「あ・・・」

待ち合わせより随分早く着いてしまった為、時間潰しに街をぶらぶらと歩いていた。
街は賑わい、人々は楽しそうに進んでいる。
そんな中、見知った奴を見つけた。
そいつは一人で悠々と歩いている。以前見た時よりも大人びていて、少し、何て言うか綺麗になっていた。
俺に気づいていないらしく、周りの店を楽しそうに眺めている。
そんな所は変わってないな、と笑いを噛み殺しながら眺めていたら店に向けていた目が俺を見た。

「あれ?チカちゃんじゃん、久しぶり〜」

昔と同じ様に、そいつ、佐助は笑った。









俺と佐助は所謂元恋人だ。
高校時代に何とは無しに付き合い始め、大学が分かれてから次第に距離が広がり結局破局。
付き合っていた当時、俺は本当に佐助が好きだったし、自惚れではなく佐助も同じ気持ちだったと思う。
だが、やはり違う大学で違う生活。会う時間も連絡をやり取りする時間も減り、そのままやはり何とは無しに別れた。
自分でもびっくりするぐらい、あっさりとした別れだったのを覚えている。
別れてからは連絡も取り合わず、会う機会もなかったから、佐助が今何処で何をしているのか分かるはずなかったが。
不思議な事に、今日出くわすとは。



「チカちゃん久しぶり〜。何一人なの?」

佐助は俺の目の前で、にこにこ笑っている。端から見たら久しぶりに会った旧友の様に見えるだろう。決して元恋人に見える事はないはずだ。そのくらい、佐助の笑顔は綺麗だった。

「ちっと時間潰しにな。佐助も一人か?」

俺はそんな佐助の笑顔を受け止めつつ、自分も笑った。
佐助に会えた事は嬉しい事だ。それは間違えない。だから俺も自然に笑う事が出来た。

「俺様も時間潰しかなぁ」

そう言って、佐助は腕を頭の後ろに回した。
そういう所はやはり変わっていない。
そんな事を考えていると、佐助は「そうだ」と声を上げた。

「ね、チカちゃん暇なんだよね?だったら一緒にお茶しない?」

話したい事もいっぱいあるし。
佐助はそう言うと、俺の腕を取った。





佐助に連れて来られたのは、落ち着いた感じの喫茶店だった。
大きな窓のある席に座り、佐助は紅茶とチーズケーキを、俺はコーヒーを頼む。甘いものが好きなのも相変わらずな様だ。

「チカちゃんはデート?」

佐助は世間話の様に話し出した。そこには蟠りも何もなくて。
元恋人だったからと変に気をつかったりしていなく、普通に接してくれて気が楽だった。

「そういう佐助もだろ?」

その言葉に、佐助はふふっ、と笑う。俺は運ばれてきたコーヒーを飲みながら、そんな佐助を眺めた。
もう別れてから随分経っているが、いつも上げている明るい髪も迷彩色を好むのも、あの笑顔も変わっていない。
だが、以前は開いてなかったピアスや自分の知らないアクセサリーなど、やはり変わっていて。
それが少し、気になってしまった。

「そういうば勢いで連れて来ちゃったけど、時間大丈夫?」

チーズケーキを食べながら、佐助は俺に聞いてきた。聞いてきた割に、余り心配してなさそうだったが。

「あー、まだ時間はあるから大丈夫だ」

まあ、実際心配しなくてもいいのだから気にしないんだけど。
ケーキを頬張りながら「そうなんだ〜」と、佐助は軽く流した。それに、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「佐助は大丈夫なのか?」

「ああ、うん。ほら、俺様いつも早く来てぶらぶらするの好きだから」

一応佐助にも聞いてみたら、あっさりと答えが返ってきた。その答えに、付き合っていた頃を思い出して納得した。
今日俺が約束の時間より早く来てしまったのも、今考えれば佐助と付き合っていた頃の名残だ。佐助がいつも早く来ている為、自分も早く来る癖がついてしまったのだ。今まで全く気付かなかったが、そう考えると自分は随分佐助に影響されているのかもしれない。

「それにさ、今付き合ってる奴よく遅れてくるから当分大丈夫だよ」

「・・・そりゃまた」

大変そうで、と続きそうになった言葉は飲み込んだ。佐助が好きで付き合ってる奴に、俺がどうこう言うつもりはない。
そう思ったが、ケーキを食べ切ったのか佐助はフォークを皿に置き、身を乗り出して俺の手を握ってきた。

「分かる?大変なんだよ!すぐ拗ねるし我が儘だし!」

流石チカちゃん、俺様の事分かってくれてるねぇ、等と佐助は俺の手を握り締めしみじみと呟いた。目を閉じ頷く顔に、なんだか佐助の苦労が滲み出ている気がした。

「聞いてよ!なんかすごい俺様でさ、しかも伊達男なんだよ、気障ったらしいの。そのくせすぐ妬くし独占欲強いし。もう俺様大変〜」

握った手を離し、いそいそと席に戻りながら佐助は今付き合ってる恋人の文句を言い出した。
話しによれば、佐助の都合も考えずいきなりやって来て欝陶しいくらい構い、ナルシストみたいな奴らしい。すぐ嫉妬し、勘違いする。頭は良いが馬鹿だとも言っていた。

「ホント、面倒臭いのよ」

そう締めて、佐助はため息を吐いた。
しかし、その顔には呆れこそあれど苦々しさはなくて。

「でも好きなんだろ?」

佐助が本当に好きな事が分かった。
文句が言えるのは、長い時間を共に過ごして心を通わせているから。文句を言えるくらい親しい仲なのが、佐助の言葉の節々で分かる。
俺が問うのではなく確信を込めて言ったら、佐助は柔らかく笑った。
その笑顔は、今日見た中で一番綺麗な笑顔で。
正直、佐助をそんな笑顔にさせられる相手に嫉妬した。
だけど。

「チカちゃんは?」

恋人さん、好き?
そう問われれば、俺もきっと佐助の様に幸せそうな顔をしながら答えてるから、しょうがない。

「ああ」

俺の声は、思ったより優しくて。
佐助はそう、と朗らかに笑った。

「出ようか」

そう促したのは佐助だ。肝心な事は聞いたという風に、佐助は立ち上がり鞄を手に取った。
俺もそれに頷き、腰を上げる。最後に残っていたコーヒーを飲んだら、コーヒーは温くなっていた。そんなに時間が経ったのかと、今更ながら気が付いた。
レジに行くと、佐助が会計を済ましたところだった。

「あ、佐助悪い。いくらだ?」

佐助に払わせてしまった事に謝り、自分の財布を出そうとしていたら佐助に止められた。

「いいよ、チカちゃん。俺が無理に連れて来たんだから」

「いや、でも・・・」

確かにそうかもしれないが、だからといって奢られるのも何か嫌だ。
そう伝えれば、佐助は声を出して笑った。

「あははっ、チカちゃん相変わらず真面目だねぇ。ははっ、じゃあ今度会ったら奢ってよ」

そう言って、佐助は俺に紙を握らせた。

「俺の連絡先。暇だったら愚痴でも聞いて」

笑いながら、佐助は手を紙ごと握る。俺はそれをどうしたら良いのか分からず、ただ佐助を眺めていた。

「チカちゃんに会えてよかったよ。またね」

佐助は握った手をぶんぶん振り、そのまま店を出て去って行った。気持ちいいくらいにあっさりと颯爽と佐助は人混みに紛れていく。
対して俺は呆然と佐助の背中を見送り、自分の手に視線を落とし肩を竦めた。
本当に自分勝手な奴だと思う。いきなり喫茶店に連れて行かれて、恋人の文句を言って、連絡先だけ残してあっさりと行ってしまうのだから。
でも、俺はそういう所が好きだったな。自由気ままでやる事なす事いきなりだったけど、一緒にいて楽しかった。

「だが、窓際の席はないだろ」

歩きながら考える。
自分から恋人は嫉妬深いと言っておきながら、見える可能性の一番高い席を選ぶとは。

「流石だよなぁ」

バレたら俺は殴られるのだろうか。いや、恋人は来るのが遅いと言っていたから大丈夫か。
そんな事を考えて、つい口元が緩んだ。

待ち合わせの場所に着くと、あいつがしかめっ面で前を睨んでいた。
時計を見れば約束より十分遅れている。あちゃー、と内心叫びながら、俺はあいつに声を掛けた。途端にあいつは足を踏んできやがった。
痛いと言うのは我慢した。遅れた俺が悪いのだ。そういえば、佐助は恋人と会えたのだろうか。まだ待たされて、今目の前にある様なしかめっ面しているのかもしれない。

「なんだ貴様、気持ちの悪い顔をして」

冷たい声と表情で一瞥する、佐助よりも低い頭。こいつは勘が鋭いんだっけ、と思いながら手を取り歩き出した。
佐助よりも小さくて冷たい手。しかし自分にはこの手がちょうど良い。
後ろから文句が聞こえてくる。俺はそれに謝りながら足を進めた。とりあえず、今はこいつを笑顔にしたい。
佐助は今笑っているだろうか。笑っているなら、こいつも負けないくらい笑顔にさせてやる。
そして、今度会ったら俺の文句も聞かせて、たくさん惚気てやろう。
そう考えて、俺は握り潰していた紙をポケットに突っ込んだ。






碧霄アフィニティ




お前の笑顔が見たい。

それも、一つの愛だろ?



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