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敵意の原因




「──い、今…なんて…!?」
「本当にごめんなさい…、大会の登録者は自動的に部屋を当てられるのだけど一般トレーナーの方はちょっと…今は大会中だから観戦のお客さんで全部屋が満室で4人部屋がなくて…その、本当に申し訳ないんですが──…」


ポケモンセンター内ロビー、現在進行形でジョーイさんから悪魔の宣告を言い渡されるまで0コンマ。まさかの町中で野宿になってしまうのかという途方もない絶望感が冷や汗となって額を滑り落ちる。
…もういいよジョーイさん、この沈黙辛いから一思いに早く言ってくれ。こんなに一瞬を長く感じたのは初めてだ。足元で澄ました顔のブラッキーがさもどうでもよさげというように毛繕いしている。オイ、そんなことしてられるのも今のうちなんだぞ。これから町中を走って宿を探すんだぞ。


「──ハンナちゃん、悪いんだけど今日は…



「あんたこんなとこでなにしてるの?」



*



「ったくもうベルったら…」


ポケモンセンター食堂。
お馴染みの面子が出入りしては変な賑わいを見せているが、それはアイリスも例外ではなくゾロアのイリュージョンが引き金となりキバゴの取り合い引っ張り合いで尻餅をつくなど地味に散々な目にあっていた。
゛相変わらず騒々しいんだから…゛と、すでにゾロアを追いかけて食堂から出ていったベルに愚痴を溢すが、横で繰り広げられるケニヤンとサトシのフードファイトを見ているうちになんだかどうでもよくなってきてしまった。


「サトシもケニヤンも子供ね…」
「本当だよね。私もその子供の仲間入りしようかな」


「…ハンナさん!?今までどこほっつき歩いてたのよ!」ふと上から聞こえた返事に顔を上げるといつもと違うラフな格好に着替えたハンナがそこにいた。

「なかなか帰ってこないから先にバイキングに来たけど何かあったのかい?」
「いやあ〜、選手登録されてないから部屋は自分で取らなきゃいけないこと忘れててさ…」
「え…てことはハンナさん今日は野宿…?」
「違うんだなそれが!ジョーイさんと掛け合ってる時にたまたま通りかかったラングレーが部屋に泊めてあげるって。だから今日は野宿じゃないよ。サトシ、隣座るよ
それとケニヤン久しぶり」

ハンナの声掛けに笑顔で返事を返すケニヤンだが、プレートの分け目を無視して盛りに盛った今にも崩れ落ちそうな食べ物の山が目に入らなかったのだろうか。
何事もなかったかのように胸焼けしそうな量の食べ物を掻き込みながら談笑する様は、アイリスとデントの苦い笑いの原因となっているなんて本人達の知る由もないだろう。

「この3人実は精神年齢同じなんじゃないの…?」
「そこは敢えて気が合うって言ってあげようかアイリス」


後から参戦したにも関わらず、ハンナのプレートの山の大きさは2人の山より小さくなっていた。





*



「はぁ〜食ったあ…明日も力一杯バトルだ…」
「さすがにサトシにあの量はキツかったんじゃない?明日のバトルで戻さないでよ?」
「そういうハンナも最終的にはケニヤンと同じくらい食べてたよね?大丈夫なのかい?」
「余裕余裕」
「ハンナさんが食欲大魔人なだけだろ…」
「おっと手が」

口元と膨れた腹を押さえて揉んどりうつサトシを尻目に「子供ね…」と呟けば、アイリスはさっきから観察していたイシズマイの方へと目線を戻した。



(ちょっと休んだらラングレーの所に戻ろう…)
ごろんと寝返りを打ってデントの方を向くと、彼の飲んでるお茶の香りが鼻を掠めた。
一室に4人、それぞれが別々なことをしているが静かなこの時間が結構好きだったりするのだ。少しだけ目元がうとついてきた時、手元に置いてたポケギアから着信音が鳴り出した。
画面を見ると新着メールが1件、いつもは電話でやり取りする相手。


「お、珍しい。ポッドからメールだ」
「…ポッドからなんて?」

「えっとねえ『ポッド様からお前に良いものをオススメしてやろう』うっわ超上から目線だなぁ、なんか画像が添付されて…る、け…」





゛〜〜〜〜〜ッ!!゛

「「「!?」」」
「こ れ は…、歩ける寝袋とか…これただのジャミラじゃん…──〜〜〜アッハハハハ!!」
じわじわくる笑いに堪えきれずに先程のサトシと同じ姿で腹を抱えて揉んどり打ち始めたハンナの手元から離れたポケギアを拾い、気になって覗いたサトシもこれには噴き出した。
゛本当だジャミラだ!!゛
゛でしょ!?さっすがカントー同士、話がわかる!゛
地元トークなのか何がなんだか全くわからないし着いていけてないアイリスとデントが口を揃えて゛ジャミラって何!?゛と聞けば、ポッドが送ってくれた寝袋の画像の後に見せられたジャミラの画像に部屋の中では爆笑の嵐からいつの間にか大笑いしたら負けと言わんばかりの失笑の空間が生まれていた。

「ポッド…そういえばよく変な画像見つけてたなあ」
「あーたしかに他にも色々持ってそう」
さすがに時間が経てば同じネタでは笑いのツボも効かなくなってきた頃、メールの返信を終えたハンナが自分の岩に何かを吹き掛けてるイシズマイの行動に興味を指した。
「イシズマイなにしてるの?」
「あの液体をかけて自分の岩を直してるんだって」
「へえ〜…」
「2回戦でも活躍してもらうかもしれない、その時はまた頑張ってくれよ」


「──頑張る必要なんて全然無いってテイストね!」



少し頭を上げてみれば角から僅かに覗く紫のショートボブ。(ああ、カベルネか。)攻撃的な言葉並べは相変わらずだな、デント限定で。
デントのベッドに大の字で寝そべりつつカベルネの大きな振りつきのテイスティングを聞き流していると、今回は割りと短めなテイスティングだったらしく程なくして部屋を去っていってしまった。

「相変わらずだな…」
「本当、騒々しいテイストだよね」
「『あなたはカッコ悪くて惨めなテイストで負ける!』」
「!」
「だって、先輩。後輩にここまでの言われようはある意味すごいと思うよ…私シロナさんには死んでもこんなこと言えないわ」


きっと言った時にはあの資料が散乱したきったない部屋を掃除させられる事請け合いだろう。



「はは…まあね、それが普通だよ」
「だよね。まあ明日も頑張んなよ3人とも、私はそろそろラングレーの部屋に戻るわ」


おやすみ、そう一声を掛けたらいつも通り当たり前のように返ってくる返事。やっぱり1人だけ離れるのはちょっと寂しいかもしれない。
そう思ってラングレーの部屋までの廊下を小走りで駆けると、通りすがりの見回り中であろうタブンネに注意されてしまった。



*




「あんた…いくらなんでも嫌われすぎじゃない?」
「私もそう思う。」

普通怒ったタブンネといえば少しだけ上がった目尻にどこが悪いかを指摘するかのような人差し指という姿で注意するといったように優しいソフトな印象だったのだが。先程のタブンネ、何を思ったのかいきなりずんずんと距離を縮めてくるなり凄まじい形相でラリアットをかましてきたのだ。タブンネ自体決して素早いわけではなかったから余裕で避けれたのだが。
視界からピンクの塊が消えたと思った瞬間、


「変身を解いたゾロアに顔面頭突きされるとかさあ…何やったの」
「…これでも最初会った時は普通だったんだよ?」
「なんだ、自分で原因はわかってるの?」
「なんとなくはね」
「ふぅん、まあまだ寝る時間ではないし暇だから聞いてやろうじゃない」

ちょうど部屋の前でタイミング良く顔面同士でこんにちはの場面に出くわしたラングレーから渡された、ツンベアーの氷から作ってくれた氷嚢で赤っ鼻を冷やしながらルークとゾロアと会った時のことを話すことにした。


「ルークが映画作るの好きなのは知ってるでしょ?ゾロアはルークの映画には必要不可欠な主演女優みたいなものなんだよ。ゾロア自身映画が好きだし、イリュージョンで何にでも化けられる打ってつけだからね。
でも私達と出会った時ちょうどゾロアがルークに不満爆発して怒ってた時でさ、問題はそこなんだよ」

そう、ゾロアの怒ってる理由を知らないうちに吐いてしまったルークの一言がハンナへ敵意剥き出しにする原因となった。


「今までゾロアだけで映画撮ってたってことは、当然メスだけど男役も演じることになるじゃん?それが嫌でゾロアが怒ってた時にルークは私になんて言ったと思う?『キミキミ!今撮ってる僕の映画に出ないかい!?』だよ」
「うわぁ…それであんたは何て言ったのよ」
「当然のごとく断ったよ、『ごめん、観る専門だから興味ないや!』って…」
「…あんたそこまできたらもう自分でわかってるだろうね?」
「うん。さすがにね、知らなかったとは言えゾロアからしたらプライドをズタズタにされたも同然だなって思う。でも私演技なんて…それ以前に人前で魅せるってことが苦手なんだもん。そこはしょうがなくない?」
「じゃあ今回の大会は?あれカメラ回ってるでしょ」
「あ、バトルは別。カメラとか全然気にしない」
「なるほどね」


なにがなるほどなんだろうか。しかも、内線電話を手に取り始めた。
ラングレーの行動を目で追っていくと、どうやら電話の相手はルークみたいだ。あれ、ルーク…?ちょっと待てよなんでこの流れでルークに電話するんだ?


「ああ、ルークだっけ?今ならハンナをカメラに納められるわよ」
「え…え、この子何言ってんの意味がわからないんだけど」
「まあ暇だし、まだ眠くないし?ルークはあんたを撮りたがってたし、あんたはバトル好きなんでしょ?あたしはあんたと戦ったことないんだし一石二鳥どころかオマケがついていいじゃない」
「ええええ…」
「ほらつべこべ言わずに着替えてボールを持つ!」


(そんな理不尽な…)
ラングレーに引きずられるまま、我先にとガタガタ主張するボールをひとつ手に取って部屋を後にした。




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