死ネタ注意






「よぉ、忍」

血と火薬の臭いが充満している中、竜は妖しく笑った。
燃えている音が響くの中、俺達は向かい合う。
いや、向かい合うというのは少しおかしいかもしれない。竜は座っていて、俺はそれを見下ろしているから。

「まさかお前が来るとは思ってなかったな」

これだから戦ってのは分からねぇ。
楽しそうにくつくつ笑う竜の額には玉の様な汗が浮かんでいる。
それでも竜はいつも通りに笑う。
外が五月蝿い。
鼻が曲がりそうだ。
燃える木材の音が厭に響く。もしかしたら、この建物にも燃え移っているかもしれない。

「旦那は戦ってるよ」

きっと竜は旦那が来ると思ったのだろう。自分の好敵手で、命を賭けて戦える相手だから。
竜が聞くだろう事を先に言った自分の声は、驚く位冷たかった。
竜はまだ笑っている。
その姿に、何故か俺の胸に苛立ちが芽生えた。忍に有り得ない感情が渦を巻く。
何で、何でそんな、

「そうか。道理で外がうるせぇ訳だ」

旦那を思い浮かべたのか、竜は楽しそうに笑った。
それに、俺の中の苛立ちが膨らんだ。

「なぁ忍」

竜が俺を呼び掛ける。それに応じて竜を見ると、そこには笑い顔ではなく真面目な顔があった。
戦場で見る意志のある眼が俺を射抜く。
張った雰囲気の中、竜は言った。

「俺は自分が信じた道を突き進んできた。人を数え切れない程殺したし、部下も数え切れない程死なせちまった。だがな、その分俺は覚悟して進んできた」

何の覚悟だとか、聞かなくても分かる。
覚悟して進んできたと言った竜は、いつもより脆く見えた。
傷だらけになり、血を吐いても竜は進んできた。
自分の信念の為だけに。
それは、俺にとって厄介な物で羨ましい物。
渋い顔をしているのか、それとも忍らしく無表情なのか自分では分からないが、竜は俺を見て笑った。

「お前が、俺を殺すのか」

竜の腹からは、血が溢れていた。
何処にそんな量が入っていたのかと思う程の夥しい血が畳を染めていく。
赤が、竜の指を、手を、身体を濡らしていく。
それでも竜は笑っていた。
死なない覚悟と死ぬ覚悟。
それが竜をこんなにも穏やかにさせているのだろうか。

「俺ァお前に殺されるなら本望だ」

竜は穏やかに笑う。
それはきっと本心だ。
竜は俺に殺される事を本当に本望だと思っている。
そんな竜に、俺は思わず眉根を寄せた。
普通の武将なら、忍に殺されるなんて屈辱以外の何でもなく、それこそ死んでも嫌なはずなのに。
何で、そんなに、

「馬鹿言わないでくれる?」

我慢していた物が、溢れ出した。

「アンタは本望かもしれないけど、残された方はどうすんの」

残された右目は、伊達軍の兵は、旦那はどうするの。

「忍に殺されて、家と自分の名前汚されて、それで本望?馬鹿言わないで。そんなのアンタの自分勝手な望みじゃん。残された方は堪ったモンじゃないよ。分かってる?分かってるよね、独眼竜だもんね。分かってるくせに、何でそんな顔出来んの!?」

何で死ぬって分かってて穏やかに笑えるの。
何で俺なんかに殺されて本望だと思えるの。

俺は、どうしたらいいの?

竜は感情を溢れさせて言った俺に一瞬眼を見開いたが、少し困った様に、だけど優しく微笑んで、こっち来いと濡れた手で手招きしてきた。
重い足取りで俺は竜に近付く。膝を折って竜と目線を合わせると、竜の手が俺の顔を包んだ。

「お前なんつー顔してんだ」

竜の血濡れた指が、俺の頬に触れる。ぬるりとした感触が俺の顔をなぞる。
自分がどんな顔をしてるかなんて分かるはずがない。
そう言えば、竜は泣きそうな面してるぜと答えた。

「泣くなよ」

いくら俺を愛してるからって。
そう言って笑う竜は、何時も通りで。

「忍が泣くわけないでしょ」

何時も通りな竜が腹立たしくて、素っ気なく言う。
それに例え泣きそうな顔でも、忍が泣く事なんか有り得ない。
そんな事分かり切っているはずなのに、竜は俺の目を拭った。

「勝手な事だって分かってる。だが俺はお前に殺されてぇんだ。死ぬなら、お前の手がいい」

竜の指は死ぬのが信じられない程暖かかった。
指が顔を滑る。

「愛した奴に最期をやれるなんて、最高だろ?」

そう言った竜は何時もの意地の悪い笑みを浮かべていた。
俺はその言葉で、やるしかなくなった。
竜の言葉は決意してしまった言葉だ。俺に全てをやるという言葉。
それ程の決意なら、俺も受け入れなければいけない。

「ホント、馬鹿だよね」

それは竜に言ったのか、自分に言ったのか分からないが、発した声は震えていた。涙は流れない。
愛した相手に殺させるなんて、本当に馬鹿で自分勝手でどうしようもないよね。
そんなどうしようもない奴の願いを叶える自分も馬鹿だ。

「すまねぇな」

竜の顔が近付く。目の前が竜しか見えなくなり、思わず目を閉じたら目に口づけされた。

「此処はまた今度な」

竜の顔が離れ、血で紅を引く様に指が唇に触れた。
離れた竜をよく見ると顔は青白い。唇も紫だ。
それでも竜は笑う。
そんな竜を見ながら、俺は静かにクナイを取り出した。

「待ってるからゆっくり来い」

竜が俺を抱きしめる。血が俺の忍装束まで濡らしていく。
俺は竜の首元にクナイをあてた。
密着する竜の身体は、さっきとは違い酷く冷たかった。
死んでいくのが分かる。命が終わっていく。
竜が、消えていく。
首元にクナイをあてて動かない俺に、竜は緩慢な動作で俺の髪を梳いた。
もう動かすのも辛いはずなのに、優しく落ち着かせる様に。決意を思い出させる様に。
その仕草が堪らなくなる。

竜の顔は見れないけど、やっぱり笑っているだろうか。
笑って行ってくれればいい。


「愛してる、佐助」


その声を聞きながら、握る右手に力を込めた。

















焼け落ちた城を木の上から見た。
戦の後が荒々しく残り、暗闇を余計に重くしていた。
竜を殺した俺は、また闇を纏うのだろう。きっとこれから果てのない暗闇を歩き続けるのだろう。
なら、いっそ闇を抱いてやる。
竜を殺した罪を背負って、旦那を守る為に生きていこう。

地平線から光が漏れる。
竜とは関係なく、時間は進んでいく。
何時か俺も死ぬだろう。それが明日になるか、何十年も先になるかは分からない。
けど、なるべくゆっくり行くから。

「待っててよ」

見上げた空は、雲一つなかった。






END



何時か会いに行く。














































































周りが五月蝿い。
叫んでいるの様な怒鳴っている様な声が辺りを包んでいる。
木にもたれ掛かりながら、俺はそれを遠くに感じながら聞いていた。

「・・・旦那は、大丈夫かな」

あの時、旦那の為に生きると決めたのに、こんな所で死んでしまうのか。

「どうせなら、腹を突いてくれればよかったのに・・・」

それなら、竜と同じ死に方だったのに。



一対多勢。万が一でも勝てるとは思わなかった。「あぁ、死ぬのか」と、死を間近にしながらも頭はやけに冷静だった。
それでも、約束を守ろうと必死に戦った。死ぬまいと生にしがみついた。
だが、何とか逃げられた時には身体に幾つもの致命傷を負っていた。
血が流れる。
一番酷いのは、刀で切られた腹の傷。ザックリと切られた脇腹から、血が止めどなく溢れていた。

「まぁ、お腹ってのは一緒か・・・」

同じ箇所に傷を負ったというのは少し面白くて、力無く笑った。

息が上手く出来ない。
妙に眠い。
霞み掛かった頭で周りの声を聞いていると、そこに旦那の声がある事に気が付いた。
旦那は何時もの様に雄叫びを上げている。見えていないのに様子が思い描けて思わず頬が緩んだ。

「よかった」

旦那は無事だ。そろそろさっき用意した仕掛けも動く。これで、武田は勝つだろう。
そう安心し、目を閉じた。

もう大丈夫だと。
もう死ねると。

そう思うと、何故だか知らないが、今まで背負ってきた物が無くなった様に、気持ちが軽くなった。
出来れば旦那の傍にずっと居たかったけど、この傷じゃあ助からない。・・・まあ、忍だから元々無理なんだけど。

胸が苦しくなり、咳き込んだ。
口を押さえた手には、血がべっとり着いていた。

「あーあ」

もうそろそろか。
意外と短かったな。

「でも、俺様にしては長かった方じゃない?」

ふふっ、と笑う。
ゆっくり来いという約束は破っちゃうけど、会いに行くよ。
きっと竜は早過ぎるって怒るだろうけど。

「随分待たせちゃったしね」

それくらい許してよ。
空を見上げてへらり、と笑う。
空は雨が今にも降りそうな曇天だ。竜が降りて来そうな空だと俺は思った。
もしかしたら、竜が迎えに来てくれるのかもしれない。

自分の血が草木を濡らしていく。
ああ、自分の中にもこんなに血があったのか。
流れ行く血をぼんやりと眺める。意識が朦朧としてきた。
走馬灯って奴なのか、急に竜の最期を思い出した。
今なら分かるよ、何でアンタがあんなに穏やかだったのか。
俺もアンタに殺されたかった。
最後の最期にあんな事言ってさ。余計忘れられない。

「さすがは伊達男ってか?」

あの時の声が頭から離れない。
竜は空から俺を見て笑っているのだろうか。

「ホント、気障ったらしいよね」

痛みがなくなった。さっきまで平気だったのに、寒く感じる。
ああ、そろそろだ。
空は相変わらずの曇天。今にも雨が降りそうだ。

竜に逢ったら何を言おう。怒られるから言い訳を考えなきゃ。
本気で怒られるだろうな。
でも、怒った後に迎えてくれるだろう。
俺もただいま、って言ってちゃんと笑おう。
笑って、今まで言わなかった事を言おう。

「愛してるよ、政宗」

頬に冷たい雨が当たった。
竜の笑顔が見えた気がした。






La ferita che non guarita



ただいま



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