カタカタとキーボードを打つ音が、静かな部屋に響く。
一人で使うには広すぎる部屋で、その部屋の持ち主はただ画面を見つめながら音を作り出していた。
静寂の中に不規則な音だけが響く。
寂しい様な、心地の良い空間。
そんな空間に、違う音が混じった。

「少佐、そんなに根を詰めると倒れてしまいますよ」

扉を開け入って来た紫は、優しい声で言った。
そう声をかけられた黄色は、振り向きもせずキーボードを叩く。
紫は無視された事に気にもせず、持っていたお茶とお菓子を机に置き、椅子に座りながら黄色の背中を眺めた。
部屋が再びキーボードの音だけを響かせる。
だがさっきまでの寂しさとは違い、何処か満たされた静寂。
しばらくそうしていた紫だったが、何を思ったのか席を立ち黄色の背中を座っていた椅子の背もたれごと抱きしめた。

「クヒッ!」

それに、集中していた黄色は心臓が飛び出る程驚いた。

「・・・何しやがんだ、このブラコン」

「少佐が抱きしめて欲しそうだったので」

「目ぇ腐ってんじゃねぇかぁ?仕事の邪魔すんじゃねぇよ」

「私は仕事が終わったのを確認しましたが?」

そう言って指差されたディスプレイには作り終わったデータ。
それに黄色は小さく舌打ちした。
紫のこういう所が苦手なのだ。大人の所以というか、妙に周りに気がつく所が。
紫はそんな黄色に気がついたのか、抱きしめていた腕を外して「お茶にしましょう」と笑った。
それが何か悔しくて。

「しょうがねぇな〜」

クックーと笑いながら黄色は応えた。
紫は静かに笑っている。
ふと黄色がお茶が置いてある机を見ると、ピンクの花が活けられていた。
この部屋には不釣り合いなピンク色。

「おい、あの花は何だぁ?」

黄色は眉間にシワを寄せながら紫に聞いた。
紫は笑いながら「見つけたんですよ」と言った。

「遠征の時に見つけて、少佐にも見せて差し上げたいと思いまして」

遠征という言葉に、黄色の小さな身体がピクリ、と反応する。
だがすぐに「メルヘンなんじゃねぇの〜?」と嫌らしく笑った。

「俺に見せる為って、俺は小さいガキじゃないんだぜ〜?」

まだ大人に成り切れていない、小さな身体で黄色は笑う。
その様子に、紫は小さく笑った。

「きっとクルルに似合うと思いまして」

少佐からクルルに呼び方が変わっている事に、黄色が反応する。

「それに、遠征が無事に終われた事も伝えたかったので」

黄色に心配させてはいけないでしょう?と笑っている紫に、黄色はふん、とそっぽを向いた。
そんな黄色の反応が可愛くて、つい顔が綻んでしまう。笑っていたら黄色がじっと、と半ば紫を睨みつける様に見ている事に気がついた。

「・・・何笑ってやがんだ」

「いえ、クルルは可愛いと思っただけですよ」

そう言えば、尚更小さな身体全体で威嚇する様に怒ってくる。
そんな怒った表情も、遠征と言った時の不安そうな表情も、可愛いと言った時の照れた様な表情も、黄色のなにもかもが本当に愛おしい。
まぁ、贅沢を言うならもう少し素直になってほしいけど。

「そこはご愛嬌って事ですかね」

「は?」

いきなり意味の分からない事を言い出した紫に、黄色は何言ってんだ?と眉をひそめた。
そんな黄色に何でもありません、と笑いかけ、紫は黄色を抱きしめた。
先程とは違い椅子に憚られる事なく、真正面から隣に立っていた黄色を抱きしめる。
黄色の身体がすっぽりと紫に包まれた。

「ただ今戻りました」

優しく、紫は言う。
黄色は紫の腕の中で微かに身じろいだ。

「・・・遠征帰ってすぐ俺の所来るなんて馬鹿だろ」

「すぐに会いたかったので」

ぽつり、と小さく言った黄色の言葉に、紫は正直に応える。
よく見ると、黄色の顔が朱くなっていた。

「・・・・・・怪我なんかしてねぇだろうな」

「勿論」

憎まれ口ながらも心配してくれる黄色に、紫は愛しさを感じた。
紫は抱きしめていた腕で朱くなっている黄色の耳あてを外し、隠れていた耳に唇を寄せた。

「好きです、クルル」

黄色の肩がはねた。
紫はまた優しく黄色を抱きしめる。
そういう所が、狡い。黄色は熱い顔で抱きしめられながら思った。
いつも自分ばっかりドキドキして、紫は落ち着いている。自分ばっかり振り回されている気がするのだ。

「クルルは小さいですね」

「テメェがでかいだけだろ〜?」

自分が子供だから。
相手は大人だから。
必死で紫に追いつこうとしているのに、紫は大人で結局は追いつかない。
早く大人になりたい。どれだけそう思ったか。
きっと大人になったら、自分だって好きだとちゃんと言えるのに。
だけど、今はまだ子供だから。

好きだ

紫の見えない所で口だけ象り、小さい身体でギリギリまで背伸びをして、黄色は紫の頬にキスをした。





















「大人になったって、結局は言えなかったな」

黄色は静かに笑いながら言った。
目の前には桃の花。
あの時紫が遠征から持って帰ってきたピンク色の花によく似たそれは、微かに甘い香りを放っている。

「俺に似合うって、ホント馬鹿だよな〜」

くつくつと黄色は笑う。
だけど、花を見る目は優しくて。
あれから黄色はちょっとした悪戯で少佐から曹長に降格され、紫と会えなくなり、今は紫から程遠い地球に来ている。
小さな頃に思った事は、実現される事はなかった。

「けどよ、俺本当にアンタの事好きだったんだぜぇ?」

今、紫の事を思い出して泣きそうなくらい。
紫の温もりとか優しさとか思い出すと、寂しくなるくらい。
そのくらい好きだったのだ。

「アンタは俺がどう思ってたか知らねぇはずだけどなぁ」

けど、いつも余裕な態度な奴だったから、きっと全部お見通しだったのだろう。

「俺、アンタのそういう所嫌いだったぜ〜?」

黄色は思い出した様に笑った。
記憶の中の紫は、いつもの様に笑っている。それに、あの時の様な腹立たしさを感じた。
それでも。
それでも。全部お見通しでも、あの時思った事を伝えたいから。

「今度会ったら、熱烈に言ってやるよ」

あの時の気持ち全部を。
そう言って、黄色は満足げに笑った。
目の前の桃色が、頷く様に微かに揺れた。







百色レミニセンス



子供みたいに思い切り叫んでやる。



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