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雛鷲の恩



「空気がうまいねえカブルモ」

ハンナの前を率先して短い足で歩くカブルモにひたすら着いていく散歩。イモリ博士とリグレーから別れた数日後、ライモンシティへ向かう途中で寄った眺めの綺麗な水辺で昼ごはんを食べることになったのだが、こんな綺麗な場所でただ待つのもなんだから景色を堪能しようということで散歩というわけで。ただ身長の高いハンナからじゃ見えない物が小さいカブルモには見えるものがあるからハンナには気づかなかったものに気づいたりと普通の散歩より新鮮だった。


「そういや薬切らしてたな…」
そこらに木の実のなる木は生えてないから次の町についたら補充しないとな
しかしこうも心地良いと散歩してるにも関わらず眠くなってくる。
思わず゛くぁ、゛と欠伸をひとつ盛大に漏らした時、湖の方から慌てた様子でハンナを呼ぶアイリスの声が微かだが耳に入った。
なにかあったのかな、という程度にしか受け止めてなかったハンナがカブルモを連れて来た道を引き返すと、突然カブルモが一方に向かって走り出した。

昼でお腹も空いてるだろうしなにか食べ物でも見つけたのだろうか。基本的に食いしん坊なカブルモはなにかを見つけたらなんでも食べるからそこはきちんと仕付けなければ…今回はビシッと言わないと。
ここは厳しくいこうと決めて草を掻き分けてカブルモを見つけると、その先にあった物体を目にした瞬間目を輝かせて飛び付いた。



「すごい!なにこれなにこれ!モンスターボール模様のキノコなんて初めて見た!!」

しかも集団で生えてる。
このキノコ…゛タマゲタケ゛がポケモンで、尚且つサトシ達のポケモン達を毒で侵していることを知らないハンナは興奮してるカブルモをボールに戻し、タマゲタケをひとつを片手に握ってアイリス達の元へと急いだ。



「アイリスー呼んだ…ってなにこれ」
「ハンナさん!大変なのよ、ここにいる皆がタマゲタケの毒胞子にやられて…」
「やられて…どうかしたの?なになに、なんで止まってんの?」
「ハンナ…その手に持ってるのは…?」


え?と、固まった空気の中、三人の視線を追うとそこにあったのは右手に握られているさっき見つけたモンスターボール模様のキノコだった


「あ、そうそう!デント、これって珍しいキノコだけど食べられたりす──「ハンナ!すぐにそのキノコから手を離すんだ!」ええええ!!せっかくとってきたのに!!」
「それは食用キノコじゃなくてタマゲタケっていうれっきとしたポケモンよ!!」
「みんなそいつの毒にやられたんだ!」


「これが…ポケモン…?」

゛嘘でしょ…?゛
そういえばさっきから手のひらあたりがモゴモゴしててくすぐったい気がする。



ここで手を離すか遠くに飛ばせばよかったものを、ハンナは手を『開いて』しまった。
プハッと開放されたソレはこっちへ向くなり、バチッと目があってしまった。あ、ヤバい。と思うが時既に遅しというべきか。手の上という顔までかなりの至近距離から『プッ』となにかを吹きかけてきた、途端




──バタッ…


「お、おいハンナさん倒れたぞ!?」
「ハンナさん!!手放せって言ってるそばからなんでこうなるのよ!?」
「今のはキノコの胞子だ…ポケモン達とは違って眠ってるだけだからまだいい…皆を治すには毒消しが必要なんだけど生憎今は手持ちがないんだ。」

タウンマップで周辺を調べるがポケモンセンターもない。
打つ手がないこの状況の中、アイリスがシレッと水草があれば煎じた物を飲ませればポケモン達を治せるということで池の底までサトシとデントが採りに行くことになった。





「…──にしても、寝顔まで呑気よねえ」

毒にやられて苦しむポケモン達の横で、キノコの胞子にやられてからスヤスヤと静かな寝息を立てて眠るハンナ。その様子を見ながらも気休め程度に体力がなくならないようオレンの実を搾って寝ながらでも飲みやすくするためにジュースを作っていた。
タマゲタケを知らないから今回のはしょうがないかもしれない、だが

「どう見たってあんなキノコ食べれるわけないじゃない…
はぁ、研究者としてやバトルだと本当に頼もしいのになんでこう普段は気の抜けるような感じしかしないんだろう」


どこかに切り替えのスイッチでもあるのかしら。
本当に残念すぎる人だわ、ハンナさん。というかデントはなんでハンナさんに惚れたんだか…いや、それは今関係ないか。

「よし…できた。」


サトシ達がシレッと水草を採ってくるまでの辛抱だから頑張れ、と呼び掛けながら飲ませて行くが元々少量ずつだったため途中でジュースを切らしてしまった。
「もう一度絞らないと…あと何匹分作るんだっけ」
立ち上がって寝込んでるポケモン達を見渡すとどこか違和感がアイリスの中で生じた。


「なんか増えてない…?」
気のせいかなと指を指しながら数えると、その違和感の正体がわかった。
寝込んでいるポケモン達の横に寝ているハンナの目の前、ちょこんと翼をたたんで座り込んでいる、頭の飾り羽が特徴的な一匹の青い鳥ポケモン。


「…君、ハンナさんが気になるの?」
『ワシ?』
「?」
『?』

話しかけて逃げないのはいいが、問いかけに対して頭を傾げて、そんなアイリス自身もワシボンの反応に頭を傾げることしかできず…
「(ダメだ、全く話が通じてない)」


ジュースを作りを再開することにした。




(そういえば前ヒトモシ屋敷から出た時にハンナさんからワシボンの話を聞いたっけ…)
まさかあの時のワシボン…?いやそんなまさか、あれから一体どれだけの時間が経ってると思ってるんだ。



…─そのワシボンさ、ベルとバトルする前に飛散した岩で怪我しちゃっててね。

───でも傷痕は残っちゃってるけど見た感じ元気そうだったからよかったよ




「………………」

屋敷から出て雨宿りしてる最中に聞いたハンナの話が頭に浮かび、小さいながらもハンナの目の前にどっかりと鎮座するワシボンを気づかれないようチラリと盗み見た。
だが視力がいいとはいえさすがに傷が羽で隠れていたら見えないものは見えないから意味がない。話しかけても逃げないことを利用してもう一度話しかけてみようと歩み寄った時だった、疲れたのか体を身震いさせて小さい翼を数回バタつかせて再び座る瞬間に見えた翼に残っている傷痕


「……うっそぉ…」
まさかのまさかだった。傷痕の位置も話と一致する、本当にあのワシボン。

「ベルと別れた日からずっとハンナさんを追いかけてたってこと…!?」
信じられない…ベルとのバトルの話はもうこの連載では10話近くも前なのに!!?


「ハンナさんに一途というか健気というか…」
むしろストーカーの域に足を踏み入れてしまいそうなポケモンだな、ワシボン。しかし傷痕がくっきり残るほどの怪我だ、それほど助けてもらった恩がでかかったのだろうか。

さて、ジュース作りに力を入れなければと腕捲りをした時だった


「痛…っ」

「ん?」



「いたたたたたたたたたたたたた痛い痛いリザードン痛いって痛さ尋常じゃないから痛いから起きるからマジで勘弁してください爪でつつくのやめ…あれ、リザードンじゃない…?」

いつも過激にリザードンに起こしてもらってるせいなのか、ハンナさんはワシボンがくちばしで頭を小突いてるのをリザードンの爪て勘違いしているようだった。しかし寝起きで噛まずにあれだけ流暢に口が回るのはいかがなものなのか…寝起きくらいまともであってほしかったというのは伏せておこう。
「…ハァ、おはようハンナさん」


「ああアイリス…とワシボン…?久しぶりだね」
わっしゃわっしゃとフワフワな頭を撫でまくればく気持ち良さそうに目を閉じた。

「そうだ…ポケモン達は?」
「今サトシ達がシレッと水草を採りに池に行ってるわ。ハンナさんこそ大丈夫なの?目が半開きだけど…」
「まだ眠気が抜けきってないけど今ので大体目が覚めたから大丈夫!
ちょっと眠気覚ましがてらサトシ達の様子見に行ってくるわ」
「うん、お願い」



覚めきってないんじゃん。というツッコミは、あえて言わない。
ワシボンの脚力を使って木の実を搾るのを手伝ってもらおうと思ったがハンナに着いていってしまったようだ。


「ワシボン…そんなにハンナさんに着いていきたいなら自分から思いきって捕まえてもらえばいいのに」
意外と奥手なのね、という呟きは静かになった水辺に消えていった。







「一番近くに生えてるのはこの先だね…」
ポケギアでシレッと水草を調べて生えてると表示されてるポイントまであと少し。この長い草むらを抜けた先にある池の底の岩の隙間に行けばシレッと水草が手に入るはず。ワシボンみたいな小さい子では長い草を掻き分けて進むのは時間がかかるためハンナが先陣切って進んでいる。
近づくにつれてだんだん聞こえてくる2人の声、ここまで来たらあとは声を頼りに進もうとポケギアをしまった時、デントの雄叫びと共に草むらの先に現れた茶色く平べったい物体。

空を飛んでるかと思いきや、まだ少しばかり離れてて見えづらいがそういうわけではなさそうだ。


「飛行タイプではなさそうだな…」
姿が確認できるから図鑑のスキャンはできるだろう、図鑑を掲げて一定の場所をぐるぐると回っている物体を映した。

『マッギョ<ポケモン>
皮膚が固いので相撲取りに踏まれても平気。電気を流す時笑い顔になる。』


「…なんか永沢くんみたいな顔してるなあマッギョ」
図鑑のディスプレイに映った例の笑い顔が地味にウザいっていうね…

「でも電気タイプ、それに地面複合か…結構メジャーなタイプが弱点だけど戦いようによってはいい戦力にはなるかも」
地面タイプ持ちということは同じ電気タイプにはいい差別化になる。しかも耐久がずば抜けて高いときた。


「これは捕まえるしかないよねえー」

ス…ッとカバンから取り出した空のモンスターボールを片手に未だに回り続けるマッギョに狙いを定め始めた。
しかしあまり垂直に投げるのは得意ではない…確実に当てるために一歩ずつ後ろに下がろうとした時、いきなり視界からマッギョが消えてしまった。それだけでも驚いたのに、集中が途切れてつい自分の足に引っ掛かって後ろへ倒れてしまった。


誰も見てなかったとはいえ今のは恥ずかしい。
気が抜けて変な声を上げてしまったから尚更恥ずかしい。両手の平で顔を隠して゛これはドジだからとかそんなせいじゃない…眠かったんだ、眠気が抜けきってなかったんだきっとそのせい…゛
と自己暗示をかけていると、指の間から光が散るのが目に入った。
…そういえば手に握ってあったモンスターボールは…?後ろにいたはずのワシボンは?

「あれ、ハンナさん…?」
「どうしたんだいこんな所で塞ぎ込んで…」
「…ああ2人とも、シレッと水草採れた?」
「いや、今からミジュマルが採りに行くところだよ」
「おお!ミジュマルは水克服したのか!って喜びたいところだけどこのへんでワシボン見なかった?さっきまで一緒にいたんだけどいなくなっちゃって…」
「僕は見てないけど」
「俺も知らないや…でもてっきりあのボールでハンナさんがなにか捕まえたのかと思ってた」

そう言ってサトシが指を指した先にあるモンスターボールを見て「転んだ時に手からすっぽ抜けたんだな」と手から消えた理由を冷静に捕らえると、後ろからさっきの声ってやっぱりハンナさんだったんだ。という呟きが聞こえた。しまった、私とあろうものが墓穴を掘ってしまった。おい何顔を赤くしてるんだデント、赤くなりたいのは私だ。


「で、でもなんでサトシは捕まえたと思ったの?」
「だってボールのボタンが光ってるように見えたから…」



光ってるように見えたから

そういやさっきなにか光ってるのが見えた気がする。ワシボンが私の手から抜けたボールに当たって入ったならいなくなったことにも繋がる。

「もしかしなくともハンナのボールに入ったんじゃないかな。」
「やっぱそう思う?」


服についた土を払ってボールを手に取ると、自らボールから出てきたワシボンがハンナの肩に止まって翼を畳んだ。
「ワシボン、順番おかしいかもしれないけど私と一緒に来る?」

正直前から気になってた。一緒に旅をして、一緒に強くなりたい。
そう旨を明かすと、片羽を広げて笑顔を向けてくれた。


「いいんじゃないかな。ワシボンも嬉しそうだし、それにハンナとそのワシボンいいコンビになりそうだよ」
「だってワシボン、これからよろしくね!」



その後、ミジュマルが水草を採りに行ってる間にサトシがガマガルを、デントがマッギョを捕まえたと知るのはもうしばらくあとのこと。




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