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トレーナーとして




「虫のさざめき!距離を保って!」
「ズルッグ、にらみつけるだ!」

「目を詰むって、見ちゃダメだよ!」
カブルモは指示通りに固く目を詰むってその場でピタリと立ち止まるが、ズルッグはこちらへずんと近づいてチャンスだとカブルモに頭突きをかまそうとすごい剣幕で勢いをつける。
しかし頭突きと同時にカブルモはつつくで反撃するが、両者とも攻撃をまともにくらい、痛がりもんどりうっていた。

見てる側からしたらなんとも和やかなバトルだが、練習とはいえ当の本人達は本気で戦っていた。どちらも戦い向きでバトル好き、これほどいい練習相手がいるだろうか。

「頑張れズルッグ!もう一度にらみつけるだ!!」
「カブルモ、虫のさざめきで迎え撃つよ!」

だが立ち上がりの早さではズルッグの方が勝り、カブルモは真っ正面から睨み付けられてしまった。゛あちゃ〜…゛と、カブルモが相手から目を反らして攻撃をくらう姿を想像してしまったハンナが片手で頭を押さえたが、カブルモの反応は意外なものだった。

『……』
『……』


いまだにズルッグが睨み続けている沈黙の後、堪えきれずにカブルモが笑いだした。
にらみつけるの効果は受けなかったものの、ズルッグの顔に笑い転げてどこからでも攻撃ができるような無防備な状態になってしまった。ある意味ではにらみつけるの効果があったのかもしれないが、

「カブルモー!呑気に笑ってばっかいないで攻撃に移って!!
そのままズルッグにかぶりついて虫食い!!」
ハンナの声にハッとしたカブルモが、目の前にいるガン飛ばしたズルッグの頭にかぶりついてうまくダメージを与える。だがすかさずサトシの指示が入り振り払われて頭突きをくらい、カブルモは地面に叩きつけられた勢いでコロコロと転がって運悪く地面に背中側が向いてしまい、立ち上がれなくなってしまった。そこを頭突きでとどめを刺そうとする。

「虫のさざめきを使って立ち上がって!」
虫のさざめきの羽の振動を使って立ち上がりを期待したが、間に合わずにズルッグの頭突きを受けてそのまま後ろへヘタリと座り込んでしまい、さすがにもうこれが限界かなと踏んだハンナがカブルモをボールへと戻してあげた。


「最初はこんなもんかな、カブルモお疲れさま。ズルッグ、バトルの練習に付き合ってくれてありがとね」
お礼とともに回復を兼ねてオレンの実を渡せば゛ズーッグ゛と言って受け取ってくれた。
゛サトシもありがと―゛とベルとアイリスのバトルに目が向いていたサトシに振り向いた時だった。視界が真っ白に染まり、気づいた時にはエルレイドがなぜか目の前にいて、チラーミィの相手になっていた。


「あれ…エルレイドなんで勝手に出てるの?」

゛ていうかいつ出てきたの!?゛
非常に驚いているハンナに首と手を振り、違う違うと必死にアピールしているエルレイド。「なんだかシュールなテイストだ」と言うデントの横では、ボルトチェンジでイタズラするエモンガに注意をするアイリスだが、その目にいっぱいの涙を溜めてる。
その様子を見て些か狼狽えたアイリスだが、エモンガを抱き上げてもう一度頑張ろうと言えば、いかにも嫌そうな顔をしていた。


「アイリスのエモンガはあれだな、自分可愛いっていうのを自覚してやってるなあれは」
「?、どうかしたのかい」
「ううん、なんでも」


(いたな、エモンガみたいなやつが)
今はナナカマド研究所にいるが、生意気でイタズラ好きでちょっと嫌なことがあるとすぐ嫌な顔して尻尾で噛みついてくるキリンリキ。今はあまりそういったことはないが、クセの強さはリザードンに次ぐかもしれない。
元気にしてるかな、と思った矢先、またもやあたりが光に覆われて、今度はヤナップが出てきた。

しかしヤナップ、この上ないくらい眠そうである。
「ねえ、なんでさっきから勝手にボールからポケモンが出てくるの?」
「これはボルトチェンジといって、攻撃したあとに自分はボールに戻って味方のポケモンが出てくる技なんだけど…どういう訳なんだかあのエモンガのボルトチェンジは普通のとは少し違うんだよ」
「へえ〜…トンボ返りを覚えてるハッサムと組ませたら面白そうだね」
再び目線をバトルへ移した瞬間、目の前に光が一閃した。

「あああ、チラーミィ!!」
デントの技講座に耳を傾けてる間にも機嫌を悪くしたヤナップがチラーミィをソーラービーム一撃で伸してしまった。さすがジムリーダーのヴィンテージなだけある

「チラーミィ戦闘不能!よってこの勝負、ヤナップの勝ち!…って、なんだか変なテイストだ…」
「私も納得できなーい!でもチラーミィはとりあえずお疲れ様、ゆっくり休んでて」

それからというもの、アイリスのバトルの練習のやる気とは相反してエモンガのやる気は全くと言っていいほどなく、ボルトチェンジでアイリスの指示を無視してはツタージャを引っ張り出して、自分は木の上へと昼寝をしていた。

゛こんなんじゃ練習にならないでしょ!!゛と嘆くアイリスなんて露知らず。
見兼ねたツタージャがつるのムチで引っ張り出すも、アイリスの説得もむなしくバトルのやりたくなさに今度は放電で抵抗してきた。
「なんでこうなるの…」
「今ならサイドテールでリンゴ刺せるよ」
「あ、この髪なんかいい!」
「ベルは前向きでいいね…」
「(デントが一番原型止めてないもんね…)」
込み上げる笑いを堪えていたらサトシのお腹から聞き慣れた低音が。
時刻もちょうど昼を指してきたことなのでランチにすることにした。


「ん〜、ふくよかな味わいにハーブの香りが効いて…やっぱりデント君の料理は五つ星ね」
「はは、ありがとう!」
「本当、相変わらずデントは料理上手いよね。
ちょっと食べすぎたかも…散歩してくるわ」
「サトシを押しのけておかわりするからよ…」
「女を捨てた食べっぷりだったわ」
「うん、反省はしてるけど後悔はしてないかな」

゛ちょっくら行ってくるねー゛
ひらりと手を振るハンナのその後ろでは、サトシのポケモン達のバトル勃発していた。




──次のジム戦誰を出そうか
ほのかに暖かい木漏れ日を感じながらゆっくり歩を進めていた。少し先にはカブルモとムウマがちょっかい出し合って戯れている
「そろそろペンドラーを出してやろうかな」

ジム戦に出たそうにしてたし、第一出さない理由なんてない。
「よし、まずペンドラー確定だな」
ライモンシティに着いたらまずペンドラーを手持ちに戻そう、あとは──…

「なにあの火柱…」
ふと目線を上げた視線の先に突如現れた火柱。命中したのは断崖の絶壁で、その炎は岩壁を抉り、大きな岩の塊が落下している。その周りには大小の岩の破片が飛び散り、小さい破片が私の近くまで落ちてきていた。

「どっちもボールに戻って!」
ムウマとカブルモをボールに戻し、急いで火柱が発生した場所に向かうことにしたが、その道中、どこからか痛々しい鳴き声が耳に入って足が止まった。
(もしかしてさっきの飛び散った岩でケガしたのかな)声を辿って行ったその先には、一匹のポケモンがいた。

「見たところ飛行タイプかな…?」
大きな円らな瞳と頭にある飾り羽根が特徴的な、灰がかった青い羽毛に小さい体。後頭部は見ただけでわかるふわふわの毛に覆われている。
だがその青い翼には赤みが差していて、その横には思ったとおり、血が付着している拳大の岩。


「ちょっと…大丈夫!?」
草を掻き分けて近づいたらさすがに弱った状態とはいえ警戒心を剥き出しにされた。大きな目が一瞬にして鋭い眼光を放つ。だがそんなことお構いなしにズンズン距離を縮めてくるハンナにさらに警戒を強めて、怪我をしていない方の片羽で強い風を巻き起こした…はずだったが、その翼をガシッと掴まれ、驚いたところでポカンと開いたその口の中にオレンの実を突っ込んだ。

「意地を張るのは結構だけど、人の厚意に甘えるのも大切だよ」
ジッと目を真っ直ぐ見て放つその言葉の気迫に押されて、渋々怪我をした方の翼を差し出せば、手慣れた手つきで処置を施す。その間、ハンナは気づかなかったが、そのポケモンの黒い目はハンナを捕らえていた。

「うん、これでいいかな!」
゛もう大丈夫だよ゛と言えば、見知らぬ番号からテレビ電話がかかってきた。これはイッシュの番号だろう。しかし教えた人はアララギ博士にポッドとコーン、マコモ博士にアロエさんとアーティさん、それにデントだけだ。
とりあえず出てみたら画面いっぱいに映る緑の目に金髪。
「なんだベルか、誰かと思ったよ」
「さっきデント君から番号聞いたの!もうそろそろ戻ってきてだって!!」

たしかに散歩すると言ってからだいぶ経つ
「わかった、今戻るからちょっと待ってて」
「はーい!…あっ、」

゛ハンナさんが戻ってきたらバトルしましょうよ!早く戻ってきてくださいね!゛
そう言ってから待ってまーすと一方的に電話を切られた。
「デントやアイリスがマイペースとか自分勝手って言う理由がわかったかも…」
ハハ…、と苦笑いを溢せば下の方から感じる視線。
「あはは、見すぎだって!じゃあ私は行くから、またね」


小走りでその場から離れるハンナを、ワシボンは姿が見えなくなるまでずっと、ずっと見ていた。





「ハンナさんたら遅い!待ちくたびれたわ!」
「いやこれでも急いだんだけどな!」

ぜぇぜぇと激しく息を切らしながら戻ってきたというのに!
゛ちょっとくらい気長に待っててくれたっていいじゃない!私だって走れば疲れる人間だもの!゛
゛その最後のフレーズどこかで聞いたことあるわ!゛


「なんだかこの2人の会話って聞いてて疲れてくるのは私だけ…?」
「き、気のせいじゃないよ」
「おーいハンナさん、ベル、バトルは〜?」






「私はエルレイドでいくよ」
すでにエルレイドは戦闘の構えになっていて準備は万端。
「エルレイドね…出てきてチャオブー!」

ボールから伸びる光から現れたのはチャオブー。鈍足そうに見えて案外そうでもない、ニトロチャージで更にスピードが上がるからあまり撃たせないようにしたいところだ。
「そうだな…(最初の技でどう動くかが決まるからな)待たせたから先攻はベルでいいよ」

多分力の差をスピードでカバーするならニトロチャージからくるはず。…ただ、ごり押し戦法のベルがそこまで考えるかは別だけど。


「さっすがハンナさん!じゃあお言葉に甘えて、持てる力を出しきっていくわよチャオブー!ニトロチャージ!」
「(ほらきた)持てる力を出しきって…か。
エルレイド、やることはわかるよね。」

ハンナの呟きにエルレイドが静かに頷く



まったく本当にエルレイドとのバトルはやりやすい──…
ハンナがそう思ってる間にもチャオブーが炎を纏い、猪突猛進。本当にその言葉のとおり、猛烈な勢いで迫ってくるが、助走で更に勢いとキレを増したその直後──チャオブーの数十歩先にいたはずのエルレイドが姿を消した。

チャオブーが驚くよりも先、足元でエルレイドが右足を軸に低い角度で大きく左足を旋回し、チャオブーの足を払う。

その前のめりに倒れる瞬間を逃すわけがなく
チャオブーの巨体が地面に着く、そのほんの僅かな隙に目にも止まらぬ居合い抜き──すかさずハンナの元まで戻り、バトル開始直後と変わらぬ端然と構える、その先にはチャオブーが目を回して伏せていた。



「長年共に熟成されたエルレイドの自身の特性を生かした見事なバトル…やっぱりハンナはすごいな」
あくまでほのかな笑みで立ち構えるハンナを見据えてデントが呟けば、同意するかのようにサトシとアイリスが息を呑んだ。
「さすが居合いの達人って言われるだけあるわね」
「居合い抜きって聞かなかったらなんで倒れたのかわからなかった…」


「技を使わずに…それどころか指示をしないでチャオブーを倒すなんて…」
「ベル、ちょっとこれを聞いてみて」
目の当たりにしたことに驚愕するベルに、突然ハンナが取り出した物はポケモン図鑑だった。
スッと前に差し出せば、画面に映っていたのはエルレイド。そして図鑑から聞こえたものは


『エルレイドは相手の考えを敏感にキャッチする能力を持つため、先に攻撃ができる。』


「…ラルトス系統のポケモンは予知と察知に長けてる種族。
だからエルレイドとのバトルはあまり指示をしなくてもいいからやりやすいんだよ。私の考えも察知してくれるし、なによりバトルの嗜好が同じだからね」

゛でもさすがに見てるだけだとつまらないからよく指示を出してるけどね゛
そうへらりと付け足しながら図鑑をしまった。


「たしかにバトルは攻撃がなきゃ始まらないけど、それ以前にまずそのポケモンの特性や独自が持つ能力を生かしてあげるのも大事なトレーナーの役割だと思うよ。やれって言われてできるような簡単なことじゃないけど、そうすることで攻撃の幅も広がると思うしね」


ふう、と軽く一息ついたところで、エルレイドを続投のまま2戦目といこうか?と構えるハンナ。

「やっぱ研究者なだけあって詳しいな。
というか…前にあったデントとカベルネみたいなシチュエーションね」
「まあ…言ってることは大体同じかな。トレーナーもソムリエも大事なポイントは一緒ってことさ」
「ハンナさん意外とソムリエールになれたりして」
「あのハンナさんがデントみたいになるのはちょっとなあ…」
「たしかに…ちょっとないわね」
「2人とも、それどういう意味だい?」



「なるほどね…歳がこんなに近くてもやっぱり先輩トレーナーなだけあるわ!!

行くのよ、チラーミィ!」
ボールから勢いよく飛び出した白がかった灰色の小さなチンチラポケモン
可愛く登場したが、その口から放たれるハイパーボイスの威力は前に「私が」身を持って体感している。
「チラーミィはオスだからメロメロは効かないけど擽るには注意してね、エルレイド」

「相性はこっちが不利ね…なら、擽るよ!」
「ストーンエッジで距離をとって」


エルレイドに向かってくるチラーミィに、鋭く尖った礫が降り注ぐ。
「これじゃあ近寄れない…チラーミィ、連続でハイパーボイス!!」
「近づけないからね、いい選択だよ
エルレイド、逃げることに専念して。」


攻守交代したが、広範囲に渡るハイパーボイスを熟達した体捌きで巧みにかわす。ハイパーボイスの連発で息切れになったところで懐に入り込み、拳を繰り出すが往復ビンタでなんとか対応した。
「ベル、持てる力を出しきるって最初に言ったね。
出しきるまではいかないけど…私達もちょっと本気出してみようか」

エルレイド、と一言。
するとチラーミィから一歩後退して──ずっと解かれることのなかった拳から手刀へと切り替わり、肘をバネにし、細腕からは考えられない力強さでチラーミィに捩じ込んだ


手刀によって威力が一点に集中した、文字通りの鋭い一撃。

地面に叩きつけられたチラーミィが大きくリバウンドし、運良くベルの両腕へと収まった。言うまでもなくエルレイドは計算してやったわけではない…と、思う。
「チラーミィ戦闘不能、エルレイドの勝ちだよ」
「あ、デント審判やってたんだ…

お疲れさまエルレイド。
ベル、よかったらチラーミィにこれ使ってあげて」
はい、と渡したそれをじっと俯いて見るだけのベルに、ちょっとやり過ぎたかな…と若干焦りつつあるハンナだったが、ベルがガバッと思いきり顔を上げた。その目は爛々と輝いている

「ハンナさん!!私今回のバトルでは負けたけど感動しました!次は絶っ対勝てるようにもっと鍛えるから!
だから次会った時もよろしく!もちろんサトシ君とアイリスちゃんも!」
「ああ!でもその前に次のジムで4個目のバッジをゲットするぜ!」
「あっはは、そうだね!」
次のジム戦で誰を出そうかなとサトシと話していたら、いつのまに3個目を手に入れたのかと驚くベル。
「私とサトシはヒウンジムでバッジを手に入れたんだよ、ほら」
二人揃ってバッジケースを開けば、オーバーに両手をあげて驚いた。よく見たら結構腕がすごいことになってる。意外と体が柔らかいほうなのかな

「こうしちゃいられないわ!私もさっそくヒウンジムに挑戦しに行く!
サトシ君、アイリスちゃん、デント君、ハンナさん、またどこかで会おうね〜!」
「ああ、必ずな!!」
「その時はまたバトルしようねー!」
「いつでも電話していいからー!」
「美味しいご飯もご馳走するよ!」

どんどんヒウンジムに向けて遠ざかっていくベルに、ありったけの大声で見送る。
「約束だよ〜、じゃあねー!!」



──私も近いうちにアーティさんにカブルモのこと連絡しなきゃな…
カブルモのボールに指を軽く滑らせた後、ライモンシティに向けて歩き始めた。

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