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ジム戦前




「これ、ポケモン図鑑ね!全く知らないイッシュ地方だから図鑑はあった方がいいと思って」
「わぁ…いいんですか?ありがとうございます!…そういえばミジュマルは?あのお調子者の可愛い子」
 前に来た時よりやけに静かだと思えば、室内のトレーにはポカブとポカブが入ってたモンスターボールしかいない。


「ああ、ミジュマルはカントーからきたサトシ君っていうトレーナーに着いていったわよ」




     * * *




 ──サトシ来てたんだ!
 ちょっと前に研究所から出発したならもうサンヨウあたりにはついてるはず。
 (久しぶりだ。最後に見たのは確か鋼鉄島だったっけ)
 あの時はタケシとヒカリと金髪のハネ毛が印象的な罰金ボーイがいたけど今はどうしているだろうか。

「リザードン、急ごう」
 サンヨウまでを急ぎ、逆風を受けてボサボサになった髪を手櫛で整えながらジムに駆け込んだ。



「ジム戦しにきたよ!」
「おっ、やっとか」
「あれ、デントさんは?買い出し?」
 店内を見回すと赤、青、緑の頭が目立つはずが今日は緑がいない。
「そうだよ。ジム戦前の腹ごなしでもするか?」
「ごめん、食べたいのは山々だけど今人を探してて…」

「頼もおおおおお!!」



「めちゃくちゃ元気な奴が来たな。ちょっと待っててくれ」
「え?うん」
 ポッドが向かうとハンナは案内された席に座って待つことにした。


「それにしても、今時「頼も〜」なんて言いながらやってくる奴がいるな…ん…」



 扉を見て絶句。まさか探している人物が向こうからやってくるとは。
 肩に乗っかるピカチュウに、トレードマークの帽子。旅で少し焼けた肌に、真っ直ぐすぎる目。


 確かにジムだけど、レストランという場に合わない道場破りの大声と共に現れたのはサトシだった。

 相変わらず声がでかい。こういう場所問わずなところも全然変わっていないようで安心した。
 サトシの他にいたのはタケシとヒカリではなく、デントと褐色の肌を持つ女の子と黄緑のポケモンだった。サトシはここが本当にジムなのか混乱しているのをよそに、ポッドとコーンはメニューを渡して完全に料理が目当ての客として扱っていて少し笑ってしまう。
 だがポッド、納得プライスのスペシャルランチは納得ってなんだ。


 ウエイターから水を受け取ってしばらくその様子を見ながら乾いた喉を潤していると、とうとうサトシは限界まで達してしまった不満を爆発させてしまった。「ジム戦をしたいんだ」と叫んだ途端、その声のでかさからジムリーダー三人と褐色の女の子が固まる。
 だがそれ以外の人達は「ジム戦!?」と口々で言っては確認しあい、固まるどころかスタンバイして待ってましたと言わんばかりに立ち上がってどこかに行ってしまう。
 ゾロゾロと足並みを揃えて向かう女性客を見てなにかを彷彿とさせるのを思い出そうとするが、思い出せない。

 ジム戦が始まるというよりライブが始まるというノリに正直ついて行けなくて座ったまま傍観していると、フィールドに向かおうとしていたポッドが立ち止まって声をかけてきた。




「ハンナ、一緒にジムのフィールドに来てくれ!」

 「うん」と答えながらハンナも向かう時にサトシをチラッと目線だけ向けて見てみるも、サトシはまだ私に気づいてない様子だ。

「ハンナ…?」
「サトシ、置いてかれるわよ!」
「──どこかで聞いたことあるような気がするけど…まあいっか」
 




     * * *




 フィールドに入るやいなや、ジムリーダーの三人は手持ちのポケモン達を見せてくれた。が、まさかの可愛さに思考が止まる。

「こんな可愛い子と戦わなきゃいけないのか…」
 深刻そうな顔でため息混じりに呟くハンナを見てデントは苦く笑った。
「まあ、ジム戦だからね」
「可愛いとかなんとかって言ってると痛い目見ますよ?」
「うぐぐ…まあそうだよね」
 悔しいけど正論だ。
 これから戦うであろうヒヤップを撫でては抱きしめていると、人懐っこいのか抱きしめ返してくれる。横にいるサトシが目の前にいる三匹のポケモンを見て「よし決めた」と言うと、とんでもないことを言い出した。



「オレ、三人と戦います!」
 サトシの突然の提案に三人は戸惑いを隠せずにいたが、それでもサトシは引かない。 
 (本当、バトル好きでポケモン好きは相変わらずだな…)
 再び懐かしむようにヒヤップを抱いたままサトシの言葉に耳を傾ける。サトシが熱意を言い終わったとき、デントがひらめいたように「あ、」と一言。


「ハンナさん、君も僕達3人とバトルするのはどうかな」
「私も?」
「ポッドもバトルをしたがってたし、僕も君と戦ってみたいんだ。ダメかな?」
 見ると、「頼むよ」といった素振りが出てきた。ポッドには見えていないようだが「兄弟のためにさ」とひっそり付け加えてきて、そこで初めてこの三人が三つ子だと知った。

「ハンナは俺達に3勝したらジムバッジあげるってのはどうだ?」
 調子に乗ったポッドがさり気なくハードルを上げてくる。腹が立つくらいのしてやったりなニヤケ顔。これは受けないと白けること必須だと思い、自分の手持ちのボール達を見る。自分は構わないけどみんなはどうだろうか。
 …喜んでるみたいだ。ボール達が震えて自分を出せと自己主張している。


「わかった。やってあげる。そのニヤケ顔を盛大に崩しに掛かってやるから」
 
「ヨッシャ決まり!サトシ、まずはポッド様とバトルだ!」


 とりあえず私はサトシのジム戦が終わるまで二階のギャラリーで観戦することにした。
 フェンスにもたれてフィールドを眺めると、反対側のギャラリーには三人の応援団という名の女性客達がポッドにエールを送っている。

 (…よくやるなあ)
 所謂追っかけというやつだろうか。少しの感心を込めて見ていると、先ほどから感じていた既視感の正体がわかった。

 ──前に写真で見たシゲル親衛隊の人達に似てるんだ。
 ナナカマド研究所ではシゲルと相部屋のため面白半分でフォトブックを勝手に覗いてしまった時に見つけたあの親衛隊のお姉さま方と、あの女性客達はどことなく似ている。見た目ではなく、雰囲気が。
 このテンションの女性達に囲まれながら旅をしてたシゲルが今でも想像できない。あの真面目なシゲルが。結局勝手に見ているところを見つかって、オーキド博士の気を引きたくてやったことだと言っていたけれど。十歳でどれだけ女慣れしてるんだと恐ろしく感じてしまう。

 そんなことを考えてる眼下ではジム戦が始まっていた。
 親衛隊のことは頭から消して観戦に集中しようと思っていたが、思ってた以上に三つ子の応援団の声援が強くてなかなか消えてくれない。
 ──うんざりとまではいかないけど、この状態でも戦えるサトシもサトシですごい。

 と言っている側から応援団に圧倒される姿が見えて、これじゃあ一体誰と戦ってるのかわからないねと考えていると、肩をつつかれて振り返る。サトシと一緒にいた褐色の女の子だ。


「食いつくように見てるけどサトシのこと知ってるんですか?」
 女の子が話しかけてきた。今のサトシと一緒に旅をしているのだろうか。
「知ってるよ。前にいた地方で知り合ったんだけど…サトシは覚えてるって言ってた?」
「いや、名前は聞いたことがあるみたいなことは言ってたんで気になったんです。私アイリスっていいます!この子はキバゴ」
「そっか、私はハンナ。よろしくアイリス」




     * * *




 サトシのジム戦は二勝一敗だった。
 一勝一敗の負けたら後がない状態で三戦目を迎え、ミジュマルが勝利の決定打を与えたことによってサトシは晴れてトライバッジを獲得することになる。
 今回のMVPであろうミジュマルはホタチを枕がわりにして寝ている。それを眺めがらハンナは体を縦に伸ばして深呼吸。

「可愛いなあ…さて、私も行かなきゃね」
「ハンナさん頑張って!」
「ありがとう、バッジゲットしてくるわ」


 フィールドに両者が立つ。
 初戦はコーン。タイの位置を整えて、すでに万全な状態で向き合っている。

「まずはこのコーンが相手になりますよ。本来なら僕が相手のジム戦でしたからね」

 前髪を手で靡かせながら言うと、フィールドにボールからヒヤップを出してきた。
 審判は専属の人じゃなくて、三つ子の手の空いてる方が勤めていた。今回はデントがやるようで、ジム戦前のルールを戦う両者の表情を確かめながら述べていく。


「では一回戦、ハンナ対コーン、初め!」



 初めてのジム戦、戦いの火蓋が切って落とされた。

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