思い出
「ありがとうございましたー!」
短いようで意外と長く思えた川渡り。
ヒウンシティ側の岸に着いたと思ったがそんなこと全くなくて、寧ろ川を渡るどころか元にいた岸に引き返しただけだった。
「──ここは閉じた世界なのかもしれない」
デントは静かに言う。
あまりにも聞きなれないものだからアイリスが「閉じた世界って?」と聞き返した。
「あの水上バスに何度乗っても、またここに戻ってきてしまうということ」
「ええ!?」
(───そんな馬鹿な…)
サトシとアイリスが驚く横でそっと否定させてもらう。
そんな大行なことゴチルゼル一体では無理だ。
タイムスリップや空間を操るなんてパルキアやディアルガ、セレビィでなければできない。それができるからこそ伝説のポケモンと言われる所以だ。
もし仮にゴチルゼルがどちらとも実現させたとしたら、ただの普通の、それこそ非伝説のポケモンと認識される筈がないのだ。しかもこの世に一体だけいるという訳ではない。恐らくイッシュでは比較的メジャーであるポケモンが、そんな恐ろしい力を持って野生でうろちょろされた時にはイッシュ中が大パニックになるだろう。
───ゴチルゼルという個体がスカイアローブリッジに10体から100体と集まっていたというなら話は少し変わってくるが、それは流石にになさそうだ。
(デントは鋭いようでちょっと惜しいな)
頭の回転は早いしいい線いってそうなんだけど、SFの色が強い。と付け足しとく。
とは言うものの、こんな偉そうなことを考えても仕方がない。まずは心を落ち着かせるために道路脇の草地に腰かけることにした。
途方に暮れながらも知らないうちに私は女の子とゴチルゼルの観察をしていた。
「とりあえず…ゴチルゼルのことを探ってみようか」
「そうだな!」
デントの案に全員一致で直接話を聞き込みに行くことにした。
「こんにちは」
目的であるゴチルゼルと行動する女の子へデントはいつも通り、柔和な挨拶で話しかけた。
女の子が振り向くと、一瞬「誰だろう」と不思議な顔をしたが、すぐに「さっきのお客さん!」と表情が明るんだ。
幸いさっきの今まで水上バスに乗っていたので顔は覚えられていた。
サトシから名前を名乗っていくと、女の子は自分の名前がサリィであることを教えてくれた。そして、問題のゴチルゼルも。
他愛のない話からこの状況の原因を探り出すためにデントは率先してサリィに話しかける。
「水上バスのお手伝い偉いね」
「うん!パパが船長だから手伝ってるの!」
「水上バスがなくなると聞いてね、僕たちも一度乗ってみたいと思ったんだ」
随分手慣れている。全く雰囲気に違和感がない。デントはもしかしたら意外と演技派なのかもしれない。
「最近そういうお客さん多いんだ!ね、ゴチルゼル」
サリィが顔を向ければ、ゴチルゼルも楽しそうに笑みを返す。
それを見て私は少し戸惑った。橋の上で見た表情とは打って変わって充実していて、幸せそうだったのだ。
「ゴチルゼルは君のポケモン?」
「ううん、元々この辺りに住んでた野生のポケモンなんだけど、いつの間にか手伝ってくれるようになったの。私達いいコンビだもんね」
サリィの言葉を聞いて、やっぱり明らかな疑問が生まれる。
(こんなに仲がいいのになんでスカイアローブリッジにはゴチルゼルしかいなかったんだろう…)
疑問が増えていくばかりだ。
デントへ少し目線をやると、同じ疑問を抱いたらしい。だがそれを確かめる手立てがない。
目の前にいるサリィに聞いたところでここはループしている世界だから、意味がない。聞くならゴチルゼルへ直接問いかけるしかないようだ。
「じゃあ私達まだ仕事があるから、じゃあねー!」
とくにこれといった収穫もなく会話が終わってしまった。私達はさっきの場所に戻って再び同じ位置に座る。
「別に変わったところはなかったな」
「うん、普通の女の子とポケモン…あのゴチルゼル、ずいぶん楽しそうね」
アイリスの言葉に「そうだね」と、ふといつもの癖でポケギアで時間を確認した時だった。おかしな点に気づいた。
(電波が3つ立ってる…)
ここが過去の世界なら『ポケギア』自体がキャッチ出来るような電波は発信されているはずがないのだ。
なぜならイッシュでポケギア自体が対応されたのは、私がイッシュに来る少し前、つい『最近』だから。
この世界が何なのかを知る答えの端っこを掴んだかもしれない。
一か八か、いくつか試してみた。
まずタウンマップのGPS機能で現在地を調べる。
…確かにスカイアローブリッジと表示されている
更にシッポウのポケモンセンターでもらった詳細説明の紙を出して『時報』の電話サービスの番号を押してみる。最も正確な時刻確認だ、これができなかったらデントの推理が確立される。
『××××年、〇月△日、午後□時#分*秒をお知らせ──…』
───間違いない。
場所も、年も、月も日にちも時間も、全部ポケギアと合致してる。
ここは過去じゃない。
隣にいたデントにも時報が聞こえていたようだ。デントもハンナもだんだん頭が冴えてこの世界の答えが見えてきた。
「…ここはゴチルゼルが作った世界かも」
「ゴチルゼルが作った世界?」
「…サトシの図鑑の説明にあった『空間をねじ曲げる』ってやつだね」
「そう、僕達はそこに迷い込んでしまった。あのスカイアローブリッジの霧がスワンナの霧払いでも晴れなかったのは、ゴチルゼルが原因と考えれば辻褄も合うよ」
「なるほど…!」
「橋ができて、水上バスがなくなってしまったからサリィとゴチルゼルがここを離れた可能性が高い。──きっとここは、ゴチルゼルの思い出の世界なんだ」
「ゴチルゼルは、ここでサリィと一緒にいた時が一番楽しい思い出になってるのかな」
「僕達にとって、ポケモンと触れ合うことがいろいろな思い出となるように、ポケモン達もトレーナーと一緒にいた時のことは大切な思い出になるんだよ」
(…思い出か)
その単語を聞いて、無意識にリザードンのボールに指先を滑らせる。
リザードンのボールは細かい傷でいっぱいだ。一目見ただけで何年も行動を共にしたことを思わせる。楽しかった思い出はもちろん、
初めてジムバッジを手に入れた思い出、初めて自分でポケモンを捕まえた思い出、遭難しかけた思い出、日常のほんの小さなことでさえ何にも代えられない。指で数えきれないほどたくさんある。
だけど全部が全部「楽しい思い出」という訳ではない。
今の手持ちの中で道を誤った頃の私を知っているのはリザードンだけ。
(──何年反省しても後悔してもしきれないな…)
だが反省や後悔したからといって過去は戻ってくるわけではなく、抱えていくしかない。
わかってはいるけど、やり直したい。
反省すればするほど、申し訳なさが大きくなって、悔恨に駆られる。
後悔すればするほど、自責に駆られる。
『過去に戻ってやり直せたらどんなにいいだろう』
どんなに滑稽で、惨めに見られようとも、そう思わずにはいられない。
でもそう思う反面、その間違いから学んだことや成長したことや得られたものが大きくて。
その大きさに比例して、リザードンやその時の手持ちの子達への罪悪感は半端なものではない。
あの時シロナさんに出会わなかったら、どうなっていたんだろう。
どうしようもない自己嫌悪に陥って膝を抱えていた腕に更に力が籠る。
目に自然と浮かんだ涙を見られたくないと腕に頭を埋める。煩くなった心臓を鎮めようと冷静になろうとするハンナを、横目でデントは静かに見ていた。
(どうしたんだろう、こんなハンナ初めて見た…)
今まではただ見せようとしなかっただけなのか。
見えたのは一瞬だったが、酷く悲しい目をしていた。
いつものような少しジト目で挑発的な、なのにすごく引き込まれるような不思議な感じは今はなく、全く、本当に。自責のような、見てるこっちが辛くなるような目をしていた。
「これがゴチルゼルにとって大切な思い出…?どうってことないとこだけど…」
「…どうってことないからこそだよ」
サトシの声に顔を上げて何事もなかったかのように言葉を返すその表情はあまりにも痛々しかった。
「ゴチルゼルにとっては特別なんじゃない?」
あまり顔を見られたくないだろうと思い、デントはすかさずフォローするように言った。
この4人で旅を初めてから結構経つ。ハンナのことは大体知った気でいた。だけど所詮は「大体」の枠に収まっている。今はただただ横で「自分の無知」を思い知るばかりだった
「…多分、僕達にはわからない何かがあるんだよ」
この言葉がゴチルゼルに対してか、ハンナに対して言ったかなんて自分でもわからなかった。
今の理由に対して、無理に追求しては駄目だ。
直感的にそう感じた。
我ながら曖昧な言葉を口から出したものだ。
しかしそこで原因と見るゴチルゼルに動きがあったため、内のモヤモヤした感情を片隅に置き今は元の世界に戻るために気持ちを切り替えることにした。
これにはハンナも同じようだった。
さっきまでの弱々しさが見当たらない。
一息置いて僕とハンナはサトシ達と駆け出した。