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イシズマイ




実に気持ちのいい日の昼時。自然豊かな川のほとりでランチタイムを迎えようとしていた。サトシは簡易テーブルで腹を鳴らして待っている。その横で私は普段はしない度の弱い眼鏡を掛けてナナカマド博士に送るヒヒダルマのレポートを書いていた。そろそろ目が疲れてきた、なんたって紙に書いた文とカレントタウンで見つけた資料とのにらめっこをしながら書いているのだ。
BGMはデントのアレ。聞いてる限りだとポテトサラダのサンドイッチ。ただ言ってる最中にアイリスが食べてしまったらしい。「最後まで言わせてよ、」とデントの不満げな声が聞こえた。ふぅ、と一息ついて眼鏡を外して改めてレポートを見直す。結構書いたなー…



「ハンナさんって意外とインテリ?」
「シンオウ地方でナナカマド博士の助手をしていたそうだよ。」


アイリスとデントはレポートを見直すハンナを見ながら本人には聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で話していた。当の本人は集中して聞こえていないらしい。また眼鏡を掛け直して紙にペンを滑らせた。
「ハンナって眼鏡を掛けると雰囲気変わるな…」



突然デントが呟いたその一言にアイリスが反応しないわけがなかった。
「何何?デントってギャップ萌えってやつなの?」
驚いてアイリスを見る、手を口に当てて物凄くニヤニヤしている。咄嗟に違うと否定するが自分自身まさかの一言に顔を真っ赤にしているため「どうだかね〜」と返されてしまう。なんということだ、終いには「ま、応援するよ」の一言でこの小さな攻防戦は幕を閉じた。サトシがもう空腹の限界みたいだ。待たせてしまったな、と手際よくサンドイッチをカットしてサトシとハンナの分を用意した。


「はい、お待たせ」
「…!おおサンキュー!!」
「ありがとう、いただきまーす」

テーブルに突っ伏してサンドイッチを目の前に目を輝かせて頬張る姿はなんとなくお預けをくらってた犬みたいだなと思った。私もレポートやら資料を片付けてさっそく食べることにした。相変わらずおいしい、デント特製ポケモンフードもピカチュウ達が美味しそうに食べている。


料理が作れて、ポケモンフードが作れて、それに加え元ジムリーダー…
(デントはいいお嫁さんになるよ…)





きっとデントが聞いたら泣いてしまうだろう



何かを感じ取ったのだろうか、キバゴが突然ポケモンフードをそっちのけでどこかへ行ってしまった。ピカチュウが着いていったが私達も気になる、行儀が悪いが口にサンドイッチを詰め込んでキバゴ達を追いかけた。





「ピカチュウ、どうした?」
そんなに遠くには行っていなかった。ピカチュウが音のする方に指を差した。皆がそこに注目するとそこには岩をくり貫いてすみかを作っている最中のポケモンがいた。

「イシズマイだ!」
「イシズマイ?」
「でも岩を背負っていないのは珍しいな、」
「岩を背負っていないイシズマイ…」
サトシがすかさず図鑑を開く。私も図鑑を持ってはいるが今はサトシに見せてもらうとしよう。

『<イシズマイ>
いしやどポケモン
手頃な岩を見つけると、岩の底をくり貫いて、身体を守る殻の代わりにする。』
「へぇ〜」
「見てると地道な作業だね」
「今その岩をくり貫くところじゃないの!?」
「そうだな、こんな珍しいところを見られるなんて、ラッキーだ」

視線を図鑑からイシズマイに戻す。岩をひっくり返して形を整える作業に入ったようだ、口から特殊な液体を出して内側を削り始めた。


ようやく満足する家が出来たようだ。あれが本来のイシズマイの姿。くるくる回って喜んでいる、なんだか微笑ましくて笑みがこぼれた。


「背中の岩がモコモコ動いて…なんか可愛い!!」
だがそんな束の間、地響きと共に三匹のイシズマイが地面から現れた。

「イシズマイがあんなにいるぞ!」
「友達かな!?」


(友達にしてはやけにピリピリしてない…?)
目つり上がってるし…と思っていたら三匹のイシズマイがいきなりさっきのイシズマイに襲ってきた。イシズマイも反撃をするがダメージを与えるどころか自分の家を盗られてボスのイシズマイの家に固定されてしまった。イシズマイは一方的に攻撃されたせいで動けない
「あっ作ったばかりの家が!!」
「あれただのいじめじゃん!」
「あいつら3対1で卑怯だっ」

デントは何も言わないが顔が険しいものになっている、見てて我慢の限界になったサトシが大声を張り上げた
「おいお前逹!!」
「!…(何か言うのかな…)」




「・・・」


「(・・・アレ、)」



え、あんな啖呵切っといて
「それだけ!?続きは!?」





不完全燃焼にも程があるぞ!!

「ハンナさん落ち着いて!」


そうこうしてるうちに三匹のイシズマイ達が地中に潜って逃げてしまった、家を取られたイシズマイがそれを追う。
「取り戻すつもりだな、」

「よし、出てこいヤナップ!!」


デントがボールからヤナップを放ちイシズマイ達を穴を掘るで追うように指示を出す。
ここでひとつ疑問が。「あのイシズマイさ、」と呟けば皆がこっちを向いた


「最初見たとき家を作ってたけど…前にも今みたいなことがあったってこと?」
本来なら自分を守る頑丈な作りのはずだ。そう簡単に何回も壊れるわけがない

「ありえない話じゃないかも…」
「なんだよそれ、あんなに頑張って作ったのに!?」


そんなの酷すぎる!!、サトシが癇癪を起こしたところでヤナップが帰ってきた。
「おいヤナップ、どうだった?」


『ヤナァヤナァ…』
残念そうに首を横に振っているということは見つからなかったのか、その直後にさっきのイシズマイも戻ってきた。攻撃を受けた状態で遠くまで探したのだろう、だいぶ息を切らして地上へ出てきた。だけど背中の岩がないままだったことに気づいたデントがイシズマイに近寄り笑みを浮かべて手を差しのべる。


「自分の家が、取り戻せなかったのか?」




落ち着かせるように、極力優しく問いかけたつもりだった。が、

『イマイッ!?』




「あちゃー…」
「え、」
「どこへ行くのよー?」
「おい、待てよ、」

今のイシズマイには全く逆効果だった。
逃げられたら追いかけたくなるもの、理由がわからないなら尚更。必然的に追いかけることになった。

だが軽く走ってはいるものの、少し疲れてきた時だった。突如ハンナの横を何か黒いものが追い越していった。



「!?」


いきなりのできごとに思わず動きを止めて凝視してしまった

(嘘おおおおお!!?)
黒いものの正体に驚愕した、アイリスが岩から岩へと飛び移って逃げるイシズマイの先回りしていた。

アイリスがイシズマイの前に着地して目線の高さを合わせる
「そんなに怖がらなくてもいいんだから〜」


(アイリスさん運動神経分けて!!)
驚いたイシズマイがこちらに引き返すが挟み撃ちの体制になってしまった。これではイシズマイにプレッシャーを与えてしまうと思い、とりあえずプレッシャーは与えまいと目線の高さを合わせようと屈んだ瞬間私の顔の右側の輪郭に何かがかすった。


「え…?」と思ったのが先か、後ろからはヤナップの鳴き声。興奮状態に陥ったイシズマイの攻撃を私がギリギリ避けてヤナップの頭に命中したらしい。

私が(たまたま)避けなければヤナップには命中しなかったわけだが、私だって当たりたくはない。とはいってもやはり罪悪感があったため鞄からスプレー式の傷薬を出し「ごめんね、」とデントに渡した。
「ハンナが悪いわけじゃないから気にすることはないさ。でも傷薬ありがとう、使わせてもらうよ。」

軽くウインクされた。なるほど、サンヨウジムのレストランの常連はこれにやられたんだな。と今更ながら納得した。
すると私の足下にイシズマイがやって来た。この子も私と同じように罪悪感を感じているのだろう、一息ついてイシズマイの頭を軽く撫でて「ヤナップなら大丈夫だよ、」と言ってあげる。イシズマイは私に大きな目を向けたあとヤナップに謝った。

気にしないで、と手を軽く振るヤナップ。仕草といい相手に対しての思いやりとか表現は曖昧だけどどことなく飼い主に似てるなと思った。
「悪気があってやったんじゃないのはわかってるよ」
「家を取られて気が動転していたんだろう?」

デントの一言で俯くイシズマイ。
「また新しい家を作ればいいじゃない、」

アイリスの言葉に嫌だと首を振る。それはそうだ、手頃な岩といっても岩にも沢山種類がある。その中から自分で見つけて選んで、自分の納得のいくまで岩を削って削って、やっと完成させた家なのだ。そう簡単には手放せないだろう。
だがこれはあの時に似ている、とハンナはイシズマイの爪の先を軽く摘まんだ。その目にはうっすら涙さえ浮かんでいる

「わかるよイシズマイ!!」









゛私も七日七晩かけて作ったデータベースのチップを

ヤミカラスに取られたことがあるから!!゛










「「「・・・」」」

「でも1つだけイシズマイとは違うのはね、ヤミカラスを電磁波で捕まえたのは良かったんだけどね…、」







゛電磁波のせいでデータがダメになっちゃったんだ…゛


「「「・・・」」」


あんまり真剣な顔でイシズマイに話し、イシズマイも取られた悔しさがわかるせいかうんうんと頷いているため突っ込めなかった3人。(ハンナさん、それはただのドジや…)と思ったのは3人だけの秘密である。


このままの空気ではダメだと感じたデントが
「イシズマイはどうしてもあの家を取り返したいんだな…」と呟いた。

「ああ!やられっぱなしじゃいられないもんな!わかった、俺達も協力するよ!!」
サトシが食いついてくれた、よかったと心の中で安堵した。
だがイシズマイは心配要らないと断って一人家を取り返しに穴を掘って行ってしまった。

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