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遠ざかる夢




「…ードン、リザードン」

戦闘後特有の静寂に包まれた砂のフィールド。
そのセンターライン上に横たわる、相棒であるリザードン。



砂地に染み込む赤

痛めつけられた翼

閉ざされた両目


そんなボロボロのリザードンと、駆け寄ったハンナの目の前に厳然と立ちはだかるガブリアス。
まだ10歳と幼い小さな手の平で必死に呼び掛けて、橙の体躯は揺さぶるもピクリとも動かない。
ぼたぼたと次から次へと目から零れ落ちる涙が視界を大きく歪ませて、最早橙しか映っていない。

「リザードン…ッ頑張ってリザードン!!」
        ・・・・

嗚咽混じりに言ったハンナの一言に、相手であるシロナは隠れていないその右目をきつく細める。

「『頑張れ』って…どういう意味で言ってるのかしら。
そんな状態のリザードンをまだ戦わせるつもりなの?」


シロナの問いかけに顔を上げるが、目線がかち合うことはなく直視できずにいた。

「今のバトルであなたが今まで自分のポケモン達と一緒にどういう道を歩んできたかがすぐにわかったわ」

「……っ、」
言葉を発することも、ましてや反論することすら敵わない、人の目線がこんなにも有無を言わせない、押し黙らせることができるのかと身をもって体感したのはこの時が初めてで、体が萎縮する。


「今この瞬間まで夢を追いかけて、それこそ死に物狂いで片っ端から勝負を挑んでは勝ちを掴み取ろうと…強くなりたいことに必死だったのね。

それだけなら私だって理解できる。
でもあなたは周りが見えてない、現にあなたのリザードンはここまで弱ってる。自分のことばかりで、勝つことに執着して自分のポケモンのことはなにも見えてない
それで『頑張れ』だなんておかしいわ。

ポケモンのことすら見えてないあなたがリーグに挑もうだなんて、さらにおかしい。」


「もし仮にあなたが勝ち進んで優勝したとしても、私は喜べないわ。
それは力を合わせて掴んだものじゃないし、あなただけが勝手に進んでるだけ
負けた者に対して失礼でしかない…」




゛今のあなたはリーグに挑むべきじゃないわ゛




「───ッあ痛!!!!」




夢にうなされて、いきなり飛び起きた勢いでアイリスから貸してもらったハンモックからバランスを崩してつい落ちてしまった。
今は真夜中。横たわったまま見上げる空には満天の星が川を描いている。


(なんであんな夢を見たんだろ…)

今となってはあまり思い出したくない思い出。
目を固く閉じ痛む両腕でしかめる顔を覆う。それでも目蓋の裏にちらつくのは先程夢で見た光景、自分に対して言われたシロナの一言一言。思い出せば思い出すほど心臓が煩わしい。滲み出る冷や汗が鬱陶しい。


「すげえ…ハンモックから落ちても寝続けるんだハンナさん…」
「さっきの光で起きなかった方が驚きよ」

゛本っ当、ハンナさんの睡眠に対する執着心ってすごいんだかそうでないんだか…゛
゛いやあれはすごいだろ゛
ハンモックから落ちてもなお眠り続けるハンナを話題に静かに会話を繰り広げるサトシとアイリスに変声期を終えた、サトシと比べて低めの落ち着いた声が割り入った。

「2人とも僕の話聞いてる…?ていうかそこは感心してないで心配してあげようよ」

科学的な方面にも興味があるデントは自身を『サイエンスソムリエ』としてその知識を語るが、当のサトシとアイリスの注目はハンナへと移っていた。


「はいはい、聞いてるわよサイエンスソムリエさん
ハンナさん、大丈夫?」

「あ、大丈夫大丈夫…ごめん起こした?」
「なんだ起きてたのか!…ていうことはハンナさんも見たの!?」
「見たってなにを?」


「「UFO!!」」








「なるほど…」
UFOねえ、確かに宇宙から来たと言われているポケモン、オゾン層に棲んでいるポケモン、宇宙のウィルスが突然変異を起こして生まれたポケモンなどは確認されているから信じてはいるが…UFOのようなガセが多いものとなると実際に見て調べてみない限りなんとも言えない。
信じてない訳ではないが、信じてると言い切れるわけでもない。

「ハンナさん研究者ならUFO詳しそうだよな!!」
「子どもねえ…研究者は研究者でも調べてる分野は違うでしょ」
「さすがにUFOに関しての知識はないかなあ…」



(あ、でも)
宇宙工学に詳しい人なら前に会ったことあるようなないような。
「誰だったっけ…」
うーんと頭を捻るもぼんやり姿が浮かぶだけで名前までは出てきてくれない。たしか見た目「どこにでもいるようなおじさん」だった気がする、ということだけが記憶に残っていた。

「ちょうどこの近くにカフェがあるから明日はさっきのUFOについて聞き込みをしに行こうよ」


「唐突だね。」
「サイエンスソムリエの血がたぎるのよ、きっと。」
「私デントってたまにわからないな〜…」
「そうね…(なんかもうここまでくるとデントは自分でハードル上げてるようにしか思えないわ…)前途多難ね、デント」
「なにが?」
「ううん。こっちの話」
「?、そう」


むしろ最初の方よりくっつく難易度増したように感じたアイリスは密かに心の中で゛頑張れ゛と呟いた。











(───寝れない…)
ハンモックから落ちて眠気がなくなってしまったこともあるが、それ以上にまたあの夢を見てしまうような気がして、寝なきゃいけないのはわかってはいるがなかなか寝付けないままでいた。


「(ちょっと辺りを回ってこようかな)」
静かに気を伝って地に足を降ろしてさっそく行こうとした時、小さく篭った声に呼び止められて振り返れば、寝袋から少し起き上がったデントがこちらに眠そうな目を向けている。

「寝れないのかい…?」
「さっき落ちたから眠気が飛んじゃってね、少し近くを回ろうと思って」
「そっか…あまり遠くに行かないようにね。ハンナは…意外と…いってらっしゃい…」

「…………」


文法がおかしくなるくらい眠かったのかデント。
(意外となんだよ…)めちゃくちゃ気になるじゃんか。と思ったが起こしてしまったのは悪かったな、と少し申し訳なく思ってもう本人の耳には聞こえないであろう小さな声で゛いってきます゛と返した。



キャンプを張った場所から少し離れた大木の根元にハンナはいた。遠くに行くなというデントとの約束はギリギリ破ってしまったが、まあ向こうは寝てるしバレなきゃ大丈夫だろう。ちょうど腰かけるにいい根の上に座って静かな空をボーッと眺めることにする。


『──今この瞬間まで夢を追いかけて、それこそ死に物狂いで片っ端から勝負を挑んでは勝ちを掴み取ろうと…強くなりたいことに必死だったのね。』


『──いいじゃん!皆で夢を叶えようぜ!
オレはポケモンマスター、デントは世界一のポケモンソムリエ、
アイリスとハンナさんは…あれ、なんだっけ?』



「…夢、ね」


カントーリーグを目前に決定的な敗北を味わったその時の私の夢は、サトシとは似てるようで違うチャンピオンマスターだった。

今思えばあの時シロナさんに会わなかったら、私は今どうなっていたんだろう。あのまま踏み間違えたまま夢に一歩近づいていただろうか。それとも負けてリザードン達に無理を繰り返させていただろうか。
どの道シロナさんに大事なことを気づかせてもらえたあの出来事に言い方はよろしくはないけど、感謝している。

でも同時に自分の中で「リーグ」という舞台に対してよくわからない葛藤や恐怖心が生まれてしまった。
あの後に旅したジョウトの「ジョウトリーグ」、ホウエンの「ホウエンリーグ」、そしてシンオウの「シンオウリーグ」。


何度も出場しようとしたけど、マチスさんやアンズ、カツラさん、アカネやヤナギさん、ダイゴさん、アスナにフウとラン。
──ゲン、デンジ、オーバ、マスター、スズナにゴヨウさんに、…シゲル。

いろんな人に後押しされたけど、『リーグに出るべきではない。』この一言が頭にこびりついて離れなくて、木霊して。
いつしかチャンピオンマスターっていう夢は目標という位置から遠ざかっていってしまった。


ふと鞄から取り出した、3つの穴が埋められたイッシュのバッジケース。
リーグの協定では、8個のバッジを集めたもののみが、リーグに挑むことができる。
鮮やかな三色、月明かりに照らされて紫に反射するアメジスト、虫をモチーフに金で縁取られたしたペリドット。3つのバッジに、ポタポタと水滴が落ちては弾いた。



「──自分から逃げてばかりの私が、なんでバッジを集めてるんだろう」

リーグから遠ざかった理由を人から言われた言葉にすがるのがダメだっていうのはわかってる。

でも、何よりもハンナの足に絡み付いて離さないのは、



『リザードン…ッ頑張ってリザードン!!』

『ポケモンのことすら見えてないあなたがリーグに挑もうだなんて、さらにおかしい。』


一番酷い目に合わされても、それでもなお自分と一緒に着いてきてくれるリザードンへの罪悪感だった。





「(こんな私がなんでサトシ達と一緒に旅してるの──…?)」
声を押し殺して、涙で震える背中を預ける大木の枝から覗く黒い双眸。

──ワシボンは、ただじっとその様子を上から見ていた。




溢れる涙で濡れる袖口。
大分落ち着いてきたころに゛はあ、゛と一息ついた時だった。



゛──ねえ、リザードン゛


「……!」

『もうやり直したいなんて思わないから、私もアイリス達みたいにまた楽しい思い出作ってもいいかな』


突然頭の中に流れ込んできた、スカイアローブリッジでの思い出。
続いて立て続けにイメージが頭に流れてくる、夢の跡地で顔を擦り寄せてくるリザードン、生まれたてなのに大食らいでキャンプ気分なカブルモにクスリと笑い合うリザードンとハンナ。


「これは…?」

゛思い出す゛とはまた違う、その場面が頭に直に出てくるような不思議な感覚に戸惑うハンナを、離れた木陰からひっそりと覗く小さな影は音もなくその場から姿を消した。



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