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アララギ研究所



「あなたがハンナちゃんね!はるばるシンオウから疲れたでしょう。なにか飲む?」
「あ、いえいえお気遣いなく。数日間船で寝てたんで疲れるどころかピンピンしてます!」


 アララギ研究所は港から目と鼻の先という距離で本当に近かった。
 リザードンに乗って空に上昇してもらったら肉眼で確認できたまではよかったが、地上何百mと高い位置からの急降下、安全ベルト無しアララギ研究所行きのジェットコースター気分を味わいながらリザードンの鬱憤を身を持って体感した。
 リザードンが戦う時に見る景色はアクロバティックでしかなくて、地に足が着いた時の安心感に少し涙が出てしまう。


「アララギ博士、早速ですがこれがナナカマド博士からのお届け物です」
「ありがとう!ナナカマド博士に届いたって伝えとくわね。そうだ、ハンナちゃんポケギアやライブキャスターみたいな機器持ってる?番号教えとこうと思ったんだけど…」
「あ、私の方こそお願いします」



 (…そういやリザードンどこにいったんだろう)
 さっきまで後ろにいたはずなのに。嫌な予感がする。非常に気まぐれな性格だからなにを仕出かすかわからない分本気で怖い。

「今日はね、新人トレーナーが自分のポケモンを選んで旅立つ日なのよ。ハンナちゃんイッシュの新人トレーナー用のポケモン見たことないでしょう?見る?」
「ハイッ見ま…」

 「す」と言いかけたところで研究所内に響きわたるポケモンの悲鳴。
 だが深刻そうな悲鳴ではなくどちらかというと驚きの色が強めな鳴き声で、その後もひっきりなしに同じポケモンの鳴き声が廊下の向こうから聞こえてくる。


「博士、今の鳴き声は…?」
「ミジュマルっていうポケモンよ。なにかあったのかしら」


 アララギ博士はよくあることよ?至って冷静に扉へ近づいていった。




 ハンナの予感は的中した。
 どうやらミジュマルはあのでかい図体で研究所内を徘徊していたリザードンを見てビックリしたらしい。
 普通より少しサイズがでかいリザードン。そりゃそんなポケモンがいきなり目の前に出てきたらミジュマルみたいな小さいポケモンはビビらないはずがないだろう。でもそれぐらいで済んでよかった。

 それにしてもあのミジュマル、さっきからリザードンに体当りをしているが。
 リザードンの腹で逆に弾き返されて全く効いてない。

 (かわいいな…)
 ──リザードンも最初はあんなに小さかったんだ…


「そのリザードンかなり鍛え上げてあるわね。ハンナちゃんの最初にもらったポケモン?」
「そうですよ。カントーでオーキド博士にもらってからずっと一緒にジムをまわりながら旅してきたんです。とはいっても、最近はナナカマド博士のもとで手伝いでしたけどね…」
「そっかあ…じゃあイッシュのジムもまわるでしょう?バッジケース渡すからちょっと待っててね」
「え?あっ…と、リザードンおかえり」

 遊び相手?であったミジュマルが博士についてってしまったので、再び暇になったリザードンがこっちによってきた。


「えっリザードン!?」



 声のする方を向いてみればデジカメを片手にリザードンへ直進してくる少年。

「イッシュでリザードンが見れるなんて…!」
 ゙大事件だ…゙とオーバーな言葉を発すると共にリザードンを被写体にシャッターを切りまくる少年。
 少年よ、いくらなんでも堂々と盗撮しすぎではないのか。声には出さずに目線で訴えかけるも当の本人はそれどころじゃない様子で連写を続けている。


 一方リザードンの方は

 (めっちゃくちゃ不機嫌そうだなあ…)
 こんな表情したリザードンは久しぶりに見た。というより少年にはあの表情が見えていないのだろうか。興味津々な少年には笑顔を振り撒いているように写っているのだろうか。だとしたらなんて都合の良いカメラだろう。そろそろリザードンがかわいそうになってきた。

「君、そろそろ撮るのやめないとそのデジカメ燃やされるよ」


 やっとリザードンの顔を見たらしい。青ざめた少年はサッとデジカメを仕舞い込んだ。

「え…あ、すみませんイッシュじゃいないポケモンだからつい興奮して…」
「あら、随分早く来たのね!悪いけどちょっとだけ待っててもらえるかしら?…ハンナちゃん、これがイッシュのジムバッジケースよ。それからジムをまわるのならナナカマド博士に言っといた方がいいんじゃないかしら」
「ですよね…ちょっとナナカマド博士に連絡していいですか?」
「大丈夫、安心して。そうじゃないかと思ってさっき届け物が着きましたって連絡した時、ついでに言っといたわ」
「じゅ、準備がいいですね…?ありがとうございます」
「やるからには早いほうがいいでしょう?ここから一番近いジムはサンヨウシティにあるサンヨウジムよ。まずサンヨウシティに向かうのならここから近いカラクサタウンに行くのがいいんじゃないかしら」


 アララギ博士の言葉を聞いたリザードンがジャケットのフードを引っ張って先を促す。「もうちょっと待ってて」と言うと噛むのを離して入口へと向かっていく。

「わかりました。リザードンもやる気満々みたいなんでさっそく行ってきますね。ナナカマド博士に連絡してくれてありがとうございました!」
「ええ、ハンナちゃんも届け物ありがとう。イッシュの旅を楽しんできてね!」





 研究所から出てタウンマップを開くと、ここからサンヨウまでの道は非常にシンプルなもので、中間にカラクサタウンという町があるだけのようだ。

「よし…リザードン行こうか」




「ハンナさん!!」

 不意に呼び止められて振り返る。先ほどのカメラの少年だった。少年は急いで追いかけてきたのだろうか。微かに聞こえる息が荒い。



「なにかな?」
 肩で息をする少年とは正反対にけろりとした様子で返すと、少年はハッとしたように顔つきが真剣になる。

「今はポケモンを持ってないからできないけど…この後ポケモンもらって旅に出るんです。だから旅でどこかで会ったらぼくとバトルしてもらってもいいですか」

 少年はこっちを真っ直ぐ見ながら言った。
 小さく唸るリザードンはあまりいい印象を受けなかったらしい。そんな相棒に私は思わずに苦笑をこぼすとハンナも顔つきが変わる。不敵な笑みで新人トレーナーを目線で煽る。


「…いいよ。早く強くなってね。楽しみにしてるよ」

「はい!」





 少年と重なったのは、いつの日かシンオウで出会ったピカチュウを連れたあの少年。

 今あの少年はどうしてるだろう
 また近いうちに会うなんてことはこの時は全く思ってもいなかった

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