹へったからどこかで昼ご飯食べようかな。なんかオススメのレストランとかあるかなウエイターさん?」
「それならいい場所知ってんぜ!オレに着いてこい!」

 (私オレに着いてこいって実際に言う人始めて見たよ)
 ハンナの手を取り気合の入った足取りでズンズン前に進んでいく。だんだん急ぎ足になってきて、最終的には買い物袋をぶんぶん振り回しながら走っている。中身は大丈夫なのか。
 買い物袋持ったウェイター姿だからきっと彼が働いてるところだろう。



「と思ったらやっぱりか」
「なにが?」
「なんでもないよ」

 (でもレストランにしては建物が立派すぎやしない…?)
 建物の造りがそんじょそこらの建物とは別格に見える。


「あ、名前言ってなかったな。オレはポッド!お前は?」
「ハンナ。…ねえ、ここって随分立派な建物だけどもしかして高級レストラン…?」
「は?なんだよ急に」
「だ、だってなんかすごい高そうな雰囲気臭わせてるじゃん…?私その辺にあるいっぱい食べれるような店でよかったのに…」
「フッ…アハハハハ!心配すんな。ここは納得プライスのレストランだぞ?結構評判いいんだ。はい、これメニューな」
「とか言っちゃってこれで高かったら…あれ、本当に安い」

 ポッドから渡されたメニューに目を通すと、確かにどれも安い。女性ウケの良さそうなお洒落な料理のラインナップに、男性向けのガッツリとした肉料理。これも安い。ページをめくれば種類の豊富な彩の綺麗なデザートが並んでいる。
 メニューから目を外して周りを見ると客も結構多い。ほとんど女性客なのも納得ものだった。

「な?心配なかっただろ。どれでも好きなもの選びな」
「じゃあこのオススメランチ!Bで!」
「あいよ!ちょっと待ってな!」

「ポッド、ここは居酒屋じゃありませんよ!」


 キビキビと歩く通りがかりの青髪のウエイターがポッドに注意を促すと、ヘイヘイとポッドは軽く受け流して紙にオーダーを書き込んだ。

「叱られてやんの」
「うっせ」
「聞こえてますよ」
 どうやら青髪の人は地獄耳らしい。
 すると周りの女性客がそんな様子を見て楽しそうにしているのを見た。顔を赤らめてウエイターを見ては密かにはしゃいでいる。なるほど、この店の人気は料理だけじゃなくてウエイターにもあるんだと理解した。






     * * *





「お待たせしました」
「お〜…美味しそう!」

 青髪のウエイターが運んできてくれた料理は、見た目も匂いも味も予想以上によかった。
 食べてる最中に写真に収める客を見て自分も撮ればよかったと思いつつも、食べる手を止めることはなく綺麗に次々と平らげていく。
 ウォーターポットを持った青髪のウエイターが興味ありげに話しかけて来た。

「気持ちの良い食べっぷりですね。ポッドがオーダー表に多めにって書いてあったのはこういうことですか」
「あはは…ポッドに感謝しなきゃなあ」
「それはそうとハンナさんはこのあとジム戦ですか?」
 グラスに水を注ぎながら青髪のウエイターは聞く。
「そのつもりですよ。ところでサンヨウジムってどこにありますか?私場所を知らなくて…」
「えっ」
「え?」

 なにかおかしなことでも言っただろうか。
 目が点になっていて、危うくグラスから水が溢れそうになったところで話は続くと彼はため息をついて一人理解したような顔つきになった。他の客からオーダーを聞くポッドを見て、再びハンナの方に目を向ける。
 終始置いてけぼりのハンナは背筋が真っ直ぐに伸びっぱなしで、なにかまずい事をしたのだろうかと内心焦っていた。

「ポッドから聞いてなかったんですか?」
「え、何を…?」


「ここはサンヨウジム。レストランも兼ねてるんですよ」


「…ええ!?」

 突拍子もない事実に開いた口が塞がらない。
 ハンナの声に店内の人間の視線が一点に集まった。

 青いウエイターの呆れ顔を見て自分の無知を自覚する。もう恥ずかしいったらない。今度は緑の髪を後ろに流したウエイターがやってきた。こちらも同じく呆れ顔だが、穏やかさが伺える。

「あ〜ポッド言ってなかったんだ」
「まったく…」
「あの…このジムってなにタイプ専門のジムなんですか?」
「このジムは挑戦者の初めて持ったポケモンのタイプによって戦う相手が変わるんだぜ」
「あ、ポッド」
「よっランチうまかったろ!」


 陽気に現れては青髪のウエイターの肩に寄っかかって笑っている。ドッキリ大成功と顔に書いてあるのがハンナもウエイターの二人にも読めている。

「ポッド…ここがジムだってことくらい最初に伝えといたらどうなんですか」
「ちょうど腹減ってるって言ってたし驚かせようと思ってさ」
「なんだそれ…全くポッドは仕方ないな」


 なんだかこの三人の会話のテンポが異常にいい。背丈も年齢も雰囲気も似てる気がする。

「…そうだ。タイプによって相手が変わるってなんですか?」
「それね、例えば最初に水タイプを持ったならジムリーダーは草タイプ、炎タイプなら水タイプのジムリーダーが相手になるって感じかな」
「え、セコくない?」


 「あっ」と自分の口を手でふさいだ時にはもう遅く、目の前の三人は目を丸くしてハンナを見た。さすがにこれは失言だったと自分でもわかる。慌てて謝ろうとするとポッドがその空気を笑い飛ばした。



「な?オレが言ったとおりのやつだろ?」
「こんな清々しいほど面と向かってハッキリ言われたの初めてだよ。でも、最初だからこそ苦手なタイプの克服は必要だと思ったんだ」
「ポッドの話によれば強いらしいじゃないですか。最初に持ったポケモンはなんですか?」

 三人は別段気にしてないようで、ポッドにつられて笑っている。言われ慣れていると言うと変な話だが、よく考えればトレーナージムなんだから相性の悪いタイプのジムがあってもおかしくなかった。


「ヒトカゲだよ。今はリザードンになったけど…」
「リザードン!?お前リザードン持ってんのか!」
 ズイッと身を乗り出して聞いてきた。非常に顔が近くて、後ろの2人と周りの女性客の目線が痛い。
「う…うん、最初にオーキド博士にもらったポケモンはヒトカゲなんだ」
「カッコいいよな〜!でも俺の相手じゃないのがなあ…見てもいいか!?」
「いいけど室内はちょっと危ないかも」
「ではハンナさんの相手はこのコーンということになりますね」

 コーンはそれまでの営業スマイルとは違う不敵な笑みでハンナを見据える。思えばこのコーンというジムリーダーはあらかじめポッドからなにかしら話を聞いていたせいか、料理を持ってくるにも水を入れてくるにもやって来ていた。
 それでこの笑顔だ。よっぽど自分の腕に自信があるか見た目と喋り方に反して好戦的なのかもしれない。


「コーンさんジムリーダーだったんだ…」
「コーンだけじゃないよ。僕はデント。草タイプの使い手だよ」
「オレは炎タイプの使い手のポッドだ」
「ジムリーダーが三人ね〜、イッシュのジムは変わったシステムがあるんだね」

 サンヨウジムにジムリーダーが三人もいることに驚きながらも完食した料理と三人に「ごちそうさまでした」と伝えると、ハンナのポケギアから着信音が鳴り響いた。ディスプレイを見ればアララギ博士という文字。
 「ちょっとごめんね」と席を外して、荷物になにかあったのだろうかと若干の不安を感じながら着信に応じると、アララギ博士は荷物のことではないと返した。

『渡したい物があるんだけどすっかり忘れてたの。悪いけどもう一度カノコタウンに来てもらえるかしら?』
「わかりました!今から向かいます」
『じゃあまた後でね!きっと役に立つから楽しみにしてて!』
 アララギ博士の軽快な声がそこで途切れるとハンナは椅子に座り直して三人を見た。なにか用事でもあるのか?とストレートに質問をぶつけてきたのはポッドで、隠すような事でもないからと説明をすると三人は快く了承してくれた。

「…というわけでジム戦は後日でいいかな?」
「ええ、コーンはいつでもいいですよ」
「なあハンナ、俺ともバトルしようぜ!」
「ポッド…」
「機会があれば大歓迎だよ。料理が美味しかったしまた来るよ。そろそろカノコタウンに行かないと暗くなるから私は行くね。あ、リザードンに乗せてもらうから今なら見れるよ」
「マジで!?」







 店先の開けた場所に出た。ここならいいだろとポッドに連れてこられたのだ。ジムのレストランはとっくに閉店時間を迎えたらしく、片付けは後でも出来るからとコーンやデントも出てきた。


「出てきてリザードン!」

 投げたボールから飛び出して翼を翻しながらハンナの前に降り立つリザードンを見て、ポッドは興奮を隠しきれずにリザードンに向かって全力で駆けつけてはこれでもかと言うほど輝かせて目に焼き付けている。

「リザードンだ!カッコイイなあ!つーかでけえ!」
「やっぱり写真やテレビで見るより実物は迫力が違うね…!」
「これがカントーのポケモンですか」

 とりあえずポッドが興奮しすぎて大丈夫か心配になってくるが、空は薄暗くなり始めていてもう喋っているような時間はない。かなり急がないとリザードンのような尻尾に光源があるポケモンの夜間飛行は危ないのだ。


「じゃあ私は行くね。ジム戦楽しみにしてる!」
「おう!待ってるぜ!その用事とやらをちゃっちゃと済ませてこいよ!」




(さて、早くカノコタウンに行かなきゃな)
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