校庭が良く見えるこのベンチは、真上に大きく枝を伸ばしている木のお陰で丁度良く影になっている。
春とも夏とも言えない風が枝を揺らし、ベンチに腰かけていた佐助に施された影も動く。
校庭では、生徒達が部活動に励んでいる。
心地良い風を受けながら、佐助は校庭をぼんやりと眺めていた。
平和だなぁ、と思う。
何をするでもなく、ただこうやっている事がとても穏やかに感じる。
少し顔を上げれば、青と橙のグラデーションが上いっぱいに広がっていた。
長閑だ。これでお茶とかあったら最高なのに。
そんな事を思いながら、部活動の掛け声を聞く。騒がしいが、煩わしくはなかった。
佐助は口を小さく動かした。
視線は上に向いている。緩く笑いながら、音律を奏でる。
平和だなぁ、と再度思った所で声が飛んで来た。

「佐助!」

視線を上から外し後ろに回してみると、肩で息をして佐助を見ている幸村がいた。

「あらら、そんなに急がなくても良かったのに」

「いや・・・、待たせておる、のだ。早くしなければと、思ってな」

「真面目だねぇ」

苦笑しながら、佐助は腰を上げる。漸く息が整ってきた幸村は、暑そうに首元に空気を取り入れていた。

「大将とだっけ?」

「うむ。部活についてな」

「あ、そっか。そろそろ大会だねぇ」

会話をしながら校門へと足を進める。そういえば校庭にいる人達も気合い入ってたなぁ、とぼんやり考えた。

「ところで佐助。先程歌っていた物は何だ」

「うん?」

佐助が首を傾げる。歌なんて歌っていたっけ、と先程の自分を思い返すが、余りはっきりと思い出せなかった。

「あんまり覚えてないなぁ。無意識に歌ってたんだよね。俺様そんな大きな声で歌っちゃってた?」

「いや、近づかなければ聞こえぬぐらいだ。だが佐助が歌うというのは珍しくてな」

「そういえばそうだねぇ」

校門を跨ぐ。笑いながら、佐助は相槌を打った。幸村も和らげな表情で前を眺めている。
前を向きながら、二人は取り留めのない話を思い出したかの様にぽつりぽつりと話した。
部活のこと。友達のこと。勉強のこと。会話は長く続かないが、間の沈黙が心地良かった。
平和だなぁ、と思う。
二人でただこうやっていられることに、心が温まる。

「ねぇ、旦那」

佐助の投げ掛けた声に、幸村は沈黙で応える。
顔を上げれば、地平線が紅く燃え上がっていた。
佐助は言うはずの言葉を飲み込んで、違う言葉を口にした。

「帰ろうか」

それに、幸村がそうだな、と同意する。
寄り道していた歩調を家へと向けた。
西日で伸びた影が自分達の前を歩く。少し前なら佐助の影の方が長かったのに、今は幸村の方が長い。それが少し悔しくて、凄く嬉しかった。
成長しているんだなぁ、と実感する。変わっているのに、横には変わらない人がいる。心地良い雰囲気が変わらずにいることに喜びを感じる。
紅い光に照らされながら歩いて行く。
歩きながら顔を綻ばす。
幸せだなぁ、と思って。

「旦那、今日の夕飯何にしようか」

「団子を頼む!」

「それご飯じゃないでしょ」

軽く突っ込んで笑う。
何時もの様にくだらないことで馬鹿をして、ちょっとしたことで喧嘩して。
横で歩ける様に。隣で笑い合える様に。
だから。

「旦那、スーパー行こう」






夕陰ライラック




君と過ごしたい。



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