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ヒトモシとランプラー




゛ギャアアアアアアアアアアッ゛
゛イヤアアアアアアアアアアアッ゛



玄関ホール内にてあるモノと追いかけっこを繰り広げるなか、悲鳴の中でも一際でかく耳に刺さるけたたましい大絶叫。

「こ…っ、こんな状況なのに私ハンナさんの悲鳴に一番驚くんだけど!!」
「ハンナさーん!大丈夫かあー!?」
「うっぐぁくぁwせdrftgyふじこlp※※※※※※」

「デント、解読して!」
「いくら僕でも推理不可能だよ!!」

絵画を盾にランプを振りかざす石像に追いかけられてる時でも、なんとか平常心を忘れずにいられたのはハンナの悲鳴のおかげかもしれない。しかし屋敷の外へと足を向けた途端、タンスに邪魔をされて退路を塞がれてしまった。
直撃はなんとしても避けたい──本能的に、4人が四方へ飛び退くも、石像はそのままタンスに特攻して手足の役目をしていたパーツがバラバラに砕け散った。

「、はぁ…はぁッ、もうやだ…なんなの?なんなのこの屋敷…」
普段からは想像できない酷く弱々しい声音に、アイリスとサトシが大丈夫かと声をかけようとした時だった。

「ひい゛ぃいい!?」

「「「!?」」」


突然の声がハンナ達の表情をピン、と強張らせた次の瞬間゛ギャアアアアアアアアアア!!!!!゛とハンナに負けじと絶叫するデントが、尋常じゃない早さでレッドカーペットを駆け抜けていく。後ろから見たその姿は、とあるお菓子会社のランナーを思わせた。

「「「……。」」」


沈黙が三人を包むなか、「…アイリス」とハンナが小さく呟いた。
「なに、ハンナさん」
「『何かあったらデントが…』なんだっけ…?」
「ああ、忘れて」
「わかった。」



逃げたデントを追いかけて、誰もいなくなったホールにコツン、コツン、と何かが窓をしきりにつつく音が響く。
ピシリとガラスに亀裂が走れば、それを目掛けて技を繰り出し、器用に跳ねては屋敷内に入っていった。



辿り着いた先にあったのは染みひとつない真っ白なテーブルクロスが掛けられたロングテーブルが、部屋の中心に鎮座する食堂だった。
とりあえず腰かけようと椅子を引いた瞬間──突如食堂内に鳴り響くハンドベルの音。
するとハンナを除いた三人が座っている椅子ごと、まるでジェットコースターのように空中を滑空しはじめた。


「……………っ」
三人が叫ぶなか、想像もつかないまさかの事態に思わず腰を抜かしてしまった。
頭の中が真っ白で、もはや悲鳴すら出てこない──仲間達がただひたすら視界の中で滑空しているとき、新たに視界に入ったのは予めセットされていたナイフ、フォーク、スプーンに白い皿。
青白い光に縁取られたそれは、ハンナ一直線に向かってくる。ハッと我に返った時にはもう遅く、凶器と化した食器達はもうすぐそこまで迫っていた。

──ヤバいッ
咄嗟に両腕で頭を守ろうと塞ぐと、赤い光が目の前に伸びてはパリン、と真っ二つに割れた皿やナイフ、フォークがハンナの足元に落ちていく。
両腕を解いて固く瞑られた目を開くと、そこにいたのはハンナの手持ちであるエルレイドだった。彼の足元にもまた、皿の破片や食器が綺麗に円を描いて周りに飛散していた。

「エルレイド…ありがとうエルレイドぉ〜…」
じわりと目尻に浮かぶ涙。
あんたカッコいいよ…とハンナより少しでかいエルレイドに抱きついては、それに照れたエルレイドがひとりでにボールの中へと帰ってしまった。



「デント、ライバルがポケモンだなんてあなたもなかなか大変ね…」
「そう思うなら早く上から降りてくれないかな…」
食堂での一部始終を横目に見ていたアイリスとデント、しかし怪奇は食堂内にはとどまらず

゛Shall we dance?゛と言わんばかりに手を差し伸べてくれたのは──中世貴族風の男をはじめとした、首から上が存在しない者達だった



「私としたことが…」

゛サトシ達に置いていかれるなんて゛
幸い悲鳴が聞こえるからそれを辿れば大丈夫だろう、…しかしまさになにかが起こってる最中の部屋に入ることはなかなか心がいる。ドアノブに手をかけて深呼吸をひとつ。エルレイドの助けを無駄にするつもりなんてさらさらない、意を決していざ扉を開いたそこにはたくさんのドレスや舞踏会の衣装が羅列した部屋だった。

意を決してとはいったものの、恐怖心は拭いきれるものではなく、列べられたドレスのスカートに隠れつつサトシ達を低い位置から探そうとしたその時──…後ろから手首を捕まれて短いく声を漏らすが、首のないその姿を目にした瞬間、声もすぐに喉の奥へと引っ込んでいく。

力の限りで自身の手首をガッチリと掴む手を振りほどこうとするもびくともしない。これは本当にまずいんじゃないか…?全身の血が一気に冷めるような感覚に襲われて、輪郭に一筋の、外にいた時とはまた違う汗が伝う。

それでもキッ、と怯むことなく掴まれてないもう片方の手でひとつのボールに指を添えた時


──グラリ、と。
ハンナの目から光が消え、全身から力が抜けて視界が暗く歪むその中で、最後に見たのは首無し男の奥に瞬く、ゆらゆらと青紫の炎を灯したランプラーだった。





「─…こいつはヒトモシだ」
「ヒトモシ?」

『<ヒトモシ>ろうそくポケモン
真っ暗な場所に現れて、灯りを灯し、足元を明るくして道あんナ、イ…』

すかさず図鑑でチェックという恒例の動作だが、説明途中で途切れるなんてことは今の今まで一度もなかった。
゛まあいっか゛と軽く済ませたサトシだが、あることに気づいた。


「なあ、ハンナさんは?」
「え…てっきりそこのドレスを見てると思ってたけど」
「もう、なにバカなこと言ってるのよ!早く探しに行くわよ!」
アイリスに促されて飛び出した部屋の扉から少し離れた窓際、その扉を見つめているガラスの体の中で揺らめく炎が一際大きく揺れた時、スッ…と炎は影に溶けていった。






コツン、

「──…、


………あれ…キミ、この前の」


頭に何かが軽く当たる感覚に目が覚めた。
ランプラーを見て意識が遠退いたのは記憶に新しい、しかし私が最後にいたのはあのドレスの部屋のはずなのになぜ廊下に倒れているのか。
そしてもうひとつ。

「なんでこんなところに…?」
ハンナを見上げる双眸は前に会ったときと変わらずクリっとした黒い瞳。ただひとつ違うのはあのふわふわな後頭部の毛が水分を含んで元のような質量ではないこと。


(もしかしてこの雨の中着いてきたとか…?…、それはないよな。)
「まあいいや、起こしてくれてありがとね
…えっとなんてポケモンだろ」
そういえば名前をまだ知らない。ちょっとごめんね、とカバンから取り出した図鑑を目の前のポケモンへと向ける。

『<ワシボン>ヒナわしポケモン
脚力で木の実を砕く。どんなに強い相手でも勇敢に立ち向かう習性がある。』


「ワシボンっていうんだ…」
名前がわかったところでカバンに図鑑をしまい、今度はタオルを取り出して無造作にワシャワシャと水分を拭き取ってやる。
(そういやこの前のケガ治ったのかな)チラリとほどけかけた包帯に巻かれた翼に目をやると、痛々しい傷痕はまだ残っているが痛みはないようだ。
ワシボン自身羽に含まれた水分を飛ばそうと翼と体を素早く震わせてるくらいならもう大丈夫だろう

「とりあえずサトシ達を探そうかな。ワシボンもおいでよ」
そう言って立ち上がれば、ワシボンはハンナの肩へ羽ばたいた。羽を折り畳む際に緩くなって今にもほどけ落ちそうな包帯を器用にくちばしを使って元の位置に戻す姿を間近に見た時には、最初感じていた恐怖などもうどこにもなかった。







「──とは言っても適当に歩くしかないよな〜…」
゛サトシ達どこー?゛と、廊下の角を曲がろうとした時だった
廊下の向こうから覚束ない足取りでこちらへ向かってくる、額にある小判と人間臭い二足歩行が特徴的なポケモンが一匹


(なんでロケット団がこんなところに…!?)
急いで死角へ逃げ込み、耳を済ませばなにやらデスマスやヒトなんたらがどうこう言っている。ニャースが通り過ぎたのを確認したあと、入れ違いのようにニャースが来た道を辿って屋敷内を奔走した。






「──…ゼーゲル博士、ムサシです。
イッシュ地方の拠点として最良の建物を見つけたのでご協力をお願いします」
ディスプレイの明かりがほのかに反射しては、薄暗い部屋に影が伸びる屋根裏部屋にて、その報告が行われていた。
ゼーゲルと呼ばれる老齢の男はただじっと画面に映る2人を見据えてその建物の実態を問う。

「それがすごく大きな洋館で…」
「キッチン、バス、エレベーター、ウォークインクロゼットに、ヒトモシの軍団までついています」

「ヒトモシだと?」
「ええ、なんでも言うことを聞くとても素直でいいポケモンです」

ここまでこの屋敷の良さを提示したつもりだったが、ゼーゲルの答えは2人の予想とは違うものだった

「…気をつけるがいい」
「え、どうしてですか」


「ヒトモシは人やポケモンの生命エネルギーを吸い取ると言われているのだ」

「ポケモンや…」
「人の生命エネルギーを…吸い取る…!?」
予想にしなかったまさかの言葉に2人の顔色はみるみる青に染まっていく。その後も続けてヒトモシについて言葉を続けたゼーゲルだが、虚しくもディスプレイに映る映像は歪んで真っ暗になり、それ以上のことは聞けなくなった。

「ってことは…」
「俺達生命エネルギーを吸い取られていたんだ…」



「生命エネルギーが吸われるってなに?」


「「!?」」
突如として現れたのは、先日まで決行されていた計画を邪魔した者達の一人
その姿を見て、ムサシはコロモリのボールを構える

「なんでここが…」
「ニャースの来た廊下がたまたまこの部屋に一直線だっただけだよ
なに、今度はなにやってんの」

゛まあこんな奥の部屋に籠ってるくらいだから大方この屋敷を拠点にしようとしたのかな?゛


図星を突かれた2人を素通りして壁を背に座り込んだハンナだったが、その態度が癪に触ったのかムサシはコロモリをボールから出して今にも攻撃を繰り出そうとした

「やめたら?こんな部屋でバトルなんかしたら拠点どころじゃなくなるよ
第一私はあんた達のボスに勝ってグリーンバッジを手に入れたんだ、そんな私にバトルを挑もうってのが馬鹿げてる」


心底どうでもよさげな目線に更に腹が立つが、コジロウが落ち着けと促し、なにやら2人でヒソヒソ話をし始めた。
「ムサシ、こいつはたしかサカキ様からの直々のスカウトを蹴った奴だぞ」
「な…っ、こんな生意気なジャリガールが…!?」


サカキ率いるロケット団。
昔は金があり、自分に着いてくる部下は何百何千といた。だが今ではジムを手離し、収入源だった施設がなくなるほどの経営難に陥り、更には部下の数とは反比例の深刻な人材不足、後者が決定打となり目をつけたのがバトルにも強く多々の地方のポケモンを持ち、研究者としての知識のあるハンナだった。


「ねえ、さっきから気になってたんだけど…なんか前会ったときより頬痩けてない?

顔とプロポーションだけはよかった覚えがあるんだけど」

さきほどの敵意はどこへ行ったのか、最後の言葉に気をよくしてヒトモシが危ないと教えてくれたあたりやっぱり単純でアホなのは健在なんだな、と改めて認識した。



「……(私が見たのはランプラーだったんだけど…)
ま、ここにいてもサトシ達に会えなさそうだし…そのヒトモシとやらにエネルギー吸い尽くされないようにね。じゃあバイバイ」

行くよワシボン、颯爽と部屋を後にするハンナとその後ろを跳ねながら着いていくワシボンの後ろ姿を見ては、自分達も早くこの屋敷から出ようと立ち上がるのだった。







「…おっかしいな、たしかにアイリスの声が聞こえたと思ったのに」
場所は再び玄関ホール。廊下で微かに耳に入ったアイリスの高い声を頼りに来たのはいいがすでにそこにはいなかった。

「はあ〜…疲れたな
雨さえ降らなかったらこんな目には…あれ」



雨が降っていると思ってた窓の外に目を向けたら、すでに雨は止んでいて窓の外では雲ひとつない真っ青な青空が広がっていた。そして窓の下には大胆に割られたガラスの破片。(あそこから入ってきたんだ)と1人で納得して「ワシボンやるねえ」と笑みを向けたが、さっきまでいた場所にはワシボンがいなかった。自分とワシボン以外いないはずのホール内に、パリンッと音が響き、音のした方を向けば別の窓のガラスを割っては外に出ていってしまったワシボンが見えた。

「やっぱり着いてきたんじゃなくて雨宿りしただけだったんだね…」
ちょっと寂しいようなそうじゃないような。まあいっか、と下手に動くとまたすれ違いになりそうだし暇だから入り口を塞いである棚をどかす作業に入った。



「ありがとうみんな、ボールの中でゆっくり休んでね」
作業を終えるとさっそくドアノブに手を掛けて内側に引く。一人しかいないが「一番乗り〜!」と勢いよく外に出て振り返った時だった。


──屋敷の外装が剥がれるようにして「立派な」屋敷から、「廃墟のような」屋敷へと変貌していく

「なにこれ…え、夢じゃないよね…?」
幻覚?と一人目の前で起きたことに頭が着いていかずに困惑していると正面のドアからサトシ達が飛び出してきた。


「ああああ!ハンナさんやっと見つけた!!」
「私も探してたよー、サトシ達さっき振りだね!」
「この相変わらずの呑気っぷりに安心してる私がいるのよね…」
「うん、なんとなくわかるかも…」

「あ、そうだそうだ…みんな屋敷見てごらんよ」
「屋敷?…なんでまた…」

ハンナが促すなか、アイリス達がなんでと思いつつ振り返った先には、最初に見た屋敷の面影なんてどこにもない、いかにも幽霊やお化けの出そうな雰囲気の屋敷だけがそこにあった。

「きっとヒトモシ達が立派な屋敷に見せていたんだよ」
「はぁ、入った時から変な感じだったものね…」
「変な感じもなにも私なんてあんな登場だったからね。」

アイリスとハンナの発言にサトシとデントが思わず苦笑いをこぼせば、屋敷の屋根にさっきまでのゲッソリとした表情とは打って変わっていつもの勝ち気な表情のロケット団の三人組がいた。

「ジャリボーイ!」
「次にあったときはこうはいかないわよ!!」
「ピカチュウは必ず頂くぜ!」
『必ずニャ!』
それだけ言い残して三人組は空へと飛んでいってしまった。

「僕たちも早く行こう」
正直こんなところに長居なんて最初からしたくなかったから「そうだね」と言った時、またもやアイリスの五感が何かを感じ取ったようだった。

「あ…、また水の臭いがする!」
その瞬間、さっきまでの青空が嘘のようにどんよりとした雲が空を覆っていき、そして最初のように強いどしゃ降りの雨がハンナ達に叩きつける。


走って向かう先は広い空洞となった木の幹。
その幹から少し離れた高い位置にある枝から見える、幹に駆け込むハンナ達
──その枝に止まるワシボンが見るなか、互いに起きたことを談笑しながら雨を凌いでいた





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