忘れられると思った。
もう諦められるのだと。

あれは自分を好きじゃないというのは、嫌でも知っている。あれが好きなのは、夏の似合う彼女だ。
あれは彼女への好意を−−まぁ、本人は隠しているつもりらしいが−−身体全体で表すし、彼女と話している時は全てが優しかった。
自分には向けられる事のない表情、言葉、好意。それらが酷く眩しかった。
自分に向けて欲しいと思うようになったのは、何時だっただろうか。忘れてしまうほど、それに焦がれた。

モニターに映し出されていた映像をブツン、と切る。丁度、あれが彼女と話している所だった。
思わず切ってしまったモニターを見上げ、無意識に唇に弧を描いた。

「俺はこんな弱かったかねぇ」

これじゃあ、まるで恋する乙女ではないか、と。
自嘲気味に暗くなった部屋で一人笑う。
昔はこんなんじゃなかった。一人でも大丈夫だったし、誰かに執着なんかしなかった。
だが今は駄目だ。どうしようもなく、淋しかった。

「こんなのは俺のキャラじゃねぇなぁ・・・」

口に手を当てながら、くつくつと肩を震わせて笑う。
こんなのは、自分じゃない。自分はこんな弱くはなかったのに。
あれが、自分を弱くしてしまった。
その事実を認めたくなくて。
クルルは深い思考へと溺れた。






「こんな暗い中、何をやっているんだお前は」

暗闇の中、思考に溺れていた頭はその声によって引き上げられた。
後ろを振り返って見れば、呆れ顔でギロロが立っていた。先程まで真っ暗だったラボは、今はギロロが点けたのだろう、蛍光灯から光が射している。
クルルは電気が点けられた事にも、ギロロが来た事にも気付かなかった自分に思わず舌打ちをした。それほど、思考に溺れたのか。

「・・・なんで先輩がこんなとこにいるんスか〜?」

それでもギロロには気付かれない様に、いつも通りの対応をする。そんなクルルの心情を全く知らないギロロは、クルルの質問に持っていた紙袋を翳した。

「芋が上手く焼けたんでな、せっかくだからお前にもと思って」

そう言って笑うギロロは男らしさが醸し出されていて、クルルの胸が一瞬跳びはねた。
しかし、クルルはそんな自分の異変には気付かぬ振りをしてニヤ、と嫌味っぽく笑う。

「また芋かい?そろそろ先輩の身体も芋臭くなるんじゃないっスかぁ?」

そう憎まれ口を叩くクルルだが、ギロロがわざわざ自分に持って来てくれた事が嬉しく、胸が暖かかった。
笑い顔もケロロ辺りが見たら普段よりも柔らかいと気付くだろうし、声も優しい。
だが、今目の前にいるのはギロロだ。

「なっ、なる訳ないだろう!それに夏美が食べたいと言うから・・・!」

からかわれたと思ったギロロは声を荒らげた。そして、今クルルが一番気にしない様にしていた名前を挙げたのだ。
その名前に、クルルは先程生じた胸の暖かみが急激に冷めていくのを感じた。
頭が醒めていく。胸が褪めていく。
心が、痛い。
けれど、クルルはそれらの感情を無視した。
無い物として、笑った。

「クック、夏美がねぇ・・・。先輩もうちっと顔締めた方が良かったんじゃねぇかぁ?緩むのにも加減ってのがあるだろ〜」

「お前見て・・・っ!」

「クーックック〜」

驚くギロロに、クルルは笑って応えた。
もちろん、クルルは見ていない。ギロロが彼女と話している時点で、モニターを切ったから。
だから、ギロロがその後焼き芋をした事さえ知り得なかった。
それでもギロロがしていたであろう表情ぐらいは分かる。
いや、誰でも分かるかもしれない。それほどギロロは彼女が好きなのだ。
だが、分かるのと確定するのは違う。
想像なら逃げ道はあるが、現実はないのだ。
分かっていた事を、改めて知らされるのは、辛かった。

「せんぱぁい、くれるんだろ?芋」

それでもいつも通りに笑う。笑う事で、全てをごまかして。
自分に向けて伸ばした手をギロロは眉間を寄せながら見詰め、諦めた様にため息を吐いた。

「・・・お前はもっと食え」

そう言いつつ、手に焼き芋の入った袋を乗せた。

「カレーならいくらでも食うぜぇ?」

袋を掴みながら、クルルは軽口を叩く。
それに、ギロロは再度ため息を吐いた。

「クルル、お前最近篭りっぱなしだろう。たまにはラボから出ろ、身体に悪い」

「・・・心配してくれてんスか?優しいねぇ」

ギロロの言葉に茶化す様に返事をする。笑顔は崩れない。

「お前は自分を追い込み過ぎだ。ケロロまでいくと問題だが、もう少し肩の力を抜け」

ギロロの腕が伸びたと思ったら、頭に小さな振動が起きた。
ぽんぽんと頭が軽く叩かれる。その言動に、思わずクルルは固まった。
普段クルルに構う事など滅多にないギロロが、親しげに触れてくる。それが信じられなかった。
信じられなかったが、固まった頭をすぐに無理矢理にでも動かした。
誤解しそうだった自分に言い聞かせる為に。
これは仲間としてだ。自分だけじゃない。思い上がるな、特別な感情なんかないんだ、と念じた。

「クーックック、先輩に心配されるほどヤワじゃねぇよ」

絞り出した声は、少し震えていた。しかし、ギロロはそれに気付かなかった。

「人が心配しているのに、貴様は・・・!」

「心配してくれてありがとうございます、先輩〜」

「クルル、お前はもっと人の気持ちを受け入れろ!」

「先輩のあつーい気持ちはバッチリ受け入れたぜぇ?」

「馬鹿にしているのか貴様!」

「あ、分かった?」

愉しそうにクルルはくすくす笑う。ギロロはそんなクルルに怒りを露にした。
けど、手はまだクルルの頭上に乗っている。
温もりが伝わる。
振り払いたくても、出来ない。

「せんぱぁい、俺の心配より先輩の顔どうにかしてくれねぇかい?緩みまくった顔見んのは辛いんスよ」

「なっ!」

だから、ギロロが離してくれる様口悪くからかった。
意図した通り、ギロロは頭から手を離す。それに、クルルは安堵の息を吐いた。
ギロロはクルルを睨んでいる。醸し出されている雰囲気が怒気を孕んでいるのを感じた。

何よりも彼女との事を言われるのが嫌なのを知っていて、わざと言ったのだ。
クルルは自分の思惑通りになりそうな事態に笑みを深くした。ギロロはその笑みをからかっていると思ったのか、ますます顔を顰める。
ギロロの脚が持ち上げられた。きっと、そのまま怒って出て行く。
クルルの思惑通りに。
だから、安心したのに。

「お前は食事を取れ、ちゃんと寝ろ!軍人たる者自己管理も仕事だ。たまには上に上がって来い。良いな!」

踏み出す前に振り返ったギロロは、有無を言わさないほどの迫力でそれだけ言ってクルルに背を向けた。
乱暴な足音が遠ざかっていく。
その音が消え去ったラボで、クルルは目を見開いていた。

最後に、気を抜いてしまった。
思惑通り、出て行ってくれるはずだった。やっと離れられると思ったから。

「・・・・・・しくじった・・・」

きっと、今の自分は呆けた顔を真っ赤にしているだろう。
もう自分を見ずに出て行くと思ったから、安心した瞬間、クルルは笑い顔でごまかすのを止めていた。
多分、哀しいか切ないか、そんな顔をしてしまっていたと思う。
それを、見られた。
見られて、しまった。

「・・・有り得ねぇ」

そう言って、クルルは椅子に脚を乗せ膝を抱え、顔を膝に突っ伏した。
顔が熱い。
きっとギロロは、自分が仲間だから言っただけだ。
だが、こんな自分が心配して貰えるという事が嬉しかった。
好かれてはいないが、嫌われてもいない。
自分がギロロの中に少しでもいるのが、嬉しい。係わってくれるのが、嬉しい。
その優しさが、辛い。

「・・・どうせなら嫌ってくんないかねぇ」

頭にそろそろと手を伸ばす。出て行く前、ギロロが掻き交ぜたせいで帽子がズレている。
そのズレた帽子を、掌で覆った。
優しくしないで欲しい。
冷たく突き放して欲しい。
そうすれば、諦めが着くのに。

こんな弱い自分なんか、知りたくなかった。
あんな奴、好きにならなきゃよかった。
嫌いになれれば、いいのに。

「・・・クックッ」

なのに、嫌いになれない。
その優しさに、惹かれてく。
諦められない。

「あーあ、有り得ねぇ」

顔を上げて、クルルは自嘲気味に口端を上げる。
目に映ったのは、茶色い紙袋。
その紙袋に、クルルは泣きそうな顔で笑った。






片道サースト



そして今日も想いが募る。



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