片倉の旦那は酒に強い。
飲んでも顔色一つ変えず、飲む量も変わらない。外見と合った男らしい飲みっぷりで酒を飲んでいくその光景は、見ているこちらさえ楽しくなる程だ。
が、一定の量を越えると本人の意識が危なくなる。らしい。
らしいというのは、様子は全く変わっていないので、周りからは判らないのだ。

だから、これが素面なのか酔っ払いなのか、俺には判らなかった。

「あの、片倉の旦那?何してんですか?」

思わず敬語になってしまう程、俺の頭は回っていなかった。

俺の上に、片倉の旦那がいた。

背中から伝わる床の冷たさに、酒の入った自分の身体が余計に熱く感じる。しかも上には片倉の旦那がいて、俺を見下ろしている。
すげぇ逃げたい。
そうとしか思えなかった。

大体今日はそれほど飲んでいないはずだ。その分度数の高いやつを飲んだと言えば飲んだが、何時もなら大丈夫な量だったはずだ。
そのはずなのに、何で俺は押し倒されているんだろう。
きっと今日は何か良い事があってテンションが上がって酒の回りが早くて今ベロンベロンで意識が錯乱しているんだろうきっとそうだろう、と混乱していた頭が高速で弾き出した。弾き出したが、頭はやはり混乱していた為、今度は誰かを呼ばなくてはと弾き出した。

「旦那ぁー、真田と竜の旦那ぁー!」

取り敢えず叫んでみた。
返事がなかった。
ある訳がなかった。
今日竜の旦那の所にうきうきお泊りだよ、真田の旦那はぁ!何故忘れていたんだ。だから代わりに今俺の上に覆いかぶさっている男がいるんじゃないか。
ああくそっ、竜のあの緩みきった顔が腹立つ。あの野郎、旦那の前では格好付けてるくせに、見てない場所であんな顔曝しやがって。旦那に何かしたら暗殺してやる。むしろ旦那に破廉恥と殴られて気絶して朝を迎えろ。

「何考えてやがる」

現実逃避していたら、上から声が降ってきた。・・・何でこんな渋いんですか、この声。びっくりしちゃったじゃないですか。
ジロリと俺を睨んでくる上の人は、何時と同じ射抜く目をしていた。
素面にしか見えない。素面にしか見えないが、リビングで男を押し倒すほど目の前の人が奇特な方だとは思えない。むしろ思いたくない、もはや酔っていてくれとさえ思う。

「別に何もー?」

わざとらしくごまかせば、片倉の旦那が顔をしかめた。

「・・・その割には百面相していやがったな」

そう言って大きくてごつごつした手が俺の頬を撫でた。
思考回路はショート寸前。今すぐ会いたいよ。
会ってるわ。今目の前にショート寸前にしやがった奴がいるわ!ああ、もう俺様駄目かもしれない。
そんな事をつらつらと考えていたら、やはり顔に出ていたのかショート寸前にしやがった奴はくつくつと喉を鳴らした。

「本当にてめぇは見てて飽きねぇな」

「・・・どうも」

出来るなら頭を床と垂直にした俺様を見て欲しいという言葉は飲み込んだ。なんかこの体勢に慣れて来ちゃった気がする。
・・・気がしちゃ駄目だろ。
そうだ。素面か酔っ払いかよく判らないが、目だけはやたら真剣な片倉の旦那を退かそう。
そう思い、頬を触れている手とは逆の、頭の横に置かれている手を掴んでみた。

「ちょっと冗談はもう止めて、ほら退いてよ」

俺は何時も通りの軽い笑みを浮かべる。

「酔ってるんでしょー?ほらほら、じゃあ片倉の旦那が寝なきゃ」

掴んだ手に力を入れ、目はしっかりと合わせて俺の上から退くように伝える。最後にニッと笑えば、片倉の旦那は眉を寄せた。

「・・・猿飛」

「はーい?」

「俺とてめぇの関係は何だ」

「・・・・・・え・・・っと」

え、この体勢で聞いちゃうんですか?俺様が答えるんですか?てか何時フラグ立ったんですか?
そんな事を思うが、片倉の旦那は待ってくれなかった。

「恋仲だろ?」

「・・・そうです」

「今俺達二人しかいねぇ」

「・・・先程確認しました」

誰もいませんでしたよ、えぇ。
片倉の旦那と恋仲なのは確かだが、いきなりの展開で頭がついて行けない。もうさっきから敬語が普通になっている。
そんな固まっている俺の頬を触り、片倉の旦那が俺の目を射竦めた。

「俺はお前が欲しい」

・・・っドラえもん!今なら俺ジャイアン倒せる気がする!出来杉くんにも勝てる気がする!だから逃げさせて!
異次元の猫型ロボットに助けを求めたが、猫型ロボットから音沙汰もなかった。

「・・・すまねぇ、猿飛」

「・・・え?」

本日何度目かの現実逃避をしていたら、片倉の旦那が少し困ったように笑っていた。

「いきなりで悪いと思ってる。だが、俺はお前が欲しいんだ」

大人げなくて悪い。
そう、片倉の旦那が言った。
そのまま、上にあった顔が近付いてくる。俺はただ、目を見開いて見ている事しか出来なかった。
片倉の旦那は囁いた。

「好きだ」

ああ、もうほんと。
片倉の旦那に触れられている頬が熱い。まっすぐ見詰められ、刻々と近付く顔。
思わずギュッと目をつぶって、来るであろう事を待った。

「・・・・・・・・・」

ちょ、ちょっとそんな見詰められると流石の俺様も恥ずかしいだけど・・・。いいから早くしてよこの状態は辛いよ!
と、考えてたら、身体の上に衝撃を感じた。
え、何片倉の旦那ってそんな狼!?と驚いて目を開けたら、俺に覆いかぶさったまま今度は片倉の旦那が目をつぶっていた。
しかも静かな呼吸音がする。

「・・・・・・・・・」

・・・・・・・・・。
・・・ベタ過ぎない?
じゃあ何?今までのあの格好良い片倉の旦那は酔っ払いですか?強引で男らしい狼さんはお酒の力ですか?意識が危うかったんですか?ちょっと俺様どうすれば良いんですか?

「取り敢えず退かそう・・・」

そう俺は呟き、上で寝ている酔っ払いを力任せに横へ転がした。・・・結構嫌な感じに衝撃音がなっていたが、起きないから大丈夫だろう。てか重いよこの人。
酔っ払いに寝室から持って来た毛布を掛け、俺は散らかっていた空き缶やらビンやらを片付け始める。全く以って酔いが醒めてしまった。俺の酒返せ。

「・・・・・・はぁ」

片付けながら思い返す。
押し倒された時や頬を触られた時の体温。
大人げなくて悪いと言われた時の表情。

「・・・嬉しかったんだけどなぁ」

あまり好きだとか気持ちを伝えてくれない人が、あんな顔で言ってくれたから。まあ、それも意識が危ない時だったから怪しいんだけど。
ぶっちゃけあのまま流されてもいいかなーとか考えちゃったぐらいだもん、俺様。

「・・・助けてードラえもんー」

呟いて笑った。一体今日だけで何回現実逃避しているだろう。
俺は寝ている酔っ払いを見る。
出来れば酔っ払いでいて欲しいと願ったが、本当にベロンベロンに酔っ払っていたんだなぁ。見た目が変わらないというのは恐ろしい。
お酒は当分控えようと心に決め、恋人の寝顔を見ながら、明日の報復はどうしようかと考えて笑った。





高鳴マキシマム



出来れば次は酒無しで。


























―――――――

すごい楽しかった。



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