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グリーンバッジ




「反対!絶っっ対反対!」

茶髪のサイドテールを振り乱すほどにハンナは拒否反応を示した。
"まるででかい子供ね"と眉間に手をあてるアイリスだが、ハンナの気持ちもわからなくはないため何も言えないかわりに目の前にいる一匹のポケモンを見据える。

「あのサカキが?テレパシーじゃない、人間の言葉を使って流暢に喋るニャースをたかが一回作戦に失敗したくらいで簡単に手放したなんてちょっと安直すぎやしない?
しかも作戦真っ只中の地に野放しなんて普通しないよ」
「まあ…たしかに。
──ただこの地方には他にニャースはいないし、一人ぼっちにしておくのも…」



「…、それもわかるけど…」

いやな予感が迸る。
本当にデント達はニャースを連れて行くつもりなのだろうか。今まであれだけニャースがロケット団の一員としてやらかしてきたのをこの目で見てきたはずなのに、簡単に信じれちゃうものなのだろうか?
疑いすぎる私が変なのだろうか?
疑いやら本当に信じていいのかなど、いろんなものが頭の中で交錯してごちゃごちゃになってきている。いかんいかん、わけがわからなくなってきた。


(ていうか、なんでみんな同行を許せるの…?)

「ハンナさん…?」サトシにしては珍しく相手の様子を伺うように呼ばれた。
しかしそれにしても、特にサトシなんかは本当の意味での長い付き合いだから理解ができない。いくらなんでも心が広いとか寛容だとか、器が広いとかそういうレベルじゃない。


「…ああ、なに?」
「もう悪さをしないって約束の上でニャースを連れて行くことにしようってことにしようと思うんだけど…」
たしかにイッシュ地方にとってはニャースというポケモンは生息地がないうえに希少中の希少に値するかもしれない。そんな中に立った一匹を丸投げにしても野垂れ死にがいいところだ。
一緒に連れて行くのが一番いいのかもしれない。だがそれは普通のニャースであったらの話で、ロケット団ともなればそうもいかない。


「出発はまだだったよね?」


"ごめん、ちょっとしばらく考えさせてよ"
そう一言言い残して、ニャースを見つけた広場から離れたのが数分前のこと。アイリスの手伝いもあり、ランチの後片付けも終わりに差し掛かってきた頃、あとはハンナが帰ってくるのを待つだけになった。




「そういえばさっきのハンナさんの言ってたことそのまま頷いちゃったけど…話に出てきたサカキって誰?」
「うーん、今思えばロケット団事情に妙に詳しい気がしなくもないな、知り合いとか?」
二人の視線は必然的にハンナと同じ出身であるサトシに向けられたが、ピカチュウたちと遊んでいる横でそんな会話を展開しているだなんて露知らず。「知ってるわけないか…」「人が真剣に考えてる横で…本当に子供なんだから」と苦い笑いを浮かべた。




「…サカキ様はロケット団のボスであり、トキワジムのジムリーダーだった方ニャ」
アイリス達の会話を、木陰で安静にしていたニャースは全部聞いていた。ハンナが消えていった方向の遠くを見ながら、先ほどの自身の潔白を必死で証明しようとしていたときとは違う、静かな口調で語り始めた。

「だった…?」
「トキワってたしかハンナさんの出身よね」
「そうニャ。今は四天王のキクコに任されたジムだけど、譲渡するより前、まだサカキ様がジムリーダーを勤めていたときだった頃ハンナがやってきて最後の砦であるサカキ様を撃破したニャ。その時からニャ、サカキ様は作戦を仕掛けるたびにハンナのことを気にするようになったニャ。
…あとは本人から聞くといいニャ。ニャーは少し散歩してくるのニャ」

──ハンナが挑戦しにきたまさにその時期のロケット団は、人数だけが有り余る深刻な人材不足だったから。
まだ若い芽で、成長途中であったからもちろん足りない部分もあるけれどもそれを十分補えるほどのバトルのセンスがあり、さらにリーグにも出ていない。まさに喉から手が出るほどの打ってつけだったに違いない。
そんな存在にトレーナーとしてじゃなく、あのナナカマド博士の知識が加わったら?そりゃ欲しくもなるだろう





「まあでもおみゃーさんの気持ちもわからんでもないんだニャ」
キャンプから少し離れた林の中、やっと見つけたハンナの手の平には緑に輝くものがあった。

"グリーンバッジかニャ…"多分、ニャースのことでサカキ戦のことでも思い出したんだろうというのが容易に汲み取れる。
(案外ハンナはわかりやすいやつなのかもしれんニャ)

「だったら尚更だね、他を当たりなって。あんたがいるんじゃ寝不足になっちゃうよ」
「それがそうもいかないんだにゃそれが。このイッシュ地方にとってニャーの存在は異質そのものであって他を見つけるにしても生きるには辛いんだニャ」


わざわざ散歩という言い訳を作ってまで出向いたというのに不毛な刺々しい言葉の投げあい。
依然として背を向けたままな二人の間には睨み合いのような緊張が走っていた。


「ねえ、ライモンでなにするの?」
沈黙のなか、唐突にハンナが聞いてきた。ひしひしと感じる目線を追えば、さっきまで向けていた背を翻してニャースの方へと目を向けている。
「聞く相手を間違えてるニャ、ニャーはもうロケット団じゃないんだニャ」


「あーあー、聞いても答えなそうだなとは思ってたから別にいいけどさ。しらをきるのは作戦中なんだねってことで受け取っとくわ」
「これから一緒に旅をする仲だというのに疑り深いのはよくないニャ」
「ふーん?下手糞な小芝居打つのも相手を選んだほうがいいと思うな」


"いたいけな10歳児に嘘ついてまでよくやるよねー"
そう皮肉交じりに大木の根元にドカッと座れば、降参と表した両手を挙げてため息を漏らした。
「安心するニャ、ライモンシティに着くまでは本当に何もしないし何もするつもりはないニャ」



まさかの言葉に怪訝な顔でニャースを見返す。さっきまでの媚び諂ったような態度はみじんに感じられない。「いつものニャースだ…。」ついそう呟いてしまうほどに目の前のニャースがロケット団のニャースだった。

「ずいぶんアッサリと白状したね、逆にこっちが驚いたわ」
「お前怖いニャ!プレッシャーが凄まじい上に言葉がきつ過ぎるんだニャ!このままだと作戦前にこっちにいる方が精神的にやられちまうニャ!
今度の作戦まで失敗したらそれこそ強制退団ものだニャ…」
「大丈夫じゃない?喋るニャースなんてそう簡単に手放したりしないっしょ」
「なんでこういうときだけ励ますニャ」
「割と簡単にボロ吐いたし」
「ニャーはお前さんの親の顔が見てみたいニャ」
「私の親はどっちも世界を行ったり来たりな博士ですー」



「…ジャリボーイたちにさっきのこと言うのかニャ?」
「言わないよ

私はアイリスに軽くドン引かれるくらいには反対したんだし、あんたのことを知った上で同行を許したんだから何かあっても自業自得じゃんって思ってるからね。わざわざ言ってあげるようなことはしないよ。
ちょっとは疑うことを知るくらいがちょうどいいと思うよ。サトシ達は。」
「なかなか厳しいんだニャ」
「私の家放任主義だからそれにのっとっただけだよ。全部自己責任ってね」
「なるほどニャ
──ニャーは今の状況も気に入ってるけど、もしロケット団に入っていなかったらジャリボーイやハンナ達の仲間に入りたかったかもしれないニャ」


「なにそれ、同情誘ってんの?」



"もしもの話なんてしても今この状況がなくなるわけじゃないでしょ"
今じゃ全然そんなことないけど、私だって今まで何回『もしも』をつけてはシロナさんと初めて出会う前からやり直したいなんて思ったことか。
「思うのは勝手だけど口にしたところでどうにかできるものじゃないよ。
それにあんたは今まで散々ロケット団として悪さしたんだからその考えはいくらなんでも勝手すぎる」


──でもさっきニャースの言ったことが本当なら、ライモンまでその勝手を叶えてあげる。
その代わり、絶対手出しはしないこと。OK?


「ニャーは約束は守るニャ」




(私も大概甘いんだなあ…)
約束と差し出した手を握り返した時、少しでも根はいい奴なんじゃないかと思ってしまったなんて




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