ホタチ探し
「ミジュマルー!」
゛おーい゛とブーツを持った両手で大きく手を振るが、いつもなら笑顔で駆けつけてくれるのにやはり今回ばかりはそうはいかなかった。
今日の出来事を思い起こせばそりゃそうだよな、とつられるように私も眉を落としてしまう。静かな湖面を波立たせながらミジュマルの方へと歩み寄って隣に腰掛けた。足は相変わらず水に浸けたまま。
なんて話かけようか…──パシャッと軽く水を蹴って波紋が生じた時だった。
歪む湖面に淡く反射する月を見て一瞬だけ笑顔を見せたものの、すぐにもとの暗い表情に戻ってしまった。
(─…もしかしてホタチに見えたのかな)
「明日の再戦が怖い?ミジュマル」
『ミジュ…』
怖いというよりは、自信がないのか。
ホタチはミジュマルにとって最大の強み。それがいきなりあんな形でなくなったらそりゃ自信もなくなる。ミジュマルの気持ちもわからなくはない
「でもだからって何もやらなくて言い訳じゃないよ。」
ホタチがなくってもまだやれることはあるはず。
ミジュマルの後ろにぽつんと置かれているイシズマイ特製の盾。ホタチがない今はあれを使って特訓する他ない。
たしかに馬鹿みたいに不釣り合いな大きさだが、普通に腕立てをするよりはあの盾を使って腕立てをしたほうが効果はあるだろう。それに無駄な特訓なんてものはまずない。
というより、ホタチに頼りすぎという点を直すことや自身の能力を上げるいいきっかけになるのでは
「…サトシもついてるんだし大丈夫。
それにトレーナーが信じてくれてるんだから、ミジュマルはそれに答えなきゃ。ホタチなら私が探してあげるからさ。
頑張れ、ミジュマル」
人間の自分と違い、狭く小さな背中にポン、と軽く手を当てると首を高く上げたミジュマルにニッと笑いかけた。
途端、目に力が差したミジュマルが立ち上がり、盾を担いで走り込みに行ってしまった。
「(少し休んだら戻ろうと思ったけど…)もうちょい探してみようかな。」
アイリスには夜更かしするなって言われたけど今日くらいはいいよね?
ブーツの紐をきつく結び、調査用のペンライトを片手に再び茂みの中へと足を運んだ。
草を掻き分け、手足に小さな傷を作りながらのホタチを探しを再開して数分、探している最中に偶然見つけた、サトシとミジュマルの特訓の光景。
探すことを忘れて、束の間の休息だ。としばらくじっと見ていた。
──10歳の頃の私とは大違いだな…
昔の私が見たらなんて言うだろうか。きっと「馬鹿じゃないの?」と蔑んでいたかもしれない。
トレーナーとポケモンは同じラインに立っていて、それではじめて一緒に強くなるということをシロナさんが教えてくれるまでは…本当に自分本位で、ただただ「勝つ」ことに必死になってて──…
「サトシの良いところは一緒に考えて一緒にやるところだね…」
私ももっとサトシみたいにリザードン達のことを考えてあげられていれば、あんな事態にならずに済んだのかもしれない。
居たたまれなくなって、憂色に包まれた面持ちで静かにその場を離れた。
──抜けるような青空。
再戦の朝が来て、サトシとミジュマルはすでに準備万端で、仁王立ちでケニヤンを待ち構えている。
「サトシー、ミジュマル大丈夫なの?」
「ああ、やるだけのことはやったさ!な、ミジュマル!」
意気込むサトシとミジュマルとは裏腹に、未だに姿を表さないケニヤンに「待ちきれない」とこっちから出向くことにした。
──一方ホタチ捜索中のハンナ達は、同じくホタチを探しに来たキバゴを加えて捜索を続行していた。
「カブルモー、ムウマー、キバゴー」
゛ホタチあった〜?゛
ハンナの問いには皆口を揃えてないと言っているらしい。小さい三匹が並んで首を振るものだからつい和んだりしてしまう。少し遠くに黄色い閃光が見え隠れしているということは、もうシママとのバトルが始まっているということなのか。
バトルが気になるが探すことに集中しなければ。と、草を掻き分けた時だった。カブルモの悲鳴が耳に入り、なんだなんだと慌てて駆けつければカブルモが泣きながら走り回っている。
端から見れば何かから逃げてるようにも見える気がしなくもない。
「……ん……?(カブルモの背中に黄色の模様なんてあったっけ)」
動き回るカブルモを引っ付かんで背中を覗くと青い双眸と目が合った。
「……」
『……』
゛バチュッ゛と威嚇するそれと見つめ、一呼吸置いて一言。
「…ちっさ!!」
『!?』
『<バチュル>くっつきポケモン
町中で暮らすバチュルは、民家のコンセントから電気を吸い取る術を覚えている。』
すかさず図鑑を構えて調べるも、調べる目的は説明ではなく他にあった。
「え…10cm!?ポケモン!?10cmってポケモンなの!?なにこのサイズ可愛い!
この大きさなら手のひらに…」
そっ、とカブルモの背中から親指と人差し指で掴んんで手のひらにちょんと降ろせば、
゛乗ったあああああ!!゛
『…………』
一人で黄色い声を上げて大興奮していた。電気タイプのポケモンをあまり持っていないハンナが、これを機に捕まえようと手のひらで小さくぶるっと震えるバチュルに対して空のボールを構える。だがさすがにこのテンションに驚いたバチュルがハンナに放電をかまして逃げてしまった。
「あ〜残念…」
放電で乱れた髪を整えて項垂れる。
なぜか嫌われやすい電気タイプ。毎度のことだが電撃喰らって逃げられるなんてついてない…なんて思いつつ身を案じてくれたムウマに「大丈夫だよ」と言えば、今度は頻りにハンナ達を呼ぶキバゴの鳴き声。
一晩中ホタチを探し回って、今の電撃をくらって正直フラフラな状態なわけで。゛どうしたキバゴ―…゛と力なく言えばこちらに結構な勢いで駆けてきて背中にタックルしてきた。
さっきも言ったように今の私にそんなキバゴを受け止められる力なんてなくて、そのまま力の向かうままに倒れてしまった。
その拍子に、ゴトッと目の前の地面になにか硬質な物体が落ちる音がして、ふと目をやるとものすごく見覚えのある黄色がかった白っぽい塊。
貝の形をした、見慣れた体の一部。
「これって…」
まさか、と目を見開くと背中のキバゴが降りて目の前の塊を手に取り笑顔を私やムウマ達に向けた。
「も…もどれ、シママ」
地面に叩きつけられて、もはや起き上がる力もなく目を回したシママに、赤い閃光が伸びてボールへ戻っていく。
「サンキュ、しっかり休んでてくれ」
そう労いの言葉をかけたあとに、負けからくる戸惑いの顔から突然、どこか吹っ切れたような清々しい笑みを浮かべてサトシへと歩み寄る。
「いいバトルだったぜ、サトシ」
不意にかけられた言葉だったが、笑顔で「ケニヤン、お前もな!」と返したところどこか不服そうな面持ちで名前のアクセントが違うことをサトシに指摘するが、まあいいと割りきった。
「…お前、強いな
だがおれはもっと強くなる!」
その宣言とともに差し出されたケニヤンの右手。
「その時は…またバトルしてくれよな」
「ああ!もちろんさ!」
「あーあ、シューティーもそれくらい素直になったらいいのにねえ」
「ハンナさん!?」
「ハンナ?」
互いに認めて握手というシーンに、突如上から降ってきた声音に空に振り仰げば、これ以上ないくらいの隈を目の下にこさえたハンナがリザードンに乗って上空より降りてきた。
当然見知らぬ人が橙色の巨体に乗って現れたことにケニヤンは驚き、サトシに誰だ?と問う。
「ハンナさんって言うんだ。俺と同じカントー出身で何より強いんだぜ!!」
「本当か!?」
リザードンにありがとう、と言ってボールに戻しながら会話を聞いているが、さすがアイリスと違って毒を吐かないサトシの紹介にハンナの顔に笑みが浮かぶ。
「サトシ、ミジュマル勝った?」
「もちろん!特訓したからな!」
゛な、ミジュマル!!゛と満面の笑みで言えば、ミジュマルも同様の笑顔で返した。
「そっか、じゃあキバゴ渡してあげて?」
「それって…ミジュマルのホタチじゃない!?」
腕から降ろしたキバゴが陽気に返事をしてミジュマルに差し出したそれは、まぎれもなくミジュマルのホタチだった。
「探しに行ってくれてたのか!よかったなあミジュマル!!」
「…ケニヤンだっけ?さっきサトシから聞いたかもしれないけど私はハンナ。またいつか会った時はよろしくね」
「あ…ああ!よろしく!」
やっぱり隈が変に印象を与えてしまったかもしれない。でもしょうがない、事実今は眠たくて仕方がないのだから。と思考を自己完結した瞬間、
体が重力に負けて視界がブラックアウト。
「お、おい!?握手した途端倒れたぞ!!」
「あちゃ〜やっぱ寝ちゃったか…」
「寝…はあ!?」
いきなりのことに慌てふためくケニヤンをさておき、苦笑を浮かべるアイリス。
「ずっとミジュマルのためにホタチを探してくれたんだから今は休ませてあげようよ」
「そうだな!」
「じゃあデント、ハンナさんを木陰まで運んであげてね」
目覚めてからサトシから聞いた話、その後のデントはしばらく様子がおかしかったらしい。
゛ねえ、私が寝ちゃったあとなんかあったの?゛
゛な、ななんでもないよ!!゛