∴小休息
【ライバルバトル!バニプッチ、ドッコラー参戦!】
「ごめんデント…ハンナさん…」
「本当ごめん…」
そう頭を下げるアイリスとサトシの目の前には
腕を組む両腕のうち片方の手に握られたシチューがポタポタと滴れる書きかけのレポート、顔に影が掛かり表情は伺えないが仁王立ちで強烈な威圧感を放つハンナと、膝をつき中身を全てぶち撒かしてしまったシチュー鍋に手をかけ、どんよりとした雰囲気を背負い目を据わらせてるデントがいた。
「どうしてくれるのこのレポート…あとちょっとで終わる筈だったのに…まったく、サトシは言わずともだけどそれに乗るアイリスも大概子供だね!」
「うっ…ほ、本当にごめんなさい…」
「あのね君達…これがどういうことだかわかるかい?
この心地よい午後に僕達はノーランチになるんだよ…」
゙ノーランヂ
この一言を耳にしたハンナが地の底から這うような声で「ノーランチ…?」と呟けば、同時に眼鏡越しに見えるいつものジト目がカッと見開かれた。目線で人を殺すとまではいかないが、蛇に睨まれた蛙の気分とは今まさにこの状態そのものだと実感した。
「(ど…どうすんのよサトシ、ハンナさんマジギレよ)」
「(オレに聞かれても!!)」
「「なに2人でゴチャゴチャ話してるの?」」
明らかに目の前の2人は怒り心頭だ、とくにハハンナさんはお腹を限界まで空かせながら「腱鞘炎になる〜」とか「私の脳って絶対シワが入りすぎてミンチになるよ」とか…とりあえずヤバそうな状態であとちょっとで終わるレポートがめちゃくちゃになってからランチ取り上げ…つくづくこの人はついてないというかなんというか。
「ラ、ランチならあるわよ!?ほら、サトシとデントとハンナさんの分!」
はい、とパスされたリンゴを受け取るが、眉間に寄せられたシワの数が減ることはなかった。
「アイリス…そういう問題じゃないでしょ」
「とか言いながらハンナさんリンゴ食べてんじゃん」
「サトシ!(言わなくていいことを!)」
「うふふぁいふぁ、おふぁふぁふぇっふぇんふぁふぁふぁふぉーふぁふぁいふぁん。(うるさいなぁ、お腹減ってんだからしょうがないじゃん。)」
「なに言ってんだかわかんないよハンナさん」
「とりあえずお腹に入ればなんでもいいのね…」
さっきまでの凄みはどこへ行ったのだろうか。口に出しては言わないけど、やっぱりハンナさんは呑気よ…。いや、単純と言うべきか。
「アハハ…ワイルドだなあ
──仕方ない、作り直すよ。出来たら呼ぶから…遊ぶならもうちょっと離れてくれない?」
──サトシ達が遊びに出てから数十分、簡易キッチンとテーブルでは静かな時間が流れていた。
デントがランチを作り直してる横では眼鏡を終わずにかけたまま細かい文字が羅列するページを捲るハンナ
「…レポートはいいのかい?」
「あんな状態からやる気が出ると思うー?休息だよ、休息。」
それでもハンナの手元にあるのは遠目から見ても難しそうな本。紅茶を淹れたカップをハンナへ持っていくと、ページの端にだんだんと見える小さな挿し絵。多分彼女が研究している進化についてだろう。
先程あんなことがあったにも関わらず、めげずに何かしら違う形で知識を得ようとするハンナの探求心は並みじゃないなと思う。
「ハンナってそういう難しそうな本をよく読むのかい?」
「え…これ難しそう?」
「うーん…普通の人が読んでもなかなか理解はできないんじゃないかな…」
「ハハ、まあそうかもねー。でも難しい難しくないは置いといても本を読むのは好きだよ」
そう言えば、愛用してるであろう金で縁取られたステンドグラスの栞を挟んで紅茶を手にした。目が疲れたのか赤い縁眼鏡は外されてテーブルの上に置かれている。
「その栞…随分使い込まれてるね」
「ああ、これね。キレイでしょ?シンオウのミオ図書館の館長からもらったんだ」
「へえ〜よく通ってたの?」
「まあね、本を読むの好きでもあったし研究資料を探しにちょくちょく行ったり私がナナカマド博士から担当された地域が近かったからね。絡む機会が多かったんだよ」
最初こそは大して目に止めてなかったらしいが、決まって最上階の一番端の席に座ってたまに開館時から閉館時までずっと読み耽ってたり、なかなか帰ってこない私を探しに来たゲンに半ば引き摺られるように図書館から出ていく私を覚えない筈がないだろう。
ジャンルを問わず色々な本をひたすら濫読する中、思い出したように進化やフォルムチェンジの本をまた借りて読み返したりしていくうちに館長から話掛けられたのが最初で。
私は決して読むのが早い方ではなく、じっくり読むのが好きなこともあり、それを話したらくれたのがこの栞だった。
「館長元気にしてるかな〜」
前シンオウに一時帰還した時にはもう閉館の時間は過ぎてて会えなかったからな。今度シンオウに行くことがあったら絶対最初に図書館に行こう。
すると横からクスクスと控えめに笑うデント
「ハンナって意外とのめり込んだら周りが見えなくなるからね、引き摺られるようにって言うのがちょっと想像できたよ」
「なにそれどういう意味?」
ふと見れば知らない間にテーブルの上にはランチにしては豪勢なデントによるフルコースが並べられていた。
「なんかいつもに増して豪華じゃない!?」
「2人がなかなか帰ってこないからね。どうせ待つくらいならフルコースにしようかなってね」
「…摘まみ食いは「駄目だよ」デスヨネー」
つまりは?私は空腹の状態で目の前にフルコースがあるにも関わらず食べれないというお預け…なんという焦らしプレイ。
「2人が帰ってくるまで…?」
「食べちゃ駄目だよ」
「はい、探しに行ってきまーす」
こうしてリザードンに乗ってサトシ達と別れたシューティーと出会い、入れ違いになるのは数分後の話。