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進化の輝石




「でさ、なんでサトシ達じゃなくてルークを呼んでバトルしようと思ったの?」

「そんなの単純にあんたは演技じゃなくてバトルを見せた方が人を惹きつけると思ったからよ。」
「なにそれちょっと嬉しい」
「あくまでイメージ的にね。それにハンナが口で言っても聞かないんなら実戦で見せた方が効果あると思って」
「あれ、なんかラングレーが優しいぞ…?」
「あんたあたしをなんだと思ってたの」


ポケモンセンター横のフィールド、撮影機具を持って来るルークを待っていた。時刻はもう夜を指していて、電灯はあるもののこんな暗い中での撮影には昼間と違い少しではあるものの必要な機具が増えるらしい。

前にアイリスに向けた態度からして高圧的で我が儘な子とあまりいい印象は持てなかったラングレーだけどそれだけではなかったみたいで、ちゃんと人の話を汲み取るいい人だった。それでもまだアクの強い子だけれど。
待ち話をしてる間にもゴビットを連れたルークが走ってくるのが遠くに見えた。「行くわよ」と一足先にフィールドへ向かうラングレーに促されて私も行くことにした。話してみれば結構気が合うし、後でライブキャスターを持っていたら番号を聞いてみよう。










「じゃ、演技じゃないのが残念だけどドキュメンタリーには使わせてもらうからね?撮るよ、アクション!」

「出陣よ、ツンベアー!」

(ツンベアーか…)
相性は悪いけどこの子なら大丈夫だ。気合い入れに両腕をハンマーのように地面に打ち付けるツンベアー、今日の試合で疲れてるんじゃないかと思ったが、そういえばバチュルとの戦いがあったなと思い出し笑いを抑えてボールを手に取る。

「いこうか、ハクリュー」

懐かしい、リザードンと共に旅の初めから仲間だったハクリュー。手中のボールがカタカタと震えて呼応し飛び出した。


「ハクリュー?…カイリューじゃないのね」
「この姿が気に入ってるんだよ、ハクリューは」
「ふうん、まあどちらにせよあたしはドラゴンバスター。相手がドラゴンタイプなら絶対勝たせてもらうわ」
「そんなのこっちだって負けないよ?アイリスとは戦歴違うしね。よろしく」
なんたってカントーの時からの仲間がパートナーなんだから。伊達にわざわざ弱点である氷タイプにぶつけたわけじゃない。



「久しぶりだねハクリュー、じゃあさっそく竜の舞でパワー上げるよ!」
「ま、お子ちゃまアイリスとは違うってことを期待してるわ。まずは小手調べよ、氷柱落とし!」

ツンベアーの吐息から生じた数多にも及ぶ鋭利な氷柱が雨のように降り注ぐ。



(これ全然小手調べじゃないな)

゛ラングレーの奴超本気じゃん゛
口に出しては言わないけれど、前に見た時とは比べ物にならない氷柱の数。あまりの多さに思わず口角が上がった。これであのラングレーに勝ったらアイリスに自慢できるな。でもアイリスにとってラングレーの話題はタブーだから多分、怒らせちゃうだろうからやっぱ自慢するのはやめとこう。

「ちょろちょろとすばしっこいわね…ツンベアー、狙いを定めて切り裂く攻撃!!」

目の前には舞い終わって素早さの上がったハクリューが、特有の長い体をしならせて上から地面に深く突き刺さる氷柱を避けていた。

「(切り裂くか、)ここで急所取られたくないな…電磁波で牽制して」

ハクリューがコクリと頷くと、青い体の表面に小さく電気を帯び始めた。ツンベアーが近づいてくるにつれて徐々に電圧と弾けるような静電気の音が大きくなる。


「電磁波!?ツンベアー止まって!」
「よっしきた!ハクリュー!!」

攻撃を一瞬だけ躊躇ったツンベアーに静かに攻撃を待ち構えるハクリューの様子を見て僅かに疑問を持ち始めたラングレーの咄嗟の判断が隙を生んでくれた。
素早さの上がったハクリューの早さに意外と鈍足なツンベアーが反応するには間に合わず、ツンベアーの肢体に巻きついて行動の自由を奪うことに成功した。
だけど相手は天敵の氷タイプ。さらに保険をかけるのも悪くないだろう。


「ハクリュー、電磁波!」
「ッあんた嫌な戦い方するわね…確かにアイリスとはまるで違うけどまだいける!冷凍ビーム!!」

(…痺れなかったか)
真っ正面から冷凍ビームを受け止めてしまった。
辺りが冷気で白んでハクリュー達がどうなったかが見えにくい。ハクリューは持ちこたえただろうか?
夜ということもあり、辺りの静寂で時間が昼間の倍のように長く感じる。チラッとルークを横目で見れば、フィールドから全く視線を反らさずにカメラを回していて、白くなったレンズをマイクを支えてるゴビットに拭かせていた。ゴビット超いい子。そんなことを思っているうちに、立ち込めた冷気が晴れてきていた。


「…うそ、正面から受けたのに…!?」
「これもカイリューじゃない理由のひとつだよ」
「カイリューじゃない理由…、」
「ハクリューが今の姿が気に入ってるっていうのが第一だけど、無理に進化させて約4倍って言われる弱点を作る必要もないと思って。
ハクリューはハクリューでカイリューとは違う強みがあるからね」
「──なるほど、それにプラスしてその首についてるものの恩恵があるなら一撃で落とせないわけだ。」


ハクリューの首にくくりつけられた小さな石に気づいたみたいだ。
身に付けたことによりカイリュー以上の耐久力を持つことができる『進化の輝石』が、ハクリューの首元に輝いていた。だけどやっぱりダメージがでかいことに変わりはない、負けじと締め付ける力をあげてることは少しでもツンベアーの体力を減らそうとしてるのか

「さて、冷凍ビームを耐えて電磁波も撒けたところだし。ルークの編集作業を軽くするために試合進めようか。ツンベアーを放して竜の舞」
「まだ積むの!?岩砕きで舞うのを阻止して!」

さすがにこんな至近距離じゃ舞うのを阻止されてしまう。ハクリューの長い尾がツンベアーの片足を引っ掛けて手前に引っ張れば、充分舞うことが出来るだろう。さっそく指示しようとした矢先、ズシンという地響きと砂埃が上がった。
指示するまでもなかったようで、立ち上がろうにも電磁波で麻痺して痺れているツンベアーの目の前で見せつけるように舞っているハクリューの姿。

やっぱ行動の邪魔されるのが嫌いなのは変わってないんだなあ、でもこれで2回積めてハクリューの力は充分に上がった。もう叩きに行ってもいい頃合いだろう。

「そろそろ決めるよ、゛逆鱗゛!」
「近づけさせるな!冷凍ビーム!」
「──ッ!!」



(あと数発くらいなら耐えられる!)

「そのまま突っ切れ!!」
いつもの黒く大きな円らな瞳から一転、獰猛な色が滲み出るような赤々と見開かれていくハクリューの眼。竜の舞の効果は凄まじく、人の目では追えない速さで地面を抉りながらツンベアーに突き進む。ハクリューは俊敏だが手足があるわけではないから打撃の連発はできない。



「岩砕きで向かえ撃て!!」

向かえ撃たんと振り返ったツンベアーの後ろをとったハクリューが、渾身の一撃をツンベアーの頭上へ叩き込んだ。








「…ふう、お疲れ様ハクリュー。やっぱ久々のバトルだから疲れたでしょ」

スッと眼の赤みが治まり、クタッとした表情のハクリューの下には、威力負けした岩砕きごと地面へとめり込ませたツンベアーがいた。スルスルと一息ついたハクリューがツンベアーの手首を尾で巻きついて起き上がらせれば、横から労りの言葉が聞こえたとともにツンベアーの体を赤い光が包み込んだ。

「ラングレー…」
「あんた、こんなに強いのに大会登録に間に合わなかったとかバカでしょ」
「そこ触れないでくれる!?」
「ドラゴンタイプに負けたのは死ぬ程悔しいけど!!」
「!?」
「認めたくないけどあたしとハンナじゃレベルが違うっていうのを嫌ってくらい実感したし、あたしにはお子ちゃまアイリスで充分ね」
「…意外。あんなにいがみ合ってたのにアイリスのことなんだかんだで認めてるんじゃん」
「うっさいわね、先に部屋戻ってるから!」



「──ラングレーったら子供だねえ…」
小さくなるラングレーの後ろ姿を見送りながらもう聞こえないであろう小さな声で呟いた。








*




「…───あ…あれ、ラングレーは?」

翌日、自由に寝返りをうてることに違和感を感じて目を開けば、ベッドではなくくるまった掛け布団と一緒に床に寝転がっていた。
同室のラングレーがどこを見てもいない。なぜだ。


「…うっそぉ、うわああああまじか…」
部屋に設置された時計を見て全てを納得した。ラングレーがなぜいないのか。



「寝坊した…っ!」

いくら起こしても起こしても全く動じない自分の寝起きの悪さはわかっている。ラングレーがいない理由は確実に『呆れて置いていった』に違いない。
「いつもならリザードンがバイオレンスに起こしてくれるのになんで……っ!」
ここでホルダーにボールを装着していて気づいた。



゛そういえばナナカマド研究所にいるんだった…゛

ひとつひとつの動作は荒々しいがリザードンの日々のありがたみをこんな形で再確認するなんて。
デントに隠れてこっそり買って持ち歩いているカ●リーメイトをひとつ加えて部屋を後にした。



*



「決勝戦は、再びこの場で行う!戦う2人の選手は──…」



アイリス対ルーク戦を一人選手席の入場口付近で試合を観戦していたがそのバトルも今終わり、口元に笑みを浮かべて、明日の決勝戦でどんなバトルを見せてくれるのか楽しみだという呟きは歓声に飲まれて消えていった。
同室のハンナはもう起きただろうか。結局いくら叩き起こしても、起こすのが馬鹿馬鹿しく思えてくる悩みがなさそうな呑気な寝顔でいるものだからついそのまま置いていってしまったが。


(まあ起きない方が悪いから気にすることはないか、)
そろそろ会場を出ようと踵を返すと、その同室でさっきまで寝てたであろうところどころ寝癖がたったハンナがそこにいた。


「あはは…もしかして試合、終わっちゃった…?」

゛あんた、今日は早く寝なよ…゛
よほど見たかったのだろうか、遠回しに現実を突きつけた瞬間のハンナの愕然とした顔は絶対に忘れられない。




*



「もお〜ハンナさんは相変わらず寝起き最悪ね…今だけラングレーに同情するわ」
「好きでこうなったわけじゃないのにこの言われよう酷くない?辛すぎるんだけど」
「うーん…実際に旅を通して事実を目の当たりにしてるからなんとも…ねえサトシ」
「ええ!オレに振るの!?」
「もういいよ、この話やめよ!ね!?」

決勝戦に挑む2人に激励をするつもりがなぜこうなったのだろうか。
アイリス、恐ろしい子だ。
もう私の心はドンバトル始まってからズタズタだよ。表情に出てしまったのか、サトシをはじめに控えめに謝ってきた。なぜ謝った、謝るくらいなら最初から言わなくてもいいじゃないか。

すると後ろからトン、と肩に軽い感触がして振り返ると、初日のドンバトルの実況を通して何度か見た選手がいた。
鳶色の目に紫のベスト、名前は確か


「えーっと…アントーニオさん、でしたっけ?」
「そうだよ。いきなりごめんね、昨晩ポケモンセンター横のフィールドで戦ってたよなと思ったんだ」
「あ、もしかして見てました?」
「うん、結構すごい音してたからね。」
「えっ私達全然気づかなかった…ハンナさん誰と戦ったの!?」

「ラングレーとだよ。昨日はお疲れ様ハンナ、お陰でいいものが撮れたよ」



゛撮影データはバッチリ編集させてもらったからね!゛
カメラを片手に笑うルークを見て不思議そうに3人は顔を見合わせた。


(((いつもならまず第一声が「映画に出ないかい」なのに…)))
一体どういう心境の変化なんだ。

「珍しいねルーク、いつもなら俺の撮る映画に出ようよって言ってたのに」
「今日は随分大人しいわよね」
「いや、そうだったんだけど昨日のバトルを見ててさ。人には人に合ったら活躍の場があって、不得意なことを無理に押しつけても良いものは撮れないんじゃないかなと思って。やっぱり嫌々ながら撮られるのも辛いだろうし、結果的に2人にとっても僕にとっても納得するものが撮れたしね。」
「へえ〜…なあ、そのバトルあとで見せてよ!」
「あ、それあたしも見たい!」



(…そういやサトシとアイリスが決勝戦に出るってことはデントとラングレーは誰に当たってたんだろ)
誰かトーナメント表作ってないのかな…

「あの…話続けていいかな?」
「え?あははははすみません!どうぞお話の続きを!!」
「ハハ…まあいきなりすぎるかもしれないけど、登録所で見かけた時にジョージさんに必死になるほど戦いたがってただろう?俺も昨日のバトルを見ていいなって思ったんだ
よければ俺ともバトルしてくれないかな」
「もちろんいいですよ!寧ろありがとうございます」




「──なんかアレ、端から見たらナンパに釣られたように見えなくもないわね」

アイリスの衝撃発言を耳にはさんだデントが行動を起こすまでそうかからなかった。




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