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舞台裏での暇潰し



コト、と落ち着いた場の雰囲気を損なわないよう汗ばむグラスをコースターの上に静かに置いた。
周りには女性同士で香り立つお茶を片手に話を楽しんでいたり、耳にイヤホンを嵌めて参考書片手にレポートを進める学生、新聞に並ぶ文字を読みつつコーヒーを飲む気品あるおじ様などなど。


『──さぁ、これで2回戦進出の8名が全て決定しました!』


羨望を大いに含んだ表情、ジトリと伏し目がちな眼差しが向けられているのは目の前にあるポケギア。
そのディスプレイにはバトルクラブでお馴染みのドン・ジョージが目の前に広がる拍手と歓声が沸き起こる観客席とメインである選手達にスタンドマイクを通して、現在進行形で終わろうとしている大会の1日目閉会宣言を今まさにしようとしているところであり、



『2回戦と準決勝は明日だったりする。選手諸君はポケモンセンターでゆっくり休養し、バトルに備えてくれたまえ

──以上、解散!』




゛ハァ…、゛

重く長い溜め息をついてはクリームやらフルーツソースやらでお洒落な皿に盛り付けられたケーキをザックリとフォークで抉りまた一口と口に運んだ。

「私だって出たかったのにー…」


そう、出られなかったのだ。
確かに登録用紙をもらったところまではよかったのだが、問題はそのあとの博士に聞きに行っていた時間がルーズ過ぎたため、私が出しに行った時には締め切り時間が軽く数分オーバーしていた。
まさかのミスに粘ってドン・ジョージに「シードはどうですか!?」などあの手この手で人の目など気にせず様々な言葉をひたすら並べて必死に懇願してみるも、意外と時間には厳しかったドン・ジョージ。

呆気なくドンバトル出場ははね除けられてしまったというわけで。


小さく唸ってテーブルに突っ伏すも過ぎたことは仕方なく、何度目かわからない溜め息を盛大に漏らした。
最初はそれこそ観客席から応援しようかと思ったのだが、いざフィールドに立ってライバル達と楽しそうに戦うサトシ達が羨ましくて羨ましくてしょうがなくて。自分も久々に研究所にいた子達とバトルしたかったのだ。町を歩けばトレーナーくらいいるだろう、そう思ってサトシ達には悪いけど席を外してライモンタウンを散策した。筈だった。


自分のついてなさにはとことん滅入る。

゛バトル大会が開かれているんだからトレーナー皆が出場までは行かなくとも、見に行かないわけがないじゃないか…゛

トレーナーがそう都合よく見つかる筈もなく、バトル大会が終わるまでたまたま目に入ったオープンカフェで大会の実況を見つつ暇を潰すことにしたのだ。



(──その暇潰しも今さっき終わった訳なんだが)


「ん〜〜そろそろ探すかあ…」
「ハンナさん?」




*



「ハンナさんってしっかりしてる人だと思ってたんですが案外その…なんというか、」
「頑張って当てはまる言葉を探してまで言わなくていいからねシューティー」
「あ、はい…すみません」

シューティーを同じテーブルに招いてなにか飲む?と聞けば控えめにいいえと返されてしまった。


「あれ…その荷物、もうライモンタウンから出るの?」
「…バトル大会にも1回戦で負けてしまったし、他人のバトルを見て僕のポケモンが強くなる訳じゃありませんからね」

「ふぅん…」


──サトシから聞いた話によれば、ミジュマルが水の中で目が開けられないのを発見したのはシューティーだと言う。前にバトルクラブで戦った時もそうだけどポケモンの技や特性もしっかり理解してる。補助で積んで戦う一番勝利に着実な戦い方をする。
新人にしては洞察力と戦い方はなかなかだけど


「…確かにポケモン自体は強くはならないけど、シューティー自身は強くなると思うな」

「え…」



ポケモンが強くなるわけではないが、人のバトルを見ることでいい部分悪い部分を吸収することはできる。シューティー自身の戦い方の幅が広がることに繋がるはずだ。


「まあシューティーにはシューティーの考えがあるから無理に留まれとは言わないけどね」
「…ハンナさん、バトルの相手を探しているんですよね。」
「そうだね、ちょうどいいや。シューティー、私とバトルしようか」



*



ライモンタウンの開けた公園内、さすがにオープンカフェの真横はまずいだろうということで、近くに見つけたこの公園でバトルすることにした。

「どうするシューティー、今から町出るんでしょ?1対1にしとく?」
「はい、それでお願いします。いけ、ドテッコツ!」

「ドテッコツか、(タイプは無視して一番戦いたがってたコイツで)

暴れてこいオーダイル!」



ズシンッとボールから砂埃を立てて現れたのは、見るからに獰猛で、溢れ出る闘争本能が底光りする眼、睨みひとつで動きを止められるんじゃないかと言わんばかりの圧倒的な迫力を放つ青い肢体の大顎ポケモン、オーダイルだった。

明らかに平均的な大きさより育ちすぎたその高さから、あの目で見下ろされると初見は言葉が出ないだろう。現にドテッコツとシューティーが僅かにたじろいだ。


「シューティー?」
「い、いくぞドテッコツ!まずは様子見だ、ストーンエッジ!」

「定石通り。力業でガンガン攻めるよオーダイル、噛み砕くで接近!」


ドテッコツの周りに生じる無数の鋭利な礫が一斉にオーダイル目掛けて放たれた。一方のオーダイルは、一見二足歩行かと思われたが前屈みになり、地面に着いた両手両足で目の前にいるドテッコツという獲物一直線で向かっていく。全く痛くないわけじゃないのに、減速せずに自分に降りかかる礫を邪魔だと言わんばかりにことごとく噛み砕いて突き進む。

オーダイルの予想外の素早さに目を見開くドテッコツが、鉄骨を盾に指示された爆裂パンチをオーダイルに叩き込んだ。が、拳が食い込んだのはたった今盾に使った筈の鉄骨で、噛み砕くで豪快に掴まれた鉄骨を無理矢理ガードにまわされていた。
ドテッコツに驚く隙なんて与える筈もなく、そのまま腕ごと顎でくわえた鉄骨を振り上げて地面に叩きつければ、反動でドテッコツの手が鉄骨を手離した。


「怯むなドテッコツ!ローキックで立ち直れ!」
「脛で受けてアクアテールに切り替えて!」



なんとかアクアテールの衝撃に耐え、2本のラインを地面に抉りながら持ちこたえたドテッコツを挟んでオーダイルとハンナを視界に捕らえた。
その目には前にバトルクラブで戦った時と同じく、力の差に焦りが見え隠れしている。



(あのオーダイルはまるでダメージを受けてない、)


──ここまで差があるのか

(僕とハンナさんは…)




「(……どうしたんだ)来ないなら止め刺すよ。
オーダイル、アクアジェット」
ドテッコツを巻き込んだ水流が、シューティーの目の前を横切った。



*



目の前に起こったことに、若干驚いた。

「なんで避けなかったの?」
たしかにオーダイルを相手にしたドテッコツはあの時点ですでにかなりのダメージを負っていてボロボロではあったが、鉄骨を使ってルートを反らすなり出来たはずだったのだ。


(手加減した方がよかったのかな)
でもそんなことしたらシューティー怒りそうだしな。

(まさか戦意喪失?)
あれだけプライドが高いシューティーだ、あり得ない。いや、あり得なくもない…かもしれない。
当たり前だが同い年のサトシと違って複雑な子だと改めて認識させられる。
まず顔が見えないから起こってるのか泣いてるかがわからない。


「(わっかんないな)とりあえずさ、ドテッコツをボールに戻してあげよ。」

「ハンナさん、」
「はい!、なにかな!?」
いきなり伏せてた顔を上げたもんだから、驚いて変な返事をしてしまった。だが、次のシューティーの放つ言葉にそんなことどうでもよくなってしまった。






「…僕と一緒に旅をしてくれませんか」




*



「遅いな〜ハンナさん」

時計はすでに夜の時間帯を指していて、サトシのお腹からはすでに悲鳴が上がっていた。
「ホント…なにやってんのかしら」

゛そろそろ戻ってきてもいい頃なのに…゛
「いつもあんなに皮肉言ってるのになんだかんだでアイリスもハンナさんのこと心配なんだな」
「一緒に旅してるんだから当たり前でしょ!?全く子供ね!」
「まあまあ2人とも、とりあえずサトシもアイリスも限界だろうし晩ごはん食べに行こうよ。ハンナなら多分ショッピングかバトルしてると思うし」
「な、ちょっとあたし別に限界じゃ…」
「でもさっきからお腹押さえてるよ」
「!!」
「本当は腹減ってるんだろ?早く行こうぜ」


図星を突かれて白状したのか、キバゴを連れてバイキングに向かうアイリスの歩調はその時だけ誰よりも早かった。



*




「私が今サトシ達と旅をしてるっていうのは言うまでもないよね…?」
「わかってます、だけど今のままじゃアデクさんと戦えない…強くなりたいんです」


(アデクさん…)
たしかイッシュのチャンピオンだっけ
「今のままじゃ戦えないって…近いうちに戦うの?」
「えっいや、そういう訳じゃないんです」
「だったら焦ることなんてないじゃん。
シューティーは実際少しずつ強くなってるんだし、その証拠にドテッコツやジャノビーに進化を遂げたわけだし。それにまだまだ旅を始めたばかりなんだよ?相手はイッシュのチャンピオン。シューティーは背伸びしすぎ。」


ぽん、とシューティーの頭に手を乗っけるが、表情は相変わらず下向きなまま。自分もチャンピオンマスターを目指す身だ。シューティーの気持ちもわからなくはない。だけどサトシ達と旅してるからというのもあるが、私はあくまでナナカマド博士の助手をしながらの旅だ。当然のシンオウへの呼び出しもあるわけだ。4人旅ならともかく2人旅となれば寂しい事態になること請け合いだろう。

「あの時に…最初出会った時、今みたいに旅をしてくれませんかって言ってたら…ハンナさんは一緒に来てくれましたか?」


思い出すのはアララギ研究所で初めて会った時
急いで追いかけて来たにも関わらず真っ直ぐな目でバトルをしてくれないかと言ったあの時と、目の前にいるシューティーは同じ目をしている。
その時たしか私は早く強くなってねと言ったが、もしかするとそれも原因に含まれてるのかもしれない。



「…さてね、わからないな。」

「そうですか」
そう言うと、下ろしていたバックを持って握りっぱなしだったドテッコツのボールをホルダーに戻した。

「ありがとうございましたハンナさん、戦えてよかったです。では…」
「あっ、ちょっと待ったシューティー!」

軽く会釈をして立ち去るシューティーの手をガシッと掴んでは立ち止まらせた。


「思い出した、シューティー写真撮るの好きだったよね?」
「…?はい、そうですけど」
「今ちょうどいるんだ、絶対喜ぶと思う。出てきてブラッキー!」

夜空に投げたボールから出てきたのは、黒い体が夜の暗さに溶け込み中で月明かりを受け、本来なら模様が黄色に光る筈の箇所が、より一層神秘的に青白く光るブラッキーだった。
「…!!色違い!?」

まさかの対面にさっきまでの表情はどこかに行き、笑顔を輝かせてブラッキーをデジカメのファインダーに納めてシャッターを切る切る切る。


「すごい…このブラッキー捕まえたんですか<ピロリン>…え」

軽快な電子音のした方を向けば、そこにはポケギアを構えたハンナがいた。
「あまりにも嬉しそうだから撮っちゃったー」
「許可なく撮るなんて盗撮ですよ!」
「なに言ってんの、それを言ったらあんたは常習犯でしょ」

これにはシューティーに返す言葉もなく、表情を誤魔化すかのように撮ったデータを確認し始めた。
その様子を見てハンナも今撮ったディスプレイに写ったシューティーを見て一言

「うん、シューティー笑ってる方が可愛いよ。」
「え…今なんて」
「あっごめんそろそろ戻らないとサトシ達待ってるから行くね!また会おう!」



゛行こうブラッキー!゛


゛──早く行かなきゃ晩ごはん間に合わない!!゛
遠めだが僅かに聞こえたハンナの言葉。




「──…ああ、ご飯優先なんだ」

今日1日で、いい意味でも悪い意味でもハンナがどんな人かがわかった気がした。






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