呪われボディ
シューティの一番手はハトーボーと呼ばれるポケモンだった。マメパトから育てただけあって、ミジュマルとポカブを立て続けに突破してしまった。
ハトーボーの特性は強運と言っていた。強運といえば、今はボックスにいるが確かアブソルが強運持ちだった。ピカチュウがハトーボーを掴んで放り投げ、ボルテッカーというコンビネーションでハトーボーを倒した光景を見ながら思う。
そしてシューティの二番手はジャノビー。図鑑を開かずともツタージャが進化したんだなと一目見てわかった。旅をしてからまだ間もないというのに進化したということは短い間に相当バトルをさせて育てたことがわかる。サトシも驚いていた。
「シューティはあのジャノビーでポッドのバオップに勝ち、トライバッジをゲットしている。芳醇で濃厚なバトルを見せるに違いない、油断は禁物だよ」
ジャノビーのグラスミキサーがピカチュウにヒットし、地面に叩きつけられてしまった。あの様子じゃあと一回でも攻撃が決まれば倒れるだろう。サトシが自らもダメージを受けるボルテッカーを指示したことによりさらにその確率が高まってしまった。恐らくシューティもそのことに気がついている。
「ジャノビー、いあいぎりで止めをさせ!」
強力な電圧を纏ったピカチュウがジャノビーに突進していく。だがジャノビーがピカチュウの動きを見切っていあいぎりをピカチュウに叩き込む。
ジャノビーの方が一枚上手だったようで、ピカチュウは倒れてしまった。
「ジャノビー…あのリーチの長さでよくいあいぎりが届いたね」
「エルレイドは肘が伸びるから問題はないけどさ」と、そう言って肘を軽く振りながら感心する私に「呑気ね〜」とアイリスが呟けばデントが首を縦に振って同意した。
私とアイリスとデントが見守るなか、ツタージャとジャノビーのバトルにまさかの展開がやってきた。
「ツタージャ!メロメロだ!」
そう、ツタージャのメロメロ。ジャノビーはオス。ヒットすればもうこっちのもの、これにはシューティも大きく動揺した。そしてハンナはその瞬間を見逃さなかった。
見事ツタージャにメロメロにされたジャノビーはさっきのような頼もしい面影はもうなく、ツタージャのつるのムチに打たれて喜ぶジャノビーのあられもない姿があった、それはもうまさしくアレだ。
「あれだ、SMプレ…」
口にしようとした言葉を察知したデントに問答無用で口を押さえられた。「近くにアイリスがいるもんね、ごめん」と言えば、気をつけようね。と釘を刺された。
ツタージャのリーフブレードで止めをさされて先頭不能になったジャノビー。だが倒れた状態でも口元がにやけている。やっぱりそっちの素質があるのかもしれない。
しかし問題は次のプルリルというポケモン。マメパトを一撃で倒し、今なおタイプ相性で有利なはずのツタージャでも苦戦している。
呪われボディ。初めて聞いた特性だった。プルリルが受けた直接攻撃は金縛り状態にされてしまうといったもの。特殊攻撃で攻めてもあのプルリルの守るで防がれてしまう。現にツタージャはつるのムチを封じられリーフストームは弾かれてしまった。
しかしプルリル、図鑑を見たがあんなポケモンがイッシュの海ほぼ全域にいるなんて実はイッシュ地方ってものすごい危険地帯なんじゃ…と、そんなことを思っていたら、気づけばツタージャが混乱状態になってしまった。更に追い討ちをかけるようにプルリルがたたりめをくらわせ、とうとうツタージャまで倒れてしまった。
サトシが負けてしまったのだ。
次は私の番。これは少し対策をしたほうがいいかもしれない。
「呪われボディか…」
「ハンナ?」
デントが心配そうに声をかけてきた。
「あの特性のプルリルって特殊攻撃でごり押しとかできると思う?」
「うーん…難しいだろうね、守るで守られてしまうから持久戦は避けられないと思うな」
「だよね〜、しょうがない、あの子をパソコンから連れてこよう」
私がパソコンからポケモンを連れてきている間に、シューティもポケモンの回復を終えたようですでにフィールドに立っていた。
「ハンナさん、さっそくバトルを始めましょう。フルバトルでいいですよね?」
「私達はいつでもいいよ。だけどシューティ、さっきの3体できなよ。3対3でやろう」
これにはシューティだけじゃなくデントやアイリスも驚いていた。無論、サトシも。
「なっ…なんでですか!?」
「君はさっきバトルした相手の目の前で、わざわざ手持ちを全部見せたいの?せっかく3体は伏せて勝てたんだから残しておきなよ」
「…わかりました」
シューティはしぶしぶ同意してくれた。この子はきっと強くなる。強くなったその時にフルバトルをしてあげようと決めていた。
「デント、私のボール3個ちょっと預かっといてね」
「わかった。頑張ってね」
「オレもピカチュウも応援するぜ!」
「サトシの場合は応援じゃなくて、ただ騒がしいだけでしょ?ね、キバゴ!」
「なんだと!?」
「ハハハ、まあ頑張るよ」
(こういうのって4人旅だからこそだよな、…あ)
大切なことを思いだしサトシに近寄り耳を貸せと言う。つられるようにアイリスやデントもやってきた。
「サトシ、私のバトルよく見ておきな。気休め程度だけどあのプルリル対策を教えてあげる。あくまでも参考程度にね」
「!」
サトシの目の色が変わった。さっき負けたのがそうとう悔しいんだろう。かわいい弟分のためだ、このバトル頑張らねば。
シューティの表情はさっき見たときからから変わらない。勝つ気でくるつもりだろうが、私も負けない。
「先攻はそっちからどうぞ?」
シューティの手から高らかにボールが投げられた。光を放って出てきたのはジャノビーだった。ジャノビーはシューティと一番長くいて、鍛えられたポケモン。
「ハッサム、出番だよ」
ハンナの1番手はハッサム。ジョウトの虫取大会で捕まえたストライクの時からずっとパーティの中にいる。リザードンには負けるが充分古株だ。
「ハンナさん!バトルが終わったらハッサムを撮ってもいいですか!」
研究所の時と違い、今度はちゃんと許可をとってくれた。
「バトルが終わったら写真撮りたいんだって、ハッサム。いい?」
しばらく返事はなかったが頷いた。あんまり乗り気では無さそうだがいいと受け取ろう。
「いいって!」
シューティの顔が明るくなった。
「ありがとうございます!それじゃあいきますよ!ジャノビー、グラスミキサー!」
ジャノビーのグラスミキサーがハッサムに向かってくる。リーフストームの下位互換のようなこの技は、威力はそこまでではないものの命中率を下げてくる。
鋼と虫の混合タイプであるハッサムには効果はいまひとつだが、こっちはそんな攻撃に体力を減らす気は毛頭ない。
「ハッサム、シザークロス」
ハッサムのシザークロスの一閃は、グラスミキサーの鋭い葉っぱの渦を糸も簡単に薙ぎ払った。
威力を失ったグラスミキサーによる落葉は目眩ましになる。その隙にハッサムの右手のハサミがジャノビーの首を捕らえ、地面に押さえつけた。これでもう逃げられない。
そのままバレットパンチを叩き込めばジャノビーは戦闘不能になった。
「ジャノビー戦闘不能!ハッサムの勝ち!」
あまりに早い決着にシューティを始め皆が言葉を失った。
「…技の使い方にキレがある。それに加えあの力強さ…」
デントが冷静に口にした横では、アイリスは食い入る様にジッとハンナのことを見ていた。
ジャノビーに労りの言葉をかけてボールに戻すシューティの額に一筋の汗が伝う。
なんて人を相手にしてしまったんだろう、自分とのレベルの差を目の当たりにして早くも焦りが出てきた。
「さ、どんどんいこうか。次のポケモンはこの子だよ、エルレイド!」
エルレイドはエスパーと格闘の複合タイプ。図鑑をしまいシューティはハトーボーを繰り出した。
「成る程セオリー通りね。でも基本に忠実ってだけじゃあ、私には勝てないよ」
「それはどうでしょう?ハトーボー、ふるいたてるから燕返し!」
「ふるいたてるからの燕返しはまずいんじゃない…!?」
「どうだろう…ハンナのことだから大丈夫だとは思うけど、燕返しは必中技で効果は抜群だからな」
「大丈夫、ハンナさんのエルレイドは強いってことはオレとピカチュウがよく知ってる!な、ピカチュウ」
「ハトーボー行け!」
ハトーボーが凄まじい勢いでエルレイドに迫ってくる。燕返しは避けられない。
「なら必中を利用すればいい。エルレイド、冷凍パンチで迎え撃て」
「なっ…冷凍!?ハトーボー避けろ!」
ハトーボーが突然の指示に体勢を崩してしまった、あの勢いだといきなりは止まれない。迎え撃つはずのエルレイドが逃さまいとハトーボーに一直線で向かい、エルレイドの冷凍パンチを直撃させる。
みるみるうちに氷付けにされていく。誰が見てももう戦えないのは明らかだった。
完璧に氷付けにされたハトーボーは地面にそのまま落ちていった。
「ハトーボー戦闘不能!エルレイドの勝ち!」
「シューティ、これ使って!」
ハンナが投げたのは氷治しだった。シューティはそのままハトーボーの元へ行き氷状態を解くと、ボールを構えてハトーボーに向ける。
「ハトーボー、ボールの中で休むんだ」
「シューティ、格闘タイプは確かに飛行技に弱い。だけど弱いからこそちゃんと対策はしてあるの。ふるいたてるでエルレイドは迎え撃つ余裕が出来た」
エルレイドは鍛えてはあるが、元々がそこまで素早さが高いわけではない。ハトーボーにも僅かに勝算はあったのだ。
「…さすがですねハンナさん、だけど僕は勝ちます!行け、プルリル!」
とうとう来た、プルリル。
この1体のためにこの子をボックスから連れてきたのだ、久々に一緒に戦う。
「きたねプルリル!そいつのためにこの子を呼んだんだよ!出てきてパッチール!」
ハンナの次のポケモンはパッチールだった。だがパッチールの足下はおぼつかない、フラフラしていた。
「パッチール…?意外だったな…」
「なにあのポケモン!目回してるけど大丈夫なの…?」
「ハンナさんパッチール持ってたんだ」
一方でシューティは、パッチールを全く知らなかったらしい。珍しさに勝てなかったようだ、図鑑ではなくデジカメで写真を撮っていた。
「シューティ写真を撮ってるんならこっちからいくよ!パッチール、プルリルに接近して毒々!」
さっきのふらつきはどこへいったのか、パッチールはフラついてはいるものの素早い身のこなしでプルリルに接近して毒々を発射した。
「守れ!」と指示をするも、接近されすぎて間に合わない。
「避けろプルリル、水の波動!」
距離が近すぎたせいでパッチールに水の波動が直撃してしまった、これで混乱に出来ればと思ったがパッチールは全く混乱になんてなっていない。
「そうか、パッチールの特性はマイペースだから混乱にはならないんだ!」
思い出したようにサトシが言った。
「サトシでもちょっとは特性の知識はあったのね」
「うるさいなー…」
「ということは水の波動の追加効果はあのパッチールに影響はないってことか」
「プルリル水の波動!」
「水の波動を封じ込めて。金縛り!」
するとプルリルは水の波動を出そうとするが不発に終わり慌て始めた。だがそれはシューティも同じだった。
「そんな技が使えるなんて…プルリル、ナイトヘッド!」
プルリルの目が怪しく光り、おどろおどろしい波紋が生じる。だがパッチールには全くと言っていいほど効果がなかった。
「き、効いてない!?まさかノーマルタイプ!?」
「アハハ、そうだよ。この子はノーマルタイプ。ホウエンを旅したときに捕まえたの」
シューティはこれまでにないくらい焦っていた。相手はノーマルタイプ。プルリルは水の波動を封じられ出せない。
「私がプルリル対策しないと思った?知らないポケモンを出すのはずるいかと思ったけど、呪われボディをよく知らない私にしてみればその特性は怖いんだよね。パッチール、アンコール」
「…これはもうプルリルもシューティも手も足も出ないね…」
アンコールは最後に出した技をいくら違う指示を出したとしても強制的に出させる技。ナイトヘッドはパッチールには効かない。
「シューティはさ、たしかに基本はよく抑えてある。積み技のチョイスもまあまあ。よく勉強してあるのはさっきのサトシとのバトルで見てわかるよ。だけどね、同時に君は基本に捕われすぎて、想定外の事態にとことん弱いってことも見てわかったよ!」
ハンナはパッチールに最後の指示を出す。
「まねっこ!」
「まねっこ?」
サトシとアイリスがデントに聞く。
「まねっことは、相手が最後に使った技で攻撃する技だよ。プルリルは水タイプとゴーストタイプ。しかもアンコールをかけられた技がナイトヘッド。これで決着がつくかもね…」
まねっこをすればプルリルにとって効果抜群のナイトヘッドが出てくる。そして金縛りと毒々。悪あがきをさせるもよし、放って置いても毒々で勝手に自滅する。完全に完封状態に等しかった。
パッチールのナイトヘッドがプルリルに炸裂した。プルリルには効果が抜群、宙に浮いていたプルリルは力なく崩れ落ちた。
「プルリル戦闘不能、パッチールの勝ち!」
「パッチールって見た感じそんな強いようには見えないのに…結構器用なのね。というか、技の構成がえげつないのかも」
「それはそうだけど、あのパッチールの技のコンビネーション、色んな相手に通用するね」
「え、例えば?」
「それ私も知りたい!」
「そうだね、例えばポッドのバオップやアイリスのキバゴだね」
「え…キバゴ?」
アイリスはなぜという顔をしている
「バオップのあなをほるをまねっこでコピーすれば効果は抜群だし、キバゴの場合は今回のプルリルみたいにひっかくを封じ込めて竜のくしゃ…怒りをまねっこすればドラゴンタイプには効果は抜群だからね。でもあのプルリルの場合、アンコールしたあとに金縛りして悪あがきさせるっていう手もあったけどそれは文字通りの自滅だからね。敢えてしなかったのはハンナなりの優しさなのかも」
成る程、と納得した2人。だがアイリスにとって聞き捨てならない言葉がただひとつ。
「デント…、くしゃ…なんだって?」
「ははははは…ご、ごめん…」
「今日はありがとうございました。僕の完敗ですね、またいつか僕とバトルしてくれますか?次は絶対負けません」
「もちろん。負けても次に生かせればシューティもポケモンも今以上に強くなれる。自分とポケモンを信じて頑張ってね」
「はい!あ…あの、終わったばかりであれなんですけど…ハッサムやエルレイド…あとパッチールの写真を撮ってもいいですか?」
「パッチールの写真はバトル中に撮ってなかった…?まあ別にいいけど、撮る前にやるべきことがあるでしょ。ほら、さっき戦ったポケモン達出して」
「えっ!?あ…はい…」と彼に似合わずオドオドした感じを見るとやることがわかっていないようだ。
「写真を撮りたいのも分かるけど、傷ついたポケモン達は応急措置くらいしてやらなきゃだめでしょ。少しでも痛みを和らげてあげるのもトレーナーとしての務めだよ」
「なんかハンナさんってさ、前のダルマッカの時もそうだけどポケモン第一って感じの人だよね」
「ハンナさんはオレが初めて会った時からそんな人だったよ」
「だから強いんじゃないかな…あ、帰ってきた。お疲れ様ハンナ」
「ただいま〜!デント、ボールありがとね、サトシどう?攻略の糸口見えた?」
デントから預けたボールを受け取りながら問う。
「…」
「あれ…」
「サトシがそんな早く攻略法見つけられたら負けてないって」
「まぁ私のパッチールみたいなやり方の他にもスキルスワップとか胃液って攻撃をすれば特性を交換できたり、効果をしばらく無効にすることができるからね。次会うときまでにもっともっとサトシなりに強くなればいいんじゃない?」
私がサトシに言った時だった。
サトシに対して嫌味が全開なあの子がやって来たのだ。
「ピカチュウやツタージャはまあまあだったけど、他のポケモンは全然話にならないね。
トレーナーの君もね」
「何!?」
それだけ言い残して、施設の人に挨拶をして出口に向かっていく。
「シューティ、またいつかオレとバトルだ!」
サトシの言葉に、シューティは言葉だけ返す。
「考えておくよ、バトルはトレーナーの基本だからね」
「残念だったね」
「でもまたしっかりトレーニングすればいいじゃない。あんまり落ち込まずにね!」
「落ち込んでなんかいないさ!」
その一言に「おっ」と期待の声を漏らす。
「あいつに、シューティに負けてらんない!もっともっと鍛えて強くなるぞ!」
ピカチュウもやる気は充分あるみたいだ。
「負けても逆に燃えるのがサトシの強さだろうな」と思えて、眩しいくらいだった。
目を瞑って脳裏をよぎるのは、あの忘れられない堂々とした立ち姿。
不動の地位を維持し続ける無敗の女王。
思い出しては、私も負けてらんないと自分を奮い立たせて次へ向かった。