乱世の中、それでも人は楽しく暮らそうとするのが常だ。
例えば、この祭り。
戦中にも関わらず、人々は活気に溢れ笑顔が零れている。
その中に、領主である長政とその妻である市がいた。

「市、早くせんか」

長政が後ろで歩いていた市を急かす。それに市は謝りながら長政を追いかけた。

「うむ、戦中だというのにこの活気。中々良いものだな」

長政は周りを見渡しながら言う。
町人や農民が戦で疲れきっているのではないかと心配したが、全くの杞憂であったようだ。
兵達もちょうど良い息抜きになっただろう。
長政も市を連れて、町の様子を見るついでに息抜きが出来ればいいと祭りに来たのだ。

「長政様・・・、何か買うの・・・?」

長政の横で、市が遠慮ぎみに言う。
長政はああ、と答えた。

「せっかく来たのだしな、何か買うのも悪くない」

「そうだね・・・」

市も笑いながら頷いた。
二人は人混みの中を進んで行く。
美味しそうな物や珍しい物がたくさんあり、二人は途中で気になる物を買い、隅で食べたりしていた。

「あ・・・」

店を見ながら人混みの中を歩いていた市が足を止めた。
その店は簪屋で、綺麗な簪が並んでいる。
その中の一つの簪に目がいった。
桜の花が象られた桃色の石に、銀色の小さな鈴が付いている。
その簪に見とれていたら、長政がいなくなっていた。

「長政様・・・?」

周りを見渡しても長政はいなくて。
はぐれてしまったのだと市は分かった。

「長政様・・・、怒ってるかな・・・」

歩きながら長政を捜す。
でもやっぱり見つからなくて。
気がつくと、境内の暗い場所まで来ていた。

「・・・・・・」

境内の中に林がある。周りには誰もいなく、市一人が立っている。
市は静かに林の中の暗闇を見つめた。

静寂の中、思う。
いつまでこの平穏が続くのだろうか。
いつまで自分は長政の隣に居られるのだろうか、と。
今は信長は何も動いていない。しかし、動き出したらこの国は燃えてしまうだろう。
きっと今の様な大名の小競り合いではなくなってしまう。
全土が闇に飲まれ、崩壊する。
そうなったら、自分は長政の傍に居られるのだろうか。
あの兄相手に、長政を護れるのだろうか。

そう考えていると、空気が冷たくなった。
闇が迫る。まるで市を誘い込む様に。市の居場所はこっちであると言う様に。
闇が纏わり付くのを、市はただ為すがままにされていた。
頭にあるのは昔の記憶。
身体を支配するのは、魔王の傍にいた時と同じ感覚。
闇に浸かっていた、あの頃。
確かにこちらが自分の居るべき世界だと分かっている。
でも、と小さく呟いて市は首を振った。

「市は・・・傍に居たいの・・・」

あの闇から救ってくれた長政の傍に居たいと。
小さく、しかしはっきりと市は言った。

「市ッ!!」

市が闇に言った時、後ろから長政の声が聞こえた。

「あ・・・、長政様・・・」

闇が市から離れる。
市は長政の方に振り向くと、長政は怒っていた。

「市!勝手にいなくなるな!」

「ご、ごめんなさい・・・」

市はビクリ、と肩を撥ねさせて長政に謝った。
長政はそんな市を見ると、膝に手を着き下を向いた。

「長政様・・・?・・・あの、ごめんなさい・・・。市のせいで迷惑かけて・・・」

また長政に迷惑をかけてしまった。
市はそう思いながら謝った。
長政もこんな自分に愛想を尽かしたかもしれない。
しかし、長政は違うと言って首を振った。

「迷惑などではない。・・・ただ、心配したのだ」

そう言って顔を上げた長政は、走ったと分かる程朱く、汗が滴っていた。
よく見れば肩も激しく上下している。
長政を見ていた市は、ある一点で目が止まった。

「勝手に離れるな、市」

長政の手には、さっき市が見とれた簪があった。
その簪はまるで存在を主張する様に、長政の手の中で、ちりん、と小さく鈴の音を鳴らした。

「長政様・・・、それ・・・」

市は驚いた様に目を丸くしながら、長政の持っていた簪を指差す。
長政はそれに少し慌てながら答えた。

「おっ、お前はいつも髪を結わんだろう?戦には邪魔なのでなっ、これで結えっ!」

ズイ、と簪が市の目の前に差し出された。
市はキョトン、としていたが、簪を受け取るとふわり、と笑った。

「長政様、ありがとう・・・大事にするね・・・」

「知らん!私は邪魔にならなければ良い!」

そう言って、長政は市に背中を向けた。しかし耳まで真っ赤で。
市は嬉しくて、簪を胸元で握り締めた。
そして思う。
ああ、だから自分はこの人の傍に居たいのだ、と。
例え自分の居場所が闇でも、例えたくさんの血が流れても。
ずっとこの人の傍に居たい。

「・・・市、行くぞ」

長政は市に背中を見せながら手を伸ばす。

「・・・はい、長政様」

市は幸せそうに笑って、手を握った。






夢夢スィキュア



それが例え魔王が相手でも。



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