「旦那が分からない」

そう言って佐助はビールを煽った。俺は向かいで生返事をしつつ、冷や奴に箸を伸ばす。
大体何でこいつが家に来るんだよ。慶次でも元親でも愚痴を聞いてくれそうな奴の所に行けばいいだろ、俺ん所に来んな。と、流石にそうは言えず、俺は冷や奴を口に入れた。
今日は美味い酒が手に入ったし、明日の大学の講義は午後からだから、一人静かに杯を傾けようと思っていたのに。
目の前でグチグチ言ってるこいつがいきなりやって来て、そのささやかな俺の楽しみは奈落へと転がった。

「・・・何でてめぇ俺ん家なんだよ」

若干の怒りを込めて聞けば、酔っ払っているのか佐助は声を荒らげて訴えてきた。
曰く、「チカちゃんと慶ちゃんが当分付き合わないと言ってきた」らしい。

「だから伊達ちゃんしかいないんだよぉ」

「あいつらぁ・・・!」

ナリさんは怖いし、かすがは聞いてくれないんだよと言う佐助より、自分しか残らないと分かっていながら見放したあのデカブツコンビが許せなかった。一言くらい言っとけよ、知ってたら俺は鍵を開けなかったのに。

「伊達ちゃーん、俺様もう駄目かもしんなーいっ」

テーブルに突っ伏してグラスを弄る佐助の周りには、わざわざ持参しやがったビールだのチューハイだのの空き缶が積まれている。その膨大な量の酒類を見た瞬間、俺はこいつの用意周到さに心底感心したと同時に、今一人でいる真田は飯をどうしているのか気になった。何なら俺が作りに行ってやりたいぐらいだ。
喧嘩する度にこんな膨大な酒と共に来る奴を家へ上げるのはとてつもなく嫌だった。

「Ahー、駄目だろ」

空き缶を眺めながら適当に流す。
しっかし毎回こんなだと思うと、あのデカブツコンビも大変だ。
喧嘩が稀ならいい。だけどこいつらの喧嘩なんか日常茶飯事だ。
野菜を食ってない、身嗜みが汚い。細かい事を気にしすぎる、子供扱いするな。
んな小さい事で喧嘩すんなよと思うが、本人達には重大らしい。
佐助は今回のように家事を放棄し友人の家へと逃げるし、真田は翌日の雰囲気が殺気立っている。

そんなに喧嘩するなら別れた方が早いんじゃないかと思うが、それもまた違うのだ。
喧嘩していない時のこいつらは、本当に見てるこっちが苛立つ程のバカップルだ。本当、殴りたくなるぐらい。
つまり、始終面倒臭いカップルだ。

「酷い伊達ちゃん!傷心中なんだから優しくしてよ、慶ちゃんとかもっと優しいよ!?」

「なら俺ん所来んなよ」

「此処しかなかったんだよ!」

「じゃあ文句言うんじゃねぇ」

軽くあしらえば、佐助は不服そうな顔で睨んできやがった。・・・こいつ、相当酔っ払ってやがる。
なら酔い潰した方が楽だと思い、俺は空になっているグラスに日本酒を注ぎながら佐助の話題に合わせた。

「んで?今度は何が原因だ」

佐助が話しやすい話題にすれば、興奮し酔いは早く回るし、喋るからたくさん飲むと思っての事だ。じゃなかったら惚気混じりの愚痴なんか聞きたくない。

「そう!聞いてよ!」

案の定佐助は日本酒を飲んでから話し始めた。

「俺って何時も卵焼きだしで味付ける派なんだけどね、たまには変えたら旦那喜ぶかなって砂糖にしてみたの。そしたら旦那『これは卵焼きじゃない』って言ったんだよ!もう有り得ないでしょ!?」

心底どうでも良い。
どうでも良すぎて欠伸が出そうだ。
しかしここで佐助の機嫌を損なったら怒りは俺に向く事は確実だ。俺は神妙な顔で「それは有り得ねぇ」と返した。

「作って貰ってんのに、その言い草はいけねぇな」

「でしょ!?旦那なんてタオルの仕舞ってある場所知らないし、お茶も自分で煎れないんだよ?なのに何その言い方!もうちょっと言い方ってもんがあるでしょうが」

そう言って佐助はまたグラスを煽る。呂律が回らなくなってきた佐助に、俺はもう少しだと言い聞かせる。
聞いてるだけでも疲れる。覚悟はしていたが、ぶっちゃけ佐助と真田の私生活なんて聞きたくない。

しかし良く考えれば、今回は真田が悪い。作って貰ってそれはないだろう。つーかあいつ甘党だろ、何だ卵焼きだけはイレギュラーなのか。
やはり良く分からないが、俺には関係ない事だ。取り敢えず、大学生にもなって佐助に甘える真田と、それを許している佐助が悪い。

「てかよ、そんなに言うなら真田にやらせりゃいいじゃねぇか。もう大学生だぜ、あいつも」

「俺様もそう思ったよ!やらせたよ!でも駄目なの、あの救いを求める目が突き放せられないの!母性本能が直撃なのぉ!」

ああ、こいつもうベロベロだな、素面で男の口から母性本能は普通出ない。
完全に潰す為、俺はまたグラスに酒を注いで「まぁ飲めよ」とさりげなく薦めた。
佐助の喉が上下に動く。また注ごうとしたら、酒瓶を持っている手を握られた。

「・・・何してん」

「伊達ちゃんはさぁ、本当に良い奴だよね。気は利くし、何だかんだで話は聞いてくれるし」

こいつ相当飛んでないか?絶対明日何言ったか覚えてないだろ。
大して酒にも強くないくせに、こんな時ばっかり酒飲んで気持ちを吐き出して。
それが分かってるから、元親も慶次も付き合ってるんだろうけど。

「俺、伊達ちゃんを好きになってたらこんなに喧嘩しなくて済んだかなぁ」

こいつは馬鹿だ。
馬鹿だとしか言えない。
お前が真田以外を好きになる訳ないだろ。嘘でも酔いの勢いでも、そんな事言うなよ。

「・・・そんなら試すか?」

ほら、俺も有り得ない事を口にしている。
佐助は友人だ。真田も友人だ。こんな事言うもんじゃない。それは分かってる。
だけど酒の所為か、頭が正常に動かない。

「今夜だけ、俺が慰めてやるよ」

佐助に触れてる手が熱い。
きっと、酒の所為だ。
俺が変な事を口走ってるのも、身体が熱いのも、佐助が笑っているのも。
全部酒の所為にして、俺は佐助にキスをした。






結局俺は、何とか最後の一線だけは守ったらしい。
朝起きた時、佐助は腰が痛いとか腹が痛いとか言わなかった。

「・・・・・・・・・頭が痛い」

「・・・あれだけ飲みゃあ、そら痛くなるわ」

俺のベッドで横たわる佐助は二日酔いによる頭痛で頭を抱えていたが、俺は違う事で頭を抱えた。
良かったのは、佐助はやはり昨夜の事を覚えていなかったという事。それだけでも有り難い。

「何で俺パンツ一丁で伊達ちゃんと一緒に寝てたの」

それと、昨晩暴走した俺はちゃんと後片付けをしていた事だ。もうパンツが履いてあってごみ箱を見た時、俺は今まで生きてきた中で一番自画自賛した。

「酔っ払って脱いで面倒臭くなって一緒に寝たんだろ」

さらりと嘘を吐く。大丈夫、酔っ払いにはよくある話だ。
佐助は俺の嘘に気付かず、「あーなるほど」と納得して身体を上げた。

「大丈夫なのか、お前」

頭痛がする頭を押さえながら立ち上がる佐助に声を掛けると、佐助は力無く笑って大丈夫だと言った。

「もうお昼でしょ?昨日の夕飯も作ってないからね、お腹空かしてると思うんだ。それに、きっと旦那今頃すごく反省してるよ」

服を身に纏いつつ、佐助は苦笑気味に言った。
時計を見てみれば、確かにもう少しで頂点を短い針が跨ぐ。これは今日は講義を休もうと決意して、洗面所で顔を洗っている佐助に声を投げた。

「送ってやろうか」

タオルで顔を拭きながら戻ってきた佐助は、驚いた表情で俺を見ていた。

「・・・どうしたの伊達ちゃん。今日は優しいんだね」

信じられない物を見るように、佐助は目を見開いて俺を見詰める。何だかそれが酷く落ち着かなくて、俺はごまかすように口角を上げた。

「優しくしてくれって言ったのはお前だろ?Do you remember it?」

「へ、俺そんな事言った?」

結構最初の方だった筈なんだが、そんな前から佐助の意識は飛んでたらしい。俺の努力は何だったんだ。
ピキピキと眉間を寄せていたら、佐助は困ったように頭を掻いた。

「あー、昨日はご迷惑をお掛けしたみたいでごめんね。でもまぁ一人で平気だから、ありがと」

荷物を持って玄関へ向かって進みながら、佐助は俺の申し入れを丁重に断った。一人で大丈夫だと言うなら大丈夫だろう。
見送る為玄関にいた俺に、靴を履き終わった佐助は、振り向いて思い出したように切り出した。

「あ、そうそう。後で慶ちゃん達に今日の分のノート頼むんだけど、伊達ちゃんの分も言っとく?」

まさか昨晩の事を思い出したかと危惧したが、何の事はない普通の内容だった。

「ああ、頼むわ」

焦ったのがバレないように、自然に返す。佐助は分かったと頷いて、ドアノブへと手を掛けた。

「じゃあいろいろありがとね、また今度何か奢るよ」

「奢りよりも、もう来ないでくれると有り難いんだけどな」

「あははっ、また遊びに来るから」

そう言って、佐助はドアの向こうへと消えていった。ガチャンと重い音がしてドアが閉まる。鍵を閉めて、俺はため息を吐いた。

「・・・有り得ねぇ」

重い足取りでリビングに向かい、空き缶と酒瓶の置かれているテーブルの前に座った。そのまま背もたれに大きく寄り掛かる。

「・・・マジかよ」

天井を見上げながら呟く。
最後の一線を守ったのは褒めたい。自分でも良くやったと思っている。
でも、頭が痛い。

「何で消えねぇんだよ」

昨夜の佐助が頭から消えなかった。肌の手触りや、艶を含んだ声、濡れた瞳、紅潮した顔。どれもこれも鮮明に蘇る。

「酔ってたのにすげぇな、俺」

こんな事細かに思い出せるなんて、本当にもう有り得ない。
さっきから頭に佐助しかいない。
一晩だけの、あってはいけない秘密事。
たった一晩の出来事。

「それでforeign loveってか」

自分で自分が笑えるぜ。相手は友人で、その恋人も友人で。二人とも大事な友人なのに。

「最後までやっとけば良かったかな・・・」

冗談でもそう思えるくらい、佐助が頭から離れなかった。






88番目のラブソング



一晩だけだと分かってたのに。

本気になった俺が悪い。



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