bw

見えた成長




「え〜…ルールは1対1のバトルで勝った方が賞金もらうでいいんだっけ?」
「ああ、俺はムーランドでいくよ」



゛随分張りきってるな゛
相手のムーランドの入っていたボールを握る手は力が入りすぎではないのか、それに比べてハンナはそのテンションに着いていけないといった感じで、悠然と構えてはムーランドと呼ばれるポケモンのデータを見るために腰にかかるバッグの中に手を入れた。


「先攻は俺からでいいよな」
「私まだポケモンすら出してないんだけど?あまりせっかちすぎても敗けしか呼ばないよ」


どこぞで出会った罰金君まではいかないけど…道中突然自信満々で挑まれたこのバトルに一体誰を出そうか。



『ムーランド<かんだいポケモン>
ハーデリアの進化型。吹雪で閉ざされた山に入り遭難した人を助ける。長い毛が寒さを防ぐ。』

「なるほど…ヨーテリーって2回進化するポケモンだったんだ…」
それを最終形態にまで進化させたんなら少しは強い筈だよな
──ノーマルの単タイプならエルレイドでって思ったけど

「強いかはとりあえず置いといてたまには動かさないとね…いこうか、リザードン」




「──ハンナさんの相手さっきから急かしすぎじゃない…?」
「それを平気でガン無視するハンナもすごいけどね…」
「でも俺ハンナさんとリザードンのバトル初めて見るから相手の早くしろって気持ちすっげえわかる!」


「「…………」」

゛いや、絶対相手の早くしろはサトシの早くしろの意味とはかけ離れたものだろう…゛
ギャラリーから見守るなかアイリスとデントは視線を合わせたあとに苦味を含んだ笑みを浮かべた。

ライモンシティへ向けてこの道へ差し掛かったのが数分前のこと。何事もなく順調に進んで行くなか、サトシとハンナが談笑しながらデントとアイリスの前を歩いていた。そこまではいい。問題はそのあと、隣にいるサトシと後ろの2人の目の前から突然ハンナが視界から消えた──というのは、目の前の石に躓いて転んだのだ。
゛注意力散漫しすぎ!゛というアイリスの言葉に対して

「ふぁ…」
「「「ふぁ?」」」



「ファニーボーン打った超痛い…」




この一連の流れをあの相手は見ていたんだろう、たしかにあれだけを見ればパッと見ハンナは強そうには見えない。勝てると確信してあんな自信に満ち溢れた様子でハンナを指名してバトルを挑んだんだろうが

「大方賞金付きってことはお金に困ってカモを狙ったはずが逆にカモられるって感じかしらね」
「これは運が悪かったねあの人」

しかもよりにもよって一番の相棒のリザードンときた


「人は見かけによらないってこういうことなのかも。偏見で招いた結果ね」
「なぁ、さっきから2人でなんの話してるんだよ」

「サトシは子どもねえ…ほら、始まるわよ」




「リッ…(リザードン…!?)」
「ねえ、先攻はそっちじゃなかったの?早くしなよ」


さっきまでの自信はどこへやら。それもそのはず、久々のバトルに張り切っているリザードンは凄まじい形相でムーランドと相手を凝視している。あのムーランドの特性は威嚇ではなく砂掻きなんだろうか、リザードンを見た瞬間僅かにだが前足がピクリと後退した気がしなくもない。


「…言われなくったってするさ!雷の牙!」


突進する勢いで、口元から覗く牙に目に見える電圧を帯びて迫ってくるムーランドだが、あと一歩のところでスルリと直進するムーランドの真横を標的がすり抜けた。

「火炎放射!!」


ムーランドが行きすぎた勢いで地面に爪を食い込ませて止まった瞬間の隙を狙い、リザードンが空気を吸い肺が膨らんで尾に灯る炎の勢いが一層増した瞬間

──真っ赤な炎から一転
青く中心が水色に澄んだ炎が尾の先で大きく揺らめいた。


その光景にハンナが目を見開いた瞬間、肺に目一杯貯めた空気をリザードンの口から一気に放たれた青い火炎放射はムーランドの背中を掠めて地面を抉り、あたりを黒煙で覆った。
しかし掠めただけとはいうものの、ムーランドの表情には辛そうな色が滲み出ている。


「え…今の火炎放射、だよね?」

リザードンの尻尾の先の炎はたしかに青白く燃え上がることはあるけれどそれは本気で怒った時だ、別に今は怒ってる訳ではないはず…

「今のは煉獄だよハンナ!」




「煉獄…?」
「技自体は当たりにくいけど威力は高いし当たったら相手を絶対火傷にさせる技よ!!」



「リザードン新しい技覚えたの?」
今までずっと旅をしてある程度の強さまで鍛え上げたせいか、それからどんなに鍛えてバトルしてもなかなか目に見える成長は最近見えなかったのだが、今回の技の会得はイコールまだまだリザードンは強くなるということなんだろうか。
一番の相棒故にここは泣いて喜びたいところだけど、さすがにバトルの真っ最中にそれはないよな、と思い再びフィールドに目を見張らせた。


「バトルが終わったら思いっきり喜ぼう、リザードン。
(雷の牙があるからなあ…)ここは一旦上昇して空から攻めるよ」

相手のムーランドは余程背中が痛むのだろうか。少し動きにキレがなくなったかもしれない…掠っただけとはいえさっきの煉獄がどれだけの威力だったかを思い知らされる。



「逃がすなムーランド!気の幹を使ってもう一度雷の牙!!」

「!」

相手の指示の通り、ただ地面からそのまま跳ぶより木の幹を伝って跳べばなんとか届くかもしれない。しかし翼で空を自由に飛び回れる飛行タイプのリザードン相手にはどうだろうか

「あんた馬鹿だね、そんなん自分から殴られに行くようなもんだよ?
リザードン、ムーランドを掴んで空を飛ぶ!」
巨体にも関わらず素早い動きで小回りを効かせ、ムーランドの後ろを取ったリザードンがムーランドの後ろ足を掴み、ぐんと上へ上へ急上昇していく。
地面との距離が離され、トレーナーの指示が聞こえるか聞こえないかのところまで来たところでムーランドの口元に黒いエネルギーが集まっていく。
ギリギリ耳に届いたムーランドのトレーナーの指示であるシャドーボールをいざ放とうとした時、ガクッといきなり襲った浮遊感
シャドーボールはリザードンから大きく反れ、自身はどんどん地面との距離を縮めていく。しかしその落下速度を上回る速さで、ムーランドに追い撃ちをかけるように接近するリザードンが、踵落としの要領で長い尾をムーランドに思いきり叩きつけた。







「…ムーランド戦闘不能、ハンナの勝ちだね」



「ありがとうリザードン、さすが私の相棒だね。あとでポフィンあげるからそれまでゆっくり休んでて」

踵落としの威力を加えた落下の衝撃は地表が捲れ上がる程の威力で、ムーランドを倒す決定打となり無事勝利を収めたハンナだったが…当の敗北者となった相手はムーランドをボールに戻してからというもの、その場に手をついてガックリと項垂れてしまった。


「勝ったら賞金が貰えるんだっけ?」

地についた自分の両手と砂地しかない視界に覗き込むようにしてやってきた。
リザードンが新しい技を覚えたのが余程嬉しかったのか、その顔は満面の笑みを称えていて。




「……………っこ、これで勘弁してください!!」



「あれ、お金は…?」
まさに脱兎の如く走り去る、という逃げっぷり。みるみる顔色を悪くしていった相手がハンナの目の前から変わり身のように置いていった物は技マシンだった。


「…ドラゴンテール…?」
「ハンナさん、それってどういう技なんだ?」
「いやいや私もわからないんだけど」

「ドラゴンテールとは、相手にダメージを与えて強制的に入れ換えさせる技だよ。
ただ吠えるや吹き飛ばしみたいに必ず後攻になっちゃうのがネックなんだけどね、使いようによっては相手のペースを崩せたりなかなか面白い技だと思うよ」
「ていうかハンナさん、最後のアレ…まるでいじめっ子みたいな感じだったわよ」
「なにそれいやなんだけど!」


まあ偏見で挑んだ相手も相手だから自業自得なわけなんだが。



「でも正直なとこ所持金には困ってないからこっちのが私は嬉しいかな。こんな良いもの貰っちゃったけどこれ誰に覚えさせよう」

「(ねぇデント、たしかイッシュの技マシンて使い捨てじゃないから値段が張るんでしょ?)」
「(ああ、たしかにちょっと高い……あ…)」


「(ならさっきの人、ハンナさんにバトル挑んで技マシンをあげるより売った方がよかったんじゃない?)」





「あ、すごーい!この技マシン何回でも使えるんだ!」


「「うわぁ…」」
゛さっきの人、ご愁傷さまです゛
デントとアイリスは相手が去っていった方角に向かって手を合わせる他なかった。









──…やっと見つけた



その様子を別の場所から覗く影がひとつ

鮮やかな髪に映えるクリーム色のキャスケットを目深にかぶり直し、゛ドラゴンバスター゛として4人の元へと出向いた。




- ナノ -