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生まれたのは




「ハンナさんってよく寝るわね〜
しかもあの紙の束に書いてあるのって数式でしょ?

あんな難しいのよくわかるわね…私やデント君とたいして歳変わらないんでしょ?」
「頭使ってるからその分眠くなるんじゃないかな」
「それで寝起きがよければいいんだけどねー…」

゛本当だよな゛と、一同が苦笑いする小高い丘にて。再会したベルと、ハンナの分は残しつつ一足先にランチタイムをむかえたところだった。サトシは昼食を終えたのでピカチュウと食後の体操をすることにしたようだ。
一方のハンナはさっきまで資料とにらめっこ状態にあったが、今は研究資料片手に木の幹に背中を預けてぐっすりと眠っている。もう片方の空いた手には、寝てる間も大切そうにタマゴを抱えていた。

「それにしてもデント君の料理は味も最高よね、ズバリ5つ星!」
「作った甲斐があったよ。そう言ってもらえると」
ベルとデントが談笑をしていると、これでもかと言わんばかりにリンゴを山盛りに盛った皿をアイリスが差し出してきた。
「デントの料理が最高ならあたしのデザートは極上よ!」

「なにそれ!採ってきたまんまじゃない!
…あのねえ、デザートっていうのは、

ふんわぁーりホイップされたクリームでキレイに飾ったり、あまぁーいチョコレートでコーティングされたものでしょ?」
「そうかなあ…丸かじりが一番おいしいと思うけど」
丸かじりが一番と言うアイリスに対して信じられないといった表情のベルの目の前に、サトシのボールからミジュマルが出てきた。出てきて早々にリンゴを手に取り、ひとかじりしては「うまい」と吟味し、それからもうひとつ手に取ってはハンナの元へ駆け寄り資料の手元に置いていった。
「ミジュマルとハンナさんって何気に仲がいいわよね」
「たしかに」
「ハンナさんが言うには俺より先にミジュマルに会ってたらしいぜ、アララギ博士に届け物したときに」
「へえ…そうだったんだ
あ、そうだ…はい!キバゴ!」

キバゴに軽くリンゴをパスしようとしたが誤ってキバゴの頭にリンゴが当たってしてしまい、そのまま下へ下へと転がっていくリンゴをキバゴが追いかけて丘を下っていった。






「………う゛―…ムウマ、腹まさぐるのはやめなさい…」
デントやベルもつられるように丘を下っていったあと、さっきから腹の辺りで何かがじたばたしてるというか蠢くというか、へんな感じがして起きてしまった。覚めきってないまま腹で未だに動き回るそれを腕で抱え込めば丸い物体の感触。ムウマってこんなに凹凸の少ない子だったっけ…?と思ったが、よく考えればさっきまで自分が抱えていたのはタマゴじゃないか、腕から手のひらからわかる丸い感触はきっとタマゴだろう。
抜けてない眠気に負けてもう一眠りと瞼を閉じようとした瞬間、下から角のような物体が顎にヒットし、反動でそのままもたれていた幹に思いっきり後頭部をぶつけた。


「え?…え…、
なに今のめっちゃ痛いんだけ…ど…」
さすがに今ので眠気は吹っ飛んだ。痛む顎と後頭部を擦りながら辺りを見回す。いきなりのことで頭が真っ白になって、下を見ることを忘れていた。視界の下にちらつく青い角、見ればそこにいたのは

「…カブトムシ?」
『カブ!』
そう、見た目がカブトムシのような形をした、大きいがつり上がった目に、短い手足。どことなく幼い感じのするポケモンだった。
「ヘラクロスの進化前とか?…いやでもイッシュにジョウトやシンオウ付近のポケモンがわんさかいるわけないよなあ…」

とりあえずばっちり目が覚めたから図鑑で調べてみることにした。
「スキャンするからちょっと大人しくしてろよー…っと」


『カブルモ<かぶりつきポケモン>
危険を感じると口から酸性の液体を飛ばす。チョボマキを狙うポケモン。』

「カブルモって言うんだ…

でもカブトムシって歯なんてあったっけ」
カブルモを抱き上げ口元を見ればまあ立派な八重歯が口の両端から覗いていた。

「(そういやさっきの説明でチョボマキを狙うって言ってたよな…)」
もしも知らずに他のトレーナーのチョボマキを狙ったりしたら大変だと思い、もう一度図鑑を起動させてみた。
『チョボマキ<マイマイポケモン>
敵に襲われると殻の蓋を閉じて防御。蓋の隙間からベトベトした毒液を飛ばす。』

「マイマイ…」
マイマイはカタツムリ、カブルモが狙うのはマイマイポケモンであるチョボマキ、カブルモが出すとされてる酸性の液体は多分消化液だろう。
だとしたらカブルモはカブトムシではなく

「マイマイカブリか!」


それなら納得だ。とスッキリしたところで再び目線をカブルモに合わせた。
ハンナがおいで、と両腕を広げれば、よちよちと短い足でちょっとずつこちらへ向かってきた。生まれたばかりで足元がおぼつかないその姿を見て、生まれたばかりのラプラスを思い出した。
「ラプラスは這いながらだったけどムウマは最初から宙に浮いてたんだよなー…」
あの時のラプラスの小ささといったら本当に可愛かった。今ももちろん可愛いが、今じゃ想像つかないくらいのサイズだったのだ。

無事ハンナの所まで到達したカブルモを胡座の上に向き合うように座らせ、ガバッと、よろしくカブルモ!!とハグしたらちょっと苦しそうに手足を忙しくバタつかせ「ああ、ごめん」と謝ったその時、ハンナの腹から控えめな音が響いた。

「…お腹減ったなあ」
昼食べてなかったもんなと思い、目の前のテーブルの上にある皿にパンケーキが乗っていたからそれを食べることにした。

「デントーこれ食べていいよねー?
…デント?」
そういえばやけに静かだ。寝る前にはたしかに自分を除いた4人がいたはずなのに今テーブル付近には自分しかいない。
デントの簡易テーブルセットやサトシとアイリスのバッグがあることから見て何かに巻き込まれたんだろうか。
気づけば無意識に口の中にパンケーキを詰め込んでいて、皿にはもうなにも乗っかっていない、ちょっとまだ食べたりない気もするが今はサトシ達を探すことにしよう。だがその前にデントの鞄からあるものを探した。
カブルモの口端から流れるよだれに、今はハンナの腹の中にあるであろうパンケーキへの強い視線。


「お、あったあった
はいカブルモ」
カブルモの目の前に差し出されたものはポケモンフーズだった。


お腹が減ってるのはハンナだけではなかったのだ
カブルモがフーズにがっついてる間にカブルモの能力とどんな技が使えるのか図鑑でスキャンしてみた

「つつくと虫食い、虫のさざめきか…」
どちらも至近距離で繰り出す技だが手足の短いカブルモは間合いを詰めることは多分容易ではないだろう。だとしたら虫のさざめきは救いか。
「草タイプやダーテングにはかなり天敵だね」
とくに虫タイプの技が4倍のダメージになるダーテングには最悪だ。

──そんなことを考えてる間にも、カブルモがフーズを口に詰め終わったようだった。ハムスターのように頬袋があるのかと思わせるような頬のふくらみ。ちゃんと呑み込めと言えば、素直に呑み込んだが、その瞬間、先程までいた木の根元に置いてある資料の上にあるリンゴに飛びついた。
「生まれたばかりなのによく食べるなあ…」


私が食べようかと思ったのに…随分健啖な子が生まれたもんだ

資料を鞄にしまい、シャクシャクと呑気にリンゴを食べ続けるカブルモを抱き上げてボールからみんなを出した。
「みんな、アーティさんからもらったタマゴから生まれたカブルモだよ」

するといち早く反応したのが意外にもハッサムだった。同じ虫タイプ同士気になったのだろうか
挨拶も手早く済ませてカブルモとリザードンだけを残してあとの子達をボールに戻した。
サトシ達を探すの手伝ってと言えば、私を乗せて空へと上昇した。腕の中にいるカブルモは未だにリンゴを味わっている。呑気なもんだな、とチラリと目をやれば初めての空にはしゃいでいるようだった。その微笑ましい光景に、まるでピクニックみたいだよね、とリザードンに呟けば、長い首を少し曲げて頷くのだった。





ところ変わってとある岩場。ココロモリの群れに襲われていたアイリス達を駆けつけたサトシ達が助け出したところだったが、ボスのココロモリを中心としたココロモリ達の輪唱によって反撃されていた。

「こ、これって輪唱!?」
「群れで使うとコクもキレも一段と高まる技だ…!」

一言でシンプルに表すなら、うるさい。この言葉につきる。
そしてこのココロモリによる追いかけるような輪唱の音波は、岩壁に当たっては広範囲に響き渡った。
「ぐぅ…負けてたまるか!ピカチュウ、10万ボルト!」

負けじとピカチュウが10万ボルトをココロモリ達に浴びせ、続けてエモンガの目覚めるパワーによって群れを追い払い、無事に事なきを得た。




「さっきの場所で待ってた方がよかったのかな〜…」

さっきから色んなところを空から探しているが全然見当たらない。今まで探していたところとは違う、鬱蒼と茂る森へと視点を変えてみたが未だに見つからない。
諦めて元の場所へと引き返そうとしたとき、微かに耳に入った何かの鳴き声。だが今ハンナ達がいるのは森全体が見渡せるような高い上空。そんなところまで聞こえるとなるとポケモンの技しかないだろう。行ってみよう、とリザードンに促したその時、ある一点から電撃と爆煙が立ち上った。カブルモを抱く腕によりいっそう力を入れて一気に降下の勢いで加速して煙へと向かっていったが、煙に紛れて気づかなかった。
コウモリの羽を持った、ハート型の鼻が特徴的なポケモン達の大群がこちらに向かっているではないか。

「しかもボロボロじゃん」
ココロモリ達はところどころ逆毛が立ち、砂ぼこりにまみれていた。もしかしたらさっきの電撃でやられたのかもしれない。だとしたら関係のない通りすがりの私達に八つ当たりしてくるかもしれない──案の定ボルテージの上がったココロモリ達を通りすぎることなんてできることもなく、さらにボスであろう真ん中にいたココロモリと目があってしまい、あっという間に囲まれてしまった。
「絡み方がまるでチンピラだな、火炎放射で蹴散らして!」

リザードンが肺に大きく空気を取り込もうとした瞬間──耳から頭を刺すような音波がココロモリから発せられた。円のように囲まれてる分どんどん技の威力が増してるようにも思えた。火炎放射を乱射しているリザードンも私も必死に耐えているが、火炎放射は局所的にしか当てられない技のうえ、音による頭痛でなかなか命中できない。それに生まれたばかりのカブルモはそう耐えられるものではないだろう。少しでも気を緩めばこちらがやられてしまいそうで──その時だった、カブルモが自ら腕から抜け出し、飛べない羽を高速で羽ばたかせて振動を起こし、強力な音波を起こした。

──虫のさざめき。ハンナ達を中心に、赤い波紋が上空いっぱいに広がる。



だが初めての技の行使や、相性のこともあり、ダメージを与えるまでには至らなかったものの、幸か不幸かココロモリ達を驚かせて技を途切れさせることはできた。まさかの活躍にハンナも驚いたが、リザードンの火炎放射の熱気によってハッと気を取り直した。囲まれてるココロモリの群れから抜け出して、逃がすまいとこちらに向かってくるところを再び火炎放射で一掃した。一方的に技を受けた分リザードンの技の威力が増したであろう。ココロモリ達を一掃した時、スッキリしたと言わんばかりの清々しい表情だった。







その後、エモンガの放電によってサトシ達を見つけることができ、今までの経路を聞いたが肝心のエモンガがその場にはいなかった。
「一目見たかったな〜残念。」
「でもよかったじゃない、カブルモが生まれて!」
「そうだよハンナさん、カブルモ見せて見せて!」

さっきから抱いてるから見てるでしょ…そう言えばサトシが見せて触らせてと駄々こね始めたから゛仕方がないな゛とカブルモを地面に降ろした時、大切なことを言い忘れてたと思い出した。
「…カブルモ、さっきは助けてくれてありがとう。
これから一緒に強くなろうね」

待ち望んだ小さな命。
新しい仲間が生まれた喜びを実感して改めて、顔が綻んだ。
するとカブルモがハンナに飛び込んでパッと笑顔を向けてくれた。

最初のように苦しそうにバタつかせることなく、本当の笑顔だったことが嬉しくて、嬉しくて
「目尻に涙溜まってるわよ、ハンナさん」
「う、うるさいな!」
「ハンナさ―んカブルモ…」
「あ…ごめんごめん!」

サトシがカブルモに手を添えて寄せようとしたら、ハンナの上着にしがみついてなかなか離れなかった。

「あはは…さすがに生まれたては甘えたさんなのね」
「なんだか母性くすぐられる子ね!!」

「いつかのリザードンみたいに反抗期が来なければいいけどね…このとおりだからサトシ、またあとででいいかな」
゛そんなあ〜…゛と落胆するサトシに、みんながドンマイと笑った。



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