空虚に叫ぶ
「まんまと騙されたよ、ニャース!」
対峙する列車。サトシ達とニャース達の間に流れる空気は、一緒に歩いて旅をした時のような柔和なものではなかった。ライモン手前から仲間として笑っていたニャースの顔に、その時の面影はもうない。
「でも俺、お前と一緒にした旅は嫌いじゃなかったんだぜ」
そう声をあげるサトシの目線は真っ直ぐニャースを捉えたままで。耐え切れずに逸らした目線は、やり場をなくして目を閉ざしてしまった。悪者でもない、普通のポケモンとトレーナー達の日常に触れてしまったから。
作戦や使命も、いつも張り巡らしていた緊張感をほどいて、悪役じゃない普通の優しさに触れてしまったからニャース自信、サトシの言ったことがわからないでもなかったのかもしれない。
”でもねえ、”
「それを踏み台にして、まさかこんなことするとは思わなかったなあ!」
ニャース達の会話を遮るように、背後に突如現れた大きな影。
いつものオレンジの体には、青い炎が全身を纏っている。その中にはハンナもいるが、まるで熱さなど感じていないみたいだった。「腹太鼓」と指示すれば、腹を内側から抉られるような轟音が辺りに響き渡った。体に張り巡る血管が浮き出て、リザードンの目が炯々と赤く染まっていく。もうそろそろだろう。
「リザードン、フレアドライブ!」
リザードンは、ハンナのパーティの中でも屈指のパワータイプ。
仲間のサポートを受けつつ、腹太鼓で極限までパワーを上げて大技で一気に叩き込むスタイルがリザードンだ。本来自分にもダメージを与えるフレアドライブと、体力の半分を削ってパワーを上げる腹太鼓は相性が悪いが、リザードン本人はそれが1番スカッとするらしい。
青い炎の塊となった翼竜は、減速などせずにロケット団達へと向かっていく。
近づいてくるに連れて、急激に肌に感じる温度が、団服を貫いてジリジリと焦げるように高くなっていくのを感じる。
"しかも速い!"
危機を察知したロケット団が、咄嗟に列車から飛び上がっていった。
次の瞬間には、元々自分たちのいた場所が高温で溶かされ、そこだけ抉れ取られていた。
ついさっきまでは地面ギリギリのところにいたはずなのに、もう大空に戻り次の体勢に入ってきている。
たった1匹で、ここまでの力があったとは。と、ニャース。
「おい、もう一度聞くよ。サカキは何をしようとしてる」
「おみゃーがサカキ様のスカウトに乗ってロケット団にいたら、それこそでかい戦力になっていたかもしれないにゃ」
「ハンナが…、ロケット団にスカウト?」
どういうこと?とハンナに目を向けるが、上空で静かに怒りを露わにするハンナの目は、ニャースを捉えて離さなかった。
"リザードンッ"と強く叫んだ瞬間、ブワッと膨らむように再び業火を纏う。
2破目がくる、その瞬間。ロケット団の列車を自ら爆発させて、一目散にロケット団達は去っていってしまった。
「サカキ…ッ」
行き場のなくなった怒りと自分自信の不甲斐なさに、強くその名前をもう一度と叫ぶ。
こんな荒れたハンナを見たことがなかった。
出会う前を知らないサトシ達は、ただ列車の上からその様子を見守るしかなかった。
空には、ハンナとリザードンの二人きりで
青い炎の塊から溢れるようにこぼれ落ちては消える火の粉が涙のように見えて、なにも言えなくなった。