電話と起こし方
デントからサンヨウジムの番号を教えてもらい、無事ポッドとコーンの番号を交換することができた。ポケギアを鞄にしまい、次の目的地であるシッポウシティに向けて4人は進んでいた。
今の時間帯は昼。お腹をさすりながらそろそろお腹がすいてきたと思った矢先、タイミングよくサトシの腹が鳴った。
「はぁ…お腹空いたぁ…」
サトシが項垂れると、ピカチュウも我慢の限界なのか同調して声を上げた。
そんな2人の様子を見たアイリスはみんなを引き止めて「ねえ、この辺でお昼にしよう!」提案を出した。
「お、いいねえ!」
「私もお腹空いた〜」
パッと顔を明るくしたサトシとハンナは賛成!とハイタッチをすると「私が準備する!」と言い出しっぺのアイリスは張り切って脇道の茂みへと姿を消す。
3人は適当な場所が近くにあったのでそこでアイリスと昼食を待つことにすると、案外すぐに準備ができたアイリスが「お待たせ!」とご飯を運んできた。
「デント、サトシ、ハンナさん!はい、どうぞ!」
そう言って切り株のテーブルに置かれたのは摘まれたままの姿の果物や木の実がゴロゴロと入ったかごだった。
ハンナやサトシは構わないけどデントは黙っちゃいなかった。木の実に手を伸ばす2人をやんわり止めて手際よく簡易キッチンで料理をし始めた。あの普通の鞄のどこにそんな器具が入っていたのだろうかと考えていると、いい臭いがこっちまで漂ってきた。もうすぐできるだろう。
匂いに空腹がさらに刺激されたサトシがまだかと聞いたのと同時に出来上がったようだ。
両手に料理の乗った皿を持ったデントがこっちに運んできた。手伝おうとハンナが立ち上がるも「大丈夫だよ」と笑顔を向けて残りの料理を取りに戻るデントをさし置き、テーブルの上に並ぶ料理を見ると3人は驚いた。
さすがレストランを経営していただけあって見た目だけでも美味しいとわかる。旅の最中のご飯とは思えないほどの彩りで湯気を立てている温かいご飯は目の前にあることが、いかに恵まれている環境であるかをよく理解しているから、余計に驚きも食欲も隠せない。
サトシとピカチュウはさっそく手をつけて食べていた。デントも戻ったところでハンナも空腹の限界だったので食べることにした。
「木の実を挽いて粉にして、パンケーキ風に焼いてみたんだ」
(あ、おいしい)
一口食べれば木の実の甘さがほどよく口の中に広がり、噛めば噛むほど美味しくなる飽きのこないものだった。
木の実は生に限ると言っていたアイリスもこの味にハマったみたいで、もう二個目に手を着けようとしていた。ピカチュウもキバゴも嬉しそうに食べている。
「デントって料理上手いじゃない!」
「本当、すごくおいしいよ!おかわりもらってい…ん?」
「ハンナさん?どうしたんだい?」
おかわりをもらおうと立ち上がりキッチンへと視線をずらしたら、気のせいだろうか、今緑色の物体が見えたような気がした。
「オレもおかわり―!」
「ああ、ちょっと私の分も残しといてよね!?」
パンケーキのおかわりを求めて駆け出す2人に続いてハンナもキッチンへと向かう。
人のことも言えないがまだ食欲に遠慮がない育ち盛りの2人だ。自分の分のおかわりがあるかが不安になってきた。言ってはなんだが私も結構食い意地張ってる方だ。2人より少し遅れてだがキッチンを見るがおかわりなんてどこにもない。もちろん2人が食べてる様子は全くなく同じくおかわりを探している。
でもデントは確かにここに置いといたはずだと言う。
(さっきの緑っぽいのが食べちゃったのかな…)
残念だが仕方がない、美味しそうなものは誰だって食べてしまうものだ。
その時だった。近くの茂みがざわざわと音をたてる音にアイリスが気づいた。
「?…ねえ、あの草むらに何かがいる!」
全員が草むらに集中すれば何かが移動してるように葉が動いている。
「なんだろう…」
サトシは昼食のことも忘れて何かを追いかけていった。デント達も気になるのか私も含め皆がついていった。
「!…あれはツタージャ…イッシュ地方で最初にもらえる三体のうちの一体だ」
音の正体はツタージャと呼ばれるポケモンらしく、サトシはあのポケモンをアララギ研究所で見たようだった。よく見たら小さい両手でパンケーキを持っているではないか。お前だったのか。
「へぇ…」と横で声を漏らしたハンナは、研究所では結局ミジュマルとポカブしか見なかったから、よくその姿を観察しようと思っていたが、自分がおかわりしようとしていたパンケーキを美味しそうに食べていることに目が釘付けで羨ましさしかなかった。
そういえば、あの時あった研究所のミジュマルはサトシの手持ちになったんだっけ?と思い返していたら、横にいたサトシが気づけばツタージャにボールを投げていた。
え、いきなり?
攻撃も食らわせず、突然ボールで捕まえようと意気揚々と行動するサトシにアイリスも同じことを思ったようだ。だがボールがツタージャが入ったと思ったがやはり弱らせていなかったためすぐ出てきてしまった。
ボールは弾き返されてしまいツタージャは逃げてしまった。
だがサトシは草タイプのポケモンが欲しかったらしくツタージャを捕まえる気満々で、逃げられたにも関わらず諦めないところが変わらないなと懐かしんでいれば皆ツタージャを追いかけていくそうだ。荷物はどうするつもりなのか、ハンナはアイリスに一声かけて荷物番をすることにした。
が、やはり一人はなんとなく寂しいので手持ちの子を一匹出した。
「出ておいでムウマ」
ムウマはボールから出た途端はしゃぎ回った。
先ほどのパンケーキを一生懸命頬張るピカチュウとキバゴの姿にも癒されたが、やっぱ手持ちの子が一番可愛いと思う。ムウマはラプラスと同じく卵から孵った子だった。体こそは小さいがラプラスより先に生まれたお姉ちゃんだ。
「そうだ、次のジム戦ムウマ出よっか」
まだ不安定な技もあるが経験を積むにはいいだろう。ムウマも自分が出て戦えることが嬉しいようだ。
「よし決まり!シッポウジムはノーマルタイプの使い手らしいからそれなりにゴーストタイプの対策はあるよねーどうしよ」
ゴーストタイプにノーマルタイプの技こそは効かないが基本的に癖のないタイプだ。技マシンを使って悪タイプの技なり同属だが弱点であるゴーストタイプの技を覚えさせることができる。
「まあそこがメリットだけどノーマル自身で弱点をつけないってデメリットもあるけどねー、ムウマ」
問いかけるとムウマは首をかしげた。「いやーもう可愛いすぎ」と頭を撫でてやると嬉しそうに身震いした。
サンヨウでは暴れたりない奴だけにバトルをさせたが、今回はノーマルなだけに相手のジムリーダーが何をしてくるかわからない。リザードンは基本的にかなり気まぐれだから出番があるかはまだ微妙だけども。ノーマルを半減させるタイプの子もいるわけだから、その子を出してもいいかもしれない。
<ピピピピピピピピ…>
ポケギアが鳴っている。画面を見れば最近交換したばかりの番号と名前だった。
「もしもしポッド?どうしたの」
『ちょうど休憩入ったしせっかく番号交換したからしかけてみたんだよ、デントは元気か?』
やはり兄弟、旅立った長男のことが気になるようだった。
「元気だよ。今サトシ達と一緒にツタージャ追いかけてるところ」
『え、お前は?』
「私は荷物番ね。ツタージャが気になるのもわかるけど森のなかとはいえ荷物ほっぽって置けないでしょ」
『なんだよデントしっかりしろよなー!』
ポッドの発言に思わず笑ってしまった。ムウマははしゃぎ疲れて私の膝の上で寝ている。
「そっちはどうなの?コーンさんはホール?」
『今休憩してんのは俺だけ。コーンはホールで仕事中な。それよりハンナって俺たちとたいして歳変わらねえだろ?コーンのことさんづけしなくても呼び捨てでいいよ。デントも一緒に旅してんだしさん付けよりそっちのがいいと思うぜ?』
「言われてみればそうかもね。ポッドは元から呼び捨てだったけど、1人だけ呼び捨てなのも変だし、これからはデントとコーンって呼び捨てで呼ぶわ」
『そそ。それでいいって。そういやさっき新聞にポケギアアプリの広告入ってたぜ?見る限りだとジムのあるでかい町のポケモンセンターだな。イッシュ地方のタウンマップアプリとか、その他の…まあ俺にはよくわからん機能だけどアップグレードしてくれるってさ』
「本当!?地図なかったから助かる!ポッド教えてくれてありがとう!シッポウシティに着いたらジムの前にポケモンセンター行かなきゃね」
『おう!やっぱりジム戦やんのか、頑張れよ!』
それじゃあそろそろ切ろうかなと思ったところで、電話の向こうから怒りの声が聞こえてきた。
『ポッド!いつまで電話してるつもりですか!もうとっくに休憩時間は終わってるんですよ!?』
『悪い!今行くからそんな怒鳴るなよ!悪いハンナ、俺仕事に戻るから切るぜ。デントによろしく!』
「うん、ポッドも店とジム頑張ってね。バイバイ」
結構話し込んだと思ったが、依然としてサトシ達は帰ってこない。1人だと寂しいなと思って出したムウマは寝てしまっているし、それにだんだんムウマを見てたら眠くなってきた。
* * *
「あれ…ハンナさん寝てる…」
無事にツタージャを捕まえた3人が戻ると、カバンを置いている木に背を預けてハンナが眠っていた。木陰が気持ちよさそうで、穏やかな寝顔。膝の上に蹲って寝ているポケモンに気づいたデントは、イッシュにはいない種類のポケモンに興味が向いていた。
「この膝の上で寝てるのって…ムウマってポケモンだっけ…?」
「私も初めて見た!小さくて可愛い〜!」
目を輝かせて言うアイリスの声でムウマが目を覚ました。
寝起きで眠い目を瞬きさせながら、まだ寝ているハンナの頭を何回か軽く頭突きする。だが起きる気配がない。見かねたデントが優しく肩を揺するがまだ起きない。
旅の初めにサラッと言っていた言葉をデントは思い出した。ハンナは寝起きが最高に悪い、と。
ハンナを起こすデントの横で見ていたムウマが最終手段に出た。
ハンナの腰についてる彼女の相棒、リザードンのモンスターボールに突進した。カチッと渇いたボタンの音が鳴ればリザードンが出てくる。リザードンは眠る主人と回りの様子を見て大体状況をよんだ。もしかして彼女にはよくあることなのだろうかと、手慣れた様子で動き出すリザードンにデントは小さく嘆息をもらした。
リザードンは少し後ろに下がり、軽く肺に空気を吸い込む。それを見たムウマがハンナの近くにいたデント達を押して離れさせた。
「まさか…」
デントが唾を飲む。3人はこれからの展開が予想できてきた。
最後通告のように主人であるハンナに向かって大きく吠えるが全く効果はない。そしてとうとう手段に出た。
相手は人間ということもあり、かなり弱い火炎放射だったが、さすがにハンナは起きないはずがなかった
「あああっつ!」
いきなり与えられた熱でハンナが飛び起きた。
主人の様子を見て役割を終えたリザードンとムウマがボールに戻っていった。
びっくりしたせいでしばらく呆けていたが、だんだん覚醒してきた。「ああ、寝てたのか」と頭を軽く掻いて心臓を押さえる様子を見ていた3人は、苦笑いせざるを得なかった。
一同はリザードンから彼女の起こし方を学んだ。