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ライモンタウン




「…あのさ、頼むからそんなに睨まないでくれるかな」

先程からハンナの背中にプスプスと突き刺さる、青い双眸から放たれる視線。犯人はすでにわかってはいるのだが、さっきから何度も今のように言っても変わらず後ろから、もっと詳しく言うのなら斜め下から「自分の主人に近づくな」と言わんばかりに睨み付けてくるのだ。


「ゾロアったらあからさまな嫉妬ね。ルーク、次回作は女の嫉妬愛憎劇でもやってみたら?」
「アイリス!また面倒なこと言わないでよ!」


「──たった一人を廻って嫉妬が絡み合う愛憎劇か…いいねえ、主演はゾロアとハンナが理想だよ!!」
「ったく…だから私はやらないってば」
「なんでさ、スラッとした身長で画面に映り生えするから打ってつけなのに」
「あんた今まで私の話ちっっっっとも聞いてないでしょ。耳かっぽじってよく聞きな、私はバトルや学会は別として演技や舞台に立つのは苦手なの!」
「もったいないなあ…結局ポケモンナイトの伝説でも声当てだけだったし」
「だけど声当てでも一人で演技の練習して頑張ってたんだし、結果的にも大成功だったからよかったじゃないか」

「そんなこと言っちゃってえ…デントってば本当は私のユリア姫じゃなくてハンナさんのユリア姫が見たかったんじゃないの〜?」
「な、なっなななな何を言ってるんだい!?アイリス!!」
「そうだよアイリスいい加減にしなよ、そう言うこと言ったらまたゾロアの矛先が私に向けられるんだから!あんた絶対わかってやってるでしょ、さすがにもう怒るよ!!」

顔が真っ赤に染まるデントをからかうアイリスの後ろでは、敵意剥き出しで食いかかるゾロアを研究用のクリップボードを使って必死にガードするという地味な攻防戦が繰り広げられていた。次の舞台であるバトルクラブはもう目前、5人の足は着実にその舞台へと進んでいた。


「ところでルーク、ジムはどこなんだ?」
「ジム…なんのこと?」
「だってここライモンシティだろ?」

「え、ここはライモン『タウン』だよ」




通りで大観覧車というわりには迫力に欠けると思ったわけだ。
ルークによればライモンシティとは別に、今ハンナ達がいるのはライモンタウンという歴史的にもライモンシティより古い町で、目的のバトルクラブがあるらしい。デントがタウンマップで現在地を確認すると確かにライモンタウンと表示されていて、それで更にわかったことは最大の目的であるライモンシティはまだまだ先だということだった。

「よし、ジム戦前の腕試しだ!」


゛やるぞピカチュウ!!゛と我先にと先人切って、ある意味この5人の中で一番張り切っていたサトシが意気込んだ時、「どいてどいてどいて〜!!」という聞き覚えのある声が耳に刺さり、頭の中に警報が鳴り響いた。──登場の仕方に定評のあるアイツなら、毎回の如く絶対サトシに命中するだろう。未だに引っ掻いたりちょっかい出してくるゾロアを軽くボードではね除け近くにいたデントの後ろにサッと隠れると、案の定驚きが色濃く浮き出た表情のサトシがすぐそこにあった噴水に水しぶきをあげてダイブしていた。


「へえ…人と人がぶつかっても運動量保存の法則は成立するんだね。貴重な瞬間をありがとう、そしてサトシドンマイ」
「運動量なんたらの法則ってなにそれ…」
「運動量保存の法則。別名ニュートンのゆりかご。今のサトシとベルとか、カーリングがいい例かな?」
「うわっ…理科なんてわかんないわよ」


゛ね、キバゴ゛と髪に潜るキバゴに同意を求めるアイリスを見てハンナの口とジト目がニンマリと弧を描いた。


「そうだよね〜、子どものアイリスにはまだ早かったよね?難しいこと言ってごめんねー」
「なによそれ!わかるわよ!理解してやるわよ!!」
「じゃあ今晩アイリスにみっっちり家庭教師のトライしてあげるよ。楽しみにしててね?勉強なら任せな。」
「……ごめんなさい勘弁してください」
「わかったらもうゾロアと私で遊ばないでね?」
「あの…僕を挟むのやめないかい?」


珍しくハンナが口でアイリスに勝利した瞬間だった。





*


「あそこがバトルトーナメントの登録所じゃない?」

「やっぱり濃ゆい顔は健在なんだねえ」
ベルも交えて会場に到着したはいいが、登録所に見えたのはお馴染みドン・ジョージ。さっそく登録しようと言ったサトシ達を押し退けて登録所に駆けていったのは、チャオブーの降板宣告をしかけたベルだった。
なんだか忙しい人だね…という後ろから聞こえたルークの呟きに、ハンナは心の中で頷いた。


それから登録所にいるドン・ジョージから大会の簡単な説明を受けた後、登録用紙を受け取ったのはいいが、ひとつ問題が発生した。
「さ、3体のみ…?」
「ハンナさんどうかしたの?」
「あー、いやちょっと研究所の方にいる私のポケモン達が戦いたがってるって連絡が着たからこの大会は丁度いいって思ったんだけど…3体かあ、どうしよう
てっきり6体構成だと思ってたんだよね…」
「さすがにトーナメントの大会でフルバトルはないわよ」
「だよねえ…ちょっと研究所に一番重症な子は誰か聞いてくるわ」




「…一番重症な子って」
「所謂バトル狂っていうテイストかな?」
「ちょっと待って、そんなことしたら私確実にハンナさんで止まるんだけど…」

登録用紙を片手にポケモンセンターのパソコンの元へ悠々と歩くハンナの後ろ姿を見送りながら、どうか自分とは違うブロックに振り分けられますようにと祈る5人だった。



「──じゃあとりあえずこの6体をお願いします!」
『ウム、確かにリザードン達を預かったからな。存分に暴れさせてやりなさい、頑張るんだぞ』
「わざわざすみませんナナカマド博士、本当ありがとうございました」



(リザードンが率先して枠を譲ったのは意外だったな…)
でもイッシュに来て戦うと言ってなかなか戦えなかったリザードンだから、研究所にいる仲間の気持ちがわかったのかもしれない。

「他のみんなにもイッシュの世界を見せてあげたいなあ…」
(6匹所持制限のもどかしさだよね、)カントーやシンオウ、今まで見てきた世界とは新鮮でまた違って、研究所に留めておくにはもったいない子達ばかりなのに。
思うことはいろいろあるが、まずはこの子達と久々にバトルを楽しみたい。


さて、ここからどうやって3体に絞ろうかな。






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