緑がラボを訪れた時、ラボの中にある全ての物が壊れていた。
床や壁は所々凹んでおり、棚や椅子は原形を留めていない。
以前聞いてみた時に大切な物は目の入らない所にあると言っていたが、それでも大きなディスプレイやパソコン等が壊れていて緑は少し勿体ないなと思った。

その壊れた部屋の中を歩いていると、部屋の隅に異様な程白い白衣を着て膝を抱いている黄色がいた。
顔を膝に押し付けるように俯いているから分からないが、きっと泣いているのだろう。
何時も笑っている黄色は、時折泣く。
笑う事しか出来ない黄色が。
泣くと云っても涙を流す訳ではなく、心の中で泣いているのだ。
だから、余計に辛いのに。

「今回はまた随分と派手にやったでありますなぁ」

緑はそう話し掛けながら、黄色の隣に座った。
それは何時もの光景だった。
黄色が泣く度に、緑は時間を見計らったかの様に現れて隣に座る。
それに対して、黄色は何も言わなかった。寧ろ、緑が来ると安堵した様に身体から力が抜けていく。

「どうしたの?」

緑が何時もの口調ではなく素の口調で優しく聞いた。
黄色は動かない。それでも答えは返ってきた。

「俺は、夢を見ないんだ」

ぽつり、と呟く声は少し震えていた。

「寝ている時も、起きている時も。それが、怖い」

そう言うと、黄色は自分の膝を強く抱きしめた。それはまるで自分を護るかの様だ。

「なんで夢を見ない事が怖いの?」

緑はまた聞いた。

「夜が明けないみたいに、不安か消えないんだ。変わってしまうことが、いつか壊れることが怖い」

黄色は確かに泣いていた。







緑達が此処に来てから、緑達は変わった。
人の優しさや温かさに触れて、 此処の人達が大好きになった。
だが、黄色は怖れた。
人の優しさや温かさに触れて、此処の人達が大好きになった事によって、何時か此処から離れなくてはいけないことが怖かった。
この日常が、何時かは壊れることを知っているから。
皆知っていて、けれど知らない振りをしてごまかしている事を、黄色はごまかす事さえ出来ずに真正面から向き合うしかない。
それはどんなに怖い事だろう。
自分がどうする事も出来ないのに、逃げることも目を背けることも出来ず、自分の中に怖れや不安が溜まっていく。
笑うことしか知らなかった黄色は、その自分の中の気持ちが処理出来ない。だから、周りにぶつけるしかない。
それがまた自分自身の首を絞めて、自分自身を追い込んでいく。
なんて愚かで弱い、優しい子。

「じゃあ、我輩が上手くごまかせてあげる」

黄色が出来ないなら、自分が代わりにやってあげると。
緑はそう笑いながら言った。

「怖くないように、我輩が上手く夢を見させてあげる。上手く信じさせてあげるよ」

黄色が狂っているのなら、自分も狂ってあげる、と。
そう言いながら、緑は黄色を抱きしめた。
ああ、温かい。黄色はそう思うと同時に悲しくなった。
自分のせいで、緑まで変わってしまう。
それでも、黄色は緑の温かい腕から離れることが出来なかった。 それは黄色が望んだものだから。
例え自分のせいで緑が変わってしまうとしても、緑の腕の中は温かく離れがたいものだった。

「俺は、壊れてる」

自分は欠陥品だと黄色は言う。それに、緑は優しく答えた。

「違うよ?周りがおかしいんだ。我輩達の生きる世界はこんな所じゃない。もっと殺伐として血生臭い所なのに、此処は居心地がいいから。だから、狂ってるのは周り」

黄色が壊れてる訳じゃないんだ、と緑は笑った。

「大丈夫だよ」

緑が優しく言い聞かせるように黄色に言う。
緑の温かい腕の中で、黄色はまた泣いた。
どうせなら、全てが狂っていると信じさせてほしい。もう怖れることも失うこともないのだと、夢を見ない恐怖も、夢を見れない恐怖も、ただの勘違いだと上手く言って信じさせて。
そうしたら、この不安も怖れもなくなるから。自分は大丈夫だと思えるのに。
黄色は泣く。泣きながら笑う。
本当に壊れているのは自分だと分かっている。
それでも、夢を見たいのだ。
そう考えて、黄色は笑った。



神様なんて信じない。だけどもし居るのなら、現実ごと連れ去って夢を見せて。
この楽しくて切ない、優しい夢を永遠に。







切望ゲージイン



醒めない夢なんて、在るわけないのに。



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