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夢の跡地





「まあ、あのナナカマド博士から…ありがとう。大切に拝見させていただきます」

 なんやかんやあったが、忘れる前に先に渡しておこうとナナカマド博士から受け取ったチップをマコモ博士に渡した。
 ちょうどよかったので、マコモ博士にこの状況の疑問をぶつける。

「…あのマコモ博士、私があなたを見た限りだとはこのピンクの光の怪現象に詳しいですよね…?」
 当てずっぽうではない、マコモ博士はいち早く異変に気付き光で眠ったポケモンが一番が集まるであろうポケモンセンターに駆けつけた。

「──ええ、そうね。詳しい話をしたいので皆さん外に出てもらってもいいですか?」







 完全復活をしたリザードンをボールに入れて外に出てみたらさっきよりも光が街じゅうに溢れていた。

「すげえー…」
「この光でキバゴが眠っちゃったのよ」

 そう先程あったことを言うアイリスの近くにピンクの光がひとつ。アイリスの髪から街の様子を伺っていたキバゴはびっくりして髪に潜ってしまった。


 さっき図鑑でキバゴを調べたが、キバゴの体重は18kg。
 キバゴとアイリスの2人のコンビはお似合いだし絵になるが、アイリスの毛根がどれだけ強固なのかが気になってきた。
 全然関係ないことを考えていると、マコモ博士はピンクの光を切なげに見つめて言った。


「これは…ムシャーナが夢の煙から作り出したものだわ」
「ムシャーナ?」

 サトシは図鑑を取り出しムシャーナを調べる。
 ピカチュウは無防備だけどいいのだろうか。

「ムシャーナはムンナのように夢を食べて、映し出すことができるの」
 マコモ博士の補足を聞きながらピカチュウに私のジャケットを掛けてあげようと脱ごうとしたらデントにビックリされた。なんだよと目線を送る。ピカチュウが眠っちゃうよりはマシじゃないか。
 ビックリされたと同じタイミングにジュンサーさんが車でやってきた。
 聞けばピカチュウをボールに戻せという。そういえばいつもサトシの肩に乗っかっててボールに入ってるのを見たことがない。
 困ったようにサトシが答える。

「それが…オレのピカチュウ、モンスターボールに入るのが嫌いで…」
「えッ!?」

 これには皆が驚いた。ボールに入るのを嫌うポケモンがいる事実。
 ボールに入るのがあまりにも当たり前すぎて、気にしたことがなかった。


「ちょっと失礼」
 マコモ博士がサトシの帽子を優しく取つと、ピカチュウに被せた。
 被せるというより、乗せると言ったほうが近い。帽子が被さった耳は垂れ耳のように下を向いていて、これが非常に可愛い。
 もう目が釘付けで離せなくて、帽子ピカチュウは私のツボにヒットした。


「ひとまずの対応策」
 心の中でマコモ博士にスタンディングオベーションを送る。
「ムンナは大丈夫なんですか?」
 確かにさっきから普通にしてるけど…そんなことより私はピカチュウを目に焼き付けていた。

「この事件を解く鍵は、夢の跡地にあるはず。」
「夢の跡地…?」


 大事な話だが、ピカチュウから目線を離せないでいたらアイリスに「ハンナさん見すぎじゃない?」と言われた。


「しょうがないじゃん、可愛いんだもん。ピカチュウとか地元のアイドル同然だよ。…こんな時にごめんサトシ、帽子ピカチュウ可愛いから写真撮っていい?」




 サトシを除いた全員が苦笑いしたが、私は見てないぞ。







 手っ取り早く夢の跡地に向かうためジュンサーさんが運転するパトカーに乗ることになった。


「夢の跡地というと…町外れの廃墟ですよね…?何年か前に大爆発を起こしたと聞きましたけど」
 デントは跡地から近いサンヨウに住んでるだけあって少しは夢の跡地について知ってはいるようだ。

「大爆発…?」
 だが、出て来た言葉は不穏そのもので、マコモ博士の様子を見ても容易によろしくない出来事があったことを示していた。
「ええ…あの廃墟はポケモンエネルギー研究所の跡。そこではムシャーナが夢を食べて作り出すエネルギーを皆の役に立つエネルギーに変える研究ををしていたの。…私もその一員だったわ」
「夢を…エネルギーに…」


 (普通ならそんな夢のようなことできるはずないと思う…)
 だがムンナやムシャーナという存在がいるのなら、可能性としては限りなく実現に近かったのかもしれない。


「研究が完成すれば…究極のクリーンエネルギーが作り出せる。なにしろエネルギーの元となるのは、人やポケモンの見る夢なんだもの…だけど…」
「何があったんですか!?」
 サトシは急かす。
 ここまできたら大分察しがついてきた。



「その研究の権利をめぐった問題でムシャーナの力が暴発したんじゃないんですか?」
冷徹に言う。見たことがあった。美味しいところだけを持って行こうとする意地汚い大人の姿は、案外どこにでもいることを知っている。

マコモ博士のムンナを抱く手が僅かに動いた。私の放った一言はマコモ博士に刺さったようだ
「研究者ならよくある話だよ、権利争いなんて…それにね、話だけ聞いてりゃ素晴らしいけど夢は夢でも全部がいい夢っていうわけじゃない」
「そう…彼らが抱く野望も、ある意味では夢。そうして欲に満ちた思いまで吸収したムシャーナは膨れ上がる夢を処理仕切れずに、研究所ごと暴発したエネルギーで…ムシャーナは研究所の爆発と共に消えてしまった…」
「それで…研究を?」
「…やめました。ムシャーナもいなくなって、研究に嫌気が指して街を離れたんです。でも、ムンナがこうして何かを感じ取ってくれたから、私達はここに戻ってきたの。そしてこの光…ムシャーナはどこかで生きている」



 マコモ博士の隣で静かに話を聞きながら運転していたジュンサーさんが突然驚きの声を上げた。
「あら…!?…あれは…」










「すごい反応よ…」
「予想以上だ!」
「ミッションは大成功だニャ」


 夢の跡地に着けばピンクの輝きが跡地を覆っていた。
 ただひとつ違うのは光を浴びてもピカチュウやキバゴが眠らないこと。
 跡地の中を見れば黒い三人組がいた。なんか見たことがあるようなないような感じがしたが今はそんなこと気にしてる場合ではない、

 念のために腰のモンスターボールをひとつ手にとって跡地に入った。

「ちょっと、そこで何をしているの!?」
ジュンサーが来たにも関わらず三人組は不適な笑みを浮かべている。


「夢の残り香を探しているのさ」
 そして含みのある言葉で挑発する。

 (この声は聞いたことある…)
 だけどあんな雰囲気ではなかったはず。
 たしか鋼鉄島で会った誰かが、もっとこう、言ってはいけないがアホっぽいというかマヌケっぽさがある声だった。


「あの機械が、ここに残るエネルギーを高めているんだわ!」
 マコモ博士の推測は正しい。三人組の一人が「その通り」と笑う。


「あなたたち一体何者なの!?」


 三人組の一人の女がサングラスをちらつかせた。
「何者なのかと聞かれたら」
「答えてあげよう明日のため」


 姿を見せた三人組はやっぱり以前鋼鉄島で合った三人組だった。しかし昔と雰囲気が違う。
 あの時みたいなふざけた感じではなく本当の悪の顔って感じだ。




「ロケット団…?カントー地方の組織がなぜイッシュ地方に!?」
 ジュンサーが問いかけると、耳を疑う言葉が飛び出る。

「イッシュ地方制圧プロジェクトが発動したのよ」
「この夢の跡地に残るエネルギーはロケット団の手によって完全復活する」
「邪魔する奴は許さないのニャ!」



 まさにマコモ博士にとっての悪夢だった。 
「まだ私たちの夢を利用する者がいたなんて…」


「マコモ博士、ムシャーナはムンナを通じてこのことを知らせようとしていたのでは?」
「ムシャーナが!?」

 デントの言葉を捉えたムンナは頷いた。
 カタリと私の手の中にあるモンスターボールが揺れる。
 その瞬間地面が揺れ、辺り一面はピンクに包まれひとつの鳴き声が聞こえた。


「ムシャーナの声だわ!」

「研究所の実験に協力してたというポケモン…!」
「ということは、エネルギーのデータどころかエネルギーそのものを作り出してたというポケモンまでゲットできるニャ」



 ムシャーナの声を聞きマコモ博士は走り出した。
 自分達のせいで苦しませてしまったムシャーナに謝らないといけない。苦しませてしまったのに自分たちに異変を伝えるために頼ってくれた、マコモ自身ずっと一緒にいたのに会いたくないはずがない。
 だけど自分に計り知れない傷を負わせた人間にまた接することができるのかという疑念も拭えない。


「ムシャーナ!どこなの!?」

 ムシャーナは間違いなく近くにいる。皆が大声で呼んではいるが現れる気配がなく、辺りを見回すがやはりいない。
 しかし上空に空間が裂けてなにかが出てきた。
 白い光の球体からだんだんと形を表してくる。

 探していたムシャーナが自らマコモ博士の前に現れた。



「ムシャーナ!」

 やっと再会できたマコモ博士とムンナがムシャーナに近づこうとした瞬間、ロケット団達の機械がマコモ博士達を妨害してムシャーナから引き離してしまった。

「マコモ博士!!」
 サトシが前に出るが、機械から放たれるビームのせいでムシャーナに近づけない。


 ついにはムシャーナが捕えられてしまった。
「ムシャーナ…!お願いやめて!」

 マコモの制止むなしくロケット団には届かない。
 やっと会えたのに、「またムシャーナにあんな苦痛を味あわせることだけは絶対にしたくない」というマコモ博士の思いを踏みにじる光景にサトシはピカチュウにボルテッカーで捕縛機を壊そうと躍起になる。

ピカチュウを手助けするムンナは、サイコキネシスで機械を潰した。

「リザードン、ムシャーナを助けてあげて」
 ボールから出てきた相棒はボルテッカーによって解放されたムシャーナをこちらに運んでくれた。
 ムシャーナが解放されたことによってサンヨウシティまで及んでいたピンク色は消え去り、ひとまず安心と思った束の間、計画を邪魔されたロケット団の「こざかしいッ」の一言で、リザードンや私の顔に緊張が戻った。

 まだ何かしてくるのかと身構えるも、イッシュに来てから捕まえたと思われるコロモリと呼ばれるポケモンの風起こしで、ロケット団には逃げられてしまった。



「また逃げられた!」
 アイリスが悔しげに顔を歪める。
 またということは、もうすでに何回も遭遇しているということだ。今まで相当つきまとわれていたサトシも難儀だなと思い見てみるも、当の本人は全く気にする様子はなく、マコモ博士とムシャーナの再会に素直に喜んでいた。

「ま、いいさ。マコモ博士がムシャーナに会えたんだから」
「一件落着ってとこかな」



 目の前に現れてくれたムシャーナをマコモ博士が数年ぶりに優しく抱きしめる。

「ムシャーナ、長い間あなたに気づかなくてごめんなさい。これからはずっと一緒よ」





 (ずっと一緒、か…)
 私もリザードン達とはずっと一緒にいたいって思ってるけど、リザードン達はどうなのかな…?
 そう思いふとリザードンに視線を向ければ、博士とムシャーナの姿を見て同じことを思ったのだろうか。
 長い首を曲げて、頭を近づけて擦り寄せてきた。ラプラスといいこれは愛情表現なのかな。そう思ったら自然と答えを聞かずとも理解し合えたような気がして、少し嬉しくなった。




 が、

「ああ!なんと価値のある再会だろう!博士とムシャーナ、互いを思いやる心と心の紡ぎ出すハーモニー!」


「……ねえ、デントってこんなんだっけ」
「しーらない」

 デントのせいで現実に引きずり戻されてしまった。
 感動を返せ、といいたいところだが今の私は空気を読める子、我慢だ。





 こうして夢の跡地の事件は数年の時間を経て幕を閉じた。
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