死ネタ注意




「佐助、お前は何時までも俺の傍にいてくれるか」

空は赤を飲み込もうと黒い幕を引き、赤と黒と肌色で埋め尽くされた地面に立ち、幸村は空と地面の境目を見ながら静かに佐助に問い掛けた。
視線は真っ直ぐに伸びている。紅い鉢巻きが風に靡くのを目で追いながら、佐助は幸村の数歩後ろで答えた。

「そりゃあ俺様は旦那の忍ですから。旦那が俺を解雇しなければ、ずっと傍にいますよ」

軽く笑いながら言う佐助に、幸村は一つ頷いて応えた。

「・・・そうか」

幸村の目線はまだ境目に伸びている。空気は冷たく、火薬と血の匂いを連れ去っていく。
足元に目を向ければ武器が転がり赤が這い、所狭しと肌色が折り重なっている。何時か自分も此処に入るのだろうか。誰にも知られず、打ち捨てられるように臥すのだろうか。

「なぁ、佐助」

足元に横たわる物を見ていたら、幸村が佐助を眺めていた。太陽が後ろにある所為か、幸村の表情は読めない。しかし声質から、穏やかな表情をしているのだろう。
佐助はただぼんやりと幸村を見返した。

「俺が死んでも、お前は生き延びろ」

静かに、幸村は言う。

「俺が死ぬまで、傍にいて一緒に戦ってくれ。だが俺が死んでも、お前は死ぬな。俺よりも先に死ぬ事は許さぬ」

「・・・それはまた、難しいね」

「難しくともやれ。何に縋ってもいい、何をしてもいい。ただ生きろ」

幸村の声は、穏やかだが真剣だった。佐助は幸村らしくない言動に顔をしかめる。幸村は理屈で考えずに、思った事をすぐに行動に移す筈だ。こんな幸村は、見た事がない。

「・・・・・・旦那?」

佐助には幸村が何を考えているのかは分からない。先程の佐助のように、この光景に何か思ったのかも知れない。

「それに、佐助に死なれては政宗殿に合わせる顔がない」

だが、そう言った幸村が満面の笑みを浮かべたのは分かった。

「政宗殿からの文には、何時も佐助について書かれているのでな。大切にされているのでごさろう?」

「ちょっと、旦那!?」

何時もは破廉恥破廉恥と喚くのに、今日の幸村は何故か嬉しそうだった。
佐助は政宗が毎回文に自分の事を書いているという事実に驚き、嬉しそうな幸村に恥ずかしさを覚え声を上げる。
しかし幸村はそんな佐助に顔を綻ばすだけだった。

「良いではないか、大切にされているのだ」

「いや、でも一応敵同士だし・・・」

「敵だろうが、俺は佐助が幸せならそれで良い。それに佐助は公私をしっかり分けるからな」

「まあ、ねぇ・・・」

頭をかきながら、佐助は小さく答える。いくら恋仲でも、武田や真田の情報を流すなど有り得ない話だ。口を滑らすなんて失態が、佐助に有るはずがなかった。
それを分かっているからこそ、幸村も佐助が政宗と恋仲なのを認めている。

しかし、今までこのように表立って話した事もない話題だ。やはり佐助は今の幸村に違和感を感じた。
表情が見えない所為かもしれない。何処と無く、遠いのだ。
手を伸ばせば掴める距離。しかし、遠いという感覚は消えなかった。

幸村の為に生きると誓ったのは随分前だ。今もそれは変わっていない。
だが、もし武田と伊達がぶつかったら自分はどうするのだろうかと漠然と思った。
主である幸村か、恋仲である政宗か。
いや、幸村も政宗も名のある武将だ。簡単には死なない。第一、武田は伊達と織田の件で協力している。伊達とぶつかる事は、現状を見ればまずないだろう。
だが、もしぶつかって、その上政宗に幸村が敗れたら。反対に幸村に政宗が敗れたら。もし、そうなったら。

自分はどう行動するのか、佐助には予想出来なかった。


「旦那、俺は旦那の傍にいるよ」

今も、これからも。
もし幸村が政宗を敗ったら、何を思うかは分からない。だが、何があっても佐助は幸村の傍にいる。どうなるか分からないこの戦乱の世で、それだけは確かな事だった。

「大体血の気が多い旦那が死ぬとは思えないし、俺様旦那のお嫁さんは見たいからねぇ。早く身を固めてくれればいいんだけど」

「よ、嫁!?・・・破廉恥だぞ佐助ぇ!」

そう叫ぶ幸村は何時も通りで、佐助の違和感が消えた。その事に安堵しつつ、佐助も「そんな怒らないでよ、旦那〜」と何時も通り幸村を宥める。

「まあ、旦那より先に死なないってのは約束出来ないけど、旦那は俺が死なせないし、大将の為に天下を取るんだろ?傍にいますよ、幸村様」

「・・・うむ、それでこそ俺の忍。約束出来ぬというのは少々引っ掛かるが、お館様の為、共に戦おうぞ佐助!」

幸村は地面に刺さっていた双槍を抜き、佐助に向けた。双槍に挟まれたまま、佐助も幸村と対峙する。



やっと見れた幸村の表情は、満足気に笑っていた。





























「旦那っ!」

戦が起きた。恐れていた、武田と伊達の戦。
佐助は伊達の忍を相手にしながら、幸村を探していた。何時の間にか、佐助は幸村と逸れてしまっていた。
あの時、旦那は自分が死なせないと言ったのに。不安が佐助の胸を占め、敵を片付けながら幸村を探す。
嫌な予感がする。頭に警報が鳴り響く。

旦那、旦那と声を上げ、鉄砲や弓矢が行き交う合間を縫って行く。
幸村が何処にいるかも分からない。ただ勘で走った。

気付いたら、広い場所に出ていた。
その広い場所の真ん中に、臥した幸村と刀を持って幸村を見下ろしている政宗がいた。
幸村の双槍が折れて、片方は地面に刺さり、もう片方は離れた場所に落ちている。

「・・・だんな?」

政宗がいる事も忘れ、霞みがかった頭で佐助は幸村に近付いた。

「・・・ちょっと、なにしてんの、」

幸村の横に膝を着け、ゆさゆさと幸村を揺らす。しかし幸村は瞼を閉じたまま、何の反応も返さない。
何時も大声を出す口からは赤い筋が走り、人より暖かい身体は冷たくなっている。

「・・・ねぇ、なに寝てんの。起きてよ、大将が来ちゃうよ」

先程から揺さぶっているのに、幸村はずっと寝たまま起き上がらない。
胸元を良く見れば、肩から斜めに綺麗な一文字が刻まれており、腹には小さな風穴が空いていた。
ふと膝が濡れている事に気付き下を見れば、赤が広がって佐助の膝を濡らしている。
広がった赤を目で追って行くと、人の足が見えた。そのまま足から上へと視線を上げていく。そこには佐助を辛そうに見詰めている政宗の姿があった。

身体には赤がかかり、手に持っている刀から赤が垂れている。

「ねぇ、だんなをころしたの?」

「・・・あぁ」

俺が殺したと、政宗は静かに言った。その言葉に、佐助は瞬時にクナイを投げ付けた。
それに政宗は反射的にクナイを刀で弾く。いきなりの攻撃に驚き佐助を見れば、佐助は顔を伏し幸村を眺めていた。

「・・・佐助」

思わず掛けた声に、佐助が顔を上げる。政宗は、その顔を見て驚愕の表情を浮かべた。

喉を鳴らしながら、佐助は嗤っていた。

「ふふふっ。これはだんなの言うとおり、先にしなないってことになっちゃったのかな。あーあ、ずっとそばにいるって言ったのに、しにぎわにいられないなんて。あは、まもれなかったかぁ、」

言った言葉は自嘲と後悔の言葉だが、何時もの笑顔を浮かべくすくす嗤う佐助に、政宗は悪寒を感じた。
佐助は尚も謡うように嗤う。

「俺さまだけしねないなんて不公平じゃない?ねぇ、政宗もそうおもうでしょ?ふふっ、だんなもわがままで困っちゃうよね」

幸村の頭を撫でながら、佐助は愛おしそうに幸村を眺める。その光景は、この場所には異質だった。
政宗は今まで見た事のない佐助に、戦慄した。佐助を何とかしなければと思った時には、刀を捨て佐助の肩を掴んでいた。

「おい佐助っ!しっかりしろ!」

自分でもおかしいと思う。幸村を殺したのは自分なのだ。
例え戦でも、好敵手で政宗自身も気に入っている幸村を殺したくはなかった。
しかし、やはり戦なのだ。一騎打ちを申し込まれ、手など抜こうものならそれは相手への侮辱に値する。命を懸け、戦う事に意味があるのだ。

そして、政宗は幸村を敗った。

佐助が一番恐れていた事が起こってしまったのだ。

「佐助っ!」

政宗は佐助の肩を掴み、自分の方へと無理矢理向かせた。
政宗と向き合う佐助の顔は嗤っている。しかし、眼が不気味なほど濁っていた。

「さす」

「ねぇ、政宗。俺、政宗のことだいすきだったよ。しあわせだった」

佐助の名を呼ぼうとした政宗を遮るように、佐助は口を開いた。
虚空の瞳が政宗を捉える。佐助が浮かべる笑顔は純粋そのもので、歪だった。

「なんで政宗かなぁ。他の人ならだいじょうぶだったのに」

他の人なら、ただ憎むだけだったのに。
幸村を思う気持ちと、政宗の思う気持ちで板挟みになった佐助はどうしたら良いのか分からなくなった。
愛する人が、大切な人を殺した。それが佐助を苦しませ、また、死なせないと言った事は疎か、傍にいると言った約束さえ守れなかった自分を責めた。

そして、何より幸村が死んだ事実が衝撃だった。幸村がいたからこそ、佐助は『猿飛佐助』という存在だったのに。幸村がいなかったら、佐助は『佐助』ではなくなってしまうのに。
何時も傍にいた幸村が死んだ事によって、佐助の歯車が狂ってしまった。

愛する人が大切な人を殺した事に苦しみ、約束さえ守れなかったと自分を責め、もう支えは失くなってしまった。


そして、佐助は壊れた。


「ごめんね、政宗」

政宗を見上げながら、佐助は唇に弧を描く。表情は変わらず嗤っていたが、何処か哀しかった。

「ごめんね、だんながいないなら、もうだめなんだ。政宗はあいしてたけど、だんながいなくちゃ俺じゃなくなるんだ。でも俺はしねないから。だんなの望みだから、俺はしねない。だからね、政宗」

嗤っていた顔がぴたりと何の感情も表さなくなり、

「俺はあんたを殺す」

何の抑揚のない声で一言言い放ち、佐助は黒い羽を散らして消えた。




黒い羽を眺めながら、政宗は言い放った時に見せた射抜くように鋭い視線を思い返した。
あの瞬間だけ見せた、あの鋭さ。それに、佐助が本気なのだと思い知らされた。
恋人だろうと、本当に愛していただろうと、佐助は政宗を殺しにやって来る。それが佐助の生きる目的になってしまった。

佐助を追い込んだのは、政宗だ。佐助に殺されるなら構わないと思う反面、一国の主である自分は殺されてはいけないと分かっている。
それに政宗を殺したら、佐助はきっと後悔し自分を憎み、それでも幸村の為抜け殻になりながらも生きて行くのだろう。何も考えず、ただの道具として使われていく。そんな事は嫌だ。
佐助には傷付いて欲しくない。そんなのは自分勝手な事だと分かっている。けれど、佐助にこれ以上自分を傷付けて欲しくない。自分に憎しみが向いているなら、自分が死ななければいい。少しでも長く、少しでも傷付かずに生きて欲しい。

「・・・悪いな、真田。お前に頼まれたのとは少し違うが」

それでも佐助は俺が守る。
そう言った政宗に、風に吹かれた六文銭がチャリ、と鳴った。








終わりと始まり



愛が、憎しみに変わった日。



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