「好きだ」

鬼は私を抱きしめて言う。
私はされるがままに身を預けながら、は、と小さく笑った。

「好き?貴様が我に愛を囁くなど、身の程知らずだな」

そう言ってやれば、私を後ろから抱きしめている鬼の身体が揺れた。

「相変わらず素直じゃねぇなぁ」

楽しげな声が耳元で聞こえる。それを無視して、どうしてこうなっているかを考えた。

今私を抱きしめている相手は、憎き海賊の大将だ。こうやって戦場以外で会うなど考えられない。あまつさえ、こんな形でなら尚更。
なのに、私達は時折こうやって会った。



最初は、そう、この鬼がいきなりやって来た事。
いきなり夜にやって来て、私の顔を見ただけですぐに帰って行った。私は阿呆の考える事は解らんと思ったのを覚えている。
それから頻繁に来るようになり、勝手に中に踏み込んできた。
何時の間にかほだされて、酒を酌み交わすようになり、鬼はただの野蛮人ではない事を知った。頭が良いとは言い難いが、何も考えていない訳ではないと。

そんな密な晩酌の時、気になっていた最初の夜について聞いてみた。何故何もせず帰ったのか。
その答えを、鬼は照れたように笑いながら言った。

「お前の普段の顔が見てみたくてよ」

顔が見れたら満足しちまって、帰ってから話しゃあよかったって気付いたと笑って言う鬼に、私は呆れた。考えなしだとしか思えない。
こんな時代だ、普通忍び込んだら殺すか情報を得るかするものだが、この鬼はそんな事を思い付きもしなかったのだろう。
呆れて物も言えない私に、鬼は何を思ったのかニヤリと笑った。

「もしかして期待してた?」

「・・・・・・何をだ」

殺されたり情報を盗られたりする事を期待する訳がない。何に対しての期待か見当も付かず、私はジロリと鬼を見たまま酒に口を付けた。
鬼は「あー」だの「はぁ」だの意味を成さない言葉を零している。そんな鬼から視線を外し、私はなくなった酒を注ごうと徳利に手を伸ばした。しかし、その手は徳利に届く事はなく。

「・・・・・・離せ、何をする」

「何ってさっき言っただろ。こういう事期待しなかったか?」

手を掴まれ、いきなり引き寄せられ、私は鬼に抱きしめられていた。

「馬鹿にしているのか」

「いんや」

無駄にでかくて力強いこの鬼が憎い。押しても叩いてもピクリともしなく、言葉に怒気を込めてみても軽く返された。

「なら離せ」

「んー、いや、もうちょい」

何がもうちょいだ、この阿呆が。しかし何をしても鬼には効かないと分かってしまった為、しょうがなく私はこの阿呆が離すまで我慢した。

「あー、お前やっぱいいなぁ」

いいって何だ。意味が分からない。いい加減離せ。頭に浮かぶのは罵倒の言葉。
だが、何故だか実際に口にはしなかった。この体温が、妙に心地良い気がして。

「俺、お前が好きだ」

近くで聞こえる声に、安心感を抱いて。
気付いたら自分からくっついていた。

「お、おい!?」

鬼が慌てている。それはそうだろう、私だって自分で信じられない。
でも、離れ難くて。

「・・・好きだ」

そう言った鬼の胸に頭を押し付けた。



それから私達は所謂恋人関係になった。
しかし所詮は敵同士。戦場に出れば殺し合う存在で、鬼も私も男だからどうする事も出来ない。何時か私は何処かの姫君と国の為に結婚しなくてはいけないし、鬼もそうだろう。どうにもならないのだ。
だけど、やはりこの体温が心地いいから、何も言えなくて。

「・・・何を笑っておる」

そんな自分らしくない考えを消す為、鬼に八つ当たるように言った。

「いや、可愛いと思えてな」

くつくつ笑う鬼は私の腹に回している腕に力を込めた。酒が杯から零れそうになる。
おい、と鋭く言えば、鬼はいいじゃねぇかと笑った。

「お前はやっぱいいな」

初めて抱きしめられた時と同じ言葉を言いながら、鬼が私の首筋に顔を埋める。
何をしているのだと思う。鬼がではなく自分が。
何時かは離れるのに。いくら鬼が忘れない、私が好きだと言っても、何時か消えるのに。
年上で男で敵で。そんな私に何時までも同じ想いなんて抱いてられる筈がない。
なのに、離れられない。
この存在が、手放し難い。

「好きだぜ」

この声を何時まで聞けるだろう。
聞けなくなったら、自分はどうなるのだろう。
そんな事を考えて、思わず笑みが浮かんだ。全くもって、自分らしくない。
そんな時が来ても、私は国を護ればいい。元々可笑しな関係だ。
ああ、でも。

「・・・今日を限りの、命ともがな」

それもいいかもしれない、なんて、領主にあるまじき考えだ。

「ん?何か言ったか?」

「いや、何も言ってない。幻聴ではないか?」

後ろからした声に、さらりと嘘を吐いた。聞こえてないならそれに越した事はないし、聞かせるつもりもない。
馬鹿な考えだ。私もこの鬼に感化されてしまったものだ。
しかし、こんなのもいいかもしれない。

「愛してるぜ、元就」

「・・・・・・ふん」

抱きしめられた腕に、聞こえてきた声に、軽く笑って杯に口を付けた。






54番目のラブソング



好きだと聞けるのは今だけだから。

今日死んだら、愛されたまま。






















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就様の一人称、地の文で「我」は無理でした。



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