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再開




「博士、ここ失礼しますよ」
「ああ」

白衣を鞄から引っ張り出して、先程エネルギーの暴発で傷んだ部分の修復作業に「お前も手伝え」と博士に半ば強制的に駆り出された。
まったくUFOの構造なんて私が知ってるわけないのにという反論は呆気なく弾かれて。宇宙工学の第一人者とはいえ理不尽というか自分の意見を曲げない頑固者というか。

「(とはいえだからここまで何十年と研究を続けられてきたんだろうけど)」


…さすがに人使い荒すぎではないだろうか
私研究分野全く別なんですけど。


「誤作動起こしても知らないぞ〜」
「なにか言ったか」
「イイエナンデモ」
小さく呟いた筈なのになんでこういうことだけ老若男女問わず無駄に聞こえがいいんだろう。不思議だ。今度ナナカマド博士に聞いてみよう。



「博士はいつからUFOを作っていたんですか?」
ふとデントからの問いに博士が手を止めて向き直った。
(意外…)素直に答えるんだ、とハンナも気になり握っていた工具を置いて静かに耳を傾けた。

「…そもそもわしがUFOに興味を持ち始めたのはあの出来事がきっかけだった。わしがまだ8歳の頃見たUFOだ。

──もともと宇宙の話が大好きだったわしはその後勉学に励み宇宙工学の教授になったんだが…実際に円盤型飛行機を飛ばすという夢が捨てきれず学校を辞めその研究に没頭し…
そして小型円盤の飛行に成功するまでに至ったんじゃ」

「え、すごいじゃないですか!」
「そうでもない。君が本で読んだ通り光の速さを超えるUFOはダークマター、つまり重力を制御できて初めて完成する。

成功したのはあくまでプロペラエンジンを搭載した円盤型飛行機にすぎん。」
「!」

そう言って工具箱の隣に置いてある箱形の機械に手を伸ばしてボタンを押せば、その機械に反応した小型円盤が空を滑るように博士の元へと飛んできた。
「この試作品の飛行実験を重ねながらこの大きな円盤の製作に取りかかったんじゃ」

「じゃあエリア28でUFOが頻繁に目撃されてるのは…」
「珍しいね。デントにしては頭のキレが悪いじゃん」
「え、ハンナさん知ってたの?」
「いや、さっきの円盤飛行に成功したって時点で気づいた。」
「なんだたいして差ないじゃない」
「アイリス最近私に冷たくない?」


「まあ、ほとんどがわしの試作品を見た連中だ。君達が見たのもおそらくな。だがエリア28では昔からUFOがよく目撃されている。わしがここにくる前からな…」



博士とリグレーが出会ったのは半年前のこと。
博士が小型円盤の飛行実験中に偶然誤作動を起こして墜落した円盤にリグレーが当たってしまったから家に連れ帰って介抱したらしい。

「徐々に慣れていったわし達は村の者には内緒に一緒に生活することにしたそんなある日のことだ、リグレーが見たことのない宇宙のイメージをわしに見せたのは。

──リグレーの祖先は宇宙から来たと言われておる。
もしかして宇宙に帰りたいんじゃないのかと思ったんじゃが…ポケモンの言葉がわかるわけでもないわしにはそうなのかそうでないのかがわからん。だからまずはコミュニケーションをとれるようにまずリグレーの光の点滅パターンを調べることにしたんじゃ」

「あの手のひらの三色の光ですか?」
「ああ、だがリグレーの光の点滅パターンは多くの学者が研究していたが解読できたものはいなかった。…更にわしはリグレーがテレキネシスで物を浮かせるのを見て、そのエネルギーがダークマターと関係しているのではないかと研究を始めた。

誰にも騒がれることなく、ひっそりと。
だから村の者が来たとききっとリグレーはわしを守ろうとして…」


「なるほど…そういうことだったんですか」
「それなら辻褄も合うね」
そりゃ半年も一緒にいていきなり見知らぬ人がやってきたら驚くし攻撃しても仕方ないかもしれない。

「宇宙が大好きな博士とリグレーの運命的な出会いって感じね!」
「リグレー、博士と出会えてよかったな」
サトシの言葉に、リグレーの手にある信号カラーの三色の光が不規則に点滅している。リグレーの表情は変わらないからなんとなくという感覚でしか言えないが、嬉しそうに思える。

「さてハンナ、さっさと円盤修理の続きをやってしまおう。」
「あ、僕も手伝いますよ」
「何言ってんのデント、もし円盤壊したらどうすんのよ。私達は大人しく上で待ってるからねー」
と、アイリスがデントとサトシを連れて上に上がってしまったから今地下のラボにいるのは私と博士の2人だけ。とくにこれといった会話があるわけでもなく、機械を弄るとき特有のカチャカチャという音が、だだっ広い部屋に反響していた。だけどそんな静寂を最初に破ったのは意外にも博士だった。


「そういや今思い出したんだがおまえさん、この前雑誌に取り上げられてたな。」
「…そうですね。」




───君を知った雑誌を見て思ったんだ。4地方のジムを制覇という功績を残しておきながらなぜリーグには一回も出場しなかったんだい?


───じゃあどうしてカントーのリーグには出場辞退したんだ



ふと脳裏を過ったのは、ヒウンジム戦の時に言われたアーティからの疑問の数々。正直聞かれたくはないことだが、誰もが知るリーグという大舞台からの辞退。そうあることではないため、気になるのもわかる。
私が逆の立場だったら気にならないはずがない。


(頼むからその話題だけは出さないでよ博士…)
だがそんな心の呟きなんで聞こえるはずがなく、案の定聞かれてしまった。ドストレートに、「なんでリーグ出場を辞退したんだ」と。


「そんなの博士には関係ないじゃないですか」
この一言を言えばそれでいいと思ったのに、なかなか喉から声が出てくれない。かわりに出てくるのは、ここで博士に言ってしまえば楽になるのでは?という私から見たらどうしようもない他力本願な思考。



「……………っ、」

どうしよう。
何て返したらいいのか本気で迷う。
いつのまにか思考回路どころか、作業の手も止まってしまったようだ。はあ、とため息をひとつついた後、せめて手だけは動かせと言われて気づいた。



「…なにがあったかは知らんがな、一人で悩むのも大いに結構だ。だけどな、それだけじゃ前に進めんときもある。誰かに頼るのも強さのひとつだというのをお前は知った方がいいぞ」

「──…、
…………私が最初旅をした地方で、本当に心からの憧れの人に会ったんですよ。その時の私は負け知らずで、調子に乗ってちょうどその時期はリーグが開催されるんでそのままエントリーしたんです。
その人に会ったのはエントリーを終えたあとだったんですよ」


トレーナーとしてはまだまだ未熟で考えも幼かった。
チャンピオンマスターになりたいという夢があったからよけいに拍車がかかったんだと思う。
ただただ「戦えば強くなる」とそれだけ思ってて。
その考えが主軸にあった。
「そのせいでなんにも見えてなくって…勝つことに固執しすぎて本当に本当に何にもわかってなくて…気づけば一番の相棒を…リザードンをボロボロにしてたし、とてもじゃないけどリーグになんて出れるような状態じゃありませんでした」

「……………」


手は動かしたまま。
視線を円盤に向けたままの博士は本当に話を聞いてるのかなぞだけど、そのまま話続けた。


「もちろんその人との勝負にはボロ負け。極めつけに『あなたはリーグに出るべきじゃない』なんて言葉ももらっちゃいました。子ども相手にどんだけ容赦ない言葉だよって思ったけど、今は本当にそのとおりだなと思ってます。
でもそれからいっぱい反省して…数年経ってジョウトやホウエンやシンオウのリーグにいざ挑戦しようとするとその言葉が執拗に頭の中をぐるぐる出てくるんです。
あの時のリザードンへの申し訳なさが半端じゃなくて…リザードンが許してくれてるのかわからなくて、本当に私リーグに出ていいのかって考えるようになって…自然とリーグからも夢からも離れていって、

今の状態…です。」


チラリと横目で博士を見ると、やはり作業に手を動かしていた。
「話を聞いた限りだとお前は変わったよ。そこは間違いない。だが正直リーグに出る出ないっていうことばかりは自分自身で決めるべきだとわしは思うぞ。」

「そう、ですよね…」


「ただ…リザードンはお前さんと戦いたいから今までずっと一緒に旅してきたんじゃないのか?わしにはそう思えるけどな。」



「……、!」

カタッ、と一瞬ホルダーに着いてる6つのボールのうちのひとつが揺れた気がした。


そのうちのひとつを手に取り、今までの長旅でついた細かい傷跡を指先でなぞると、ピンポンと突然チャイムの音が部屋に響いた。



「誰じゃまったく…まあでも修理はだいたい終わったしわしが出るからハンナはここで待ってろ」
「あ、はい」




博士がいなくなって改めて見渡すと本当にだだっ広い部屋だ、と再確認した。
円盤修理のために床より高い場所に立っているからその広さはよけいにわかる。そんな部屋に、ひとつのボールが宙に投げられた。


ボンッと軽快な音とともに現れる相棒。
逞しい翼を伸ばして私の高さに合わせて空中に止まっている。




───リザードンはお前さんと戦いたいから今までずっと一緒に旅してきたんじゃないのか?


「リザードン、そろそろ戦いたいよね。イッシュに来たときバトルクラブやジムがあるって言ったのに結局出さなかったよね。ごめんね」

まったくだ、と言わんばかりに鼻息を漏らして背中を向けるあたり本当に相変わらずだと思った。
(最初はそれこそ頼りない小さな背中だったのに)
目の前には貫禄ある背中。
リザードンがゆっくりと背中から生える深緑の翼を力強く羽ばたかせれば、結構強めだが優しい風圧が生じ、ハンナの高い位置に結われた一房の髪が肩から背中へ滑り落ちる。

「リザードン、今までの長い年月は君を楽しませてくれた?」


そんなわけないよね。

行く宛のない、目標のないバッジ集めは今年で何個目?
変わったなら、あの時とはもう違うと思ったのならその証明を自分で示さなきゃ


「長い間待たせてごめんね」

リザードンと、リザードン達と、何年もおざなりだったあの時の続きをやろうじゃないか
チャンピオンマスターっていう夢と、その通過点であるリーグ優勝を懸けた、あの時の勝負の続きを






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