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ドンバトル閉幕




「ゴッドバード!」


「(…あれを避けるのは無理か、)防御指令でガードを固めて」
目の前まで迫る光を纏った鳥の猛攻を防がんとすかさず指示を出せば、三次元的な円を描くように無数に散らばった淡い光を放つ六角形が一点に集まり、蜂の巣の形を成して分厚い壁となった。
゛強運ハトーボーのゴッドバードの威力は馬鹿にできない゛と最初に思っていたが、そろそろ序盤で与えた毒で体力も底を尽きる頃合いだろう。さっきのような力でごり押しのゴッドバードも虚しく数回積まれた固い防御のおかげでダメージといえるようなものはほとんどなかった。

タイプ相性は決して良くはないがここまで来たらもうやることは決まっている。そろそろ止めを刺そう…と言いたいところだが。耐久力がずば抜けてはいるものの、肝心の突破力に欠けるのが難点といったところか。
(毒々で確実に体力を削ぎ落としてるけど止めを刺そうにも一発二発じゃ落としきれない…)

それにもしもの時のゴッドバードも怖い。



「ビークイン、回復指令」
我ながらなんて嫌な戦法だ、ごめんなさいアントーニオさんとハトーボー。視界の端に見えたもう勘弁してと訴えかけるようなアントーニオさんの表情が胸に突き刺さった。
でもね、リアルファイトだけが戦いじゃなくて、これが耐久型の戦い方でもあるんだ。
それにアントーニオさんは確実に隙を突いてくるから。


゛だから許してね?゛
限界まで必死に耐えてきたんだろう。プツリと張った糸が切れたように毒に侵されて力尽きたハトーボーがフィールドに崩れ落ちたのはそう心の中で呟いたのと同時だった。






「えげつね〜…強いとはサトシから聞いてたけどあそこで回復とか鬼みたいだな」
「今日はたまたまだよ、いつもは火力で攻めるバトルをしてるからね」
「そうそう、鬼みたいだなんて失礼だね。本当はガンガン攻めるつもりだったんだよ?デント、審判ありがとね」


゛酷いバトルだった゛だなんて自分でもわかってたけど仕方がないのだ。
「つもりだったって…?」と疑問符を頭に浮かべたような様子で返すデントを尻目にギャラリーのベンチに座るケニヤンの隣に腰掛けた。


「私のポケモン達ってナナカマド研究所に全員開放されてるから知らないうちにに新しい技を覚えてるときがあってね、今回その新しい技構成でぶっつけのバトルしたから…結果だけみれば勝ちだけどまだまだダメだ、また考え直さなきゃね」
せっかく自力で会得した技なんだから活かしてあげたい。だけど色々また考えて実戦で試してみないと。


「でも惜しいな〜今のバトルはサトシに見せたかったかも」
「サトシ…なんでだい?」
「挑発とかさ、泥沼試合での補助技がいかに大事かがわかるバトルだったでしょ」
「そういうことか、なるほどね」
「たしか今アイリスとルークのとこだろ?」
「そうらしいね、昨日のラングレーとのバトル見たいって言ってたし…あ〜食べたすぐ後だから脇腹痛い…」
「まああんな量食べたらね…サトシとアイリスのお祝いに作ったのに」
「えへへ、美味しくいただきました。そういやデントは明日カベルネとソムリエ対決するんだっけ?あんな挑発に乗るなんて珍しいよね、昨日好き勝手言われたから?」
「違うよ、ハンナは目の前で見てたのに覚えてないの?」
「あ〜…食べるのに集中してたから全く…」


゛かなりがっついてたもんな!゛
ケニヤンに言われたこの一言。思い出したらちょっとばかし恥ずかしかったから少しこもり気味に答えたのに止めを刺すようなまさかの追い打ちに驚いてケニヤンに振り向いたら、見ただけでわかる腕っぷしの強さで「大丈夫大丈夫よく食べるのは良いことだ」、バシンと背中を快活に笑い飛ばしながら叩いてきた。こいつ食べた後ってさっき言ったの聞いてなかったのか!?思わず「う゛っ」と口元を押さえれば、状況を察してくれたデントが止めに入ってきてくれた。
だけど止めに入ってきてくれたのはありがたいけど、゛ハンナは女の子なんだから゛なんて親が子供を叱るときみたいなことを真面目な顔をしたデントが言うもんだから腹から込み上げてくる不快感なんて忘れてしまって、デントの一言が別の引き金を引いてしまったみたいで。かわりに゛プッ゛と悪いからと抑えつけていた笑いが弾けるように飛び出した。

゛デントってやっぱお母さんみたい゛
腹を抱えて笑うハンナの真横では肩を落としたデントに苦笑いを向けたケニヤン。


「ハンナにとって僕はお母さんか…」
「オレはデントとはまた違うけどお互い苦労人だな」
「?、…そうかもしれないね、お互い頑張ろうケニヤァーン」
「アクセント違うし…実はわかってないだろ。悪びれもなく真顔で言われても全っ然説得力ないぞ」
「ん?なんか言ったかい?」
「聞いてないし…まあいいか」



(ケニヤンはわかるけどデントって何に苦労してるんだろう)
(まさかエンゲル係数がまずいことになってる…?)
(だめだ、思い当たる節がありすぎる)
お互いに認めるくらいな自称苦労人な2人の会話を小耳に挟んだハンナが、笑いは収まったがあえてまだ腹を抱えるふりをしつつ日々の自分達の食生活を振り返っていた。




*




『バトルトーナメント!
ドンバトルもいよいよ本日が最終日です!!激闘を勝ち抜いた2人が──』

(なんか出だしがスーパーのセールみたい)
フィールド横の選手席、普通なら一般の観客席から観戦しなきゃならないのだが、さすが小さな大会というだけあり警備も厳しくなかった。
でも決勝戦ということもあるしどうかなと思ってラングレーの隣をなに食わぬ顔で歩いていったら普通に通れたことにただただ拍子抜けで、ここまでスムーズにいくと逆に大丈夫なのかと不安になってきた。

「ねえ、あんたはあそこのソムリエと一緒に見ないの?」
「じゃあ質問返しになっちゃうけどラングレーはあの空間にいられるの?」
スッと後ろからラングレーの輪郭に手を添えてソムリエ達の前哨戦が繰り広げられている方向へ向かせれば、「うわ、ムリだわ」と小さく言ったのを聞き逃さなかった。


「静かに観戦したいなら大人しく触れないのが一番だと思って」
「それもそうね」

選手席に座ったハンナにチラリと目線を移すと、足を組んで頬杖着いてフィールドをじっと何かを見定めるというリラックスムードに溜め息が出てしまった。

「(いつ摘まみ出されるかわからないっていうのに呑気なもんだね…)あの2人、決勝戦では何を出してくるか聞いてるの?」
「ううん、知らないよ。
だけど決勝戦だし2人とも切り札を出すんじゃないかな」
「切り札ねえ…」

「少なくともラングレーが期待してる子は出ないと思うよ」
「ハァ?期待してる?誰に?」
「キバゴ」
「別に期待してないわよバカ!」
「バ…っ!?ま、まあキバゴはないかな。まだツンベアーと引き分けたあの子が出てないし」


そう、アイリスとより長く一緒にいたドリュウズがまだこの大会には出てきていない。
サトシはピカチュウに大将と言っていたし、ドリュウズ対ピカチュウになるのはほぼ確定だろう。決勝戦はサトシにとってかなり不利なものになりそうだがサンヨウで見せてくれたデント戦やケニヤンとのバトルみたくサトシなら相性関係を覆したバトルを見せてくれそうな気がする。

(でも電気技を一切受けない地面だからな)
電気技を除いたらピカチュウが使えるのはアイアンテールと電光石火のみ、しかもどちらもドリュウズの鋼タイプに半減されてしまう。対するドリュウズはタイプ一致のドリルライナーと穴を掘る、メタルクローに大打撃を与えかねない気合い玉。
でもドリュウズの特攻ならあまり気にすることはないかもしれない。



(…なんだかものすごくサトシを応援したくなるな)



*



佳境に入り始めた決勝戦、体力が危ないところまできているピカチュウに対し有利かと思っていたドリュウズも案外技のひとつひとつに体力を着実に削られているようで勝敗がわからない展開となっていて。
でもやはりタイプ上の輪が反対に回るなんてことは決してなく、力の押し合いのドリルライナーとアイアンテールはドリュウズの方が威力が勝っていた。
ところどころ耳に入っていたソムリエ対決もいつの間にかお開きになったみたいで、みんな目の前の勝負に釘付けとなっている。

ドリルライナーを持ちこたえて、間一髪なところで地中から攻めてきたドリュウズの猛攻を避けるも著しく減った体力では反応も鈍くなってきた頃合いだろう。
素早さがなくなったピカチュウはドリュウズにとっては絶好の的となり、最後の一撃は渾身の力が込められた気合い玉が決定打となり、花火が上がるフィールドのディスプレイに大きく映し出されたのはアイリスとなった。

「フン、まあこれで少しは倒しがいのあるトレーナーになったわね」
「そんなこと言っちゃってえ…素直におめでとうのひとつくらい言ってやんなよ〜」
「ちょっ!!なによ、何言ってんのよ!絶対言わないわよ!!」

*



「ピカチュウよく頑張ってくれたな、ありがとう」


フィールド端で目を回してくたびれたピカチュウを抱きしめるなか、3日間を戦い抜いた選手達を称える拍手と大歓声と共にドンバトルは閉幕となった。







*



日もオレンジに照り始め、町が夕日に染まってくるにつれて活気に溢れていた会場からも人がいなくなってきていた。
チェックアウトをラングレーに任せて、ナナカマド研究所に預けていた子達とこの3日間を一緒に過ごした子達を入れ替えるためにハンナはポケモンセンターにいた。

「久々に一緒にいれて楽しかったよ、また戦いたいときはシゲルあたりにアピールしてね」
゛シゲルには悪いけどね゛とビークイン、ブラッキー、オーダイルとひとつひとつに言葉をかけて研究所へと転送していき、6個目であるハクリューのボールを手にとった。


「ハクリュー、研究所に戻ったらみんなをよろしく──」
「ハンナさん待って!!」

ガッ、と突如横から伸びてきた褐色の腕によって転送機に置く手を止められた。
ひどく息の上がったアイリスが、ハクリューを転送するのを阻んだ。

「どうしたのそんな息切らして、せっかくのドリュウズとの記念すべき100勝目なんだからもっとじっくりドリュウズと喜んでると思ったのに」
「100、勝…ああそっか、そうだったな。ていうかハンナさん覚えてたんだ」
「そりゃあ珍しくアイリスが私を頼って相談してきたからね〜ま、とにもかくにも優勝おめでとう、アイリス」
「…ハンナさん、ハクリューは?」
「ん?ああ、研究所に送ろうとしたところでアイリスに止められたから、私の右手にいるよ?」


窓から差す西陽が、右手に収められたハクリューのボールで反射されてチカチカと瞬いて、その鋭い光に目を細めたアイリスが改まったようにハンナへと向き直した。



「あたし優勝したから…優勝祝い、してもらってもいいんだよね?」
「…デントからキバゴの初勝利祝いをもらった上に自分から優勝祝いをねだるなんて随分厚かましいけど、一応話だけは聞いてあげるよ」


「──ハクリューなんてイッシュ地方じゃ珍しいってハンナさんでもわかるでしょ?」
「うん、で?
まさかとは思うけど、ハクリューは私の大事なカントーの時からの仲間だよ、交換は絶対しない」


「ちがう、そのハクリューと戦わせてほしいだけなの」




(ああそっか、)(ルークが撮ったラングレーとの戦いを見たんだっけ)
少なからず何らかの影響を与えられたのかなと思うと、嬉しくて笑みが溢れた。


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