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フシデパニック



薄暗い中、蛍光灯の光が淡く反射する水面──ヒウンシティ地下水道内部。日が入らずひんやりするところはどこか鋼鉄島を思い出させる。アーティを先頭にハンナ達は水路に沿って徘徊していた。

歩いてしばらくしたところで不思議なものが目に入った。きっと排水溝につながる管だろう、その管からは二つに別れた触角があるしっぽを上下に揺らし、どこか息苦しそうにしている虫ポケモンがはまっていた。
「、あれは?」
さっそくサトシが図鑑を出して姿をスキャンした。なんとなくペンドラーに似てる気がしなくもない…進化前の種ポケモンだろうか。

『<フシデ>ムカデポケモン
頭としっぽにある触角で、空気の振動をキャッチし周りの様子を探る』

「へえ、すごい触角持ってるんだな」
「でも何をしてるんだろう」
「なにをどうしたらこうなったの」
「頭を突っ込んで抜けなくなったんじゃないかな…」

「よし、今助けてやる」と間髪入れずにフシデを引っ張り出そうとするサトシをアーティが止めた。話によるとフシデには「毒のトゲ」という特性があるようだ。(まあ赤が濃い紫色の虫独特のボディがいかにも毒タイプらしいもんな…)


「でも…こいつだいぶ弱ってる、このままじゃ…」

毒の効かないハッサムで引っ張り出そうかと思ったがハッサムの手はハサミだ、もっとひどいことになってしまう。サイコキネシスで出そうにも覚えてる子はいない…うーん、と悩んでいるとサトシはアーティの制止を振り切ってなんと素手でフシデを掴み引っ張り出した。

引っ張って抜けた勢いでサトシが後ろにひっくり返った。サトシの後ろにいた私までとばっちりを受ける羽目になったが、ハンナが壁になり片手を後ろについたお陰でギリギリ水路にドボンということにはならなかった
「ううう…」
「痛った…サトシ、絶対ヒウンアイス奢ってもらうからな…」
「そんなぁ…」

さりげなく心の中でガッツポーズ。これで念願のヒウンアイスは保障された。


「2人とも大丈夫…?」
「ああ、」

するとサトシの前に上からさっきまで穴にはまっていたフシデが落ちてきた。(タフなんだな…)顔面から落ちてきたに関わらず怯むことなく急いで壁まで後退り、嫌な音で威嚇してきた。ハイパーボイスとはまた違う、耳を塞いでも脳まで響くこの感じは本当にキツい。

「僕達を警戒している…っ」
「やめてくれフシデ!」


だが意外にもサトシがやめろと言えば案外早く収まった。素直なのか…?と思いきやパタッと固く目を閉じ地面に伏してしまった。一体どれくらいの時間あのままだったのだろうか、フシデはかなり衰弱していた。警戒している中で威嚇をやめるくらいだ、もう本当に体力面では限界が近いんじゃないのか

「お前怪我してるじゃないか、そんな体で無茶したら余計悪くなるぞ
早く治療しないと…」

「危ない!反撃してくるぞ!」
「サトシやめて、」


デントとアイリスが止めるなかフシデに手を伸ばすサトシに敵意など全くないが、フシデは再び威嚇を続けた。触角を震わせ鋭い目付きでサトシを射抜く
野生のポケモンがここまで人に敵意を向けるのは珍しい。盗みを働いたダルマッカ達やぶちギレたペンドラーのように、何か理由があるのはわかるがここまで人に警戒するとなると人絡みの理由なのか

「フシデ、俺達は何もしないよ。安心しろ」


あくまでフシデを落ち着かせようとしたサトシだが、フシデはサトシの顔面に頭突きした。なんていうデシャブ、さっきとまた同じ体勢になってしまった。
「う…、ほらな?大丈夫だろ、俺はお前を助けたいだけなんだ。」

フシデを受け止めたまま宥めるサトシ。ピカチュウの説得もありフシデの敵意は消え去った。
サトシの頭越しに見えるフシデの目はさっきまでの鋭さはなく、穏やかなものだった。でも衰弱しているのは変わりない、(早く治療しないと)、と思った矢先、サトシがそのまま後ろのハンナにもたれ掛かってきた。「何一息ついてんだ、私はリクライニングチェアじゃねえぞ!!」と言おうとしたがサトシの顔が真っ青でそんな思いははすぐ消えた。


「サトシどうしたの、しっかりして!」
もたれたままでは体勢的にハンナもサトシもキツいので極力サトシを動かさずにハンナの膝の上に頭を乗せ頬を軽く叩いて声をかける。
「毒にやられたんだ、」
「毒消しがあれば…」
「確かあった筈だ!」
「フシデは僕が診よう」

その時「あ、」と思い出したようにアーティを呼び止めた
「ならアーティさんこれをフシデに使ってあげてください」

渡したのはスプレー式の傷薬だった。傷薬を補充するのを忘れていたため効果が一番弱い傷薬だがあの程度の傷ならこれでも大丈夫だろう。

「ありがとう」
「いえいえ、」

視線をアーティからサトシへと戻す。
さっきと比べるまでもくサトシの顔色がどんどん悪くなっていく。気休め程度だがモモンの実を千切って少しずつ食べさせていった。
「これで少しは毒の効果が消えればいいけど…」
「人が毒状態になるのはあまりないからね、」

毒消しの準備ができたようなので壁を背もたれにさせてさっそくデントがサトシに杓子で飲ませた。速効性だったらしく顔の青みもすぐに消えた。

「サンキュー、デント。おかげで助かったよ」
「お安いご用さ」
「助けたいのはわかるけどサトシは無鉄砲すぎ
どんだけ心配したと思ってるの」
「あはは…ごめんなさい」


「そうそう、本当に子どもねえ」とさっき渡した傷薬を吹き掛けながらアイリスが言った。(そんなこと言ってアイリスも結構心配してたよね)
仕上げにアーティが湿布をフシデの患部に貼ったら治療は終わった。なんとなく意味はないけど安心したフシデの顔と鳴き声でフエンタウンの温泉に浸かってるお婆さんを思い出した。あ、フエンせんべい食べたくなってきた…

「アーティさん、ありがとうございました」
「いやぁ、それよりも君の行動は…


僕の純情ハートに響いたよ!!」



アーティの発言と独特な語尾の伸ばし方に思わず固まったハンナ
え?この人が本当にジムリーダーなの?と些か疑えてきた
大半のジムリーダーは癖が強いけどこの人の場合は違くて、キャラが濃すぎというか、たまの発言のインパクトが強烈すぎて着いていけない、と自分で勝手に納得していた。

アイリスがフシデにオレンの実を食べさせたことでフシデは全快した。喜ぶフシデを見て自然と笑顔になるピカチュウ。つられて私も笑顔になった。ついでに頭を撫でてあげる。
「それにしてもなんであんなところに頭を突っ込んでたのかな…」

「?…この音は、」
デントが微かに聞こえてくる音に反応して振り替えると、そこにはおびただしい数のフシデの群れが地下水道内を大移動していた。いくら虫ポケモンが平気であってもあの数は勘弁してほしいものだ
「フシデはヒウンシティを囲む荒野に生息しているんだ、それがなぜ…」


すると群れから一部のフシデが私達の姿を捕らえて攻撃し始めた。この人数にあの群れでは数で圧倒的に負けている。ひとまず地上に上がることにした。

しかし地上に出てきたのはよかったものの、すでにヒウンシティ全域にフシデが大量発生していた。その群れはトラックを横転させ、人を襲い、道路を一直線に横切り、至るところでビルの壁を這っていた。どこを向いても視界に必ずフシデがいる。そんな状態だった。何がどうなってるのかわからないといった面持ちでその様子を見ていたら緊迫した面持ちのジュンサーさんがハーデリアとともにやってきた

「ここは危険です、すぐに避難してください!」
「一体なにが起きているんですか」
「この街の至るところでフシデが大量発生しているんです」
「なんでそんなことに…!?」
「今、アララギ博士に調べてもらってます」

「「アララギ博士に?」」
サトシと二人同時に言った時だった。大きな地響きがヒウンシティに轟いた。視界の端にもくもくと上がる黒煙、自分達がヒウンシティに着いて最初に寄ったポケモンセンターの方角だった。煙を頼りにポケモンセンターへと走り出し、目の当たりにしたのは無惨にもポケモンセンターを囲むように地面に転がるフシデ達とポケモンセンターの入り口前に炎タイプのポケモンを連れて立ち構える数人のトレーナー達だった。その中には見覚えのある一人のデジカメを片手に持つ少年がいた。

「あれは…」
少年はサトシと目が合うと面倒臭そうに視線を反対に反らした。

「シューティー!?」
「シューティーなのはわかったけど…あれ何してんの!?(まさかさっきの爆音はシューティー達がやったんじゃ…)」
嫌な緊張感が走った。


「出てこい、ランプラー!!」シューティーから放たれたボールからは見たことのないポケモンだった。サトシが図鑑を出しているが私もたまには自分で調べようと鞄から図鑑を出してランプラーというポケモンをスキャンした。


『<ランプラー>らんぷポケモン
空中を浮かんで移動する。かつては、森の奥深くに住んでいたが、大きな街にも住み着き始めた。』
『<ランプラー>らんぷポケモン
不吉なポケモンと怖がられる。死者の魂を求めて街をフラフラとさ迷う。』


「怖ああああ!!」

なんでサトシの方は比較的どうでもよさげな説明なのに私の方は死者の魂とか言ってんの!?ていうか街に来た理由怖いよ!もっとお手頃なものを求めてよ!
と、現場と比較して本当にどうでもよさげなことを思っていたらシューティーを筆頭とするトレーナー陣が動き出した。


「一斉に行くぞ、火炎放射!」
「「「 火炎放射!!」」」
まるで一斉清掃と言わんばかりに大量のフシデ達に容赦なく炎を浴びせる

「なにやってんのあいつら…」
そんなことをしてもフシデ達を余計に怒らせて返り討ちに合うのは目に見えてるはずだ
それを繰り返すうちに建物がどんどん崩壊して必然的に怪我人も増えていく。最悪の場合──ヒウンシティが壊滅する。


「ほら言わんこっちゃない」と、フシデ達が反撃に出た。

「怯むな!火炎放射を続けるぞ──「やめろ!!」

…!、」

「やめるんだシューティー!」
果敢にトレーナー陣とフシデ達の間に入ったのはサトシだった。

「どいてくれないか、今は君の相手をしてる暇はないんだ」
「なんでフシデを攻撃するんだ!?」

サトシがありのままに投げ掛けた問いは然も当たり前だというように返された。

「彼らは一方的に人間を襲っている。
排除するのは当然のことだよ」

「今その原因をアララギ博士が調べてるんだ、攻撃は待ってくれ!!」
「甘いね。ここは君が住んでいるカントーのような田舎とは違うんだ」
「何ィ!?」



「そんなあんたから見ただけの一方的な判断でこのフシデ達を排除するだなんてエゴもいいところだね」


「ハンナさん…」
「あなたはこいつの肩を持つんですね」
「どっち側につくなんてのは野暮な話だよ
…ポケモンは理由無しに人を襲わない。さっきサトシも言ったように今アララギ博士が調査中だから攻撃は待ってくれない?」

どうにも腑に落ちなそうな表情のシューティー。
だけどこのまま攻撃を続けるのならさっきは野暮だと言ったがそれこそシューティー達を止めに入るつもりだ

「確かに、素早い対処が必要だ」
突如入ってきたダブルの白いスーツに身を包んだ、口髭を蓄え、SPを連れた男性が現れた。
「市長!」

この稀に見ない事態に市長までもが動いたらしい。
「このままではヒウンシティの都市機能が停止してしまう」
「でも…っ」

「それにフシデの毒は危険だ。市民の安全を第一に考えれば、フシデの強制排除もやむを得ない」


市長の発言にハンナとアーティが食らいついた

「判断が難しいのはわかります、でもなんの理由もわからないまま強制排除は待って!!」
「そうですよ!それに強制排除なんかすれば、当然フシデ達も抵抗します、激しい戦いになって、双方が甚大な被害を受けますよ!!」

「では…他に方法があるのかね」


「…っ、それは…」
尤もだ、理由がわかるまでフシデを野放しにすればそれこそ市民が危ない
現にフシデは今まさに人を襲ってるのだ


──耐えきれずに切歯扼腕。
考えが浅いのは自分も同じだと思い知った。

その時だった、肩に軽い感触。見れば誰かの手が添えられていて、顔を上げれば真剣な顔つきのアーティの横顔があった。
「一旦セントラルエリアに全てのフシデを集めて保護し、大量移動の原因を解明するんです」


地下水道で見た「純情ハート」な人と同一とは思えなかった。こんな短時間で強制排除の被害の大きさを考え、冷静に対処法を私案する。できそうでなかなか出来ないことだ、さすがジムリーダーというだけある。ここまできてようやくこの人はジムリーダーなんだな実感した。


「市長、それについて今アララギ博士が調べています。」
ジュンサーさんがそう言えば追い打ちをかけるようにサトシ達がお願いしますと頼み込んだ。

「だがどうやってフシデをセントラルエリアに?」
「群れのリーダーを見つけ、そのリーダーを先導すれば他のフシデもついてくるはずです」

「(そういうことなら)リーダーじゃないけど…
出てきてペンドラー」

基本的に群れを作る大半のポケモンは自分の進化後のポケモンに従う習性がある。これを利用してみる価値はあるだろう。

「ペンドラーか、それなら僕とハンナが二手に別れて挟み撃ちでセントラルエリアに集めよう」


「なるほど、わかった。
その考えに乗ってみよう。ただし、セントラルエリアに集めることができなかったら強制排除に踏み切る。それでいいね」

「はい、ではさっそくリーダーを探しにいきます!
デント君はジョーイさんを呼んできてくれないか、タブンネの力が必要になる」

「わかりました!」


「ハンナは大丈夫かい?」
「ええ、手持ち総出で行きます。」
「なら大丈夫かな。くれぐれも無茶はしないように

よし、行こう!」

「「「はい!」」」




ジョーイさんと市長が見送るなか、フシデのリーダーを目的に動き出した者がもう一人いた。




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