ラングレー
「──キバゴ戦闘不能、ラングレーの勝ち!」
ハンナのバトルが終わり、再びライモンシティへ向けて出発した矢先のこと。
゛ドラゴンバスター゛と称するラングレーが現れて、挑発に乗ってしまったアイリスがラングレーとバトルをすることになったのだが、デントにより高々と宣言された勝敗はアイリスにとって苦いものとなってしまった。
「アイリス…」
「…いくら強力な竜の怒りを得たからといっても進化したツンベアーとの実力差じゃあこれが普通なのかもね」
しかも相手はドラゴンタイプにとって数少ない弱点である氷タイプなら無理もない。
「(しかも図鑑で見る限りツンベアーは進化によって特攻より攻撃力が飛躍して攻撃型になるからな…)ラングレーの言うことに腹立つアイリスの気もわかるんだけどね」
「キバゴ…大丈夫っ?」
「もう終わり〜?
楽勝すぎてつまんない。ねぇ、次のドラゴンタイプを出してよ」
「………っ」
冷凍ビームで止めを刺されたキバゴに駆け寄るアイリスに追い打ちをかけるように容赦ない言葉を浴びせると、アイリスの目付きがキバゴを労るそれからきついものとなった。
「ねぇ、たしかアイリスってキバゴ以外のドラゴンタイプ持ってなかったよね…?」
「…、アイリスのドラゴンタイプはキバゴだけなんだよ」
早く出せと急かされても何も言い返せないアイリスに変わってデントがそう伝えれば、ラングレーが次のドラゴンタイプに期待してた分驚きもでかかったようで。信じられないといった面持ちで本気でドラゴンマスターを目指しているのかと言い放った。
「…あんたには関係ないでしょ」
「はぁ?なーんだ、竜の里出身ってこの程度か。ガッカリね」
「…っドラゴンタイプじゃないけど…ツンベアーに負けないポケモンなら持ってるよ」
「へえ〜…でもドラゴンタイプじゃなきゃ興味ないな」
「怖いの?」
「なんですって!?」
「怖いのなら逃げてもいいけど!」
「本っ当、アイリスって火着けんのうまいよね」
「たしかに…」
゛?゛とサトシがはてなを浮かべる横で、ハンナとデントは苦笑いを浮かべてフィールドで対峙する二人の様子を見ていた。
「いいわ、そのバトル受けてあげる!」
「オッケー!いくよ、ドリュウズ!」
投げられたボールから出てきたのは、地上ではめったに目にすることのない地中を掘り進む時の格好をしたアイリスの一番の古株であるドリュウズだった。
「え、ドリュウズでいくの?」
「なんか見るの久しぶりかも。まあ地面タイプだけど鋼タイプも複合してるから相性はまあまあなんじゃないの?」
「ドリュウズも問題あるけどエモンガはエモンガでまた問題アリだからね。」
「ん〜、でもドリュウズって実力は充分あるのになんであそこまでアイリスを無視してるのかな」
トレーナーを無視するポケモンの代表的な理由は実力不足だが、アイリスとこれまで一緒に旅してきたけどないなんてことはなく寧ろ実力はあるはずなのだ。
不思議に思いつつ目線をバトルの方へ移すとドリュウズがいない。だが氷漬けにされた地面にぽっかりと空いた穴を見て、地中にいるんだと理解するのは容易だった。
アイリスの指示を聞かずに素早く次の攻撃へと展開したドリュウズは、ドリルを連想させるような姿を高速で回転させながら凄まじい勢いでツンベアーへと迫っていく。
「岩砕きッ!!」
ドリュウズのドリルライナーを迎え撃たんと雄々しく咆哮をあげたツンベアーの岩砕きがドリュウズに炸裂し、ツンベアーの岩砕きのカウンターが見事に決まったドリュウズは地面から生える岩を砕く勢いで激突し大きな音をたてて崩れ落ちた。
立ち上がらないドリュウズに駆け寄って大丈夫?と声をかけるアイリスだが、そんなアイリスを横目で垣間見た瞬間、硬い鉤爪で地面を叩きつけてまたいつものような姿に戻って閉じ籠ってしまった。
「どうしたの?試合放棄〜?」
訳がわからないといった感じのラングレーがそう問うが、肝心のドリュウズがこれじゃあ試合放棄、負けを認めざるを得ずその言葉肯定する結果となってしまった。
「なぁんだ、偉そうなこと言っといて…超弱いじゃない
トレーナーの指示も聞かず勝手に戦ってるだけだし、ガッカリ。お願いだから今度会う時はもっと強くなっててね。バーイ」
「…ベルとは違う意味で嵐が去ったって感じだわ」
──突然やってきて好き放題やって今度会うときまでに強くなっとけってどんな我が儘だよ…
゛おかげて終始苦笑いだった゛
まあまあと宥めるデントの隣で用が済んでさっさと退散するラングレーを横目にアイリスの元へ歩み寄ると、ドリュウズのモンスターボールを見つめたまま動かないままでいた。
「アイリス、大丈夫か?」
「随分スパイシーなこと言われてたけど…」
「さっきのあれは見てたこっちも結構精神的にきたからね…」
「あたしは平気よ。それよりドリュウズが心配──あの時と同じ技で負けちゃったから…」
「あの時…同じ技…?」
「その技がトラウマってこと?」
「──…岩砕き
初めてポケモンバトルで負けたの。
それからなの。ドリュウズが閉じ籠っちゃったの…」
ポツポツと少しずつ言葉を紡ぎ地べたに膝をついたままのアイリスに手を伸ばして、場所を移動しつつドリュウズの進化前であるモグリューとの話を聞くことにした。
出会ってから仲間になるまでの経緯はいたってシンプルなもので、モグリューと生身でケンカするあたりなんとなくアイリスらしいと思いながらもマグカップの水面を揺らしながら静かに耳を傾ける。
モグリューが仲間になってしばらく経ち、故郷である竜の里のバトル大会に挑むべく山籠りの特訓を重ねて決勝戦にてモグリューからドリュウズに進化して優勝までに至ったらしい。
それからバトル大会に来ていたドラゴンマスターである゛シャガ゛という人物とそのポケモンであるオノノクスとバトルをして例の岩砕きで止めを刺されてそれ以来引き込もってしまったというわけで──…
「(連戦連勝、負け無しね…)」
思うことは色々あるが、今は黙って聞くことにしようと紅茶に少し口をつけた。
「──修行の旅に出てからも何度も何度もドリュウズを励ましたわ…でも負け知らずだっただけになかなかうまくいかなくて…」
「…それだけじゃないんじゃないかな?」
何かを感じ取ったのはデントも同じようで。
さすがAランクソムリエ、こういう時心強いし頼りになる。
「ドリュウズは怒るとバトルしていたからね、負けたショックというよりも…アイリスへの不信感が原因かもしれないな」
「どういうこと!?」
「う〜んたとえば、オノノクスに負けたときのバトルね仕方に不満があったとか…。」
必死で原因を知ろうと身を乗り出してデントに問い詰める勢いはどこへ行ったのか、今までずっと過信していた原因とはまた違う、思いがけないデントの一言に水を打たれたように冷静さを取り戻したようだった。
「あの、時の…」
「アイリス?もしかしたらドリュウズの気持ちをちゃんとわかってあげられてないんじゃないかな。
思い出して。
よく考えてみて、アイリス。」
「おっし!こんくらいでいいっしょ」
アイリスの話が終わってデントが晩御飯の準備に入った頃、思い出したようにダーテングの毛繕いを兼ねたブラッシングをしようとしたところを「さすがに料理する横でブラッシングはやめて」と必死で止めに入ったデントによって、キャンプを張った場所から少し離れたところにハンナはいた。
「デントの言った通り…離れてよかったかも」
゛カツラさんにプレゼントできそうだな…゛
ダーテングとハンナの足元にはおびただしい量の白い抜け毛。まあ量が多くフサフサだからしょうがないのだけれど。それに送ったとしても白い毛をなびかせるカツラさんなんて想像できないし、失礼だがしたくもない…。
「ハンナさん、」
「お、アイリスじゃんどうしたの?」
「デントがご飯できたから呼んできてって…ダーテングのブラッシングしてたの?」
「そうだよー、小まめにやらないとボサボサになってすぐ絡まるからね」
「……ハンナさんはリザードンとずっとずっと一緒に旅をしてきてたんだよね…?」
上着に引っ付いたダーテングの抜け毛を払っているところへの突然の問いかけにアイリスの方へ顔を向けたら、案の定どうすればいいか考えてみると話を締めくくった時と変わらない思い詰めたような表情だった。
「いきなりだね、さっきのドリュウズの件で息詰まってるとか?」
「そこは察してよ」
「(生意気なのは変わらないんだぁ…)あのね、いくら私の経験を聞いたからってドリュウズのこと理解できる訳じゃないからね」
「…………、わかってるわよそんなの」
゛なら聞くなよ…゛
恐らくイッシュに来て今までで一番ひどく顔がひきつった苦い笑いだっただろう。
生意気なのはいつものことだけど、それがいつもにも増して、さらに加えて素直じゃない。
ダーテングをボールに戻しつつアイリスを横目で見るといつものような覇気はその表情には見られず。生意気な態度をとってるもののそれとは裏腹に相当悩んだんだなと見てわかった。
「…デントが言ってたアイリスへの不信感ってのは間違いないと思うよ。」
「…!」
「これは私が個人的に思ったことだけど、連戦連勝でつけすぎた自信を知らず知らずのうちにドリュウズに押し付けちゃったんじゃない?
要約したら調子に乗りすぎたって感じかな」
「…そんなこと、」
「ないとは言い切れないでしょ?
トレーナーに限らず研究でもなんでも…物事がうまく行きすぎると見境なくなるもんだよ。その時点でのレベルの限度がわからなくなったり、負け知らずだったなら尚更ね
普通に考えて戦歴がまるで違うドラゴンマスターに自信満々で勝負を挑んだ時点でもうその節が出てると思うけど?」
そういえば。
アイリスはデントに言われて私を呼んできて、私はアイリスに呼ばれて晩御飯の方へ向かっていたはずがなんでいつの間にかちゃっかり手頃な岩に座って話しちゃってるのだろうか。
結構時間も経つし、デントやサトシを待たせてるかもしれない。
「(…お腹減ってきたな)」
お腹が空腹に悲鳴をあげそうになったがこんな空気の中で鳴ったら「呑気ね」とかそんなレベルではなくなってしまう。ついにはサトシと同じカテゴリに分類されてしまうのでは…それはさすがになんとしても避けたい。
「ま、…まあ頭でどうこう考えるよりまず行動にとった方がアイリスらしくていいんじゃないかな」
……………。
(我ながら苦し紛れにも程があるだろ)
何言ってるんだ私。何アイリスらしくていいって。
そんなのアイリスが納得するわけ…
「…わかった。やってみる!」
「(おおおよかったよかった)…シャガさんに負けたこと、アイリスやドリュウズにとってはマイナスにはならないと思うんだ。
今はわからなくて悩みどころかもしれないけどアイリスならきっと理解できるよ。ドリュウズも今までなんだかんだで一緒にいたから理解してほしいはずだからあとはアイリス次第。頑張れ。」
「…ありがとう、ハンナさん」
(よく考えたら)
(初めてまともにアイリスにお礼を言われた気がする)