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今日は厄日か




『女の買い物は長い』と大抵の男はそう公言するが、今だけその言葉を信じる。いや、現在進行形で身を持って実感している。私は男じゃないけど、そう思えるほどに。
サトシ達に混じってイッシュ地方の旅を始めて結構経つ。シンオウでは8つのジムバッジを集めてからというものの、それからはずっとナナカマド博士の元でシゲルや他の研究員達と研究や調査に時間を捧げていた。なかなかハードでサバイバルチックなフィールドワークも中にはあったが、やっぱり地方を回る旅とは運動量がまったく違うのだ。案の定私の体力は著しく低下してしまった。
それでもイッシュの旅を始めてからというものの、息切れが目立った最初と比べて今はだいぶ体力がついてきたんじゃないかと自分では思っていた。

そして今。それが単なる自分の思い込みだというのを叩きつけられた気がする。

「ハンナさん、これどう?似合ってる?雑誌でカミツレさんが被ってた女優帽!」
「ああ、いいと思う…」
ライモンシティ、トレーナーにとってはバトルの聖地とも呼ばれるイッシュ有数の観光地。ポケギアのタウンマップによれば、『テーマパークが建ち並び、活気溢れる娯楽都市』。正直ちょっとなめてたかもしれない。

「もー、これくらいの人混みでバテるなんてハンナさんって案外体力ないのね」
「見た目通りでしょうよ…」
「ほらほら、次ぎ行きましょうよ次!」
「(誰か助けてくれ)」

そんな心の中の悲鳴が届くはずもなく、グロッキーな状態のハンナを引きずってズンズンと歩く速さを緩めることなく突き進むショッピングモール街。金髪のはね毛を揺らしてハンナを引きずる張本人は快活な足取りで、もう何軒の服屋を梯子してるのかわからない。
ポケモンセンターでサトシ達と別れたのが運の尽きだった。毎回お約束のようにサトシに突進して水辺に突き落としたりゴリ押しなバトルスタイルから見てなんとなく、ぼんやりとこんな性格なんだろうとは思ってたのだがまさか服を見て回るだけなのにここまで過酷だとは思わなかった。
イッシュの全女性の憧れと言われるカリスマスーパーモデルカミツレさんのいるこのライモンシティ、当然若者が集まる。そしてこのファッション街のセール。今日はその最終日。おびただしい人が集まり戦利品の争奪戦。


「ベル、もうギブギブ。全部はさすがに無理だよ。サトシ達待たせるわけにはいかないって」



私みたいな体力のない棒みたいなインテリが、こんな人混みにもみくちゃにされながら争奪戦に勝ち抜けるはずがなく、


「えー!?…まあそれもそうね、ハンナさんもよく見たら疲れきってるし、一休みしましょうか」




ましてやそんな劣悪環境でベルのテンションについていけるはずなかった。





*


事の発端は数十分前。ライモンシティに着いて、「ポケモンセンターでランチをしよう」というデントの一言に頷いた私達が地下鉄を経由してポケモンセンターに向かって行く途中、ちょっとしたアクシデントで『サブウェイマスター』と名乗るノボリさんとクダリさんと出会った後、地下鉄を出て地上に出た時。
地下じゃ届かない電波がポケギアに入った瞬間けたたましく鳴り出す着信音。



「…!?地下鉄乗ってる間に17件の着信アリ!?」
と驚愕する私。
「なにそれ!」「なんてホラーなテイスト!」「もしかしてストーカー!?」「物好きもいるもんだニャ!」「ちょっとニャースを線路に縛りつけてくる!」「ごめんなさいニャ」
「あ、相手は?相手は誰なのハンナさん!」「そうだ、い…今見る!」




From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル
From:ベル



"なんだよベルかーーーー!!"
まったくビビらせないでよとそのままかけなおすと、

『あ、ハンナさん!?もー、何回かけても出ないから驚いたじゃない!今日ライモンシティのショッピングモールのセールが最終日なんだけど一緒に行かない?入り口で待ってるから!』

「…返事の間もなく切られたんだけど。」
それどころか選択肢すら与えられなかったんだけど。
拒否権すらないんだけど。
誘ってる筈なのに向こうは私が行く前提ですでに現地でフル装備で待ってるんだけど。

"聞こえたわよ、嵐のような電話が"
お気の毒と言いたげなその目線。答えは言わずともわかってはいるが、一応聞いてみる。


「ベルからセールという名の争奪戦を一緒に戦い抜かないかとのお誘いがありました。一緒に生きたい人は?」






…──

────



(…まあ腹空かした状態で行くなんて死に行くようなもんだからしょうがないよな)


こっちもやっと今ランチにありつけて食べ終わったところだ。この後ベルはライモンジムにジム戦の予約を入れに行くらしい。
どうせなら自分とサトシの分も予約を入れてしまおうか──…
(なにか忘れてる気がする)なんだろう、すごく大事なことを忘れてる気がする。背筋がひんやりといやな寒気が這い上がるようなこの感じ。何を忘れた?何を忘れちゃいけなかった?


「──…しまった」

ニャースの存在をすっかり失念していた。
あれだけ警戒してたのに、肝心なところで頭からすっぽ抜けるなんて
「ハンナさん、これってサトシ君達がいるポケモンセンターじゃない!?」
ベルが指差すのは、アンティーク調な店内に設置された少し古めな小型テレビ。




嫌な予感はよく当たる、嫌な出来事は立て続けによく起きる、気づいた時にはもう遅いとはよく聞くけれど。


『…─イモンシティポケモンセンター内の倉庫から、モンスターボールごとポケモンが全部盗まれるという事件が…』




「ごめんベル!私行くね、お釣りはいらないから!」


安易にあんな約束をしてしまった自分の軽率さを、こんな形で思い知るなんて



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