サリィとゴチルゼル
ゴチルゼルを追いかけて、深い霧が立ち込めるスカイアローブリッジに入った。
「待ってくれー!ゴチルゼルー!」
サトシの呼び掛けで少し俯きがちにこちらを振り返るゴチルゼル。しかしその顔にはさっきサリィといたときのような活気はどこにもなかった。
「教えてほしいんだゴチルゼル、」
「ここは君の思い出の世界なんだろう?僕達、ここに迷い込んで困ってるんだよ!」
「元の世界に戻りたいんだ!」
「確かにここもいい世界だと思うけど、出口を教えてくれない?」
「俺達はこの世界にいるわけにはいかないんだよ」
走ったおかげで息切れが酷く何も喋れないが
今のこの様子を見て、聞いてる限りだとゴチルゼルはそう簡単に私達を元の世界に戻しはしないだろう
私達を元に戻すことは、ゴチルゼルもまた最初会ったときのように一人であのスカイアローブリッジに戻ることになる。
ゴチルゼルに空間をねじ曲げることができるとしてもこんな芸当はホイホイできるものじゃないと見る。
「なかなかできない」「楽しかったあの頃に戻りたかった」からゴチルゼルはこの世界に執着してるのでは
ハンナはポケモンと話せるわけではない、当てもなく思考を巡らせていたら不意にゴチルゼルがこちらにサイケ光線を放ってきた
「何すんだよ、俺達は…うわ!!」
これにはサトシが猛反発するが問答無用で再度サイケ光線を向けられた。
(これはもうバトルは避けられないだろ)と思った矢先、デントがゴチルゼルとバトルすれば脱出の打開ができるかもしれないと言った。
「わかった!ツタージャ、君に決めた!!」
ボールの軽快な音とともにツタージャが地に出てきたと同時に、ゴチルゼルがサイケ光線でツタージャの足下を攻撃するも避けられる。まだ建設中とあり橋を囲む鉄筋の足場に飛び移るがゴチルゼルはすかさず攻撃を続ける
つるのムチで応戦するが守るでガードされた
「リーフブレード!!」
ツタージャも負けじと技を繰り出すがヒットする寸前にゴチルゼルの姿が消えた。直後、突如として無数のゴチルゼルの姿がツタージャを取り囲んだ。
焦るツタージャが必死に四方八方を見ては本物を見分けようとするがゴチルゼルからしたら隙だらけに過ぎなかった
背後からサイケ光線を命中させた。
ツタージャが体勢を立て直すが相当なダメージを受けたようだ。片手をついて肩で息をしてるままでゴチルゼル突破には無理があるだろう
「強い…っ!」
「きっとこの思い出の世界を守ろうとしているんだ…」
「ツタージャ、いけるか!?」
ハンナが腰に装着したボールに手を伸ばし、中から解放した。
「ダーテング、ツタージャを援護してあげて」
ダーテングはこちらを向かずに頷く。
やはり天敵のタイプは見ただけでなんとなくわかるものなのだろうか、ゴチルゼルの表情が更に険しいものへと変わった。
「リーフストーム!」
ツタージャを中心に無数の葉が巻き上げられゴチルゼルへと向かっていく
だがまた守るで弾かれた。威力を持ったまま跳ね返されたリーフストームがハンナ達を襲った
「払えダーテング!」
両手の団扇で巻き起こった強風で葉が上空に巻き上がる。
その時「プツン、」とハンナの耳の近くで聞こえたと思ったら高い位置で結われていたはずの髪が肩へと流れた。
強風で捕らえられなかった一枚の葉が運悪くハンナのヘアゴムを切ってしまった。
「うわ、まじで!?」
(替えなんて持ってないよ!!)
ヒウンシティに着いたらまずヘアゴムを買おう…場が場でもありたかが一本のゴムに気を取られている場合ではない
ダーテングの援護もあるため飛散したリーフストームの心配などせずそのままツタージャがリーフブレードを叩き込むがサイケ光線で相殺された
衝突し、行く宛のなくなったサイケ光線が五本に別れて辺りを襲った
「ダーテング、悪の波動で打ち消して!」
エスパータイプの技は悪タイプの技に負ける。それを目にしたゴチルゼルの目が怪しく青白く光った。止めと言わんばかりに今までの攻撃で崩れた鉄筋や鉄骨をサイコキネシスで浮かせた。
その時居たたまれなくなったハンナが前へ出た。
「ゴチルゼル、」
真っ直ぐゴチルゼルを見据えて技に臆することなく一歩、また一歩とゴチルゼルに近づいていく。
「サリィとの過去はゴチルゼルにとって本当に大切で楽しかったんだね」
先程までのダーテングへ指示した時とは違い穏やかな声音で語りかけた
「…橋が完成して、私たちから見たらどうってことなかった楽しかった日常が今じゃ思い出になって
時間が経てば経つほどその日常が恋しくなって…」
ゴチルゼルから数歩離れたところで足を止めた。
未だに怪しく光らせてるゴチルゼルの目が揺らいだ
霧で霞むことなく見えたハンナの目
『過去に戻ってやり直せたら、どんなにいいだろう』
ハンナが望んで止まなかったこと
ゴチルゼルと理由は違うが、過去に戻りたいという根本的な思いは同じだった。けどそう思うことはあっても今はその間違いがあってからこそ私は歩いてる。過去にすがったところでなにもなりはしないことはわかりきっている。
「───だけどねゴチルゼル、今こんなことしたって過去は過去のままなんだよ」
゛過去は戻ってこないんだよ゛
どんなに願っても過去は思い出という形でしか返ってこない
境遇は違うがゴチルゼルの気持ちは痛いほどわかる。
わかっているからこそのその言葉はゴチルゼルにも重くのしかかる
しかしゴチルゼルはこの世界を諦めないと浮かせたものをハンナ達めがけて飛ばそうとした時一人の声が橋に響いた
「ゴチルゼル!?」
足音が近づくにつれ深い霧から姿を現したのはコンビニで会ったあのお姉さんだった
「ゴチルゼル、私よ、わかる!?」
(もしかして…!)
あの船の手伝いをしていた女の子の面影と重なる
「私よゴチルゼル、サリィよ!」
面影の女性は、確かにサリィと名乗ったことにハンナ達だけでなくゴチルゼルも驚いたのか、サイコキネシスで投げようとしていた鉄骨が地面へ落ちていく。
「ゴチルゼル、私もこの世界に迷い込んでしまったのよ
…霧のスカイアローブリッジを歩いてるうちに。ここは、あなたの思い出の中なのね…」
サリィの中でゴチルゼルとスカイアローブリッジでの思い出が駆け巡る
「私達は親戚のおじさんがやっている工場の町に引っ越して…そのあと、私はドクターを目指して寄宿舎のある学校に転校した
それからしばらくして、パパからあなたがどこかへ行ってしまったって聞いたけど…──ここに戻っていたのね…」
(だから一人で橋にいたのか…)
「ゴチルゼル、私ドクターの資格を採ったのよ!それで、研修医としてあちこちの病院を回っていて、この近くの病院に配属されたから来てみたの。
私もとっても懐かしい、あの頃本当に楽しかったものね…
水上バスの時刻表に合わせた生活。あなたと一緒に切符を売ったり、お菓子やジュースを売ったり。普通の人にとってはなんでもないことだけど、私達にとっては大切な大切な思い出。あなたも覚えていてくれたのね…橋ができる前の生活。
…ありがとう、本当にありがとう。」
サリィの目尻に涙が浮かぶ
ゴチルゼルにとって次の言葉が現実を受け止めなければいけない決定打になった
「…でもね、もう…あの生活は戻ってこないのよ…」
サリィの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる
ゴチルゼルのなかでハンナの言葉が木霊した
「あなたや私がどんなに思っても…」
『過去は戻ってこないんだよ』
まるでひとつの言葉を作るように続けられた
ゴチルゼルはサリィの目元に溜まった涙を拭う。
サリィに向けた笑みはこの世界で見たものと同じだった
サリィとゴチルゼルが互いに笑い合えば霧が急速に流れていく
そして気づけば、元の完成したスカイアローブリッジの元にいた。その場にゴチルゼルはいない。
ふとサリィが視線を向けた支柱の先にはさっきまで手を取り合ってたゴチルゼルの姿があった。
「ゴチルゼル、ここに来れば、またあなたに会える?」
ゴチルゼルが笑って頷いた。同時に白い霧がゴチルゼルを包んで、霧が晴れればそこにもうゴチルゼルの姿はなかった。
「ゴチルゼル…」
「ゴチルゼルは、思い出の世界に別れを告げたんじゃないんですか?
…大人になったサリィさんを見て」
「そうかしら…」
「ゴチルゼルも、サリィさんがあの思い出を大切にしているのがわかって、納得したように見えました」
「うん、ゴチルゼル嬉しそうだったもの」
「私にもそう見えましたよ」
「…そうね
きっと、そうね…」
「この下を、水上バスが走ってたんですね」
場所は変わってスカイアローブリッジ中間。サリィさんは橋の途中まで一緒に渡ることになった
「ええ、そうよ。みんな色々とありがとう」
「サリィさん、橋ができる前の素敵な思い出を見ることができて私とってもよかったです!」
「確かにあの頃の思い出は、深い霧の中の幻みたいなものね」
橋もちょうどヒウンシティに差し掛かるところでサリィは引き返すことになった。
「ポケモンにとっての思い出か、」
「キバゴ、楽しい思い出いーっぱい作ろうね!!」
「俺達もな!」とサトシがピカチュウに笑いかけた
そしてヒウンシティへと歩きながら、リザードンの入っているボールに小さな声で話しかけた
「リザードン、」
(今の私があるのは君のおかげだ。)今でも反省も後悔もしてる。申し訳なさもある。でもあの頃と比べたら変われたはずだ
「もうやり直したいなんて思わないから、私もアイリス達みたいにまた楽しい思い出作ってもいいかな」
するとボールからいきなりリザードンが飛び出したと思いきや、そんなの今更だろと言わんばかりにフンッと鼻を鳴らし、私を掴んで上に放り投げそのままて背中でキャッチしたらそのまま私を乗せてヒウンシティへと飛んでいく
サトシに「あああ!!ハンナさんズルい!!」と言われたが「おさきー!」とだけ言った
なぜだか今は心が軽い
ヒウンシティはもうすぐだ