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復活の重み




「──…ちょっと寝る筈だったんだけどなあ」
蒸しタオルを何気なく目に被せてみたものの、そこから記憶が全くない。多分被せた瞬間眠りに入ったんだろう、いつもそうだが寝付きの良さには自分でも感心してしまう。それに毎日ではないがいつも地面に寝袋というスタイルで寝ているため、この研究所のふっかふかのベッドとそれとは比べ物にならないくらい心地良く、寝起きは最高だった。


「さすがにそろそろ戻った方がいっか…」腕を上げて背を伸ばしながら出そうな欠伸を噛み殺しつつ、仮眠室のドアノブに手をかけて捻り開こうとするとガチャガチャと無機質な音がなるだけで、内側に引いても物理的に開くことのない外側に押しても全く微動だもしない。


ドアに鍵は掛けていない、当然ながら仮眠室はオートロックではない。゛じゃあなんでだ?゛とガチャガチャドアノブを捻って引いて捻って引いてを繰り返していくと、ドアから『ミシッ』と木材が軋むような音がした。


「私ってそんな軋ませるほど力強かったっけ!?」

゛ヤバいどうしよう!゛と驚いてパッとドアノブから手を離すと、ミシッという音から一変。パキパキと木の割れ目を無理矢理抉じ開けるような音になり、え…?と自分の両手に向けていた目線を目の前にあるドアに向けた瞬間、派手な音をたててドアを突き破ってきたのは先端部がくるっとゼンマイのように丸まった太い木の幹だった。






「──なにこれ…どういうことなの」

ビックリしすぎて思わずベッドに光の速さで潜り込んでしまった。
この意味のわからない現象にマコモ博士やアララギ博士、サトシ達は気づいているのだろうか?
仮眠室には窓がない。一時は自分で壊したと思った唯一の出入口は謎の樹で破壊されてしまった。


「…別にこれ以上壊しても大して変わらないから大丈夫だよね?」

この子なら…と取り出したひとつの古びたモンスターボールから光が伸び、形が生じ姿を現した。


しばらくナナカマド研究所にいたせいか、見知らぬ景色に鋭い目をキョロつかせて、痩せているが硬質ながたいのいい体で頭を傾げるという仕草を見せてくれた。



「久しぶりだねカブトプス、元気にしてた?
随分研究所で暴れてたみたいだけど」

見た限りでは機嫌が良さそうだが、現在進行形で樹は扉を突き破っている。笑ってる暇はなさそうだ。
「さっそくだけどカブトプス、辻斬りでそこのドアを破って」

゛もうこれだけ壊れてるし、思いきりやっちゃって゛と付け足せば、まさかの剣の舞を積んでからドアに向かって斬りかかるものだから、ドアが謎の樹ごと文字通り切り刻まれてしまった。
そこから仮眠室を出たのはいいが、廊下は木の幹が敷き詰められている状態で、潜ったりよじ登ったりしなければ進めない状況になっていた。見ればラボのある下の階に原因があるのか、奥に進むにつれて幹が太く床から天井まで隙間なく密集している。しかも光を放つごとに成長してさらに進むのが困難になる。

「一体なんなの本当…こんな植物見たことないし聞いたこと、」
(…たしかアーケンの化石復元って今回が初めてだったんだっけ?)

「もしかして古代の植物も復元された…ってのはさすがにないか」





復元されたとしてもこの成長スピードをどう説明するんだ、そもそも関係してるのかすらわからないのに考えても仕方がないだろう。今はただひたすら…

「そうだ…私どこに向かってるんだろうカブトプス」



そう言って真剣な顔つきでカブトプスに振り向けば、゛いや知らねえよ゛というような目線で見られてしまった。しばらく見ないうちにちょっとふてぶてしくなったんじゃないのかカブトプス。
仮眠室から出て無意識のうちにラボの方に向かっていたんだろうが、もう成長が進みすぎてハンナが入る隙間すらなく、諦めて中庭に出れそうな窓のある部屋に入ることにした。


「外まで覆われてんのか…」
とはいってもこの窓もラボと同じで開くタイプではないけど。窓に近づいて外を見れば、アーケンに似てるポケモンがハトーボーと一緒に空を自由に飛び回っているのが目に入り、さらに中庭の方へ目線を移すとサトシ達や博士達が何かを話しているみたいで、その様子を見ていると隣に両手の大鎌を折り畳んだカブトプスがやってきた。



──カントーで復元された時はカブトで、自分が未熟なせいで、それだけではなかったけどなかなか言うことを聞いてくれなかった子だったのに。今ではカブトプスになり、ハンナに鎌を向けることもなくなりふてぶてしいのは相変わらずだが、ここまで強くなり着いてきてくれた。
ずっとずっと遥か昔に息づいていた命が骨となり地に還り、地層と同じで現代に残る歴史となった化石を復元させるということは、安らかに眠っていた化石からしたら妨げでしかないんだろう。人の一方的な知りたいという欲のために無理矢理起こされたとカブトが思ったなら私を嫌っていたのも無理もないかもしれない。
でもアララギ博士やマコモ博士が言うように、古代から現代までの生態や発展の経緯を知るには必要不可欠なのだ。


「(ここまでなついてくれるまで長かったなあ…)」

懐かしい思い出を馳せると、突然カブトプスがハンナに突進してきたおかげで後ろに勢い良く転がった。
何すんのとさっきまでカブトプスと立っていた場所を見ると、研究所の外壁にまで及んでいた樹がどす黒い炎に包まれて研究所ごと焼き尽くさんと言わんばかりに燃え盛っていた。



「…今日は厄日なのかな」

幸いカブトプスやラプラスなど水タイプの子を連れているから脱出は問題なさそうだがこうも嫌なことが続くと気も滅入ってくる。


「ていうかラプラスの水タイプ技って波乗りしかなくね…?」
脱出する前に部屋の中で溺れ死んでしまうじゃないか。


「………
…エルレイド、ストーンエッジでガラスと樹を打ち砕いて!」
エッジでガラスは余裕で破れる、多分樹も焼けてるから強度はそれほどではない筈だと踏んでエルレイドを出したが、読みは当たり割りと脆かったらしくすぐにパラパラと砕け散った。

「ありがとう、戻ってエルレイド
よし…カブトプス行くよ゛アクアジェット゛!!」


カブトプスの首にガッチリしがみついて息を止めた瞬間、激しい水流がカブトプスとハンナを包み込んだ。予想以上に水圧が強く、゛こりゃミジュマル目なんか開けられないわな゛なんて我ながら呑気なこと考えているうちにいつの間にか研究所の外に出ていた。纏っていた水が散り、空中に投げ出された状態になったハンナとカブトプスをボールから飛び出したリザードンとワシボンによってうまく掴まえてくれたおかげで地面と衝突は免れた。






ロケット団が撤収したのはハンナが脱出したと同時だったらしく、アーケンから進化したというアーケオスは唯一の生きるための食料である木の実のなる樹を無惨に燃やし尽くされて一人寂しげに声をあげていた。

カブトプスが復元された時もそうだったが、化石の復元には問題が付き物なんだ。復活に携わることで改めてその重みと責任を身をもって実感した。
私も実験を行った者の一人だ。アララギ博士、と声をかけようとしたとき、微かだがアーケオスの鳴き声が耳に入った。

「お…おい、あれ見ろよ!」
「…あれってアーケオス?」


サトシに促されてきつい西日に目を細めれば、三体のアーケオスがこちらに向かって羽ばたいていた。

「でも一体どこから…」
「このイッシュ地方のどこかに私達の知らない失われた時代の命が息づく場所がある…
アーケオスのあの声は仲間を呼ぶサインでもあるんだわ」


仲間達の元へ飛び立ち、アーケオスがそっとこちらを振り向いた。

「行きなさいアーケオス!あなたが暮らす場所はちゃんとあったのよ」


「元気でなアーケオス!」
「みんなと仲良くね!」
「ベストウィッシュ!いい旅を!」
「仲間と今の時代を思いっきり楽しんでね!」


゛もちろん、カブトプスもね゛
隣で静かに佇むカブトプスにそう言えば、僅かにだがカブトプスの目付きが優しいものとなった。それが嬉しくてつられて笑うと、サトシ達の注目がカブトプスに移った。

「ハンナさんの化石から復元したポケモンってカブトプスだったの!?」
「そだよー」
「なるほど、僕のテイスティングは当たってたみたいだね」
「ギリギリかな。
ていうかさデント、やっぱ兄弟なんだね。デントが旅に出るときもコーンが同じこと言ってたらしいじゃん」
「だっ…誰から聞いたのそれ」

「ん?ポッドから。
結構気が合うから話友達になってきてるんだ」




「(ポッドォ…)いつの間に…」
「デント、ドンマイ」




「マコモ、若いっていいわね」
「やめてよアララギ、私達まだ若いんだから」
興味津々でカブトプスと戯れるサトシの横で繰り広げられるやり取りを少し離れたところから眺める博士達だった。



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