「忍というものは本来、より多くの金を積んだ相手に組するのだと思っていたんだがね」

重く、素人にもそれなりの価値があるだろうと分かる壷を手に、久秀は口を開いた。
広い蔵の中にその声が響く。三面の壁が棚になっているこの蔵は窓も格子もなく、開ききった扉からの月明かりしかない為、重苦しい暗闇が張り詰めている。

「まあ、一般的にはそうだろうな。より高く自分の技を買ってくれる方が有り難いし、報われるからねぇ」

棚に並んだ骨董品を興味なさそうに眺め歩いていた佐助が応える。時折目についた物を持ち上げ、口を覗いたり叩いたりして元に戻す。
久秀はそんな佐助を気にした様子もなく、壷を棚に戻し、横の茶碗を手にした。

「では、卿はいったい何だ」

「俺様も聞きたかったんだよね。アンタいったい何がしたい」

互いに背中を向けたまま問い合う。それはただの独り言のように感情のないやり取りだった。
久秀は茶碗を月明かりに照らすように掲げ、口元を軽く吊り上げた。まるでその茶碗の新しい顔を見つけたかのように、愉しそうな愛おしむような表情だ。

「私はただこれらを愛でていたいだけよ。これらは見られる事に意味がある。物置深くに仕舞われているのは、これらにとっても可哀相な事だと思わないかね?」

人に見られ使われる為に作られた物が、その意味さえも忘れて仕舞われている事は、その品にとっては死だ。
価値も分からない輩に訳も分からず使われる事は、その品を悪くするだけだ。
なら、自分が愛でてやろう。それが久秀が至った答えだ。
元々、雅な物や骨董品、秘宝等を愛していた事も乗じて、それは久秀の根源に植えついた。

「だからお宝目当てに戦吹っかけるってか。この時代に、よくまぁそんな娯楽に走れるねぇ。家臣達の方が可哀相だ」

「短い人生、楽しまないと損であろう?それに家臣に報酬はしっかりやっているのでね、文句はあれど、逆らわんさ」

久秀の答えに、呆れたように佐助が声を上げる。久秀は手の中で茶碗を弄りながら、淡々と、たがやはり口元を上げたまま言った。
茶碗に施された模様を指でなぞる。

「さて、私は卿の質問に答えた。今度は卿に答えて頂こうか」

「あー、何って言われてもただの一介の忍ですよ」

屈み込んで一番下にある大きな鉢をゴトゴトと揺らしながら、面倒臭そうに佐助は言う。
全く感情の篭らないその声に、久秀は愉快とさえ感じた。

「一介の忍は金で主人を決めるものだと認めたのは卿だが?」

忍はより金を積んだ相手に組する。それは先程佐助が認めた事だ。責めるそぶりもなく言う久秀に、佐助は「あらら、こりゃあ一本取られたねぇ」とけらけら笑った。
手に持っていた茶碗を棚に置き、久秀は漸く振り向いた。

「本当に卿は分からん男だ。金を望むだけ出すと言っても、我が忍隊を好きに使っても良いと言っても私の元には来ないくせに、自分は一介の忍だと申すのだからな」

佐助は鉢に飽きたのか、小さな花瓶を手で弾いている。所作はつまらなそうだが、笑顔が張り付いていた。
久秀は佐助の反応に期待せず、むしろその無反応さが気に入っていた。
忍という立場で、国の一当主に誰もが建前でも表す恐れや敬意を全く表さず、むしろ不遜な態度と言葉遣いをするのは興味を抱く。
その背中に話しかける。

「どうしたら卿は私の物になるのかね?」

茶碗に向けた笑みを佐助に向ける。
その言葉に、屈んでいた佐助はゆっくりと立ち上がり振り返った。手にはまだ花瓶が握られている。

「そんなに俺が欲しいのかい?」

その表情は妖艶で、相手を挑発し誘う、けれど嘲りと侮蔑が入り混じった、忍らしからぬ微笑みだった。
その微笑みを受け、久秀は自分の口端が余計に上がるのを感じた。

「ああ、是非とも手に入れたいよ。そこまで一人の人間に執着する忍というのも、また珍しい」

珍しい物を手に入れるのが望みだ。手に入れて、飽きるまで観察し、頭の中を覗きたい。
そのただ一人への執着と忠誠と敬意を全てさらけ出させ、自分がそれらを塗り潰し、その上で壊してみたい。純粋にそう思った。
だが、それを佐助が知れば自分の元に来なくなると分かっている。だから久秀は、ただ珍しい忍を傍に置きたいだけだと装った。
装ったからといって佐助が自分の元に来るとは思わなかったし、こんな感情はとうに見透かされているとも分かっている。
現に、今佐助は冷徹な目で口だけを三日月のように引き伸ばして笑っていた。

「ほんと、良い趣味してるよ、アンタ」

佐助の手から花瓶が滑り落ちる。耳障りな音を立てて割れたそれは、蔵の中に張り詰めていた暗闇を揺るがした。
暗闇が緩和していく。それと同時に、佐助の表情がいつも通りのいけ好かない、ニヤついた笑みに変わった。

「でも残念。俺様旦那に尽くすって決めちゃったから、あんたの物にはなれないんだよね」

飄々と言う佐助に、久秀はくっ、と喉を鳴らした。花瓶が割られた事を気にもしなかった。

「それは真に残念だ。しかし、だからこそ欲しくなる」

壊れるからこそ、美しく感じる。
思い通りにいかないからこそ余計に欲しくなる。人間とはそういうものだ。
欲望に駆られた顔で笑う久秀に、佐助も笑った。
割れた破片を足で細かく砕く。再度耳障りな音が折り重なって響いた。

「あんたには無理だと思うけど。まぁ、縁があったらまた会おうよ、松永久秀」

音が消えると共に佐助も消えた。
久秀は石と砂になった花瓶を見下ろし、その上に黒い羽が舞っているのを眺めた。
足を進める。笑みが深くなる。
開いたままになっている扉からは、変わらず月明かりが薄ぼんやり射し込んでいる。

「楽しみに待っているよ、真田の忍」

羽が落ちる直前に、その下の石へと踏み付けた。






諷示バンディ



壊す事で、完成する。



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