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博士とリグレー




「え、ここがエリア28!?」
「なんだよエリア28って」

深夜12時の出来事から一夜明けて、デントの言っていたカフェにて一休みがてら昨夜のUFOについてをマスターや常連客に聞き込みを実行していた。
ただこのエリア28に店を構えてることもあり、マスター達は比較的落ち着いてデント達の質問に応じている。だがそんなUFOの話題に夢中なデントの隣で、ハンナはすでに飲み干したオレンジジュースのストローを加えたまま一人伏し目がちにただぼーっと、どこか一点を見つめていた。ハンナが気になるのは寧ろ頭に浮かんだあの映像の方にあって、横で繰り広げられるUFOの話題なんて殆ど耳には入ってなかった。



「…ハンナ?」
「………」

全く話に食いついてこないハンナを不思議に思ったデントが呼びかけるが、どこか思い詰めたような横顔で目を伏せるだけだった。昨日、あれからハンナがどれくらいの時間キャンプから離れていたのか自分は寝ていたからわからない、もしかしたらあまり寝てなかったのかもしれない。
アイリスに夜更かしするなときつく言われているハンナが寝てないとバレたらまた説教が始まってしまうだろう。トン、と軽く肩をつついて
「さっきからボーッとしてるけど昨日あれから…」




「まぁ変な博士ならすんでるけどね…」
「──変な博士?」
「ああ、UFO研究家の゛イモリ博士゛だよ。」

「!、イモリ博士!?僕、その人の書いた本を読んだことあります!
タイトルはたしか『UFOの真実』!いい本だったなあ…。その後もUFO特集のテレビ番組に出演していましたよね?」

゛ちゃんと寝たのかい?゛と続くはずだった。が、常連客の口から出た名前にデントは大きく振り返り、中途半端に話し掛けられたハンナはそんなデントの反応の早さと切り替えの早さに思わずぽかんと口を開けてしまった。
だが゛イモリ博士゛。どこか引っ掛かる名前だ。



「でも偏屈な親父でね。最近こんな事件があったんだ

郵便屋さんが博士の研究所で急に頭が痛くなり…変なものを見たらしい」

「変なもの?」
「なんでも、行ったこともない宇宙を見たそうだ」
「…あの、話の途中ですみません
その『行ったこともない宇宙を見た』って視覚的に見たんですか?」


変なものを見たというマスター達の話を聞いて、真っ先にハンナの脳裏を掠めたのは昨晩の『突然頭に流れてきた過去の思い出』だった。

「いや、そうじゃないんだ。なんというか…頭にイメージが流れてくるようなそんな感じだったな」
「だったってことはあなた方も?」

「ああ。さっきの話の続き、あの後不安に思って博士に聞きに言ったんだ。その時も郵便屋さんと同じように…頭が締め付けられるように痛くなってね」
「結局なにも判らずじまいさ。」


「そんなことが…」
「………(私の時は頭痛なんてなかったんだけど…でも頭にイメージが流れてくるようなっていうのは同じか)」


──意外と今回のUFO騒動と関係しているのかもしれない。
だけどデントがさらに詳しく聞こうとするにもマスター達はそれ以上の情報はもうないらしく、一行はUFO騒動に加えて新たな疑問を持ったまま店を後にした。





「ん〜…どういうことだったんだろう…」
「なんで頭が痛くなったってこと?」

店を出た道中、やはり話題は先程の超状現象の話が開口一番に出てきた。
それはハンナも同じで、組んだ両手の片方を顎に当ててマスター達から聞いた話と自分が体感した出来事を重ね合わせていた。


「恐らく、誰かが郵便屋さんの頭の中にイメージを送ったんじゃないかな…」
「そんなことできるの?」
「例えば超能力とか。
現に超能力を持ったポケモンは存在しているし…」


「(エスパータイプのポケモンがあの場にいたってこと?)」
でも夜だったし、泣いていたということもあったから存在に気づかなかったとしても別におかしくない。


「とにかく検証が必要だね」
「検証…?」
「うん、実際に研究所に調べに行くんだよ。」
「えっ、でもさっきの人達が…」
「言っただろ?全ての超常現象には必ず原因がある。それを科学的に解明するのがサイエンス・ソムリエさ!」


(ごめんデント、あんた嫌いじゃないけどめんどくさいわ)
ああ…、と頷いたのは昨晩アイリスから聞いたサイエンスソムリエについて豪語した時のデントについて。たしかにこれは非常にめんどくさい。顔はいいのにデントはいろいろと残念な人だ。「うわ、やっぱりめんどくさい…」隣から聞こえたアイリスのぎこちない声に反応して振り向けば、それに気づいたアイリスと少し苦い顔で笑い合った。


「…でも話を聞いた限りさ、偏屈って言われたりマスター達を門前払いするあたりそのイモリ博士って人は結構な頑固者じゃないの?基本的に研究者って自分の研究所っていうテリトリーに他人を入れるのを嫌う人が多いから検証は難しいと思うなあ」
「それでも。ハンナは気にならないのかい?」
「いや、気にならないわけじゃないけど」

むしろ気になる。昨晩のやつも関係しているのか。さっきからひっかかるイモリ博士という名前など、知りたいことはあるのだ。


「たしかに検証は甘くないかもしれないけど、きっと大丈夫さ。」
デントが言い終わるのと同時に、そう長くない吊り橋へ差し掛かろうとしていた。
向こうに見えるのがイモリ博士の自宅兼研究所だろう。本当に行くの?というアイリスの不安を押しきり、端の中間まで来た時だった。

『うわああぁぁあッ!!』


「ッ、今サトシが橋から…!?」
「オレも見た…」
「わ、私も見た!」
「今のは…マスター達が言ってたやつ?」


゛なんだったんだ?゛とサトシが目の前の板を軽く手で叩いたら、バラバラと呆気なく崖下へと崩れ落ちていった。
記憶に新しい、昨晩と全く同じ現象。だが私の時と違うのは、昨晩は過去のイメージだったのが今回は未来に起こるであろう「サトシが橋から落ちる」イメージだということ。


「ちょっと嘘でしょ?」
「じゃあさっきのは…」
「誰かが予知イメージを送った?」
「デントの考えが正しかったらそうかもね…」
更に深まった謎を胸に、目の前の研究所へ向かう足を早めた。







「こんにちはー!、イモリ博士はいらっしゃいますか?」



「なんじゃ、何か用か」

玄関前、ついにデントを筆頭にやってきた。もしかしたら居留守を使うんじゃないかとも考えたがどうやら私の考えすぎなようだ、割りと直ぐに扉が開き、無愛想な声と表情とともに現れたのは

「ああっ!イモリ先生!あの、昨日UFOを見たんです──…」



「(──イモリ博士…)」

初めて見て知ったのは、ナナカマド博士に連れられてきた初めての学会。
覚えることや感動がありすぎて埋もれた記憶の中から思い出すのに時間がかかったが、ようやく顔と名前が一致した。

「…どのような理論も、それを科学的に実証するには長い時間がかかるんじゃ」
「そして、革新的な理論は最初は冷ややかな目で見られる。でも…前へ進むには、たとえ笑われようと実験を続けるしかない──本のあとがきに書かれた先生の言葉に、僕は深い感銘を受けたんです!」

憧れのイモリ博士を前にして、興奮と感動で押しに押しまくるデントに、最初は帰れと言っていた博士もその粘り強さに根負けしたようだった。

「…まあいいわい、お茶くらいはご馳走してやるわい。しかしだな…挨拶なしにいつまでぼーっと突っ立ってるつもりじゃ、ハンナ」
「あは、お久しぶりですイモリ博士。」

えっ、えっ、とハンナとイモリ博士に挟まれてるデントがハンナの方を向いて「なんで教えてくれなかったんだい!?」と驚きの声をあげるまではそう長くなかった。






「年寄りが覚えてるのに若いお前が覚えてないとはどういうことなんだ」
「いえ、初めて会ったとき私覚えることたくさんあったしあれ以来じゃないですか?悪気はないんですよ」
「あったらそれこそお前さんを摘まみ出してたところだぞ」


「〜っあああもう!さっきから何回この会話繰り返してるんですか!」

このしつこさはまるでテレビでよく見る典型的ねちっこい姑じゃないか。゛お盆返してきますっ゛と一言かけて逃げるように台所へと行き、再び居間へと向かう途中、博士が酷く慌てた様子で居間の向かいの部屋へと駆け込んで行ったのが目に入った。
「…博士、ずっとトイレ我慢してたのかな…」
「そんなわけないでしょ!!全く呑気なんだから!」
「アイリス、皆どうしたの」
「今さっきまたイメージが頭の中に出たんだ!!」
「また!?」
「ああ!とにかく行ってみよう!」


博士の入った部屋には地下に繋がるであろうひとつの梯子。それを降り、一直線に伸びる廊下を駆け抜ければ、部屋の中央にその存在感を示す巨大な円盤。サトシ達が昨晩見たUFOはこの円盤に似ていると言う。そして円盤から管が伸びるその奥には、見ただけで危険だとわかる電気を帯びた円盤をコントロールするための機械。デント達が先程見たというイメージはあの機械が爆発するというものらしい、だとしたら博士が今しようとしてることはあの機械を止めること。

「博士、手伝います!!」
「ハンナさん!?」
「なにバカなこと言ってるんだ!お前達は早く逃げろ!」
「博士を置いて逃げられませんよ!!」
「ええいッそれならその円盤に繋がるエネルギーコードを引き抜いてくれ!ハンナはわしと制御を頼む!」
「はい!………?」


コントロールマシンに寄る時、何かが横切った気がするが今は制御に力を入れよう。ディスプレイとキーボードを交互に見やり、とりあえず見て理解できる程度に状況を確認しつつ自分の中のコンピューター知識をフル稼働させて羅列するキーを叩く。すると運がいいのかそうでないのか、コードがうまく外れたことによりデンジャーの表示が出ていた赤い画面が正常になり、帯電もなくなりパラメーターも正常値に落ち着いた。

「よし、これでもう大丈夫じゃ」
「よかったぁ…あ、サトシ達大丈夫だっ…た…」

「大丈夫だった?」と振り返った先にいたのは、宙に浮かんでこちらをじっと凝視していたのは小さな薄い緑色の物体。目がバッチリ合ってしまったせいなのかシュンッ、と姿を消してしまった。


「テレポート…?」
ていうか今のってポケモンなの?と図鑑を取り出してさっきのポケモンをスキャンしようと辺りを見回すと後ろから「あぁっ!?」とサトシの声がした。
まだ問題あるのかと図鑑を構えたまま声の方向に向けば、フワフワと姿を浮かばせながらサトシ達の様子を伺うさっきのポケモンがいるではないか。

「宇宙人だ!!」
「いや、あれはリグレーだよ」
「ポケモンよ」
「へえ、リグレーって言うんだ…」


『<リグレー>ブレインポケモン
砂漠の彼方から突然やって来た。その時まで、誰も見たことがないポケモン。』
『<リグレー>ブレインポケモン
強いサイコパワーを操る。サイコパワーで脳みそを締め付けて頭痛を起こさせる。』


「…ハハ、なんでランプラーといい私の図鑑の説明文てちょっと物騒なの…?
まあでも、マスター達が頭痛を引き起こしたのはリグレーで間違いないな。
ということはさ、頭の中に度々イメージを送ってるのは君だったんだね。」


さっきサトシ達にここの異常を伝えたのも、橋が危険だということも、

昨晩の私の過去のイメージも。





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